本日が東都サミット当日である。
今現在、それに合わせてか広範囲なテロが行われ、ネットに繋がる電化製品を無作為に発火させて回っている。
博士の家の機器は万が一のためにルーターをカチカチに固めてあったから問題無かったが。
街中ではボヤ騒ぎが多発して大騒ぎ。
車まで不具合が起きる異常事態に、テレビも混乱を伝えている。
私は混乱する人並みを通って、一つのビルへと入った。
妃弁護士事務所の入る、都内の一等地に立つビルだ。
さすが法曹界の女王、素晴らしい場所に事務所を構えているようだ。
最近は蘭ちゃんもコナン君も二人とも妃弁護士事務所に行ったっきり、毛利探偵事務所には帰ってきてないからな。
様子を見に来たのだ。
入るとすぐに、大きな壁掛けの薄型テレビが壊れてしまっているのが見えた。
あら、貴方…と妃弁護士が私を見て首を傾げる。
蘭ちゃんがパッと顔を明るくした。
「阿笠君!」
「お初にお目にかかります。彼女の学友の阿笠宙と申します」
妃弁護士に頭を下げておく。
彼女はご丁寧にどうも、と穏やかに笑ったようだった。
「阿笠君はどうしたの?」
「進捗を聞きにきたんだ。その途中でこの小火の嵐。またテロとはびっくりしたけどね」
「テレビでもやってたね。でもだからお父さん、無罪かもしれないって!」
蘭ちゃんが満面の笑顔で私の手を取る。
コナン君が実に面白くなさそうな顔で私を睨め付けてきた。
なんで服部君はよくて私はダメなのだ嫉妬探偵君。
関西弁か?関西弁が脈なしを誘うのか?
むすっとしたままコナン君がソファで足を揺らした。
「この犯行は、警察で取り調べを受けている最中の毛利のおじさんには不可能。そうだよね、宙お兄ちゃん」
「そうだね。俄然、可能性は低くなる」
やや面白くなさそうなのは橘弁護士だ。
暗く映らなくなってしまったテレビの様子を見ながら、淡々と言葉を紡ぐ。
「あらかじめ日時を決めておけば、逮捕後も十分に可能でしょう」
「そんな……」
「確かに、今日はサミット当日。日時を決めるならちょうどいいね」
「阿笠君まで!」
「これで終われば、ですが」
私の含む色合いのある声に、橘弁護士が目を細めた。
「どう言う意味ですか」
「最初の被害に比べて、今回の行動が小さすぎる。突発的な行動の可能性があります。つまり」
「まだ大きな玉が残っている可能性がある、と言う話です」と私はにっこり笑顔を作った。
コナン君が表情を引き締める。
「それが起きた時、逮捕中の毛利探偵にできるレベルの話なのかはわからないですね」
「可能性の話ですね」
橘弁護士は特に興味がないのか、そっけなくそれだけ言ってテレビの修理に戻った。
まあ、毛利小五郎を有罪にしようと動いているのは、彼女にとって多少の意趣返しでしかない。
そこまで熱意もないのだろう。
コナン君に服の裾を引っ張られ、「何か思い当たることでもあんのか?」とコソコソ問い詰められる。
私は堂々と首を横に振った。
「直感です。なんか酷いことが起こりそうなアトモスフィアがあった。それを知的に言い換えてみただけ」
「お前な…!それをあんな思わせぶりに言う奴があるか!」
「僕は探偵ではないので直感で動きまーす。生物兵器の勘というとどこか信頼がおける気がしてくるだろう?」
「来ない」
ピシャリとコナン君にいわれてしまい、私は萎れた。
肉体君にも「あんまり適当言うと父君の信用を失いますよ」とジト目を向けられる。
そんな…大きいのがもう一発ドカンと来るのは本当のことなのに……。
さて、しばらく何くれとなく雑談した後お暇する。
ちょうど帰りが一緒だった橘弁護士と、私はエレベーター内でご一緒することになった。
無言の橘弁護士に、私は声をかけた。
「風見さんとは、仲がよろしいのですか?」
「っ」
一瞬目を見開いて、橘弁護士は私を凝視した。
なぜその名を、と口にせずとも言っているようなものだ。
彼女、橘境子は公安の協力者である。
毛利小五郎の弁護を引き受けているのも風見さんの指示で、「彼を有罪にしないようにサポートしろ」「内情を調べて共有しろ」という命令によるものだ。
