あれから。
私たちは無事にアメリカに到着したわけである。
渡ったのは私と工藤君、灰原さん、阿笠博士というメンバーだ。
もちろん、マッケンジーさんも同行している。
羽田からデンバー国際空港への直通便は、私を運ぶということで専用装備となっているようだ。
具体的には、降りた後に飛行機丸ごと防疫処置が徹底して行われる準備がされていれる。
そりゃネバダ寄生虫無症状感染者と実質的には同じだからな。
ほんのわずかでも機内に残れば悲劇を生む。
実際、ニュースで前に空の上で乗客の頭を割って手足が現れた事件もやっていたか。
もちろん手足の個人ビュッフェ会場になったし、世界中を震撼させた。
タラップを降り、阿笠博士が眉間に皺を寄せた。
「物々しい空気じゃな」
「ここは最前線だからな。命令拡散機で守られたここから、西側のコロニーに向けて生存のための物資を運んでいるんだ」
答えたのは一緒に降りてきたマッケンジーさんだ。
厳重に箱に囲われた命令拡散機が、私の発した電波のコピーを発している。
『死ね』『死ね』『死ね』。
なんともまあ、気が滅入るものだ。
「ここを離着陸する機体は、必ずあの巨大命令拡散機によって三度洗浄される。積荷も個別に命令拡散機の下に30秒以上晒されることが厳守される」
「厳重じゃのう」
「もしここからの荷物にこれ以上ネバダ寄生虫が紛れてしまえば、次に汚染されるのは支援を担う西側だ。西が倒れれば共倒れになるからな」
憂いを帯びた瞳を伏せて、マッケンジーさんは肩を落としたようだった。
しばらく歩いてからバスに向かう。
こちらも専用車のようだ。
灰原さんが窓の外を見てそっと口を開いた。
「この近くにある物流のための新しい街に、私たちは向かってるのよね」
「そうだ。元々は小さな街だったが、今はテントや大量の物質で一つの大きな拠点と化した」
なんとか避難してきた人を防疫しつつ、西側に送り届ける任も負っているらしい。
マッケンジーさんが申し訳なさそうに眉を下げて工藤君を見た。
「本当にすまなかった。君達を西の中枢部に入れるのは反発が大きすぎた。どこも突発的な感染に怯えきっている」
「それは仕方のないことだと思います。市民も、それを許しはしないでしょうし」
「……街中にブレインリザードが出れば区画はすぐさま封鎖。命令拡散機で全域を防疫処置するまで出られない。もちろん、誰が死んでもだ」
「………」
「封鎖は恐怖の代名詞になった。化け物の食い放題パーティのオヤツになるしかなく、誰も助けに来ないことがわかっているからな」
ブレインリザードというのはアメリカでの通称だ。
脳に寄生して誕生する、トカゲの如きもの。
ネバダ寄生虫、あるいはネバダ虫は日本での呼び方になる。
バスの外から医療テントが見える。
どうやら弔いが間に合ってないらしく、粗末な墓地が大きく広く広がっていた。
マッケンジーさんが肩をすくめた。
「墓地も、下手に街の外につくれば掘り起こされてブレインリザードを呼んでしまう。命令拡散機の内側に作るより他ないんだ」
「拡散機は足りてるんですか?」
「まるで間に合っていない。常に襲撃に怯えながら、夜は拡散機の電波の中で雑魚寝する村、発電機と送電線の不具合で一晩のうちに全滅した地方都市なんかもある」
なんとも、世紀末ここに極まれり。
電力が途切れたらアウト、拡散機が壊れててもアウト。
そもそも数も足りないとなると、それこそ震えて眠るより他ないだろう。
「東西を隔てる壁は技術者を派遣して全力で死守している」とマッケンジーさんは語るが。
それだけでもとんでもない量になるはずだ。
限界はあるに違いない。
