そんなわけでやってきた鈴木大博物館。
そこの特設展の目玉はなんとびっくり、高透明度の氷の中に閉じ込めたコンクパールの指輪であった。
ピンクのそれは麗しき唇のようにぷっくりと美しい。
無意味に服部君が顔を赤くして、チラチラとコナン君を確認している。
私は声を潜めて服部君に話しかけた。
「清水で、見たんですね。工藤君のキスシーンを」
「……あ、あんな人の多い場所でキスすんなや!心臓飛び出るかと思ったわ!」
「服部君はできないんですか。遠山さんへの愛はその程度ですか」
「おう、表出んかいワレ」
「生物兵器たる僕と拳で決着をつけようという気概は認めます。負けたら今ここで告白ですからね」
「冗談やないですかい嫌やなぁ!」
秒で揉み手モードになってしまった服部君の告白はまだ遠そうだ。
こういうのは時は金なりだと思うんだが、格好つけてシチュエーションを選ぶのは悪手じゃないかなぁ。
私は涼やかな氷を眺めながら、ぼんやりと恋の行方に想いを馳せた。
ちなみに、この「氷の中に対象を閉じこめる作戦」を考えついたのは、通りすがりの諸伏高明警部である。
先ほど部屋に入って来た諸伏警部は、チラリと私を見て僅かに目を細めていた。
彼は学生時代…ちょうど今の私ぐらいの年頃だった降谷さんと会ったことがあるはずだ。
話しかけてこないのは、私の立場を慎重に探っているのかもしれない。
今のメンツは和葉ちゃんと服部君、蘭ちゃん、園子ちゃん、私、コナン君、毛利探偵という大所帯だ。
服部君は告白スポット探しのための上京したのだが、これに関して私は否定的立場である。
スポットなんて探す暇あったら当たって砕けんかい!
と、外野でヤジを飛ばす悪質野次馬おじさん私である。
蘭ちゃんが頬を染めて私に内緒話をした。
「和葉ちゃんは違うって言ってるけど…あの二人、ラブ来てるよね?」
「間違いなく。大嵐の予感だね」
「やっぱり!告白するのかな?」
「服部君が告白に向けて動いてるはず。あとは遠山さんをどれだけときめかせられるかかな」
「わぁ…!」
目をキラキラさせる蘭ちゃんに、私も自然とニコニコしてしまう。
不意にずい、と私たちの間に割って入るのは全ギレ顔のコナン君である。
「わぁ宙お兄ちゃん何話してるの?」
「恋について語らってたんだ。二人の恋の行方について…」
「あ゛???」
「だからそんな全力でキレなくても単に遠山さん達の、」
「そのニヨニヨした面吹っ飛ばしてやろうか」
「いや本当に今回は誤解だから」
まずい、度重なる間男ムーヴで信用を完全に失っている。
私はしゃがみこみ、しおらしくコナン君の肩を揉むなどして媚を売った。
子供の肩に肩こりなど無縁だが、ひとまずパパンとして納得してくれたらしい。
「おう、弁えろよ」とぶつぶつ言いながら許してくれた。
あまりに面白いんだよなぁ。
なお、一連の所作を見ていた和葉ちゃんが「コナン君の片想い…!罪な女やで蘭ちゃん!」と微笑ましそうにしていたのを追記しておく。
そんなニコニコの和葉ちゃんの唇を凝視する服部君を添えて。
高校生は春真っ盛りだ。
居心地悪そうな毛利探偵が諸伏警部にそーっと声をかけた。
「それで、長野の警部さんがどうして東京まで?」
「私宛らしき封筒を取り来たんです。差出人が不明で、念のため確認をと」
「へえ、中身は何だったんだ?」
「スマホが一つ入っていました」
毛利探偵は雑談のつもりなのかそれ以上踏み込む気はなさそうだ。
コナン君が気になるらしく「ねえ警部さん!それって…」まで言おうとしたので私がさりげなく止める。
コナン君がブスッとして私を見た。
「何だよ宙」
「おそらく、それは警部の弟の遺品でしょう」
「!!!」
私の中の降谷零の記憶が、色鮮やかに浮かぶ親友の記憶を想起する。
高校の頃の思い出、警察学校時代の笑う横顔。
組織に潜る中、ほんのわずか会話を交わしたひととき。
そこに死の記憶は含まれていない。
コナン君が「それって」と困惑の表情を見せた。
「彼の弟は公安警察で、潜入捜査官としてスコッチの名で活動していました」
「お、おい…奴らの所に入り込んだNOC!?じゃあ死因は」
「はい。裏切りがバレて、ですね。公安から唯一残った品物を親族に返却したのでしょう」
本当は公安がスマホなんて精密機器を返却する謂れはないんだがな。
跡形も残さず、ただ名簿から名前を消すように静かに抹消するだけだ。
だからこれは降谷零の精一杯の誠意なのだと思う。
