堕ちた白鳥は閃光と共に海に墜落した。
降谷さんとの爆走ドライブデートの末に、建設中のビルからダイブしたのだ。
コナン君の兵器級花火ボールが炸裂し、無事に海へと軌道を逸らすことに成功したとのこと。
宇宙から落下する惑星探査機の着陸ポッドなんて視認速度を遥かに超えてただろうに。
ジャストヒットとは、流石コナン君。
私より人間じゃねーよ。
降谷さんも「たぶんコナン君のサッカーボールなら手足も仕留められると思う」と真顔で感想を述べていた。
まあ……兵士型は余裕だろうな。
下手すると戦争型を仕留めかねない怖さもある。
よく育った街路樹並みの木を一撃で倒木させる威力など、人間が常備していい戦力ではない。
まあともかく、事態はひと段落。
ついに修学旅行のターンがやってきたのである。
京都、音羽山。
海外観光客が極めて少なく、京都は日本人観光客ばかりだ。
そこは修学旅行生で容易に埋め尽くされ、随分と観光のしやすい場所になっていた。
防疫の一環で人の出入りが厳しく制限されている影響だ。
特に最近は「無症候性感染者」の存在が確認され、大きな話題を呼んでいる。
人間とは不思議なもので、まだその原理は不明。
幼生に感染して3時間が経過しても手足が孵化せず体内に幼生を止め続けているのが特徴だ。
ただし、そうした感染者でも命令拡散機に晒されれば命を落とす。
突然空港や港で突然死亡し、検査したら幼生感染者だったという事例もあったとか。
感染したらしいと医療機関に運び込まれ、なぜかちっとも死なない事例はドイツでの報告だ。
特異な例は他にいくつもあり、アメリカで感染者の少女が手足に世話されて過ごしていたという非常に奇妙な報告もあった。
その子は手足に乗って壊滅した街を歩き、食糧を集めていたのだという。
命令拡散機に晒されなかったのは奇跡だった。
保護されたとき、少女はこう言っていた。
「みんな女王様を探してるんだって」
「きっとどこかにいるから」
「たくさん殺して、たくさん捧げて」
「褒めてもらうんだって」
捧げられても困ります。
まあ暗い話はともかく。
目の前で工藤君が蘭ちゃんとツーショットを撮っている。
「風邪気味だから近づくなよ」とか言いつつあまりにも嬉しそうな顔だ。
工藤君はそっと蘭ちゃんの肩を抱き寄せた。
頬を染めて見上げる蘭ちゃんにそっぽを向きつつ、工藤君が「人にぶつかりそうだったから」と言い訳した。
園子ちゃんが「いよっ!良い夫婦!」と囃し立て、蘭ちゃんが「園子ったら!!」とたまらず怒りに行く。
その隙を狙って、私はニヤついてスススと工藤君の隣に陣取った。
「やばい、楽しすぎる。そういう顔をしていますね」
「してねぇ!!!」
「そこで颯爽と間男僕が登場した場合?」
「殺す」
「その純粋な殺気、良いと思います。犯人への理解が深まってますよ」
「ああもう散れっ散れっ!ニヤニヤすんな!そこ!中道も見てんのわかってんだからな!!!」
私はそそくさと退散した。
同じ班の中道君と「あれは、アレだね」「そう。アレだ」「へっへっへ」みたいにコソコソ話し合う。
げへへ。楽しいのう。
コナン君専用の天国みたいな空間だし、多少囃し立ててもバチは当たるまいよ。
でも、コナン君はこれまで本当に忙しかったから、これくらいの褒賞はあって然るべきだろうとは思う。
米国の防疫に関する相談役へと成り上がったコナン君は、そりゃもう激務の日々だった。
初めは「日本の高校生?口を出すな」程度の立場で、まったくの梨の礫。
そこをだんだん実績を積み重ね。
今では「やぁMr.工藤!待っていたよ!」と現場で工藤君をみた目暮警部みたいな反応をするようになったのだとか。
