赤井さんからの知らせを受けて、到着したのは奥まった場所にある解体予定の廃ビルだ。
私たちは急いでそこに合流して、マッケンジーさん救助のために備え始める。
工藤君は焦った表情のまま、コナン君の口調で叫んだ。
「昴さん!犯人はいまどうしてる!?」
「このビルに入って動きがない。突入したほうが良さそうだ」
「…そうだね。早く助けに入らないと、マッケンジーさんが危ない」
工藤君の言葉に、赤井さんはうむうむと頷いてやや困ったように眉を下げた。
「その、別に俺は構わないんだが、これはボウヤの秘密を正式に共有してもらえたと受け取っても?」
「………へ」
「それともあれか。久しぶりだな、工藤新一君というところから始めるべきか」
「!!!!!」
赤井さんのフォローに、工藤君が顔を青ざめさせる。
うーんガバガバ。
赤井さんは慰めるように優しく声を出した。
「いや俺もほぼ教えられてると同義の状況でな。こう、表向きの形として、知らないふりをするべきかとも思ったんだが」
「わ、わァ……ぁ……」
「すまないボウヤ。気持ちはわかる」
泣いちゃった!
赤井さんが工藤君を泣かせた!!!
私は細かく震え出した工藤君の肩を叩いた。
「おお、ショックでしたね工藤君。よしよし。今はそれどころではないので早くシャキッとしてください」
「いやお前、そこは優しく抱きしめる場面だったろ」
「本日の営業は終了しました。まだのご来店をお待ちしてます」
「なにが!?!?優しさの営業終了!?」
私はともかくシュシュっと拳を常備した。
灰原さん達がクエンチで倒れて、私も心がささくれ立ってれるのだ。
赤井さんがほっこりした顔で「君たちは本当に仲がいいな」とニコニコしている。
まあ、こんなところでコントしてる場合ではない。
そのまま素早く突入。
通報はしてあるので、警察ももうすぐ来るはずだ。
慎重に中に入って、昴さんの姿をしたままの赤井さんは拳銃を構えたようだ。
廃ビルの中は比較的掃除がされていて、大きな蜘蛛の巣などは取り払われているようだ。
元々犯人達もここを使うつもりだったのだろう。
私はペロリと唇を湿らせて眉を顰めた。
「あの場でマッケンジーさんを殺さず連れ去ったのは、何か目的があるってことでしょうね。誘拐は相当な手間ですから」
「身代金目的か、あるいは、恨みが深かったか。分からねぇが、ひとまず奪還を急がねーと」
「ええ」
原作では誘拐したマッケンジーさんをリニアに乗せている。
これが廃ビルに切り替わったのも合理的な理由がある。
単純に、クエンチを起こした場合、今日のリニア試乗会は中止になるからだ。
原作と違い単独開催であるリニア試乗会は、WSG東京の開会式に合わせる必要がない。
だからそのまま中止または延期される可能性が非常に高い。
それは犯人側だってよくわかっている。
だからリニアに運び込まず、妥協して廃ビルでことを済ませようとしたのだろう。
また、赤井さんも原作より動きが阻害されていないはずだ。
マッケンジー国務長官の急な来日により、犯人達は十五年前の事件に合わせて財閥要人を誘拐する見立てが間に合わなかった。
だからイギリスの要人が狙われず、故に原作のようにメアリーさんと世良さんが動かなかった。
まあ、プラスマイナスで言えばプラスだろう。
リニアがぶっ飛ばされなかったのは日本経済上相当でかい。
私は上を見上げて、血の匂いがする上階を睨んだ。
「匂いはこっちですね。階段を使って上に続いています」
「助かる、宙」
「流石だな。人型の警察犬と言ったところか」
「不届きものに噛み付いたりしますし、まさにそうかもしれません」
赤井さんが「おお、怖いな」と冗談めいて肩をすくめた。
この人いつも楽しそうというか、平熱で私と似たタイプの雰囲気を感じさせるんだよな。
気遣い苦手そうで、空気微妙に読めない感じに同胞の気配を感じる。
慎重に隊列を作って階段を登ろうとした、その時である。
突然、激しい爆発音が響き渡った。
爆風が吹き荒れ、吹きつけたそれに思わず体勢を崩しかける。
煙たい匂いが充満して、真っ白な煙に視界が利かなくなる。
慌てて確認すると、どうやら出入り口がふさがれてしまっているらしい。
裏口も崩れているようだ。
火災も若干あるようだが、
スプリンクラーはもちろん設置されていないため、時と共に大火災になることだろう。
警察を入れなくするためであると同時に、ここで犯人達が命を終えようとしていることが明確に示された。
工藤君が私に思わせぶりに目配せした。
「行けるか」
「行けませんよ!?私の翼、最近骨が生え揃ったんですよ!人なんて抱えて飛び降りたら骨折します!」
「死ぬよりマシだろ。お前はやばくなったらマッケンジーさん抱えて飛び降りろ」
「ふむ……何か策があるようだが、俺たちはどうする?」
「犯人もここに潜んでるだろうし、何か別の手を考える」
平然と決まった話みたいに話が進んでいて、まったくもう!と私は憤怒した。
工藤君は、私に「骨が生えたんならマッケンジーさんを抱えて翼で飛び降りろ」と言っているのだ。
今まで軟骨でしかなかった私の柔らかい翼は、いつのまにか骨のあるきちんとした翼へと成長していた。
