しばらくすると、服部君が部屋にやってきた。
ニット帽にサングラス、マスクをつけた完璧な不審者ルックだ。
部屋からは他の生徒が出払っていたので、ちょうど入る良い機会だったのだろう。
そのまま「すまんな、邪魔するで!」と言ってどすんと腰を下ろす。
「お疲れ様です。ここ、この部屋ベッドが高いので下に入れそうですよ」
「おおきに。工藤はどうしたんや」
「事件だそうです。あなたも……」
ガチャっと扉が開き、よろよろの工藤君が入ってくる。
胸を押さえて息は荒く、とんでもなく苦しそうだ。
私は慌てて彼に肩を貸した。
「大丈夫ですか工藤君!?倒れる前にこちらへ!」
「悪いな宙。っくそ、やっぱアポトキシンが毒薬だっての、こういう時に痛感するぜ。あ、服部は明日事件の方に一緒に参加、してくれ…」
「ほんま大丈夫なんか?心臓になんか負荷かかってへんかそれ」
服部君の言葉に私は大きく頷いた。
間違いなく肉体にとんでもない負荷が掛かっている。
私たちの心配に「悪いな」と工藤君は苦笑いだけで返した。
無理を通したのは工藤君自身の選択だから気にするな、ということらしい。
「……中道は?」
「今日はいつものグループと部屋に集まって耐久7並べだって言ってましたよ」
「夜通しトランプかよ。もっとやることあるだろ」
「学生らしくて良いじゃないですか」
そこまで言って、限界が来たらしい。
工藤君がどさりとベッドに倒れ込んだ。
間も無く押し殺した叫び声をあげて、小さくなる。
いつものコナン君の姿に私はニコニコした。
「これこそ僕の見慣れたコナン君ですね。いや、工藤新一の方が正しい姿だとは分かってますけど、どうも大きく化けてる感じがして」
「バーロー。服部、あとは布団かぶって誤魔化しててくれ。宙は布団剥がされないように見ててくれるか?」
「この貸しはでっかいで工藤!分厚くてA5のブランド和牛や。ええな!」
「あ、それ僕も欲しいです!!!肉!肉!」
「ったくしゃーねーな……。帰ったらみんなで食い行くか」
やった!美味げにありつけるぞ!!!
手足の世話してると手足語録がうつるから良くないんだよな。
うちで育てている手足は獣由来の一世代目だ。
知能もたかが知れてる。
だが人間由来の手足は賢くて、鍵もシャッターも開けるし計算高い。
おそらく交信すれば結構会話が通じることだろう。
他の手足と協力してチームで美味げ狩りもしているようだ。
でも、その割には命令拡散機を避ける様子がないのは世界中の研究者の疑問らしい。
なんなら噂が広まるように拡散機のところに手足が集められると聞いている。
たぶん「女王の声がしたらしい」と話題になっているのだろう。
真社会性の生き物だからな。
自分が死ぬより女王の命令を聞きたい欲が強いのだと思われる。
さて、そんなわけで不審者服部君が布団を頭まで被り、夜が明けた。
中道君は結局私たちの部屋に戻ってないから、一日目は楽に凌げたということになる。
二日目もこの調子だと楽なのだが。
また事件ということで、工藤君達はメールを受け取った直後に現場へと駆けていった。
慌ただしいことこの上ない。
朝食はビュッフェで、美味しいもの盛りだくさんだ。
私は人間と味覚が違って手足の味覚に近いが、彩りだけで十分嬉しい。
プロの作った料理を堪能するのは大好きだ。
大欠伸をした世良さんがむむむ、と唸りながら考え込んで席についた。
「暗号がまだ解けないんだよな。工藤君がみたって言う天狗の正体もわからないし」
「部屋に化け物が出たんだって、怖いよね…」
蘭ちゃんの言葉に、通りかかった中道君がギョッとした顔をした顔をした。