推理というのが全ての思考の基礎ということをまざまざと知らしめているようだ。
しかも「ちょっと厄介な事件で命を狙われてるので、功績はそちらの方で巻き取っていただけますか!」とでしゃばらないのがツボらしい。
「おじさんのところで保護しようか?」「正当に評価されるよう取り計らうよ?」と保護者おじさんが量産。
今はあちこちで引っ張りだこらしい。
コナン君は全くモテるからなぁ。
などとちょっとしんみりしていると、ドスドスとやってきた世良さんがぐにっと工藤君の両頬をつねった。
「あいたっ!?」
「お前、本当に工藤新一か?」
「あ、ああ。10年ぶりだろ。海で会ったよな」
「………本当に10年ぶりか?」
江戸川コナンを含めれば最近あったばかりだろ、という意思表示をバンバンに感じさせる言い回しだ。
工藤君の頬が引き攣った。
別に世良さんは良い人なんだが、背後にいるMI6がちょっと厄介なんだよな。
私の正体がバレればどう転ぶかまるでわからない。
私が考え込んでいると、中道君が声をかけてきた。
「しっかし幸運だったよな。帝丹高校裏人気投票トップ10の女子と一緒の班になれるなんて」
「ああ、聞いたことあるよ。この前三組の投票企画者が先生にしょっ引かれたやつだよね?」
「残念なことをした。先輩から脈々と受け継がれた歴史あるランキングなのに」
「碌でもない歴史を聞いてしまった気がする…」
学生とは馬鹿を地でいくこと、これすなわち青春なり。
私はうむうむと頷いた。
中道君が肩をすくめて大袈裟にやれやれポーズを作った。
「まあ、お前もお前で流星のように現れて男子ランキング1位を掻っ攫ってったんだけどな」
「男子版もあったの!?というか僕が一位!?」
「『紳士的で優しい』『なんでも親身になって聞いてくれる』『子犬みたいで可愛い』などの意見が寄せられてるそうだ」
「道理で最近熱視線が増えたと思った。でも工藤君の方がイケメンじゃない?」
「工藤は『話がつまらん』『無限ホームズ念仏』『話聞いてると耳からホームズが出る』『あまりに話がつまらん』などの意見が略」
めちゃくちゃ言われとるやんけ。
耳からホームズ出るってなんやワレ。その通りです。
工藤君がウロウロして私に近寄ってくる。
なんだかみんなを警戒して、どことなく恥ずかしそうだ。
「なんかさ…みんな俺が告ったこと知ってるくさいんだけどどういうことだ?」
「留意すべきは園子さんはゴシップ拡散機だということです。統率型ぐらい爆音で触れ回ります」
「あいつ!!!!」
可哀想に、日本に帰ってきた翌日午前中の間には皆の知るところになっていたそうだ。
私も学校通い出してすぐに話を聞いた。
帝丹高校の基礎知識の一つだ。
さて、そんな雑談をしつつ清水の舞台に到着。
高さがあって眺めも素晴らしい。
人が少なく天気も晴れ渡り、まさに観光日和でる。
そこでは工藤君が女優の鞍知景子に声をかけられていた。
流石、大女優の息子だと交友関係も広いのだろう。
「同じホテルなら私の部屋に来て、見せたいものがある」などと親密そうに声をかけられていた。
それを見ていた蘭ちゃん、ぷくっとすかさず嫉妬の構えだ。
私はニコニコして蘭ちゃん・園子ちゃんペアに声をかけた。
「まあまあ。盗み聞きしていたけど、どうやら探偵の依頼があっただけらしいよ」
「え、この距離で聞こえるの阿笠君!」
「僕は耳がいい方だから。なんか工藤君のオムツ替えたことあるとか言われてるよ」
「色気のイの字も無かったわね。よかったじゃない蘭!」
「別に…気にしてないし……」
かあっと耳まで赤くなって、蘭ちゃんはモゴモゴ言い出した。