まあ、予想外の事態が起こらないようにお目付役の意味が強かろうよ。
もちろん、今の橘弁護士は風見さんの思惑から外れてしまっている。
私は笑顔のみで返した。
「一緒に話しているのを見ました。今回も首輪付きとしての対応ですよね」
「………」
「僕は飼われていないので詳しいことは分かりませんが、ペットの身分も大変だと聞きます。毛利小五郎を有罪にしろと風見さんが言ったんですか?」
「……脅す気?」
「まさか。あんまり意地悪だと告げ口しようかなと思っただけです。僕は権力のないただの学生ですから」
お前の狙いはわかっている、公安に報告するぞ、と。
私はそのような意図を含んで言葉を発した。
橘弁護士はその立場ゆえに公安の権力の強さを知っている。
目をつけられたら生活が成り立たないことも。
ぎり、と橘弁護士は歯軋りした。
「何も知らないくせに」
「何も知らない人に八つ当たりはいけませんよ。蘭さん、優しい人だったでしょう?」
「…………」
そのまま無言で別れて、彼女の姿が遠くなる。
彼女も被害者ではあるんだよな。
この場面に明確な極悪人はいない。
全部が裏目に出ている感じだ。
やるせない気持ちが去来し、私はそのまま踵を返し、阿笠邸へと向かったのであった。
それから数日。
毛利探偵の釈放が決まったらしい。
同時に本日が「はくちょう」の帰還日だ。
大型無人探査機「はくちょう」が長いフライトを終え、本日太平洋上に落下する。
一番の争点になっているのはその回収だ。
米国は爆発してしまったので日本まで回収に来る余裕がない。
とすると日本が全面的に対応に当たるわけだが。
阿笠邸のつけっぱなしのテレビから、アナウンサーの声が響いている。
「専用の無人潜水艇による回収が検討されていますが、内容物が浸水で痛む可能性を考慮し、計画を早めるべきだとの声が……」など。
光彦君がソファで心配げに眉を顰めた。
「怖いですね、海には虫の怪物がいるかもしれないって話なんですよね?」
「そうね。既に海洋資源は人間が手を出しづらくなってきているわ」
灰原さんが夕刊をめくりながら答えた。
海産物からの感染が世界でも多発してきたのは、全世界でこれ以上ないニュースとなっている。
日本でも各港に命令拡散機が設置。
水揚げされたものを全て冷凍、規定時間拡散機のエリアに保管して防疫処置が図られることになった。
もちろん時間がかかるしあらゆる海産物の価格は激増。
採れたてを生で、というわけにはいかなくなった。
阿笠博士が口髭をもしょもしょしながら眉を下げた。
「命令拡散機の作り方に関しては全世界に公開されとるんじゃがのう。やはりこれだけ一気に需要が高まると不足は避けられんか」
「wifiルーターの改造品だったかしら」
「そうじゃ!ご家庭でも作れるぞい!」
じゃじゃーん!と阿笠博士が完璧にWifiルーターの見た目の命令拡散機を見せてくれた。
なお、起動されても私は退治されない。
あらかじめ己の中の幼生の通信方式を変更してあるからだ。
歩美ちゃんがわあっと歓声を上げた。
「博士すごーい!」
「じゃあよぉ、博士だってはくちょうのカプセル取りに行けるな!」
「ほっほっほ!まかせんしゃい!」
無限に調子に乗る阿笠博士だが、そこには調子に乗って許される技術力が伴っている。
最近はドローンの開発をしているようで、命令拡散機を乗せた安価なドローンをプログラムで隊列飛行させるのだとか。
現在重量のある命令拡散機を、出力をそのままで小型。
そうしてエリア全体を巡回して防疫処置する理論を発表して、注目を集めている。
と、そのあたりで電話があった。
どうやら灰原さんの電話のようで、彼女は一旦席を外していく。
それから博士も一時呼ばれて退席していった。
二人がいなくなると、こそこそと歩美ちゃんが私に内緒話のポーズをとった。
「ねえ、博士のおうちのあの扉の向こうって何があるの?」
「そういえば僕たち、一回も入れてもらえてませんでしたね」
「お宝じゃねーの?」
子供達の無垢な発言に、私は苦笑して頭を撫でてやった。
「灰原さんと僕の秘密のものが入ってるんだ。秘密の秘密だ」
