毛利探偵が書類送検された。
場所は阿笠邸地下にて、私は降谷さんを呼びつけて懇々と説教をしている。
「やりすぎですよ。コナン君は防疫対策のキーマンだ。日本に悪印象を持たれるのは国防上の損失です」
「だが彼は私情で日本を見離さない。助けを求める手を払いのけたりはしない」
「善意に付け込むんですか」
「………」
このどうしようもねぇあむぴに反省の色は見られない。
私は憤ってプリプリと猛った。
「起訴しなくても公安なら違法捜査できたでしょう」
「合法の目も残しておかなければ、自分の首を絞めることになる」
「リスクとリターンの釣り合いの話です。ここは非合法な手でやりくりすべきでした。コナン君に甘えすぎです」
「でも彼ならなんとかするだろう?」
私はぶすっとして正座する安室さんを睨め付けた。
ここに通した段階でとりあえず正座させたのだ。
コナン君のあの追い詰められた顔を見ててそう言えるなら、あむぴは人非人である。
それも含めてあむぴというキャラだが。
私は重苦しく咳払いした。
「そう考えていることは読めていたので、あらかじめここに来てもらいました」
「何故阿笠邸の地下に…?あとその後ろの箱は一体」
「オリジナルを呼んだのは他でもない、実験に協力してもらうためです」
黒い頑丈な箱を開ける。
中からは、よく育った手足がぬっと登場した。
わさわさとムカデじみてついた人の手には、猛獣の爪が生えそろっている。
乱杭歯の生えた口は大きく、人の頭に中途半端に似ていてグロテスク。
サイズは芝犬ほどだが、人を食い殺してあまりある性能を有している。
手足は目の前の新鮮な肉に猛って、「ギャギャギャギャギャギャ!!!」と荒ぶった。
だがすかさず私がおすわりを命じたので、大人しくトカゲのような尻尾をブンブンに振って待っている。
「!?!?!?」
「これから、この手足を抱っこしてもらいます。『手足は人間に懐くか』という実験です」
「ま、まだやり残したことがあるから死ぬのはちょっと待ってほしい」
「いまさら命乞いですか。抱っこするだけなので危険性はないです。抱っこして撫でて可愛がってやってください。それが今回の罰です」
「!?!?」
手足は我慢しきれないようで、首を限界で伸ばして安室さんをつまみ食いしようと努力している。
そして匂いを嗅いで、ちょっと訝しげにした。
最近まで安室さんが感染者だったからだろう。
回線から「下っ端?下っ端?うーん、チガウ…?」と困惑した思考が伝わってきた。
そしてしばらく考えた上で、やはり美味しいお肉だと思い直したらしい。
唸って首を突き出して歯を剥き出しにした。
だらだらと垂れた涎が床に粘性の水溜りを作る。
安室さんは流石にちょっと顔面蒼白になった。
「良いですか手足君。食べちゃダメです。舐めても良いですけど齧ってはダメ。捥いでもダメ。優しく大人しくしてください」
「ギギギギギ……ヒィン」
「ダメ。お腹空いてもダメ。撫でられても噛んじゃダメ。いいですね?」
「ヒィーーヒィーーー」
私に言い含められ、手足はすっかりしょげかえってしまった。
「肉…美味げもぐもぐダメ……」と素晴らしく悲しそうだ。
私は手足を抱っこして、安室さんの前に突き出した。
「はいどうぞ」
「なんて言うか、すごく唸ってるんだが」
「ギギギギギ…」
「唸ってるだけですから、食いついたりしませんよ。まずヨシヨシしてやってください」
安室さんがそーっと手足のハゲ散らかした頭のてっぺんを撫でてやる。
素早く手足は憤怒に歯を食いしばった。
「ギッ!!!!!」
「うわ、もうこれダメじゃないか?絶対殺すって顔してるんだが」
「こら手足君。殺さないよ。殺さないよ。よしよし」
私がかわりに撫で直してしてやると、ちょっと機嫌を直したらしい。
まだ思うところがあるらしくて「ヒィーーー」と変な声で鳴いている。
「か、可哀想じゃないか?望まないことを無理にさせるのは」
「いや、僕が命令することで人間に慣れるかの実験も含めています。この実験は灰原さんもコナン君も合意しています。このご時世、急ぎ必要な実験でもありました」
「………それは人身御供と言うんじゃないか?」
「この程度で身内を書類送検された恨みがはれるんだから格安の部類でしょう」
「代償は頭を割り開いて怪物が出てくる可能性なんだが、それは格安と言えるのか???」
安室さんががっくりと肩を落とした。
まあ、口はどうあれ納得はしているのだろう。特に抵抗する様子は見られなかった。
安室さんは私に無理やり渡されて、手足を不格好に抱っこした。
手足はむしゃくしゃのあまり「ギャッッッッ!!!」と絶叫した。
回線からは怒りの声が伝わってくる。
「美味げが勝手に触ってくる!許されない!美味げのくせに触んな!!」とのこと。
手足は意外と誇り高いらしい。
これでは人間との融和は不可能そうだ。
私は安室さんから手足を預かった。
安室さんは全身冷や汗でぐっしょりであった。
捕食者の瞳で爛々と睨みつけられて全身竦み上がったらしい。
手足もすっかり萎れ切っていて、プライドが傷つき疲れ切っていた。
私は全身を撫でくりまわして、回線越しに話しかけた。
「よく頑張った、頑張った手足君には美味げをあげましょうね」
「!!!ギャッ!」
「これ、鶏肉です!」