「おい化け物って、例のアレじゃねーよな?」
「違うわよ。ネバダ虫だったらとっくにここは封鎖よ封鎖」
「そ、そうだよな」
園子ちゃんの返事に「だよな。びびったー」と中道君が去っていく。
だが、彼の反応はよくあるものだ。
幼生による感染が発覚する騒ぎは、もう日本でも話題になっている。
外国人留学生がこっそり母国から送ってもらった食物が汚染されていたらしい。
うまく検疫は通り抜けられたが、幼生も生きたままに通り抜けてしまった。
大学は現在も封鎖され、防疫活動が続けられている。
大きな特殊車両に命令拡散機を積んで、地域一帯を周回しているらしい。
生まれた手足に噛まれた学生は病院に運ばれたが、一応感染もなく無事のようだ。
食事をとりなから、チラチラと蘭ちゃんが工藤君のことを見ている。
頬を染めて、視線の位置からするとキスをしたいのかもしれない。
すごく頬が赤い。
私はそっと蘭ちゃんに囁きかけた。
「されるのも素敵だけど、自分からキスをするのも良いものだよ」
「!?!?!?!?」
ビクゥ!?と体を震わせて蘭ちゃんが飛び上がった。
そんな大袈裟に反応せんでも。
「えっ、いや、そのっ」
「ラブは受け身ではいけない。口を開けて餌を待つものに女神は微笑まない」
「……!!!」
はっと蘭ちゃんは迫真顔をした。
私の無意味に厳かな言葉が刺さったらしい。
素知らぬふりをした向かいの席の園子ちゃんが、私にだけ見える角度でサムズアップした。
私もサムズアップで返事する。
食事を終えた後は今日の自由行動だ。
やはり有名俳優の集団で殺人があったことは大々的に報道しているらしく、先生達も苦慮しているのか話し合いが裏で行われているようだ。
そりゃ生徒の泊まってるホテルで殺人事件だからな。
修学旅行中止で帰宅もありうる。
お昼は工藤君の誘導で、件の俳優さん達のいる料亭に行くことになった。
これはこれで名店なのでちょっと食事が楽しみな私である。
私はそっと楽しそうに前を歩く工藤君に声をかけた。
「工藤君、少し注意事項が」
「なんだよ」
「事件解決は構いませんが、おそらくホテルにはテレビカメラが山ほど来ます。僕もあなたも、カメラに映り込まないよう細心の注意が必要です」
「……確かにな。料亭はいいだろうけど、念のためマスクで顔隠しとくか」
「もし悲鳴に釣られて走り出したら、僕はその場で蘭さんに粉かけます」
「あ゛?????」
すごい、秒でキレ散らかすじゃん。
私はキリッとした顔をして小芝居を始めた。
「彼、恋人より殺人事件の方が好きみたいだね。僕なら蘭さんをそんなに悲しませないのに…」
「死ぬかオイ???」
「抱きしめてもいいかな。許されない恋だと思ってた。でも……本当は君のことを」
「@&)&&/!!!!!!」
可哀想に、工藤君はついに宇宙語で喚き始めた。
私はパッと笑顔を作って彼を宥めた。
「うっかり工藤君が事件に釣られなければいいだけの話です。カメラに注意。OK?」
「…………おう」
凄まじく恨めしそうな顔をされてしまった。
これでまだ事件に釣られるようなら全力で蘭ちゃんに言い寄ってやろ。
そのように思っているうちに、料亭で第二の殺人が起こるわけである。
・手足のお料理教室!
海岸部:
獲った美味げを海水に漬ける「柔らか美味げ」の文化が勃興。
荒野:
転がったままの鉄板を使った「焼き美味げ」が空前の人気に。
各々獲った美味げを持ち寄り、手足が鉄板に群がっている。
都市部:
スーパーで砂糖が発見され、小さくちぎって美味げにまぶした「一口美味げ菓子」が通貨として使われるようになる。
砂糖を求め、食料品店が大量の手足に襲われるようになった。