元太君が体全体で首を傾げて不思議そうにする。
「それってなんだ?」
「秘密なんだから教えられないよ。でもとっても危ないものがあるんだ」
「危ない…毒とかですか!?」
「そう。あそこに置いていることがバレたら、僕も灰原さんも、阿笠博士もここにはいられなくなる。あそこに入った歩美ちゃん達も命を落とすぐらい、危険なものだ」
「ええっ!?歩美こわい!」
皆がギョッとして慄いている。
私は人差し指を口元に当て、ゆるりと笑顔を作った。
「だから絶対に黙っていて。誰にも言っちゃダメだよ」
皆がうんうんと頷いた。
普通の小学生の「誰にも言っちゃダメ」は次の日にはクラス全員知ってると言う意味だが。
この上澄み小学生は本当に黙っててくれるいい子達だ。
そのためギリギリまで正しい知識を与えるべく、こうして話したわけだ。
そこに何一つ嘘は含まれてない。
私たちが地下に隠す手足を知られれば大騒動になる。
歩美ちゃん達が命を落とす危険があるのも本当のことだ。
じきに、子供達が屋上に呼ばれて屋上へと走っていった。
どうやら白鳥の撃墜が始まったようだ。
子供達の頑張りが都民を救う。
なんともドラマチックじゃないか。
灰原さんが壁にもたれかかっていたので、私も何くれとなく近づいた。
灰原さんがふっと笑う。
「さっき、子供達と何を話していたの?」
「地下にいるものについてです。怖いものがあるので近づかないように言っておきました」
「なるほど、まだ鳴いてるの?」
「ええ。ずっと鳴いてます」
統率型と名付けたそれが、今もなお阿笠邸の地下で鳴き続けている。
肉塊でできた巨大な蟻塚に、わさわさ足が生えた気色の悪い姿。
細い管が幾重にも伸びて、そこから羽虫がとめどなく吹き出している。
体内に羽虫の巣があるようだ。
それに自我はなく、爆音で私の命令をこだまのように繰り返していた。
「排出される羽虫の幼生を免疫型と命令型に変えられるのは確認済み。かなりの水深でも活動可能。海に投げ入れて自死命令、あるいは転換命令を繰り返させれば海の浄化が可能です」
「数の確保がネックね。海中生物で自然増殖させられないかしら」
「ですね…数のコントロールが難しいですが、取り組む価値はあります」
既に少ないながら、船が襲われる事例も起きている。
どうやら鯨などの海中巨大生物を母体に孵化した手足がいるようで。
とんでもない大きさのそれが船を壊して乗組員を丸呑みにするのだろう。
海運が潰される前になんとかしなくてはならない。
また、日本にたどり着いた豪華客船も未だ解決の途上だ。
中は手足の巣窟で、命令拡散機を持って突入した自衛隊は、化け物の死骸で扉が塞がるハプニングにも見舞われた。
甲板でその場で死体を焼却処分していたようだが、そうして発生した黒い煙をみた港の付近の住民から苦情が寄せられたらしい。
「あの煙に虫は混じってないのか」「感染したらどう責任を取るつもりだ」と、人の不安は限りない。
でも焼却しない方が怖いし、そこは理解してもらうしかない。
中では既に死骸となった手足から疫病型が発生し、羽虫の発生も確認されている。
凄まじい数の羽虫のため、第一回突入で自衛隊は殺虫剤を噴霧して撤退したようだ。
生存者のいる場所までは到着できなかったらしく、進捗はどうにも振るわない。
灰原さんが子供達のワイワイ騒ぐ声を背景に、少しだけ目を伏せた。
「あの子達が安全に暮らせる環境を、なんとか取り戻したいわね」
「そうですね。……その通りだ」
未だ光明は遠く、空より落ちるはくちょうが大気圏突入により輝いていた。
・統率型
68話(難破戦の行き先③)でちょっと触れた奴。
いろいろ融通が効く生きた命令拡散機。
本来はこれを通して制圧した広大な地域の手足を女王が統括する。
あらかじめ吹き込んだり、他の統率型を中継して遠方に命令したりできる。
複雑なプログラミングが可能で、軍隊のように手足を運用する前提のもの。
・研究員(故人)
「兵器っていうからには運用できなきゃね。話にならないからね。人間さんも賢いからね。籠城戦とかもね、対応したいしね」