喫茶ポアロの恋話
あたーらしい朝が来た!
透明な膜を剥いで毎度恒例全裸で這い出る私である。
毎度思うんだがこの羊水みたいなやつどっから湧いてるんだろ。
明らかに羽化前の私の体積よりも大きいんだが。
姿はやっぱり大人型らしく、目線は随分と高くなっている。
いつも見上げていたドアノブが下にあり、なんとなく新鮮な気持ちになる。
「居ますか?」
『はいはい居ますよ。大きくなって心機一転、人を滅ぼす話ですか?』
「そんなわけ無いですね」
肉体君も無事のようだ。
「第四段階になると衝動が酷くて面倒なんですよね」とブツブツ文句を言っている。
私は今回も肉体に固着していないが、いずれ肉体君が苦しむ問題もなんとかしたいところである。
魂パワーでなんとかならんかぁ。
どうやら阿笠邸には誰もいないようだ。
いつ目覚めてもいいように、タオルと着替えが繭の脇に置いてあった。
それを持ってトコトコと風呂場へと向かう。
この羊水、ぬるっとして気持ち悪いしさっぱりしたい。
シャワーを浴びるため部屋に入り、大きな鏡に全身を映す。
前回と同じく私は降谷さんの高校生の姿の様だ。
背中にはやっぱり翼をもいだような跡……じゃない!
私は思わず目を見開いて、体を捻って背中を凝視した。
小さい鳥の翼がある!
半透明な羽がいくつも連なって、淡く照明を屈折させて天使の羽のように見える!
パタパタ、と動かして私は腕を組んだ。
「うーん……触覚もある……」
どうやら飛ぶための器官でも飾りでもないらしい。
感覚的に分かるが、これは命令の拡散機のようだ。
よく成熟した女王が、より良く手足を統率するためのメガホンに似たもの。
背中にこんなもん付けて、寝る時に不便すぎるだろうがよぉ。
ビヨっと引っ張ったらどうやら軟骨でできているようで、柔らかくぐにぐにと動かすことができた。
まあならええか、と私は納得して放置する。
『ふふふ…僕は天の御使い……汚れた地上を浄化するための神の先兵なのです……』
「すごく典型的な感じに盛り上がってますね。お年頃ですか?」
『うるさいですよそこ!僕は本物の4歳なんですから自分に浸るぐらいいいじゃないですか!』
それを出されると弱い私である。
健やかに大きくなってね……と私は肉体君をそっとしておいた。
でも神の先兵じゃないのでその辺はわかっておくれね。
ただ今後人前で服を脱ぐことは出来なさそうだ。
手足のデザインはあんなに終わり散らかしているのに、女王は天使の羽付きあむぴ。
なんとも人の業の塊といった感じを受ける私である。
繭の切れ端が背中に張り付いているので、ぺりぺりと剥がして綺麗にする。
どうやら翼は繭と同じ材質でできているようで、間違って剥がしそうになってイテテになった。
予想以上に面倒臭ぇぞこれ…!
30分ほど時間をかけて綺麗にしてから、改めて鏡の前に立つ。
姿はすっかり高校生あむぴだった。
怪物にはなっていないようでなによりである。
シャワーを浴び終えたら服を着て腕を回す。
前の時の服がぴったりと入った。
羽は畳んでシュッと力を入れれば薄くできたので、上手く畳めば誤魔化せそうだ。
ちょっと背中がきついが、このぐらいならば問題なかろう。
体も軽く、なんか機能がいくつかアンロックしたような直感があった。
「………お腹減った…」
『ですね、なんかガッツリ食べたい気分です』
自分のお腹が空いていることを理解して、私はすぐさま外食を決めた。
鍵は私の荷物に入っているからそれを使えばいい。
スマホもそのまま一緒に入っていた。
日付を見ると、どうやら蛹になってから1ヶ月近く経っていたらしい。
米国は本格的な救助作戦を実施している様だ。
救助者も増えていて、その過酷な実態がわかってきている。
昼夜問わず襲撃する手足の群れを撃退し、過酷な中で無事生き残ったショッピングモールの一団。
見ず知らずの男性と少女が、各地の小売店を転々としながらなんとか生を繋いだ話。
次々と出てくる実録秘話に世間は溢れかえっていた。
各国は万が一のためにアメリカの使用している「駆除機」の輸入を進めているようだ。
だが、各国の天才達は駆除機の解析に疑問符を投げかけている。
この信号パターンが生物に死をもたらす機序がどうも複雑すぎる。
受け手に元々「このパターンを受け取ったから死ぬ」というデザインが恣意的に組み込まれているのだろう。
他の命令もあるのではないか。
例えば「人を襲え」とか。
などと憶測が広がっているようだ。
米軍が開発した生物兵器がパンデミックを起こしたのでは、と陰謀論は事欠かない。
本当は組織製なんだが、組織自身も無かったことにしてる節があるし真実が明らかになることは無かろうよ。
もし組織壊滅して製作者が組織だと分かったら、歴史上の伝説になるな……。
と、余計なことを考えつつそそくさと喫茶ポアロへGO。
もしかしたら安室さんがいるかもしれないし、挨拶にもちょうどよかろうよ。
とことこと街を歩き、ポアロへ向かう。
