話があったのだが、探偵事務所は留守だったようだ。
探偵事務所に明かりはなく、チャイムにも反応はない。
安室さんも今日はバイトに入っていないようで、一階のポアロもあずささんの姿だけが見える。
帰るかー、とぽやぽや探偵事務所を見上げている今現在である。
手足の会話の解析が済んだから、その結果をコナン君に伝えるがてらどっか一緒に食べに行こうと思ったんだがな。
アメリカの手足はおしゃべりだ。
命令拡散機の機構から、彼らが電波でおしゃべりしていることは世界中の科学者が気づいている。
だから米国の各地に受信機が設置されて、手足の会話について研究が行われているところだ。
まあ、私なら言っている意味は一発で分かるから、楽な仕事ではあったが。
さて。
そんなことをぼんやり思っているうちに、背後から声をかけられた。
「どうしたんですかい?」
「!貴方は……」
「どうもどうも、失礼しやした。あっしは脇田兼則。小五郎師匠の一番弟子でして。この事務所に何か用かと思いましてね」
「コナン君と遊ぼうと来ていたのですが、どうも依頼が入ってしまったみたいですね。出直した方が良さそうだ」
振り返った先にいたのは、
私が肩をすくめると、組織幹部にして組織のNo2。
脇田兼則ことRUMである。
「それはそれは」とRUMは目を細めた。
「今日は黒うさぎ亭という店に依頼人を連れて行ったと聞いてやす」
「へぇ。よくご存知ですね」
「あっしは一番弟子ですんで。そういえば、なんともそっくりな容貌をしてるもんだ」
「……ああ、安室さんとですか?」
ニコニコした人懐っこい仕草は、他人を油断させるための演技にすぎない。
私は気合いを入れ直して彼に向き直った。
「空とかいう子を含めて親子だとか親戚だとか色々言われてやすが、本当のところどんな関係なんですかい?」
「困ったな、内緒にしていてくれますか」
「もちろん。あっしの口の堅さは折り紙つきですぜ」
RUMが声を潜めてニコッとしたので、私は心を開いたふりをしてやや後ろめたそうな顔をした。
「親子です。僕と空は、安室さんの子なんです」
「そいつぁ……年齢がちょいと行き過ぎてやせんか?」
「だから秘密なんですよ。これ以上は、僕の口からは」
事前に安室さんと打ち合わせ済みの設定だ。
RUMの接近は聞いていたから、設定を詰めておいたのだ。
そして間違いでもない。
安室さんがいたから私は生まれた。
親子という認識は限りなく近いところにあるだろう。
RUMは申し訳なさそうな顔を作って頭をかいた。
「なんか込み入ったことを聞いちまったみたいですね。お詫びにあっしが寿司を奢りますんで、いろは寿司へどうぞ!」
「え、いいんですか?僕本当に遠慮なく食べてしまいますよ」
「良いってことよ!大将の寿司は天下一品ですから、存分に楽しんで行ってくだせぇ!」
「ありがとうございます!」
こいつは良いRUMだ!
私は手のひらをくるっと回転させた。
どうせRUMなんて無限に金があるんだから、ここはタダ飯といこうではないか。
たぶん懐柔策の一つというか、踏み込みすぎた補填をして警戒されないようにという策だろうが。
へへっ、いろは寿司は高いからな。
奢ってもらえるならRUMにも尻尾振りますよ私は。
と、いうわけで存分に食べて帰宅する私である。
多少安室さんについて聞かれたが、当たり障りないこと答えておいた。
向こうも私の存在を図りかねているのだろう。
帰宅すると、灰原さん達は実験の真っ最中であった。
「あら、遅かったわね」
「なんか野生のRUMに捕まっていまして。寿司奢ってもらいました」
「!?!?!?」
灰原さんは素早く吹き出した。
私はうむうむと頷いて細く説明する。
「おそらくバーボンの行動を監視しつつ、毛利探偵をマークしているのでしょう」
「ヤバいじゃない!」
「まだ動きはないので問題ありません。目を逸らせば首を取られますから。視線を合わせたままゆっくり下がるんです」
「クマじゃないんだから……」
灰原さんがため息をついた。
まあ、なんにせよ避けるのは悪手だ。向こうの注目を引いてしまう。
そこで、一際大きな電波が流れだした。
どうやら奥で阿笠博士が手足の言語解析を続けているのだろって。
