今日はリニア試乗会当日である。
名古屋の会場には多くの人が詰めかけ、今日の日程を聞くことになった。
どうやらこれから病院で簡易的な健康診断があり、その後超電導リニアに乗り込むという形らしい。
子供達が「楽しみですね!!!」「すごく速いんだよね!」「すっげー!」と盛り上がっている。
弁えた子供達なので、広い会場に来ても走り回ったりしない。
偉い。
三人をすごく撫でて、「楽しみだね」と言ってやる。
大人型の私は三人の頼れるお兄ちゃんポジションらしく、子供達は尻尾を降りまくる子犬のように喜んだ。
そこに自慢げな園子ちゃんがやってきた。
ふふん、と腕を組んで子供達にずいと顔を近づける。
「感謝しなさいよガキンチョども!あ、阿笠君この間は美味しかったわよ!マリトッツォ!」
「いえいえ。所詮素人ですから、喜んでいただけたなら何よりです」
「そう謙遜するもんじゃないわよ。蘭と存分に楽しめたわ」
ぱちこん!とウィンクしてくれるのは、私の気遣いを含めて受け取ってくれた証だろう。
自然と私も笑みが浮かぶ。
遅れて工藤君が現れたようだ。
ビシッとした服装はややカッチリ気味。
おそらく工藤君を迎えに来る人間を意識しての服装だろう。
工藤君に私はこっそりと声をかけた。
「解毒薬の効果時間は大丈夫ですか?」
「京都での効き具合を踏まえて改良済みだってさ。どうせ米国には工藤新一として行かなきゃならねーんだし」
「あまり無理をなさらず。解毒薬は相当に体に負担がかかる様子ですから」
「心配してくれてありがとな。俺は大丈夫だ」
にっと笑って、工藤君はパパン感のある顔で私の髪をわしゃわしゃした。
同い年に行う仕草としては不自然だが、私にはそれが親愛の詰まった何より温かな行動に思えた。
うむうむ、と私が感じ入っていると歩美ちゃんが見ていたらしい。
「撫でるの嬉しいもんね」と歩美ちゃんも納得したように頷いていた。
恥ずかしいんじゃが。
肉体君が心配そうに『父君、大丈夫でしょうか…明らかに無理してますけど』と眉を下げている。
先に来ていた蘭ちゃんも工藤君の姿に気づいたらしい。
「新一!」と駆け寄ってきた。
瞬時に頬を染めた工藤君が照れくさそうにそっぽを向きつつ、そーーっと手を絡めてイチャ…イチャ…とし始めた。
てれ…てれ…イチャ……。
私は園子ちゃんに囁いた
「温かな春の風が吹いてきましたね」
「そうね。いい季節になったもんだわ」
後方理解者面我ら、満足顔でうんうんと頷くなり。
蘭ちゃんと工藤君はイチャイチャに忙しくて私たちの会話にも気づいていないようだ。
園子ちゃんが野球を見てるおじさんのノリでヤジを入れた。
「焦ったいわね!いつまでモジモジしてんのよ!ぶちゅーって行くのよ!早く!」
「僕がやらしい空気にして来ようか。間男得意だよ。すごく得意」
「いいわね。蘭に偶然肩がぶつかって、謝るイケメンに一瞬空気が…」
「うるせーぞそこ!!!!!」
真っ赤な顔の工藤君に怒られてしまった。
私たちはすぐさま明後日の方向をむいて口笛を吹くなどして誤魔化した。
恥ずかしそうな工藤君は、しかし蘭ちゃんの肩を抱き寄せて離そうとしない。
園子ちゃんも私もニヨニヨと思わせぶりに視線で会話した。
旦那もやるじゃない。ラブラブね
まさに。ラブラブだ。へっへっへ。
そんなはるまっさかり私たちに近づいてくる一団がある。
黒服二名を引き連れて、中央に品のいいグレーのスーツを着たコーカソイドの男性が一人。
男性はアメリカ英語で工藤君に近寄った。
「Mr.工藤。直接お会いするのはこれが初めてになるかな」
「ああ、マッケンジー国務長官。お会いできて光栄です。先日はありがとうございました」
「こちらこそ。本当にその気は無いのか?我が国にいいポストを用意しているが」