新しい筋肉がまだ動かし慣れていなくて、羽が不随意にぴくぴくと動く。
背中に犬でも隠し持ってる人みたいになってしまい、私はしょっぱい顔になった。
これ、早いとこ慣れないと不審者すぎる……。
到着してカランとドアを開けると、机にはちょうどコナン君と服部君がいるのが目に入った。
安室さんもいるようで、彼の顔がパアッと明るくなった。
コナン君も「そ……宙!お前起きたのか!」と喜声をあげた。
服部君はまじまじと私を見て、大層訝しげに眉を吊り上げた。
「工藤、あれか、マトリョーシカってやつやろか。俺の反応試されとるんか?」
「んなわけねーだろ!?」
「久しぶりですね服部君。相変わらず僕は4歳ですよ。いや今は0歳…?まあ通算で4歳です」
「やっぱ工藤と同じやったんか!」
コナン君が服部ィィィイイイイイ!という苦悶の顔をした。
隣では泳がせているのか安室さんがニコニコ顔でコナン君に圧を送っている。
「違います。コナン君とは逆の現象です。僕本物の子供ですので」
「はぁぁ、えらいこっちゃで」
「服部、お前物理的に黙らせられたいって話か…?宙も何言ってんだよ!!」
「まあここまでコントっちゅーことで一つ。おおきに」
雑にコントとしてまとめて、ペコっと服部君は一礼した。
完全にウケ散らかしている安室さんが震えながら瀕死で拍手している。
完全にツボに入ってしまったようだ。
「ともかく、お前無事なんだな」
「はい。詳細は後ほど。僕は食事にします。あ、ハンバーグセットを一つお願いします」
「わ、わかりました。ただいま……」
ブフッ、と時折まだ噴き出しながら安室さんが退散していく。
NOCとして厳しい情報統制の中生きてきて、大阪高校生のあまりに雑すぎる隠し事コントが腹筋に直撃したようだ。
コナン君がキッと安室さんを睨んで「うぎぎぎぎ」って手足みたいに歯軋りしている。
しばらくすると、なんかすごい豪華なハンバーグセットがやってきた。
絶対写真のセットと違うのだが、いっぱい食べてほしい気持ちが溢れてしまっている。
3000円ぐらいしそうな豪華セットだ。
私は慄いて安室さんを見上げた。
安室さんがバチコーンと華麗にウィンクを決める。
アイドルめいたウィンクだ。
「メニューの改訂を考えていまして、どうか試食なさってください。お代は僕持ちで結構ですので!」
「は、はい…お言葉に甘えて……」
どれもとても美味しい。
私は夢中でかき込みながら、服部君に問いかけた。
「ところで、なんのために東京へ?いつもの事件ですか?」
「ああ、…………か、和葉と、その、あー。絶景告白スポットちゅーやつを見に来ててん」
かあっと服部君が顔を赤らめた。
でも口に出すだけの胆力があるだけ十分と言えるだろう。
私は手放しで喜んだ。
「ついにご結婚するんですね!おめでとうございます!!」
「早いわどアホ!」
「聞く限り入籍秒読みみたいですし多少のフライングは許されると思いまして。新婚旅行はどこへ行かれるんです?」
「早い早い早い早い」
「このご時世ですし、早めに決めないと海外旅行は難しいと思いますよ。あと式場。式場も決めときたいですよね」
米国が爆散した現在、どこの国も旅行者に厳しくなっている。
海外旅行をするには厳しいご時世だ。
服部君が小さくなって恨めしげにコナン君を睨んだ。
コナン君も隣でニマついている。
「そ、そういうんは和葉と相談するのスジやろ。パンフレットは、まぁ、集めとる」
「服部君が男を見せてますよ。コナン君はどうなんですか」
「!?いや俺は、その。体が戻ったらおっちゃんと妃弁護士への挨拶は、したいかなと思ってる」
「!!!せやな。それも欠かされへん要素や!」
現在のポアロは春満開。
私はニコニコした。
同じくニッコニコの安室さんが「サービスです、どうぞ!」とハートを描いたカプチーノを持って現れた、颯爽と机に置いた。
どうやら盗み聞きしていたらしい。
いい笑顔だ。見事な野次馬の顔をしている。
「あ、そろそろ僕は帰りますね。灰原さんが帰ってきた時に居ないと心配させてしまいますので」
「おう。気をつけて帰れよ」
「はい、それではまた」
服部君が「お前オトンか?そのちっこい体で自然に出てくる言葉ちゃうで」とツッコミを受けていた。
まあコナン君は概念パパだからそれでいいのだ。
帰り際、入れ違いに元公安の伊織さんが入店していくのが見えた。
お互いチラリと見るだけだ。
だいぶ背中の羽も慣れてきた。
足取り軽く、私は阿笠邸にもどるのであった。
・手足の知られざる生態
時々、女王がいないと恋しがって泣く。
集団で夜泣きするため、パンデミック地域では飢えた怪物が獲物を求める声と恐れられている。
・翼様器官
広げると結構でかい。力を入れるとシュンッてなる。
命令の拡散力に優れるが、どちらかというとメインはアンロックされた「統率型」に繋げる役割を持つ。
見た目は透き通った羽根の天使の翼めいている。