「…………」
今日のスーパー特売の鶏胸肉を手足の顔の前に突き出してやる。
す……と手足は顔を背けた。
ガッカリ感がすごい。
「やだ。美味げが食いたい。そこの美味げを食う」と言い張って無言で口を一文字に閉じている。
「ダメ。降谷さんは食い物じゃありません」
「ヒィ」
ついに手足は全ての気力を失って、こてんと床の上に力尽きてしまった。
女王の命令は絶対だが、自我だってあるということらしい。
なんとも実際の統率は大変そうだ。
「僕は助かったのか……?」
「急死に一生スペシャルみたいな顔しないでください。安心安全な実験でしたよ」
「安全の二文字がどこにも感じられない実験だった。今にも喉元に食いつきそうな見た目だった」
安室さんは迫真の表情で眉間に皺を寄せた。
私はうむうむと頷いて補足する。
「まあ、実験というからには条件を変えて幾度も試します。今日のは単なる肩慣らしのふれあいだけですから、その辺はご了承ください」
「刑罰が重すぎないか。非人道的だ」
「それはコナン君に言ってください」
「…………」
まあ、うまく世は回っているということなのだろう。
安室さんはカラカラに萎れ切ったまま項垂れてしまった。
私は話題をエッジ・オブ・オーシャンの爆破事件へと移した。
「そういえば、もうコナン君はIotテロの可能性に辿り着いたようですよ」
「!!流石だな、僕は事前知識があったから事件当時目をつけていたとはいえ……だが問題は、誰がやったかだな」
「Iot家電のセキュリティは脆弱ですからね。僕が先週風見さんにやった通り、機器側にセキュリティホールがあることが多いですから」
「先週?どういうことだ」
安室さんが首を傾げたので、私は予想外のことで瞬いた。
どうやら風見さんはただの悪戯だと安室さんに報告していなかったらしい。
しまったな、迂遠にするべきではなかった。
安室さんが任務中でちっとも捕まらなかったから、風見さん相手に悪戯したのだが。
「風見さんの自宅にあるAI機器があまりにもセキュリティ上欠陥が多かったので、知らせるためにちょっと悪戯を仕掛けたんです」
「具体的には?」
「夜中に沖野ヨーコの曲を爆音で流しました。本当は真夏にクーラーを切ることも、トースターを爆発させることもできましたが」
「……なるほど、テロは十分に可能ということか」
安室さんが暗い顔で俯いた。
例えばそれが安室さんに伝わっていなら、もっと早くに会場の脆弱性に気づき、多くの公安の死者を出すことはなかっただろうか。
それを考えたのだろう。
「………風見には言うなよ」
「どちらにせよ彼の知るところになりますよ」
「後悔は事件が終わってからで良い。今はクリーンな思考で捜査するべきだ」
「あなたがそう言うのなら」
私がそのように返事をすると、安室さんは床にあぐらをかいて息をついた。
「研究の方はどうだ?」
「気が早いですよ。まだラボができたばかりです。新しい形の手足の育成に成功したので、使い方次第ですね」
「頼もしいな。もう日本も他人事ではいられない段階になってきたから、急いでくれると助かる」
「もちろん」
先週から、世界各地で感染経路不明の幼生感染者が出てき出した。
多分海水魚からだと思われる事例がいくつか。
輸入品からの事例もいくつか。
ポツポツと感染国が増えていっている。
各国はその場で防疫処理をしていると発表しているが、どこまで防げているかは疑問が残る。
ともかく、今は爆破テロだ。
怪物という新たな敵が現れても、依然人類はバラバラのまま。
ここは一致団結するところだろうに、人類が手を取り合うのはハリウッド映画の中だけということらしい。
安室さんのところから帰ると、毛利探偵事務所付近で橘弁護士とすれ違った。
今回の毛利小五郎の弁護人を引き受けた人物で、実のところ公安の協力者だ。
風見さんの管理下に置かれ、彼によって監視されている人物。
彼女は、言っては悪いが本質に関わる人物ではない。
ただの公安協力者だ。
そのまま通り過ぎて、私は特に話しかけることはしなかった。
なんと言おうと、この人の人生は既にこの人自身が歩き始めている。
言葉で救える段階は過ぎた。
二階に上がると、コナン君が一人でスマホでニュースを確認していた。
蘭ちゃんはいないようだ。
「おや、蘭さんはどうしました?」
「蘭は買い出し。栗山さんと一緒にスーパーへ行ったよ」
こちらを見ずにコナン君は静謐な言葉を発した。
「安室さん、なんて?」
「少なくとも謝罪はしていませんでした」
「だろうな。その程度の気持ちで利用してたんならぶっ飛ばしてたところだ」
にっと、力強くコナン君が笑った。
コナン君がそう言うのなら、私が口を出すことでもあるまいよ。
「手足は撫でさせときました。檻越しでない生手足はやっぱり怖かったのか汗びっしょりになってました」
「よし」
何がよしなのか知らないが、ともかくよしらしい。
コナン君は満足げに頷き、私もなんとなく釣られて何度か頷いたのだった。
・ネバダ脳寄生虫
日本における通称。
とはいえ学術的には虫ではないし、学名は別のが付いてる。
・手足
誇り高い。美味げなどに撫でられる謂れはない。
あの後仕方なく鶏肉モソ…モソ…って食べた。
女王酷い…でも好き…もっとやさしくして…。