コナン君と毛利探偵はヴェスパニア王国に向けて旅立って行った。
まあ、コナン君は途中でパスポートがないことに気づき、慌てて工藤新一になるべく阿笠邸へ走ったが。
瑣末なことである。
灰原さんが「今回は特別に出すけど、修学旅行の分は出ないから覚えておきなさい」とピシャリと言う場面もあった。
コナン君も直角で頭を下げた。
「そこを何とか!」
「貴方ね、状況わかってる?バレたら全員殺されるのよ!?」
「もし見つかったらベルモットに変装だったってことにしてもらう」
「あの女が聞くわけないでしょ!?!?!?」
いや、新蘭過激派のあの人なら、修学旅行ラブラブデートのためって言えば全力で協力してくれると思うが。
まあそれは言わぬが花なのである。
そうしてコナン君はしおしおになった。
見かねた私も素早く加勢。
「あの、灰原さん。僕もコナン君と修学旅行行きたいです…」
「喜びなさい江戸川君。2泊3日で3錠渡してあげるわ」
「思うに、俺との扱いの差が激しすぎると思うんだ」
コナン君は真顔で不服を述べたが、それが受理される様子は見られなかった。
私はわあっと灰原さんに擦り寄って「優しい!ありがとう灰原さん!!」と全力で喜んで見せた。
灰原さんは私を優しく撫でてくれて、まあこうして平和に擬似核家族は回っているわけである。
今はそうしてコナン君が飛び立ったあと。
ぼんやりとテレビニュースを見ている。
テレビでは、行く当てのない大型旅客船をどうするかで喧々諤々の議論が行われていた。
封鎖直前のカリフォルニアを寄った一隻の豪華客船。
そこで出航後、感染者が出てしまったのだ。
感染経路は不明。
出港から1日以上経過してからの発症なので、感染者が乗り込んだ可能性は低い。
そうして船内ではろくな対応もできずに増殖を許してしまい。
あっというまに船内には手足が徘徊し、疫病型も発生する地獄絵図と化した。
今は少数の船員が乗客と共に閉じこもって何とか船を運行しているそうだ。
どの程度乗客が生き残っているか、手足がどの程度蔓延しているかも不明という極限状態。
その船は今、日本の近海にいると言うわけだ。
船には日本人客もいくらか含まれているようで、受け入れ態勢をどうするかで意見が分かれている。
滞在させること自体に海洋汚染のリスクがある以上、やっかい払いするなら早い方がいい。
灰原さんが真っ暗な部屋でテレビを見る私に声をかけた。
「貴方にとっては昼間のように明るいかもしれないけど、見た目妙だから電気はつけた方がいいわよ」
「あ、すみません灰原さん。つい横着して」
明るくなった部屋で、私の隣に灰原さんが座る。
テレビは相変わらず件の豪華客船について報道を続けているようだ。
ドローンが物資を甲板に落とす様子が流れている。
「あなたならどうする?」
「自死命令で一喝ですかね。しかし、海への感染が本当に懸念されますね。手足はあんまり泳げないので海に飛び込むことは無いとは思いますが」
乗客に殴り飛ばされて海に落ちるとかは全然考えられるからな。
今、各国が全力で命令拡散機を製造している。
米国もだいぶ配備が進んだようで、沈静化した地域も出てきたと聞いている。
あとは時間との勝負だろう。
後には激変した生態系がボディーブローのように効いてくるはずだ。
少なくとも、海は人にとって安全な領域ではなくなるだろう。
二週間後には、この東都にて国際サミットが行われる予定だ。
話題は米国の没落、そして虫の脅威でもちきりになることが予想されている。
どの国も明日は我が身と戦々恐々なのだろう。
「そういえばここに変な客は来ていませんか?軍の人とか諸々」
「無いわよ。江戸川君が完璧にやってくれたわ。私達は命令拡散機とは無関係。軍の開発物となったわ」
「それはよかった。ちょっと勿体無い気はしますが、厄を呼んではそれ以上の損失ですからね」
コナン君は米国のくせもの将校をうまく乗りこなしたらしい。
元将校の男は言葉巧みに「自分のケツを拭く機会を渡すからリターンを寄越せ」と米軍に持ちかけたようで。
命令拡散機は「野生動物調査で危機を予知した軍が開発した機械」ということになり、一応米軍のメンツは保たれた。
そして阿笠博士が開発したと言う事実も丸ごとなくなり、全ては闇の中というわけだ。
しかしまだ米軍は野生動物だと言い張っているっぽいんだよな。
もう国際論調は悪の米帝が邪悪な生物兵器の開発失敗して世界に負債を撒き散らしたみたいな話で固定されてるのに。
普通にアメリカは私の開発には携わってないから冤罪だが。
とはいえ実験はしてたから下手に言い訳することもできない状況である。
TVは次の番組、つまりはサミット会場の説明に入った。
そこは建てたばかりの立派で美しい施設が広がる東都湾埋立地の統合型リゾート「エッジ・オブ・オーシャン」だ。
和をテイストにした内装に、スパ等各種娯楽施設。
サミット後は一般開放を予定していて、大人向けの注目の娯楽施設と明るい話題を提供している。
ほーんなるほど。
そういえばそんなのありましたね。
脳内に元太君の「すっげー!でっけー!」と言う声が聞こえてくるようだ。
やめるんだ元太君、それは爆破呪文だ。
私はポテチをぱりっと貪った。