彼は死んだのだと、最後の誠意で伝える行いだった。
あなたの弟を守り切れなかったと、悔やむ気持ちを添えながら。
蘭ちゃんがやや興奮した様子で私の袖を引いた。
「ところで、諸伏警部すごいよね!諸葛亮孔明みたいに博識で!」
「すごいのは蘭さんだよ。工藤君のホームズネタぐらいスムーズに三国志語るからびっくりしたよ」
「私、三国志が好きで…新一は興味なさそうだからつい盛り上がっちゃって」
「蘭三国志好きだもんねぇ」
恥ずかしそうに俯く蘭ちゃんに、園子ちゃんが肩をすくめた。
凄い、語る場面を弁えるヲタクの鏡だ。
私はじとっとコナン君に囁きかけた。
「コナン君、ホームズ聞いてもらってるんだから三国志も聞きましょうよ。礼儀でしょう」
「……おう」
ちょっと反省したらしい。
たぶん蘭ちゃんの方が気を利かせて控えているのだろうが、そこはコナン君の方でどんと受け止めるべきだ。
ちなみに、部屋の隅には現在進行形で話を盗み聞きしている、機動隊に扮した怪盗キッドがいたりする。
私がチラッと視線を向けると、怪盗キッドはゲッ!?という顔をして視線を逸らした。
そして咳払いした機動隊員キッドが中森警部に声をかけた。
「すみません、お手洗いに行ってもよろしいでしょうか」
「まだ予告まで時間はあるが、急げよ」
「ああ、僕も行こうかな。ごめん、館内見学は少し待ってて」
私の言葉に、コナン君がやや訝しげに眉を上げた。
それを無視してトコトコと部屋を後にする。
少し遅れてお手洗いに向かうと、怪盗キッドが迷惑そうに待ち構えていた。
何となく不機嫌そうな顔で腕を組んで口を開く。
「おう、俺のことなんでそんな的確に分かるんだよ。仕事の邪魔すんなよな」
「僕は見ただけですよ?」
「あんなニヤニヤした顔で警備員見る奴があるか」
「まあまあ。それより、手品見てくれませんか?難しい奴覚えたんですよ」
「ふぅん?やってみろよ」
キッドの言葉に、私は自信満々に片手でトランプを持った。
適当なカードをボトム近くに入れ、ニュル、ニュル、とデッキの上に移動させる。
私はどうよ、とドヤ顔した。
「レイズライズか!相当練習したな!そろそろトランプ以外の大掛かりな仕掛けに挑戦してもいいんじゃねぇか?」
「おお、そろそろ私も基礎から卒業ですか。ハンカチ系マジックとかいいかもしれませんね」
「俺の昔使ってたやつやろうか?使い古しだがちゃんとしたプロユースだぜ」
「え、それは悪いですよ」
「弟子の成長を見れて嬉しいんだよ。祝わせてくれ」
ぱちこんとウィンクする姿は本当にハートフルだ。
私がおずおずと頷くと、そのままニタリとキッドが悪い笑みを浮かべる。
「隙ありぃ!」
シュッとひと吹き、噴霧型の不思議麻酔薬。
「!?」
「お前の顔貸してもらうぜ」
「ずるく、ない、ですか…それ…」
急速に視界が暗くなっていく。
ああ、まずい、意識が保てない。
肉体君がニタニタと嗤っているのが遠くなる意識に感じられる。
これは本当にまずいかも。
『あは。これはこれは、いい機会がやってきましたね』
それっきり、私の意識は暗闇に包まれた。
ふらりと阿笠宙の体がバランスを崩したと思ったら。
そのまま片足を出してタタラを踏んだようで、彼は持ち堪えたように見えた。
「え、生物兵器って麻酔も効かないの!?」
「効いてますよ。自制心がなくなったりするだけです」
「へ」
「ははは。………殺戮のお時間ですね。貴方のこと、嫌いじゃありませんでしたよ」
瞬間。
凄まじい威力の拳がキッドを掠めて個室の扉に突き刺さった。
木製の扉がへし曲がり、派手に割れて破片が剥き出しになる。
すかさず拳が破片を握り締め、その尖った木片を掴んだままキッドの後頭部に迫る。
避けられたのは本当に幸運だけだった。
「!?!?ギャアアアアア!!!」
「何で避けるんです?死んでくださいよ、人類でしょう…?」
「意味わからん!!!」
キッドは全身が粟立った。
ゆらりと再び構える顔は、殺戮の予感にニタニタと三日月のように裂けている。
あんなの食らったらマジで死ぬ。
三十六計逃げるに如かず。
キッドは煙幕を張って、脱兎の如く逃げ出した。
「あっはははは!!!逃げるがいい!狩りも嫌いじゃありませんよ!」
「何でだよ!?俺が何したってんだよ!!」
「僕に!麻酔薬を!噴霧したでしょう!」
「それは悪かった!!!」
ギリギリ避けた蹴りが壁を破って鉄骨が剥き出しになる。
足が速い!力が入っているように見えないのに異常なほど筋力が強い!