かわゆいのお。このために修学旅行に来たまである。
『僕は母君の方がお似合いの女性だと思いますけどね』
内側で肉体君がブツブツ文句を言っている。
そこは議論しても仕方のないことだし、静まりたまえ肉体君。
なお、その後ろにニット帽にサングラス、マスクを被った不審者である平次君がウロウロしていることに留意されたし。
夜中、アポトキシンの解毒剤が切れた間の替え玉に呼ばれたのだろう。
わざわざ学校を休んでやってきてくれたとは、まったく服部君には頭が下がる。
お疲れ様です服部君。
コナン君は這いつくばって感謝した方がいい。
さて、そうして金閣寺に行ったりフルーツサンドを食べたりしていると、あっという間に時は過ぎるもので。
ホテルに戻り食事を済ませると、しばしの自由タイムが始まる。
夜は昼間の女優さんの部屋に皆で行くらしい。
私は「少し疲れたので先に寝ています」と言ってパスした。
中道君はダチとトランプに明け暮れるらしく、部屋には不在だ。
工藤君はハーレム状態で女優さんの部屋にお邪魔しに行った。
肉体君がぼんやり暇そうに言葉を漏らす。
『また今日も練習するんですか?』
「あと少しなんですが、その少しが遠いんですよね…」
転生という世界をルパンに見せるのは、私が作ったルパンへの大き過ぎる借りの唯一の返済方法だ。
私がみている視界をルパンに提供できるのが一番なんだが、これまた特段と難しい。
私は体への定着が薄いのを利用して、みよよよよ、と手を体の外に伸ばした。
幽体離脱なようなそうでないような、魂のみで在る転生者の基本的な力だ。
そのまま肉体君に声をかけてみる。
『見えます?』
「幽霊とか見えるわけないですね」
体の主導権を肉体君に任せてビヨビヨと手を振るが、やはり見えていないようだ。
私は魂の手で肉体君の手をにぎって見せた。
「うわっ、今ヒヤッてしました!え、幽霊!?」
『幽霊ですよそりゃ。うーん、相手の魂を一緒に半分引き摺り出して相手の視界を確保、は、肉体君の魂がないので無理か…』
むむむ、と私は悩んだ。
「……僕の魂はないんですか?」
『無いですね。人間は肉体のみでも思考できますから。ある意味、魂は余分なものです』
魂とは、バックアップ用のSSDみたいなものだ。
一部、その記憶を次に受け継ぐこともあるかもしれないもの。
転生者とは、それを通り越して小型PCになってしまったやつを指す。
どうしてそうなるのかは知らない。
気付けばそういうものになっていたし、己がそうだと自然と理解できたからだ。
静かに肉体君が目を伏せる。
「───なら僕は、記憶があるだけの三人目なんですね」
私は突然の肉体君の言葉に、きょとんと首を傾げた。
『記憶があったら同じじゃ無いですか?僕視点では同じに見えますよ』
「この情緒のかけらもない野郎をどうすればいいんですかね。人の心無いんですか?」
『えっ、それ言われなくなったからついに僕も人の心を獲得したのだとばかり』
「今なかったです」
『そんな』
ゆったりそのように雑談にしけ込んでいると、外がにわかに騒がしくなった。
警察が到着したようだ。
なんとも、修学旅行でもまた殺人がこのコナンワールドの流儀という感じである。
・アメリカ手足の間で流行りの宗教
最近美味げの反抗が激しい。女王もいない。
仕留めた美味げを重ねて塔を作って祈ると、女王に届くらしいぞ!
人間から孵化した手足は信心深い。
・手足に育てられた少女
幸運が重なり保護された。
米軍が身柄を預かろうとしたが世論の反発に遭い、今は医療団体が保護している。
「あの子達は寂しがってるから、女王様を見つけられるといいんだけどなぁ」