ひとまず納得してくれた犯人二人を連れて脱出に向けて動き出したなり。
一階の出入り口はすでに崩壊してしまっている。
あとは屋上に行って救助を待つか、2階から降りるかの二択だろう。
ビル内は結構燃えるものが多いので、火の回りも早いはずだ。
できれば早いところ2階から脱出したいところである。
「一階にどこか窓はなかったよな」
「小学生が通れる程度の窓はありましたけど、通れそうなところは全部爆破してありました」
小太り犯人の井上がふんと鼻を鳴らして、しかし痛そうに脂汗をかきながら腕を押さえて言った。
「当たり前だろ、警察に介入されちゃ話にならないからな」
「碌でも無い犯人ですね。やっぱ置いてきましょうよ」
「そんなわけにいくか」
工藤君がベシッと私をはたいた。
まったく、面倒なことをしてくれたものだ。
犯人達は二人とも太ももの骨を的確に撃ち抜かれて歩くことが困難。
うち小太りの方は私が上腕部を思いっきり蹴ったから、解放骨折で派手に出血している。
まあ、その状態で逃げ出してここまで来る胆力は認めてやってもいいか。
昴さんは小太りの方を、工藤君が女性の方を背負って脱出態勢を整える。
マッケンジーさんは動けるはず……。
と、思ったがどうやら乱暴に突き飛ばされたときに足を捻って酷く捻挫しているらしい。
激痛に顔を青ざめさせてさせている。
歩くのは無理だろう。
マッケンジーさんは私が背負うこととする。
私は背中に羽があるのでなるべく避けたかったのだが仕方ない。
よっこらせと背負うと、マッケンジーさんが不思議そうに背中の具合を確かめた。
「なんだ、何か服の下に入れてるのか?」
「さて。ともかく今は落ちないようにしっかり掴まっていてください」
「すまないな」
道中も探索したが、防災梯子に類するものは見つからなかった。
カーテンならあるが傷んでいて、普通に人の手で裂けてしまうからロープの代わりにはならないだろう。
煙はもう結構充満してきている。
そろそろ二階にいるのは限界だ。
消防のサイレンも聞こえるし、外は爆破にはもう気づいてるようだ。
周囲には警察の車も止まっているのが窓から確認できた。
私は気の進まない舌を回して言葉を紡いだ。
「予想より火の周りは早い。おそらく僕が飛び降りるなら、人が集まる前の今しかありません」
「そうだな。やっぱりお前はマッケンジーさんと先に降りててくれ」
「………」
私が返事をするのはしばらく時間がかかった。
伸縮サスペンダー、ボール射出ベルトなどなんとかする機材を持っていれば、工藤君だけでも脱出は可能だろう。
だがコナン君でなく工藤君として動く今持ってるかどうかは不明だ。
少なくとも伸縮サスペンダーは持っていないはずだ。
それならば皆で順番に使えばいいだけだしな。
だが、マッケンジーさんを優先すべきなのは本当。
私は苦虫を噛み潰して口をへの字に曲げた。
「………ご武運を。それと、本当にヤバくなったら背中の荷物は捨ててくださいね」
「ゼッテー死なねぇから任せとけ」
捨てるつもりはない、ということらしい。
私は大きくため息をついた。
女性の犯人が複雑そうな顔で黙り込んでいる。
私はマッケンジーさんを背負ったまま、犯人達に見られないように別室に移動した。
マッケンジーさんが困惑したように眉を上げた。
「どうするつもりだ?」
「これはご内密にしてください。何から説明すべきか。えー、まあ。僕が、今回工藤新一とともに米国に渡る予定の『生物兵器』ですので」
「は………」
何を言っているかわからない、と言ったようにきょとんと瞬いている。
一旦マッケンジーさんを下ろして、覚悟を決めるように深呼吸した。
