本日はようやく、降谷さんの中の幼生の排除のスケジュールが取れた。
場所は降谷さんの家。
万が一が起きないようにか、窓は閉め切られビニールテープで目張りがされている。
練炭自殺でもするつもりなのかと疑う部屋だ。
羽虫が逃げないように、逃げても私が自死命令を出せるようにしているんだろう。
こんなことしなくても問題ないのに、降谷さんは慎重に慎重を重ねるつもりらしい。
降谷さんが目の前で大きくため息をついた。
「疲れたよ、本当に。警察に手足の対応をさせようなんて言語道断にも程がある」
「え、そんな話が出ているんですか?」
「自衛隊とどっちが受け持つかで揉めてる。手足みたいな化け物を拳銃一つでどう対処しろと?」
先ほどから愚痴が止まらない。
どうもこの頃かなり忙しかったようで、鬱憤が溜まっているようだ。
むすっとして机に寄りかかりダラダラしている。
「そういえは自衛隊も対手足に関する議論をしているとニュースでやっていましたね。どういう法的で出動するかとか」
「ああ。なんとか自衛隊に手足の対応を押し返したんだ」
既に総理大臣直下で対策本部も立ち上げられている。
「ネバダ脳寄生虫・害獣非常災害対策本部」、だったか。
主に遠洋漁業への注意喚起、輸入物の調査、渡航規制、例の豪華客船への対応を行なっているはずだ。
だが最大の問題は「日本に手足がやって来たら、一体誰が駆除するのか」だ。
一応、紆余曲折の末自衛隊が害獣対策での名目で動く方向で議論は進んでいるとのこと。
手足って小さい兵士型でも人の味を覚えたヒグマぐらい厄介だからな。
拳銃なんか、バンバンやってる間に一人二人殺られるのは間違いない。
「嫌味の応酬だったよ。人間の相手だけしてればいい所は楽でいいなとか裏では言われてたらしい」
「それはそれは。まあ、サブマシンガン持ってても死ぬ時は死にますから。豪華客船内にアタックすることを思えば嫌味の一つも出るでしょうね」
「人間同士のドロドロした闘争はもうたくさんだ。味方同士で戦ってる暇があったらあの海に浮かぶ手足が鮨詰めの箱をなんとかしてくれ」
降谷さんもだいぶ弱っているようだ。
最近激務だったみたいだからな。さもありなん。
しかも手足は死んでからが本番だ。
血液は多量の幼生を含み、その血が万が一にでも目に入ったらアウト。
野生動物が触れたら拡散。
下水に入れば汚染。
モタモタしているうちに死体から羽虫こと疫病型が発生し、もはや害悪以外の何者でもない。
今自衛隊では専用の部隊と装備を準備していると聞いている。
私は灰原さんに倣い、よしよしと降谷さんを撫でくりまわした。
だんだん降谷さんがトーンダウン、満足げになっていく。
そうなんだよ、これ満足感がすごいんだよ。
「ではそろそろ幼生の排出に移りますね。何か気になる点はありますか?」
「排出をした場合、僕に何か不具合はあるか?」
「そうですね…」
私はしばし悩んでから口を開いた。
「初の事例が降谷さんなので確かなことを言うのは難しいですが、脳が治っていなった場合また素早く発狂します」
「最悪だな。また情けないところを見られるのか」
「こればっかりは抜いてみないとわからないので。ダメならまた注入し直します」
「頼んだ。どの程度時間がかかるんだ?」
「転換命令で3分程度、その後自死命令はすぐですね」
私は耳を覆うように手を伸ばし、降谷さんの頭を固定した。
耳元にそっと囁きかける。
全身に行き渡るように、シャツをたくし上げていた背から翼様器官をずるりと広げる。
それは荘厳な天使の降臨にも見えたかもしれない。
「『転換』」
降谷さんが目を見開き数秒茫然とする。
そして不意に両手を床に突いて、「うう」と呻いた。
「大丈夫ですか!?」
「なんか…すごく疲れて…なんだこれ、脳疲労?途轍もなく疲れている…!」
「それなら虫ギプスが外れた影響ですね。素のオリジナルです。まだ命令型がいますが、そちらから宿主の不調は確認できていません」
「これが僕の真の姿!?」
愕然と降谷さんが叫んだ。
言葉を選ばなければその通りである。
今まではドーピングキメてただけだからな。
今まで脳を支えていた幼生に感謝しましょう。
パタリとへたり込んだ降谷さんを、私はよしよしと撫でくりまわした。
「でも抜いても正気を保ってるのは大きな進歩ですよ!前はテロリストでしたし!」
「比較のために問題外を持ってくるのは無しだろう…もしまた僕がああなりそうだったら遠慮なく首を取ってくれ……」
「そんな。どんなオリジナルもお慕いしてますよ」