そして一匹でも逃せば爆発的に増えるのが手足という生き物である。
工藤君が心配そうにマッケンジーさんを見た。
「マッケンジーさんはこんな場所まで来て、本当に大丈夫なんですか」
「わざわざ君たちを招待しておいて危険地帯に送り込むんだ。せめて私が同行せねば示しがつくまい。もっとも、最前線に連れてきた時点で示しなどとうに付いていないが」
そう答える顔には苦悩がありありと刻まれていた。
私は冗談めかして両手をあげた。
「ははは。また誘拐されないならなんでもいいですよ。ねぇ工藤君!」
「そうだな。マッケンジーさんも気に病まないでください」
「だが、君の親も研究所で命を落としたと聞いている。それでもなお我々に力を貸してくれること、感謝する」
そういえば親って扱いだったか。
私としては前の体のイメージだったが、親というからそうかもしれない。
工藤君が体をこわばらせている。
彼にとっても相当なトラウマ級の出来事だったようだ。
ううむ、なんとなく居心地が悪い。
私は軽く笑って答えた。
「あれは自死ですから。ネバダ虫は扱いを間違えると大惨事を引き起こします。だから、ネバダ虫への命令権を行使して、研究所でパンデミックを起こす前に自ら命を捨てただけです」
「っ!?!?それは…だからあの個体の血から、ブレインリザードが見つからなかったと?」
「はい。吐血とかしても誰も感染してなかったでしょう?防疫のためですよ」
悲しげに眉を下げて、マッケンジーさんは視線を落とした。
「………それを我々は、君を取り上げて育て、自ら滅びの引き金を引いたのか」
「予見できないことを後から言っても仕方ないでしょう。僕の方も、もっと危険性を声高に喚くべきでした」
勝手に私を攫っておいてと恨む気持ちももちろんある。
自死はあんなにも苦しかったのに、気遣いを無駄にして次代を培養しおってからにと怒る気持ちもある。
だが多くのアメリカ市民は何も知らないし、責任はないはずだからだ。
まあなんにせよ、不幸な事故であったと言えようよ。
バスで到着したのは、既存の建物を改修したのだろう古びた四角い研究所だった。
手足研究のための国防高等研究計画局からやってきていたスタッフが結構な数勤めていて、次期大統領とも目される人物の訪問に対応していた。
私たちの担当者もそんな中の一人だろう。
まだ若い女性が、疲れた様子でにこりと笑って挨拶をした。
「ミリセント・ブラウンと申します。私たちはブレインリザードの発する電波的通信を専門に研究を進めています」
「アラン・マッケンジーだ。君たちの奮闘に敬意を表する。こちらは例の方々だ」
生物兵器の話題を出すのは避けたようだ。
ここはまだ建物の外だし、話を聞かれることを警戒してか。
私たちも挨拶すると、順にブラウン研究員の後ろの他五人も順に挨拶してくれた。
そのまま、研究棟の応接室に通される。
皆で高級そうなソファに座ると、ブラウン研究員がおずおずと話を切り出した。
「あの…マッケンジー国務長官から伺っているのですが、本当に、その、翼が…」
「はい。ええと、驚かないでいただきたいのですが」
まじまじ見られつつ、私はやや恥じらいながら上着を脱いで包帯を取った。
ばさりと翼を広げて見せると、研究員達から驚きの声が上がった。
「なんと……」
「天使…!?」
付け根や羽の材質を確かめられ、すごく写真に撮られ。
皆で舐め回すように見られてかなり恥ずかしい。
恨めしい顔で工藤君を睨みつけた。
オオン、何見とんじゃいワレ!
工藤君はうむうむ「だよな、俺もこれ結構壮観だと思う」などと頷いている。
そうじゃなくて助けんかい!