私はおもむろに上着をぬいで、上着を腰に巻いた。
下に着いたらもう一回着るためだけに。
そして包帯を解き、締め上げていた翼を露出させる。
真昼間の街中上半身裸はやっぱり恥ずかしいものだ。
ばさりと透明な翼を開き、私は息を詰めた。
窓から差し込む太陽光を反射して、それは幾重にも光を屈折させて輝いている。
クリスタルの翼だ。触ると柔らかく、非常に軽い。
マッケンジーさんが目を見開いた。
「エンジェル…だと……!?」
「そんな良いものではありませんよ。では降りますよ」
翼の動きを阻害しないよう、マッケンジーさんを姫抱きする。
おじさんをこんなふうに抱いてしまって非常に申し訳ないが、こうしないと飛べないからな。
一番人目の少なそうな狭い路地裏に接した面を選び、高いビルで隠れた場所に立つ。
濛々と煙が立って、これならば遠くからは見えないだろう。
私も地面が見えないが、頑張ってゆっくり降りれば良い。
そのまま大ジャンプ。
風を受けて翼が強く張った。
「いだだだだだだだ!!!!!ぎゃー!!もげる!もげる!!!」
「っく…!」
飛翔というには不恰好にすぎる。
まろやかに墜落したと言った方が正しいだろう。
下はアスファルトなので着地に失敗したら柘榴になるしかない。
なんとか私が両足で猫のようにすたりと着地する。
「うっつ……脱出完了!」
「神よ……!」
私に出血はないし、マッケンジーさんも無事。
完璧だ。
しかし羽もげるかと思った!!
ヒリヒリ痛む翼をしまって、なんとか誰にも見られないうちに上着を着直す。
急いで包帯を巻き直して、なんとか背中がややモコモコした人ぐらいの姿に戻った。
マッケンジーさんが未だ冷めやらぬ興奮のままに私の肩を掴んだ。
「君が、逃げ出した生物兵器…?だが3ヶ月前に逃げ出した彼はまだほんの子供だと聞いていたが」
「成長しました。ネバダ虫の成長の速さはご存知でしょう?」
「……なるほど。それにしても、美しいものだな」
顔を恐怖に青ざめさせながら、それでも彼はまぶしそうに目を細めた。
「ありがとう。君のおかげで私は助かった」
「いえ。これも工藤君の判断のおかげです。感謝なら彼に」
「君たち日本人は謙虚が過ぎる。素直に受け取っておきたまえ。君はあの美しい翼に相応しい心根の持ち主だ」
そうだったら嬉しいなと、そう思う。
犯人は捨てるがそれはノーカンで。
彼は私の肩を叩き、微笑んだ。
「天使とは元来人に死を告げるものだ。同時に、癒しと導きを与えるものでもある」
「僕の幼生が人の免疫系統を補助することをご存知なのですね」
「全ては二面性のうちというわけか。ふふ、千年王国(ミレニウム)も笑い事ではないな」
「僕はただの生物兵器ですよ」
「分かっている。だが、ときには験担ぎもしたくなるものだろう?」
今危機的状況にある祖国を救うのに、多少希望を夢見ても良いだろう、ということらしい、
きっとこの惨事の後に素晴らしい世界がやってくる。
そう願うのは悪いことではない。
私の体にはあのおぞましき寄生虫がみっしり詰まっている。
それでも、彼は右手を差し出して。
私たちはしっかりと握手を交わしたのであった。
その後は順当に私たちも保護された。
壁を伝って2階から降りたことにしたから、救急隊員に保護された後もさして問われることはなった。
私は無傷なのでそのまま警察の聞き取りへGO。
マッケンジーさんは病院へと運ばれた。
一番近場の病院は犯人の仕掛けたクエンチのせいで大混乱だから、少し遠くの病院に運ばれて行ったようだ。
火の周りは思ったより激しく、中のパーティションやボロボロのカーテンなどを燃やし尽くしてあっという間に大火災になっていた。
