工藤君は街でマッケンジーさんと政治的な話を詰めることにしたそうだ。
政治に関しては工藤君にしかできない。
阿笠博士と灰原さんはその間、持ってきたデータを研究員達と議論するらしい。
研究所は大騒動だったが、私が手足を2匹抱っこして確保したので、大の大人のあられも無い悲鳴が響くのみで終わった。
そんな叫ばなくても襲わないのに。
いや、私も人喰いクリーチャーが目の前に出たらそう言う反応になるだろうけど。
抱っこされた手足は満足しているうちに檻に収納され、ひとまず今は館内中の防疫処置をしている最中だろう。
そうして今、私は街の外を歩いている。
ブラウン研究員も一緒だ。
私が今から行くのは街の外に誂えられた神経寄生生物学研究センター(CNB)である。
月に一回町と行き来するための武装バスが出ているが、本当は拡散機の外壁から歩いて10分程度の距離にある建物だ。
この辺りは壁から出てきた人間を狙って手足が舌なめずりしているからな。
のこのこ歩いて出て行ったら1分で骨になる危険地帯だ。
そこをまあ、私たちは台車を引いて歩いているわけである。
台車に乗せているのは手足2匹を入れた檻だ。
「狭い」「とても狭い」「われわれ、箱に入れても増えない」などとブーブー文句を垂れている。
賢い方が情けない顔をしてしょぼしょぼした。
『女王、我々増やそうとしてる?』
「してないです。移動させようとしてるだけですからね」
『われわれ自分で歩く。何故?』
「あー、連れてる美味げが怯えるので。仕方なく」
『美味げ、臆病』『狭い』『美味げ情けない』
「我慢してください」
不満たらたらの手足を宥めながら、ガラガラ台車を押していく。
サブマシンガンを構えたまま、ブラウン研究員はガッタガタのブルッブルで振動しているようだ。
そんな緊張してあちこち銃を向けても手足は来ないぞ。
というか銃なんてまともに扱ったことない手つきだ。
ここは放棄された廃墟が立ち並ぶ区画だ。
障害物が多く、沢山の手足が人間や人間の乗った車を狙って潜んでいる。
命令拡散機を積んでいない車の最初の関門ともされているようだ。
ここで襲われ、昼夜問わず銃撃戦の音が近隣には響くのだと聞いている。
手足が中に侵入したのか、車内にドス黒い血痕の残った車がいくつも放棄されていた。
ルートを確保するため、定期的に「清掃車」なる廃車を無理やり退かす専用車が通るらしい。
その先に研究所があるわけだが。
私はブラウン研究員に話しかけた。
ビクッと肩を跳ね上げて研究員さんがひっくり返った返事をする。
「大丈夫、僕が司令を出してるので食いついてくる個体なんていませんから」
「で、でもいくら定期バスがないからと言ったって、徒歩で外を歩くなんて…!」
そう、もう今月の定期便はもう無い。
万年ガソリン不足のここで燃料も余分に使う分などないし、手配には一週間はかかる。
だが手足を街中に置いておくわけにもいかない。
そのため徒歩10分の距離なら実験がてら歩いて研究所まで向かっていると言うわけだ。
この場所では車を動かすのも莫大な金がかかる。
賢い方がもそもそおやつの豚肉を食いながらため息をついた。
『みんな遠巻き。女王が誰にも言わずこっちにくるなって言うから』
『残念。みんな女王を歓迎する』
「目立つのが嫌いなんです。それにブラウン研究員がうっかり食われてもいけませんし」
私の手足との雑談に、研究員さんはますますブルブル震え始めた。
私は電波の会話の際、自己確認も含めて電波発信と同時に口に出して話すようにしているからな。
割と私のことも化け物を見るような目をしている。
それでも逃げ出さず身一つで壁外に一緒に出てくるあたり、胆力はピカイチだろう。
相方手足がブラウン研究員をジロジロ見て涎を垂らした。
『その美味げは女王の?』
『生きたまま連れて保存食。流石女王。いつでも新鮮』
「違う違う。僕は人間は食べません」
『………?女王は水しか飲まない?』
『女王だから?』
「いや、鳥とか焼いたの食べるよ」
手足はしばし硬直し、にわかにバタバタ騒ぎ始めた。
『女王もっと美味いもん食う!鳥焼いたの不味げ!』
『うう…女王貧しい。美味げ食えない。涙。涙』
『あんな不味げ女王が食う…悲しい……!』
よよよ、と手足2匹はしょぼしょぼのしょぼになってしまった。
いかにも嘆かわしいことを聞いたかのように伏せって悲しがっている。
なんやコイツら調子乗っとんのか。