勿論、まとめてぎゅうぎゅうとシャツの間にしまうのは一苦労だ。
最近はどう見ても背中にぬいぐるみ詰めてるみたいになってしまっていたからな。
一応学校側には阿笠博士を連れて「医療器具です」と正式に伝えている。
体にも包帯を巻いて翼を固定しているし、そろそろ羽のどこかを痛めそう。
ともかく。
そんなできたての翼を使って人一人抱えてビルから飛び降りれば、もちろん私は無事ですまないだろう。
弱っちい翼が悲鳴を上げること請け合いだ。
だが窮地における工藤君の言葉は絶対だし、死ぬよりマシと言えばその通り。
2階ぐらいまで降りて降りて飛び立てば平気…かな…。
滑空ぐらいしかできないけど。
匂いを辿って7階まで行くと、扉の向こうから話し声が聞こえてきた。
「この部屋ですね。どうも一方的に捲し立てている声がします。血の匂いは…犯人のものでしょうね」
「宙が蹴った時の出血か。どこを蹴ったか覚えてるか?」
「上腕部に当たった気がします」
「なら解放骨折か」
工藤君が思案するように目を細めた。
そして赤井さんに目配せする。
「どうやら脆いパーテーションがそのまま残っているみてーだしな。隣の部屋から宙に壁を蹴り破ってもらって、あとは赤井さんに任せます」
「ほう?俺が拳銃を持っていることもお見通しか」
「犯人がどの位置にいるか、宙はわかるか?」
問われたので耳を澄ませて位置を確認する。
「窓側に三人います。マッケンジーさんを囲んで横並び」
「殺される前に急ごう」
隣の部屋には鍵がかかっていなかったから、そのままこそこそ中に忍び込む。
鉄骨でなくパーティションでしかない壁は殊更に薄く、蹴破れば中に入れそうだった。
壁の位置を確認し、私は軽くステップを刻んだ。
気合を入れて。
一撃。
「ァァアアッ!!!」
ドゴォ!と派手に決まった一撃によって壁に大きな穴が開く。
素早く私が身を引けば、そこから間髪入れず後方の赤井さんが拳銃を一発。
二人の太ももを一発で同時に撃ち抜いたようだ。
次元大介さながらの凄まじい神業だ。
その隙に再び思いっきり体当たりをすれば、穴の空いていた壁を脆く突き破ることができた、
そのまま素早くマッケンジーさんを抱えて退避する。
何やら縛られて背中にガムテープで爆弾が貼り付けられていたので、べりっとひっぺがして遠くに投げ捨てる。
縛られたマッケンジーさんは目を白黒させていた。
工藤君が、犯人が痛みで取り落としたリモコンを拾って距離を取る。
赤井さんは拳銃を構えたまま。
ゲームセットだ。
小太りの男…井上が「なんなんだテメェらは!!!」と絶叫する。
工藤君が冷静に言葉を紡いだ。
「どのような事情があるにせよ、マッケンジーさんを殺させるわけにはいきません。彼には、人類の未来がかかってるんですから」
「ッ……知るかそんなこと!そいつが悪いんだ!そいつが俺の親父を殺したんだ!」
「それは法廷で語ってください。正しさがあるなら、マッケンジーさんも同じく裁かれることでしょう」
井上は醜悪な形相で吐き捨てた。
「ふざ、ふざけるな!!!信じられるか!どうせそいつは罪から逃れる!十五年前そうだったように!」
「そうよ…退きなさい!!!」
共犯、白鳩舞子が拳銃を取り出そうとしたので、小さな瓦礫を咄嗟に投擲する。
それは白鳩の手に当たり、拳銃が弾き飛ばされ部屋の隅に転がった。
私、野球選手にもなれるのでは?と鼻高々になりながら無言で犯人二人を威圧する。
古来より投石は人間の有効な兵器である。
再び瓦礫を拾って手の中で弄べば、二人は焦りに歯噛みしたようだった。
工藤君が冷静に口を開いた。
「ここは日本です。彼の権力が悪事を隠蔽するものにはなり得ない」
「そんなの分からないだろうが!こいつのせいで俺たちの人生はめちゃめちゃになったんだ!」
「では提案します。このまま全員で避難して救助を待ちましょう。ここは危険です」
「断る」
「では僕たちだけで脱出します。貴方達はマッケンジーさんの命を狙った単なる凶賊として報じられ、そのまま犯人死亡で幕を閉じる」
怒りに震える井上は、それでもその分の悪さを理解したらしい。
「ともに脱出して、法廷の場で己の正しさを主張した方が得だと思いますが」
「いいだろう。十五年前どれだけ悪どいことをしたか、世間の非難を浴びるんだな!」
私は知っているわけだが。
それは相当な逆恨みで、情報の行き違いからくる誤解でしかない。
彼らが法廷で訴えたところで、世間の同情は得られまい。
特にクエンチは多くの人を死の危機に追いやっている。
彼らのその後を憂いつつ、私は事態がひと段落したことにほっと肩を撫で下ろしたのだった。
・手足の試行錯誤は続くよ
「お前しょぼしょぼ。ホントどうした」
「……箱に詰めた美味げ死んだ。また死んだ。餌食わずに死んだ」
「!!悲しい。とても悲しい」
「花やった。鳥もやった。四つ足もやった。食わない」
「何故。何故。何故」
「仕方ない。一口美味げ菓子もやった」
「高級!!!」
「食わない。威嚇してきた。美味げ分からん」
「難しい………美味げ極めて難しい……」