ヘリが救助に来る前に火の手に飲まれ、あのままなら死んでいたことだろう。
赤井さんと小太りの男はボール射出ベルトをクッションに緊急脱出。
そちらはすぐ萎んで赤井さん達しか使えないから、工藤君達はキッドさながらの空の旅としけ込んだらしい。
博士の新発明ぁ。
私の羽に着想を得た一回コッキリの超小型ハンググライダー。
まだ翼が5秒しか持たないし一人用だから賭けだったが、一か八か隣のビルの屋上に飛び移ったらしい。
犯人は二人とも病院に運ばれて、俺たちは怪我なしということでひとまず解放された。
とはいえ、何か少しでも調子が悪いと感じたら病院へ、と厳命されたが。
未だ消火が続くビルを少し離れた場所で眺めながら、私たちは固まってほっと肩を撫で下ろしていた。
疲れ果てた工藤君がアスファルトに座り込んで伸びている。
どん、と工藤君が胸を叩いた、
「まあなんとかなったし!万事解決!子供の筋力じゃもう一人連れて脱出できなかったし、やっぱ元の姿は最高だな!」
「いえ、元の姿なら伸縮サスペンダー持ってたでしょうしマイナスでは。やっぱコナン君ですよ」
「お前さぁ、なんかコナンの姿好きだよな。俺イコールコナンだけど分かってるか?」
ジト目で睨まれ、私はそっぽを向いた。
「コナン君は父だと思ってます。工藤君は同級生のラブ配信者だと思ってます」
「同一人物!!!!」
「え…マイファーザーコナン君が工藤君…?冗談にしては悪質ですよ」
「どうしてお前のキャラが工藤新一に対して違うのか俺には理解できねぇよ!揶揄うのに常時全力出してんじゃねぇ!」
「打てば響く感じが楽しくて」
うむうむ、と私は頷いた。
どうも工藤君は同級生感が強くてな。
赤井さんが「ハイスクールの青春か。良いものだな。俺もよく羽目を外したものだ」と同じく頷いて微笑ましそうにしている。
やんちゃボーイ赤井秀一概念…?
「しかし工藤君が無事で本当に良かったです」
「まあな、あとちょっと高度が足りなかったらはやばかったしな。火が大きくなって上昇気流が出るのを待ってたけど、機を逃すと黒煙に包まれてお陀仏だし」
本当に思い返すだけで冷や汗が流れる。
いつまで経っても工藤君が来ないから、もうあの小太り犯人を火の中に投げ込んでやろうかと思い詰めたものだ。
『許さない許さない許さない許さない許さない死ね死ね死ね……あの人間ども、絶対に殺してやる…父君を、あんな、許してなるものか…』
まだ肉体君は盛り上がってるようだ。
まあ、今回ばかりは私も同意見だ。
やっぱあいつらはビルの中に捨ててきても良かった気がするんだよな。
なんにせよ、なんとかなったのは喜ぶべきことだ。
マッケンジーさんに羽を褒められるとは思ってなかったが。
無事に全てが済み。
世は全てこともなし、である。
・米国の終末論の隆盛
ヨハネの黙示録に引っ掛けてめちゃくちゃ信じられている。
「天使が第二のラッパを吹いた」
「海の中の生き物の三分の一は死に、舟の三分の一が壊された」
「蒼ざめた馬が見えるだろう」
「今、死なるものに地上の4分の1が支配された」
・天才美味げ学者の旅立ち
「旅に出る!美味げをよく知るため、遠い場所行く!」
「突然なぜ?」
「美味げすぐ死ぬ。育たない。謎を調べる」
「なるほど、ついてく。一匹心配」
「優しい。友。美味げ菓子やる」
「!!!なんでも相談。力になる。うま。うま」
(しばらくの食事タイム)
「出発!美味げの街!」
「旅先美味げ食べ比べする。楽しみ」
「美味げ逃げる。却下。鳥食う」
「ヒィン」
「仕方ない。美味げ菓子もう一個やる」
「非常に我慢強い。鳥食う任せろ。うま。うま」