「灰原さんがポテチ買ってくるの珍しいですね」
「博士が隠し持ってたのを取り上げたのよ。まったく、数値がこれ以上悪くなったらどうするの」
「おお、可哀想に……」
博士のだったらしい。
せめて今日の肉はちょっと多めにしておいてやろうと心に決める。
灰原さんはため息をついた。
「しかしこのタイミングで臨海都市というのは、不運ね。災いは海からやってくるイメージが定着してしまったし、本来は観光名所にもなるはずだったでしょうに」
「そうですね。まだ海で被害は報告されていませんが…」
「博士と行った先日の学会でも話題だったわよ。もう間違いなく海にもいるはずだと」
どうすればこの事態を打開できるだろうか。
例えば人を襲わないよう訓練した手足に命令型をぎゅうぎゅうに押し込んで、自死の命令を発信させながら歩き回らせるとか。
何か命令に特化した手足がいるといいんだが。
私はポツリと言葉を落とした。
「実験再開ってできるでしょうか?」
「……うちでは戦争型の対処が難しいわ」
「今ならある程度産み分けられると思うんです。何か、あたらしい発見があるような気がして。それが今の状況を打開できるならと」
「………」
灰原さんが私を見て、ふうと息をついた。
「いいわ。前の設備を整えるのに一週間ぐらいはかかると思うから、博士と協力して何とかするから」
「ありがとうございます。すみません、ご迷惑をかけて」
「世界を救うかもしれない実験よ。やりがいという意味でこれ以上のものはないわ」
世界は劇的に滅びなかったとして。
何となく悪くなっていくものでもある。
そういう意味で、私の努力は無駄にはならないだろうと。
そう確信していた。
4日ほどすると、コナン君が帰国して来た。
ルパンからの連絡を受けて港に行くと、すっかりルパン一味に馴染んだコナン君がいた。
「こーの小生意気なガキンチョ中々面白いじゃねーの。君の新米パパ君」
「誰が新米パパだっ!あーもー!パパァ、おじさんがいじめる!」
「誰がパパだっ!」
「次元、ついに孫が生まれたんだな……」
「おいルパン、表出ろ」
愉快なルパンおじさんが一人無双しているだけのようだ。
五エ門さんが我関せずでやや離れた場所に立っている。
私の姿を見つけたコナン君がぶんぶん手を振った。
「あ、宙、蘭は無事取り返したぜ!」
「おめでとうございますコナン君!ルパンも、彼を送っていただきありがとうございます」
「いーのいーの。面白いもん見せてもらえたし」
ルパンはぺいっとコナン君を放り投げた。
むっすりしたコナン君が私の手元にやってくる。
次いでルパンの後ろから「ハァイ!」と顔を見せたのは不二子さんだ。
コナン君は「ひっ!」と悲鳴をあげて素早く私の後ろに隠れた。
何されたんや君。
不二子さんはチェシャ猫のように微笑んでウィンクした。
「やぁね。不老の秘密を探るべくちょっとボディチェックしただけじゃない」
「俺に触らないでもらえますか!!!」
「だめですよ、青少年に悪戯しては。レーティングが上がってしまいます」
「元からルパンのいるところはオトナの世界よ、ボウヤ達」
チュッと不二子さんが投げキッスを送る。
それはたしかに違いない。
ルパンも隣でキメ顔をして次元さんにため息をつかれている。
若干面白集団なんだよな。
ふと、背中に隠したコナン君が「ん、なんか背中に隠してんのか?」と無遠慮にシャツを捲りあげる。
そしてびっくり、ばさっと翼がお目見えしたではないか。
透明な翼が夜闇の中港の光を反射して煌めいている。
シャツの存在にすっかり安心していた私は力を抜いていて、捲られたと同時にずろろと翼を開いてしまう。
私は咄嗟に叫んだ。
「コナン君のえっち!!!」
「わぁああああ翼!?つかそんな言い方する奴があるか!」
「まあ素敵。ああいうお宝が次欲しいわ。ねぇルパン」
「毟られる…!?」
私が慌てて翼を隠すと、不二子さんは「剥製は趣味じゃないわ。生きたものはその生の脈動がないとね」とクスクス笑った。
そしてぐるりと背を向ける。
そろそろ帰る時間のようだ。
帰り際に、私は一言決意を述べることにした。
「ルパン!」と叫んで彼の背に声をかける。
「あの時のお礼は、今鋭意準備中です。ですが目処は立ちました。金銭に変えられぬ価値を、必ずやあなた方に返しましょう」
「期待してるぜ」
それだけ言って、ルパンは振り返ることもなく姿を消したのだった。
私は翼を無理やりシャツの中に戻そうとしたが、シャツに引っかかって中々戻せない。
コナン君をジトッと睨め付けて私はぼやいた。
「どうすんですかこれ。コナン君のせいですよ。こんな羽もボサボサになっちゃって」
「いや悪かったって。背中に何か隠してると思ったんだよ!」
「何隠すって言うんですか。手伝ってくださいよ、これじゃ帰れませんよ」
「わかったわかった」
もぞもぞ二人で翼を戻しつつ。
私たちもなんとか帰路に就いたのであった。
・翼
透き通って光を屈折させ、瞬時に峰不二子が宝石を連想させるほど美しい。
触覚があって摘むと痛い。
・豪華客船
ホラゲが作れるシチュエーション。
太平洋上でパニックに陥り、一度操舵権を失い漂流。
乗客乗員が命を賭して手足から操舵室を奪還して某国に辿り着いたが、入港拒否されて日本にやって来た。