料亭にて、ひたすら工藤君がイライラしているなり。
料亭についてすぐ、外で悲鳴が聞こえたのだ。
そして男性が「天狗の面をつけた奴らがあちこちに!」と騒いでいたからな。
事件と関係あるのは間違いない。
走り出そうとした工藤君の横で私がニヤッとすると、工藤君は急ブレーキ。
私を凝視するなどしていた。
今は服部君と世良さんが現場に駆けつけているところである。
もう工藤君は居ても立っても居られないようだった。
クマのようにうろついて、やはり自分がと言ったように立ち上がる。
すかさず、私が芝居がかった口調で耳元に言葉を流し込んだ。
「うん。大丈夫だよ蘭さん。いま工藤君は居ないから…少しだけ、少しだけ触れ合、」
「おおおおおお前ぶっ飛ばすぞ!!!」
「工藤君が行こうとするからだよ」
「でも事件に何か関係あるかもしれねーし!」
「それは彼らに任せて、安楽椅子探偵に専念してくださいね」
工藤君は辛抱たまらんと言ったようにいきりたった。
「こっ、これは殺人事件だし!」
「蘭さん…僕に無理やり唇を奪われるのは嫌ですか…?どうしても僕、あなたのことが…」
「ブッコロ!!!!!」
「なら殺人事件は無しですね」
「ぐ、ぐおおおおお!!!」
疲れてるのよあなた……。
情緒が完全にどうかしてしまったのか、工藤君は激しく呻いて高そうな机の上に撃沈した。
園子ちゃんに「やるわねあんた」と声をかけられる。
もちろん当事者として側で聞いている蘭ちゃんは頬を染めてチラッと私を見ている。
ダシにされているのはわかっているが、なんとも恥ずかしいらしい。
その表情を見た工藤君の表情が素早く修羅のそれになった。
「お前を亡き者にすれば全て解決するって寸法だ…ハハハ…」
「なるほど、こうやって事件は生まれるってわけね」
「園子ったら!もう!止めてよ新一!!」
園子ちゃんのクールな言葉が場を和ませる。
中道君も調子に乗って戯け始めた。
「俺も毛利のこと狙おっかなー、なんちゃっ……いやオメー顔怖すぎんだろ」とドン引きしている。
それはもう殺人鬼の顔なんよ。
さて、そのあたりで廊下を歩いていく俳優の二人組を目撃する。
園子ちゃんが「あれ、俳優の井隼さんじゃない?」と指差した。
今事情調査中だろうし、もう解散というには早すぎる時刻だ。
ピンと来た工藤君が走り出した。
「待って、待ってください!!」と二人組に声をかけている。
これが犯人の罠である可能性に瞬時に気がついたのだろう。
おそらく外の天狗騒ぎはフェイク。
警察の目を逸らさせ、次なる獲物を誘き寄せる罠でしかない。
戻ってきた服部君と世良さんが同時に騒ぎに気づき、完全に犯人の目論見は御破算になったようだ。
ただし、天狗騒ぎで表通りにはカメラがいっぱいだったらしく。
映り込まないようにするには細心の注意が必要そうだ。
この料亭から出るのも一苦労することだろう。
結局、二人が玄関の方に行ったのはメールで呼び出されたかららしく。
現場には犠牲者が出ないまま暗号だけが残されていたそうだ。
工藤君が紙の写しをテーブルの上に広げた。
「これがその暗号だよ。宙も見てくれ」
「へぇ。……殺すのはあとひとり。最後は私が舞台から身を投げよう」
「!!!」
私が暗号を読み上げれば、みんなから歓声が上がった。
園子ちゃんが目をまん丸にして私に問いかける。
「こんなの読めるの阿笠君!?」
「偶然ね。京都の地名は覚えていたから」
これは本当のことだ。
降谷さんはどこでもカーナビなしで動けるように、全国各地の地図を入れている。
それですぐにピンと来た。
いくら私でも前世のコミックスの暗号までは覚えてないからな。
しかし、私のそれだけの言葉で工藤君達も読み方が分かったらしい。
「地名……そういうことか!」
「ちゅーことはや。犯人はあの人や!どうする工藤、証拠がたりひんで」
「釣り出す、ってのはどうだい?」
「現行犯逮捕、だろ。警部さん達にはコスプレしてもらうとするか」
にや、と探偵達が悪い顔をしている。
犯人を捕まえる方法を思いついたらしい。
たぶん警部さん達には今の時期大量にいる修学旅行生のふりをしてもらうつもりなのだろうが。
大人は学生と違って腹がポヨポヨしがちなのだ。
はち切れそうな学生がたくさん生まれるのだと思うと、私はちょっとだけ吹き出しそうになるのであった。
翌日。
事件は無事解決し、私たちは無事にみんなでA5和牛ステーキのお時間となったのである。
「母さんが贔屓にしてる店だから、お前ら行儀良くしろよ」
「ほんまの最高級和牛やないか!!!おう。次も何か困ったことあったら言えよ工藤。俺が力になったるさかい!」
「目がドルマークだぞ服部」
全く現金な服部君が気炎をあげている横で、私もフォークとナイフを構えてジュルっジュルになっていた。
うっまっげ!うっまっげ!