私の回線に会話が流れ込んでくる。
『美味げがあっちにいた。たくさん。女王の声の奥にいる』
『女王すごい。美味げも女王を崇める』
『美味げは下等。女王が死ねって言ってるのに死なない。下等』
『下等』『とても下等』『下等』
『今日の分の美味げどうする。腹減った』
『あっちの群れに分けてもらう。ここ美味げ居ない』
『賛成』『賛成』『われわれ下等』『下等違う!』
私は思わず吹き出した。
面白手足4匹組のコントだ。
顔をひょいと衝立の裏から出した阿笠博士が私に問いかけてくる。
「ううむ、なんて言っとるんじゃ?」
「今日のご飯に困窮して他の群れに物乞いに行こうとしてる手足の会話でした。どうやら手足は自虐も使いこなすようですね」
「やっぱり相当知能が高いのね」
灰原さんが厄介さに眉間に皺を寄せている。
たしかに、会話を聞くに非常に賢そうだ。
「あと人間のこと下等だと思ってるみたいですね。女王の命令に従わない下等生物だと言っていました」
「女王としてのコメントは?」
「困ります。本当に困ります」
どうやら現地では、なんか私を称える像を作ったりもしてるようなんだよな。
賢い手足は掘り出した粘土ででかい…なんか…二足歩行の宇宙人…?みたいなのを作っていると話題になっていた。
順調に女王と崇める宗教を作っているらしいからな。
ドローンによる空撮で女王像は撮影・研究されているが、世界中の研究者が相当な危機感を抱いてるようだ。
「やはり奴らは知能があり、文化があり、宗教がある」「霊長の座が脅かされている」と。
手足には相当な知能があるのは間違いない。
少なくともイルカやカラスなどとは比べ物にならない知恵と感情がある。
西洋圏では、ハイファンタジーの文脈でゴブリンに当てはめて語られることもあるようだ。
粗野な部族社会を形成する種族。
邪悪かつ狡猾で、人類の敵だと。
だが実際には手足は群れにとらわれないことがわかっている。
流動的で、固定の群れは作らない。
普通に食料を分け合うし、情報共有も密。
個人的に食料を蓄える個体もいるが、概ねそれは手足という種族全体の備蓄としてみなされる。
普通に飢えた奴がいると、皆で持ち寄って養ってくれることがわかっている。
戦争型などの巨大な個体も特に階級が上というわけではないようで、普通に一般市民として振る舞っている。
それは優しさではなく個の認識の薄さ、女王を頂点とした箒型の権力構造にあるのだろう。
灰原さんが腕を組んでため息をついた。
「できればアメリカでデータを取りたいけど、手続き的にあまりに難しいのがネックね」
「それはまあ、行ったらもう日本に入れてもらえませんよ」
「ワシの研究仲間が一部アメリカにおるが…やはり劣悪な環境で、命令拡散機が不足して手足の襲撃もあるそうじゃ」
なんともままならないものだ。
私は地下の手足を思い出して頷いた。
「僕にはゴールデンよりも人懐っこく腹見せてくるんですがね」
「初見の手足も懐くのは何を目印にしているのやら。女王のふりができれば人もだいぶ楽になるんだけど」
「それがまるでわからないんですよね。手足に聞いても「絶対女王って感じがした!」としか言わないし」
匂いか、電波か、見た目か、それとも他の何かか。
少なくとも、私が子供型だった時にベルモットの助けで灰原さんを変装させたんだが。
私の姿をした灰原さんは唸られるだけだったから、少なくとも見た目で判断しているわけではなさそうだ。
私が通信網で話しかける前に尻尾振りまくるから、匂いの線はある気がするが。
阿笠邸帰ってきた段階でブンブンに尻尾を振っている様子もあるので、電波の気がしないでもない。
謎は深まるばかりである。
・手足コント4匹組
縁もゆかりも無い仲良し4匹。
なぜか全員要領が悪く、全然美味げを獲れない。
そのため毎回近くの群れに飯を分けてもらっている。
「われわれ下等!」
「反対」「反対」「下等違う」
「われわれ美味げを獲れない。十日獲れてない」
「……」「……」「でも下等違う…」
「今日の美味げも無い」
(10秒ほどの沈黙が続く)
「少し下等。少し。少し」
「本気でないだけ。もっと女王に祈る」
「そう。女王に祈る。大事」
(各自モゴモゴ言っている)