「ははは。僕には僕の夢がありますので。ですがその気持ちはありがたく受け取っておきます」
軽く一言二言会話して、あっさりとアラン・マッケンジーは去っていった。
彼はWSG協会の会長だ。
つい昨日今年のWSG開催延期について日本で会見を開いていたから、そちらを本題に見せかけて、「生物兵器の輸送」を誤魔化す心づもりだろう。
この訪日は急遽決まったものらしく、関係者全員が驚いていたと聞いている。
お、参加者に向けて説明会がようだ。
舞台上では軽いこの後の段取りが説明されている。
そこには「緋色の弾丸」の犯人たる井上治、白鳩舞子の二名が確認できた。
キャンセルされたはずの緋色の弾丸だったが、より大きく復讐の炎を燃やして再開したようだ。
どう計画がずれ込むか分からないから少々困ったところだ。
暴走したリニアに乗ったら流石の私も死ぬし。
死んだ私の体から汚染が広がり、あっという間に日本は手足大国になるだろう。
説明が終わると、私たちは会場からバスで病院に向かうことになる。
ちなみに、健康検査は簡易のものだ。
血液検査はなく、血圧と視力、聴力、握力などと医師の聞き取りのみ。
私が受けても問題ない内容となっている。
バスに乗り込むと、ちょうど最後列で園子ちゃんの隣に座ることになった。
その向こうは蘭ちゃんだ。
雑談がてら園子ちゃんに声をかける。
「そういえば、京極さんとは進展しているのかい?」
「一応最近武者修行からは帰ってきたけど、やっぱりなかなか会えないのよね。訓練忙しいみたいだし」
「もう武者修行とかいう単語からしてファンタジーだよね。隣で仲良くしてることが知られたら僕処されないかなぁ」
「!!嫉妬する京極さんも素敵!今度一緒に京極さんに会わない?」
「ボコボコになる僕を肴に二人で愛を深めるのはやめようね」
私は丁寧にお断りの文句を入れて頭を下げた。
実際戦いがどうなるのかは分からないが、あまり試したいものでもない。
私の戦闘力って、あむぴの技量で暴れるクマって感じだし。
そりゃ明確な脅威ではあるが、バトル漫画基準なら雑魚だ。
私という生物兵器の本領は支配と占領。
これは身を守るための身体能力に過ぎない。
さて、病院に着いたら流れるように健康診断開始だ。
バスから出ればすぐに看護師さんに案内され、一列に並ぶことになった。
事前に配られていた質問用紙が回収され、番号札が配布されていく。
特に会場に変わった点は見られない。
犯人がクエンチを起こすかは犯人達の計画次第だ。
そもそも、十五年前の事件に合わせて財閥関係者を攫う事件だって起きていないのだから。
一応窓のある場所は把握しているが、これは犯人達にとって突発的な、もう後がない最後のチャンス。
確実性を取るなら「乗客ごとリニモを暴走させる」というテロを行うことだろう。
犯人達はどう────。
瞬間。
バァン!と派手な音を立てて天井の金具を吹き飛ばして、白い煙が室内に吹き下ろした。
金具が客に当たりそうになったので、咄嗟に持っていたボールペンで角度を変えて壁に弾く。
へし折れたボールペン越しに、ゾッと背筋を粟立たせる。
あっぶな、あんなん頭に当たったら頭蓋骨弾け飛ぶぞ。
クエンチが始まったのだ。
煙が充満し、動揺した声が室内から発せられる。
工藤君が叫んだ。
「っ何が起こってる!」
「ともかく換気です!毒物なら全員死ぬ!」
この部屋は奥まっていて窓がない。
扉は施錠されていたので、仕方なく蹴破って外に出る。
残念ながら廊下もガスが充満していた。
「全員出てください!」
息をなるべくしないように叫ぶ。
私は人間を遥かに超える潜水が可能だから、多少なら耐えられる。
意識のある皆がわっと外を目掛けてかけていく。