多分ウキウキした手足ぐらいニコニコである。
場所はいい食事所の個室だ。
名前は聞いたことがないが、芸能人御用達なのだろう。
人払いも行き届いていて、防音設備も充実しているのか隣の部屋の声も聞こえない。
「まあ、こうして和牛にありつけるんも最後かぐらいの勢いだしね。飼料、アメリカ産だし」
「乾牧草もとうもろこしもアメリカやしな。ここ、お高かったんとちゃう?」
「まあな。目ん玉飛び出るぐらいにな……」
コナン君が遠い目をしている。
まあ、学校休んで2泊3日張り付きサポート体制だ。
むしろ安い部類に入るだろうよ。
私はたぶん普通に息子枠でお情けをもらったのだと思われる。
優しい…コナン君しゅき……。
服部君がほう、と息をついてぴらぴらと手を振った。
「しっかし、敵わへんで。この調子やと工藤が元の姿戻る前に人類が滅びんでまったく」
「………宙、例の研究はどうだ?」
コナン君が一段低いトーンで私に声をかけた。
ここで話をすると言うことは、服部君に秘密を打ち明けるつもりらしい。
私は頷いて進捗を報告する。
「順調です。地上はドローン等に任せるとして、量産した統率型を海に投下すれは試算上間違いなく感染連鎖を用いて海中の全ての幼生が駆除可能とのこと」
「よし、あとはそのための協力体制だよなぁ」
「はい。一番の難題ですね」
コナン君が頭を抱えて深く嘆息した。
統率型で海を浄化するには、国家規模の船や資源やらが必要になる。
つまり私の顔出しやら事情説明やらが必要不可欠なわけだが。
そんなもんに協力する大国はいないわけで。
はああ、とコナン君ががっくりとステーキをもぐついた。
服部君が眉間に皺を寄せて私にずいと顔を寄せる。
「ん?なんや急に。あのけったいな博士の新しい発明か?」
「いいえ。手っ取り早く説明しますと、コナン君の体を小さくした例の組織、あそこがネバダ寄生虫の開発元になります」
「………なんやてぇ!?!?」
ガタッと派手に立ち上がる服部君は、目を白黒させてワナワナしてる。
そりゃそうだ。
「おまっ、ま、大事やないか!?」
「そしてその寄生虫の主人にして母体こそが僕、識別番号967-OA2です」
「おお……」
おおじゃないが。
ともかく私は咳払いしてニタリと悪い顔をした。
「僕の中にはネバダ寄生虫がびっしり詰まってます。僕がひと噛みすればあら不思議、立派な感染者が!」
「……………」
私の言葉に、神妙な顔つきになった服部君が静かに椅子に座り直した。
キリッとした顔だ。
「なるほど。辞世の句を読めっちゅーことか。和葉に電話するからちょっと待ってくれへん?」
「3時間あるから大丈夫ですよ」
「ブラックジョークすぎるわ笑えるかボケ!!!」
べしっとはたかれて私は「暴力反対!!!」と叫んだ。
私がネバダ寄生虫の主だと知って、それでもなお肌に触れる、冗談を言い合う。
それこそが服部君のスタンスを明確に示していた。
服部君はギッとコナン君を睨んで口をへの字に曲げた。
「時間差で頭痛うなってきた…。国家機密級の話をそんな簡単に投下するなや工藤!」
「いや、今回のお礼と信頼を込めてな」
「やや恩を仇で返された気ぃするで」
コナン君がHAHAHA!と欧米みたいな笑い方をして誤魔化している。
アメリカの偉い人の仕草がうつったのかもしれない。
「ともかく、今僕らは全力で事態の打開に向けて取り組んでいる」
「絶望するにはまだ早い、っちゅーことか。任せたで。俺も六年後には新婚旅行するんやからな」
「大卒で結婚ですか、手堅いですね」
「せやろ。まだ将来は決めてへんけど、警察もいいな思っとる。特に安定しとるのがええ」
コナン君がぶすっとしてモゴモゴ言っている。
多分彼は事務所立ち上げて十分やってけるだろう。
アメリカの大口顧客も多そうだ。
「僕はルパン一味になるかコナン君の事務所で働くか迷ってます」
「おう、鋭角攻めすぎやないか?」
「宙は俺んとこの優秀な作業員になる予定なんだから、お前が事務所構えることになっても取んなよ」
「取らへん取らへん」
私としては、うっかり紅葉家に取り込まれる可能性の方が服部君に関しては心配なんだよな。
そんなふうに、まったりと和牛に舌鼓を打ちながら本日の夜も更けていくのであった。
・手足文明
ファッション:
衣服は適当で、各々好きなように電気コードやカーテンを体に巻いたりしている。
これは人間で言うファッションではなく、名前に近い用途である。
手足は装飾に合わせて「長いやつ」「赤くてビヨビヨのやつ」「三角で尖ってるやつ」などと呼ばれる。
個の認識が人より薄いのが影響しているかも。
住居:
住居は美味げが使ってたのに住み着く形。
意外と柔らかいのが好きで、ベッドやソファで寝てる。
頭のいい個体は雨風が入らないよう粘土や瓦礫で家を修繕する。
個人の家の認識はなく、よく家は入れ替わる。なのでずっと家々を修理して回ってる個体もいる。
手足の集落には美味げの死骸でできた山があり、そこに集まって毎晩踊りながら鳴いているのが目撃されている。
『女王よ、女王よ、我々を導きたまえ』