この身体能力じゃ直線距離で追いつかれる、とキッドが涙を飲んだとき。
「おまっ、宙!?」
「名探偵!!!助けてくださいお願いします!!」
「人間如きが、大人しく死ね。死ね。死ね」
阿笠宙の様子を怪しんでトイレに様子を見に来たのだろう。
素早く状況を理解したコナンは、烈火の如く怒って鬼の表情となった。
「キッド、てめえ宙に成り代わろうと麻酔薬使っただろ!」
「ワァ…ぁ……」
両手を鬼に囲まれ、キッドはしめやかにちいかわと化した。
ちょうど騒ぎを聞きつけて中森警部も来たようで「キッドだ!?捕まえろ!!!」と叫び声をあげている。
こりゃ今回の仕事は失敗である。
いや失敗じゃない。予告状出してないから別に失敗じゃないもん!
キッドは閃光弾を投下。
泣く泣く鈴木大博物館から逃げ出したのだった。
私が目を覚ました時には、ボコボコにされた壁とトイレが眼下に広がっていたわけである。
トイレの扉が二つダメになり、壁に複数箇所穴。
トイレを出たところの廊下は壁が剥がれてしまっている。
私は静かに昇天した。
こんな特殊な内装に使う壁と扉の費用など、私は学生なのでとても払える額ではない。
さめざめと泣いて被害者ぶる。
「キッドに襲われて、それでカッとなって」としおらしくしたのだが、次郎吉氏は気にした様子もなく私を褒めてくれた。
「予告時間になっても彼奴は現れんかった!尻尾巻いて逃げ出したのじゃ!この程度、気にすることではないわい!むしろキッドを撃退したことを誇るべきじゃろう!」
「次郎吉さん…!」
「修繕費は請求せん。安心せい」
キャー次郎吉さん男前!!!
私はトゥンク…という顔でぶりっ子に終始したのであった。
ちなみに、コナン君はすごく心配そうに私に付き添ってくれた。
「あいつに麻酔薬の類を嗅がされたのか?」
「はい。それから後のことは覚えていません。多分僕の本能が剥き出しになったのだと思いますが…何が起きたんです?」
「執拗にキッドを追い回してからめっちゃ文句言って寝た。お前ほんと鼻が利くんだな」
「ああ、キッドで発散したから凶行に及ばなかったんですね。申し訳ないことをしてしまった…」
本能こと肉体君は上機嫌だ。
ニコニコと「暴れるのはいいものですね。すごくスッキリしました。できれば仕留めたかったんですけど」と遊び尽くした猫みたいな様子でホクホクしていた。
お前、仕留めたら私が社会生活を送れなくなるだろうがよぉ。
鼻が利くことはバレてしまったから、次からはキッドは香辛料か何か使ってくるかなぁ。
私はそのようにゲンナリして肩を落としたのだった。
・もし米国にクローンが行ったら
手足に超大歓迎される。
「女王、沢山美味げ食え。沢山用意する」
「女王、良さげな家に案内する。一番良さげな家」
「女王!女王!女王!」
家の前でゆらゆら踊る手足が大量発生し、噂は爆速で広まって大陸中の手足が集まろうとする。
一歩外に出れば撫でてほしいゴールデンの大集団みたいになり、皆一斉に腹を見せる。
・幸運にも撫でてもらえた手足
「女王すごい。撫でられると幸せ。すごい。柔らか。すごい」
「嫉妬。嫉妬。嫉妬」
「命令ももらった。『元気でね』。優しい。元気出る」
「………お前噛む」
「痛っ!?なぜ噛む!女王の話なぜ噛む!」
「ギギギギギギ」(威嚇)