だがどこもかしこも煙にまかれ、視界も悪く、そのまま倒れ込む人も出てきた。
灰原さんが「これはクエンチよ!早く外へ出ないと…」と咳き込んでぐったりと床に倒れ込んだ。
私は向かいの部屋に飛び込み、窓を全部開けて換気を試みた。
外の風が吹き込むが、これでは効果は限定的だ。
廊下からどさりと誰かが倒れた音がする。
灰原さん、工藤君、蘭ちゃんが折り重なるように力無く倒れ伏している。
肉体君が混乱のあまり戦慄いているようだ。
「なにが、なに、早くなんとか、しないと」と動揺して言葉になっていない。
私も思わず息を呑んでしまった。
慌てて、まずは灰原さんを抱き上げ、窓枠を乗り越えて外に出る。
裏は駐車場で、危険なので植木の近くに寝かさせてもらった。
工藤君、蘭ちゃんと園子ちゃんも運んで、順番に寝かせていく。
酸欠で頭がグラグラする。
他の人間も救助しようと中に戻ると、アラン・マッケンジーが今まさにスーツケースに詰められているところだった。
ぐらりと脳が揺れる。
やば、思わず吸ってしまってもうそろそろやばい。
慌てた犯人がアラン・マッケンジーを詰めたスーツケースを持って逃げ出そうとする。
仕方ない、外に脱出するまで意識も持たないし、最後っ屁だ。
「お、らァ!!!」
「ガッ!?!?」
犯人に全力の蹴りを叩き込む。
ふらつく脳では十分な威力が出なかったが、それでいい。
犯人が壁に叩きつけられるのを確認して、そのまま意識を失ったのだった。
はっと目を覚ますと、工藤君が至極心配そうに覗き込んだようだ。
「起きたか!大丈夫か宙!?」
「蘭さん達は……」
「俺たちはお前が外に運んでくれたからすぐ目が覚めた。他の人たちも、すぐに換気設備が作動したのとお前が窓を開けてくれたおかげで無事だ。お前は大丈夫か!?」
「僕は…平気です」
頭を振って起き上がる。
私の窓なんてそこまで影響なかったと思うが、万が一犯人が換気設備を作動させなかった時のための保険ぐらいにはなったか。
鈍痛がする頭を押さえ、私は工藤君に問いかけた。
「犯人はどうなりましたか」
「犯人を見たのか!?……いや、あの場所に残っていた血痕は……」
「意識のないアラン・マッケンジーを連れ去ろうとする不審な人物を見たので、咄嗟に攻撃しました」
どうやら私の蹴りを受けて骨の一つも折れたらしい。
私の方も意識が揺らいでいたから多少手加減し損ねたか。
遅れて肉体君も起きたようで、暗黒の殺意をたぎらせてブツブツ文句を言っている。
『絶対に許さない…殺す殺す殺す殺す殺す…母君と父君を…穢らわしい人類種が…死んで償え…』
落ち着け。
工藤君も灰原さんも人類なんだわ。
工藤君が顔を険しくして私に問いかけた。
「っ顔は見たか!?」
「はい。井上治だったか、リニアスタッフのエンジニアでした」
まあ、間違いなく日本側の不祥事だよな。
というか、アラン・マッケンジーの死は是が非でも防がないと、米国主導の統率型投下作戦が最悪頓挫してしまう。
「赤井さんも来てるから、今そっちを追ってるみてーだ。今から俺も急行する」
「では僕も。戦力は多い方がお得でしょう」
「無理すんなよ、いいな」
工藤君の注意に私は頷いた。
その言葉には心の底からの心配が込められていた。
犯人が換気設備を動作させたのはホッと一安心だが、個人的に胸が冷えた。
これは多少のお礼参りがあって然るべきだろうよ。
・これが美味げ学の起こりだとかなんとか
「お前悩む。どうした」
「……美味げを箱に詰めた。気付いた。美味げどうやって増える?」
「血を使う」
「試した。美味げの血を鳥にかける。増えない」
「???何故???」
「分からない。今箱に入れた美味げを見てる。困った」
「美味げ、不思議…!」