「嘘。今の僕が極めて好きだろう君」
「バレましたか」
ぽすぽすと私の太ももを叩いて抗議を示す。
そして降谷さんはうつ伏せになったまま何事かモゴモゴ言い、そのまま撃沈してしまわれた。
可哀想に、ゾンビのように「あーーー」と呻いている。
しばらく呻いた後、人語を取り戻した降谷さんがポツリと言葉を落とす。
「羽、綺麗だな」
「ありがとうございます。青年型になって新実装されました」
「ずっと見ていたいぐらいだ」
「うつ伏せでは見れていませんよ」
「心の目で見てる」
「なるほど」
あんたほどの人がそう言うなら……。
私は納得して羽をバサバサ広げた。
それは、心配した風見さんが様子を見に来るまで続いたのだった。
それから数日。
エッジ・オブ・オーシャンが爆発した。
儚い命だったね、エッジ・オブ・オーシャン。
いや、正確にはその国際会議場部分だけが爆発したのだが。
私もそれとなく色々工夫を凝らしたのだが、やはり防ぐには至らなかったようだ。
風見さんの家のAIアシスタントを夜中に突然歌わせるデモをしたりしてIoTテロに注意喚起したのに。
無駄に風見さんが深夜3時に叩き起こされただけに終わってしまった。
阿笠邸に来て早々、コナン君が厳しい表情でほぞを噛んでいた。
「おっちゃんが逮捕された」と重々しく一言。
どうやら降谷さんにやられたらしい。
私はふむ、と少し考えて阿笠邸のソファに深く腰掛けた。
「降谷零のクローンの立場として言わせてもらいますと、毛利探偵はその立場として非常に便利です」
「っ、」
「元警官として、彼には公安事件の理不尽さを騒がない人格が備わっています。自営業として、多くの人間の関わる会社単位の損益を気にしなくても問題ありません。ビルによる不動産収入があり、生活に困窮することもない」
「…………」
「理想的な『生贄』です」
コナン君が沈黙し、ギリ、と歯軋りの音だけが聞こえる。
灰原さんが肩をすくめて言い放った。
「あの男、最低ね」
「まあ、人格的には下の下の下ですが、それを含めてオリジナルの味なので」
「貴方ほんとあの男に関しては褒めることしかしないわね」
「『そんなオリジナルの似姿が僕』という点を加味すれば遠回しな自画自賛になりますね。つまり僕はとても偉い」
「そうね、貴方は偉いわ」
無意味に胸を張ったら、灰原さんは同じく無意味に褒めてくれた。
嬉しみである。私はますます胸を張って誇らしげにした。
コナン君が呆れたようなため息とともに頭に手を当てる。
「お前らなぁ」と困ったような顔。
ちょっと気が紛れたようだ。
「バーボンには後でサッカーボールお見舞いするとして」
「キック力増強シューズで…!?オリジナル殺人事件ですね」
「殺さねーよ!ったく。そういや新しく実験するっつってたけど、今どんな感じなんだ?」
コナン君の質問に、灰原さんが優しく微笑んだ。
ちょうど作業がひと段落したらしい阿笠博士が「おお!新一!」と言って地下室から上がってくる。
「新しい設備ができたところよ。博士の力作。これから本格的に研究が再開するわ」
「そっか。うまくいくと良いな」
「ふふん、ワシの特別製じゃ!戦争型の突進にも耐える新素材新形状!それでいて軽くて哀君でも楽に動かせる重量の扉!出入り口の壁と扉自体が微弱な命令を発して、近づくだけで疫病型はお陀仏!!」
阿笠博士が誇らしさを全身に纏いながらダブルピースを決めた。
なお、へー、と特に興味なさそうなコナン君である。
なんか世界各国の喉から手が飛び出るレベルの代物な気がするのだが。
まあ気のせいだろう。
「世界情勢は悪化の一途を辿っています。そこを打開する何かを生み出せれば、僕たちに取ってそれより良いことはありません」
「そうね、発表段階での折衝は工藤君に任せるわ」
「うげ。またかよ。まあ良いけど。米国には顔が利くようになったし」
私の直感だと、命令系統に関わる手足を生み出せるようになった気がしているからな。
それが何か状況を打破できればと、思う次第である。
・ドイツにて
先日ジャーキーから感染者が出ていたドイツにて続報。
住宅街にて、野生動物の頭が割り開かれた状態で発見された。
防疫が完璧ではなかったらしい。
現在あたり一帯を封鎖して防疫活動を行っている。
・アメリカにて
西海岸ワシントン。漁に出ていた住民が中々帰らないと言うことで通報が入っていた件。
本日スクリューが壊されボロボロの船が漂着、失踪していた男性が保護された。
「海に巨大な化け物がいた」と証言しており、現在付近では海水浴や漁が一時自粛となった。