後ろに控えた研究員さんの一人が好奇心に目をキラキラさせて問いかけてきた
「これ、飛べるんですか?」
「いや、ネバダ虫に命令を与えるためのものだから。マッケンジーさんを抱えてビルから飛び降りた時も、ほぼ墜落だったし」
私の言葉にマッケンジーさんがウィンクして「羽は無事だったか?」と聞いてきた。
「無事もげずに済みました。まだ筋肉痛ですけど」
「それはそれは。私も天使の羽をもぐなどと言う大罪を犯さなくてよかった」
冗談を言い合い、少しだけ空気が軽くなる。
阿笠博士が咳払いして口を開いた。
「彼の翼の通信性能を試すには、ネバダ虫で直接実践するのが手っ取り早いわい。どこかに実験用のネバダ虫を捕らえてあったりはせんか?」
「街の外にあつらえた特別研究所に行けば、実験用ブレインリザードが揃っています」
「え、ここにはいないんですか?」
「はい」
私はその言葉を聞いて首を傾げた。
「それはおかしいですね。一階からネバダ虫の話し声が聞こえていました。ここで飼育しているものの声だろうと気にかけていませんでしたが」
先ほど中庭を通った際にコソコソと交信している電波を感じ取たのだ。
寝耳に水らしく、困惑した顔でブラウン研究員が首を傾げた。
「聞き間違いではないでしょうか。ここでは飼育していませんし、この街は、西部の小さい都市と違って命令拡散機にぐるりと囲まれていますから」
「ですがあれば間違いなく…隙間はありませんか?」
「ううん。このすぐ南側の壁の一機の調子が悪いため修理を予定しているとは聞いていますが」
だんだんブラウン研究員の声が暗く、恐怖を帯びていく。
「何があっても対処できる僕が、念のため見に行きたいのですが。館内を歩いても構いませんか?」
「はい。問題ないかとは、思います」
頷き合い、ひとまずブラウン研究員が館内図を白い紙に書いてくれた。
他の研究員達が青ざめた顔で拳銃を準備している。
ブラウン研究員は「みんな、一旦ここに待機して!私から連絡するから、連絡があったらすぐに管理者各位に連絡!」と指示を出す。
どうも彼女は一緒に来てくれるらしい。
他の研究員さんも不安そうにより固まって、ぎこちなく頷いたようだ。
私、工藤君、そしてブラウン研究員の三名で一階までひとまず降りる。
研究所の敷地内からは、やっぱり手足の声が響いている。
声は中庭の端っこからしているようだった。
『美味げの巣、広い!』
『美味げ、変なもん食ってた。肉焼いて草添えてた。なるほど。覚えた』
『それ何?』
『落ちてた。描くもの。ここに絵を描くと忘れない。便利。こんな感じ』
そーっと覗き込むと、2匹の手足がわちゃわちゃと動いていた。
研究員さんの喉から悲鳴が漏れそうになり、咄嗟に手で押さえる。
一匹は器用に前足でメモ帳を広げて、ボールペンで意外と写実的なホットドッグの絵を描いていた。
もう一匹が驚嘆した様子でわさわさと沢山ある手足を揺らしている。
『お前やっぱり頭良すぎる。天才。女王も褒める』
『喜び。喜び。喜び。こっちは美味げの絵』
『……美味げ、絵が下手』
どうやら初めからメモ帳に書いてあった走り書きを見ているようだ。
遠目で分かりづらいが、電話番号と人名が記してあるように見える。
手足はうむうむと誇らしげに頷いた。
『違う。これは絵を簡単にしたもの。書きやすい。覚えやすい。きっと伝え合う絵』
『……?』
『つまり、美味げは賢い』
よくわかっていなさそうなもう一匹が首を傾げている。
とんでもなく知能の高い手足のようだ。
ふむ、と私は少しだけ思案したのだった。
・天才美味げ学者
手足の上振れ中の上振れ。賢い。
要領がよく、建物から砂糖を見つけるのが得意で美味げ菓子をたくさん作ってる。
もう一匹は普通の手足で、友情に厚くお調子者。
・航空機事故
上空で手足が孵化しちゃった大事故。
暴れまくって機内は地獄と化し、生き残りが後方に立てこもった。
機体はチューリッヒ空港に無事着陸したが。
その後も相当混乱が続いたようだ。