私は檻の隙間から手足をずぶずぶ指でつついた。
「何何何」「女王がつつく!」「何故!?」と手足が抗議の声を上げた。
そのあたりで「ひっ!」と私の背後から悲鳴が聞こえた。
ブラウン研究員の声だ。
振り返ると、廃墟の2階から手足が3匹ほど顔を覗かせていた。
どれもゆらゆら前足を揺らしている。
私が「女王を見たことを他の個体に言うな」「近づくな」「ここにいる人間を襲うな」と電波を常に発しているからな。
だから遠巻きにしているのだろう。
『本物の女王!凄い!ばんざい!』
『みんなには内緒。内緒。言っちゃダメ』
『万歳!!』
『ありがたい。女王見れた。ありがたい』
『たいへんありがたい』
どうも結構沢山いるようだ。
あちこちから手足の話し声が聞こえる。
徳の高い高僧を見た農民みたいな反応をしているのが若干気になるが……まあ無害だから別に構わないだろう。
みんなこそっと物陰から姿を現してゆらゆら手を揺らしている。
ブラウン研究員はもはや動物病院に来た犬よりも震え上がってしまっていた。
私は優しくブラウン研究員に話しかけた。
「大丈夫。僕が女王だと知って遠巻きに眺めているだけです」
「本当に大丈夫なんですよね!?このっ、この数に襲われたら骨も残りませんよ!?!?」
「大丈夫です。もし襲うならもっと早く襲ってますよ」
そうして、ブラウン女史の顔面が土気色になってきたあたりで研究所に到着。
研究所は命令拡散機が宿泊区画を覆っていて、実験区画は丈夫な金属と石壁で覆われている。
いわゆる豆腐建築だ。
真四角な形状には窓も何もなく、それでもって生存領域としているらしい。
実験区画に持ってきた手足達を入れるため、しばし待機する。
ブラウン研究員は脱兎のスピードで拡散機のエリア内に入っていった。
よほど怖かったらしい。
途中からエグエグ泣いてたしな。
それでもパニックにならずに実験記録を取りながら頑張るあたり、若くして立派な研究員と言えるだろう。
外でぶらぶらしていると、
三重の門の前にたどり着いた。
一番外は金庫みたいな分厚い扉だ。
ここから中に手足を生きたまま搬入するとのこと。
ぽやっとそれを見ていると、どうやら近場の茂みで寝こけていた野生の手足が起きたようだ。
私の前にやってきてゆらゆら手をさせた。
「おお女王。本物」「すごい」とぽやぽやした様子で崇め始めた。
だが手足がいては研究区画に入れないんだよな。
銃弾もタダでは無いし。
「初めまして君たち。ご苦労。死んでくれ」
『!!!』
私が自死命令を出すと、出てきた手足は速やかにころっと命を落とした。
物言わぬ死体と化した体が地面に転がる。
ちょっと檻の中の手足達には刺激が強かったかな……とそっと檻の中の手足を確認する。
すると、何故か感動した様子で激しく頷いていた。
『女王の命令で命を差し出した。尊い。こうなりたい。美味げの声真似とは違う。すごく尊い』
『同意。同意。同意』
『われわれ、女王直属。命令受けるかも。楽しみ』
『すごく楽しみ。わくわく』
「かくありてぇもんだ」みたいな反応に私はちょっとだけ面食らった。
手足の価値観はよくわからん。だが怯えていないようなら何よりだ。
ともかくそうして、私は一週間ほどこの場所で実験に協力するのであった。
工藤新一は、街の研究所近くの宿に戻ってきていた。
ここは人間の入れ替わりが極めて激しいから、こうした宿も多い。
マッケンジー国務長官に案内されたこの宿は、その中でもランクの高い場所である。
先に宿に帰っていたらしい灰原哀が、ラウンジで新聞を読んでいた。
この新聞はネットの滞りがちなこの街で一番早い情報源なのだと言う。
灰原がチラリと工藤を見て、新聞を折りたたんだ。
「どうだった、工藤君」
「ひとまず一週間データをとって、資料と一致することを確認したら動いてくれるそうだ」
「よかったわ。このタイミングで動けなければ、本当に人類は滅亡するしかないんだもの」
統率型投下作戦は、その実施にあたり大量の生物を必要とする。
ベストは牛、最低でも鶏が必要になる。
それを海へ撒く設備も人員も準備しなければならない。
同時並行して地上の浄化も進めなければ元の木阿弥。
金と資源がいくらあっても足りない大事業だ。
ただまあ、全てが順調に完了したとして、最後の問題は残っている。
汚染源は潰さないといけないということは。
つまり、最後に殺さなければならないのは阿笠宙だと言うことになるからだ。
「免疫薬の開発はどうだ?」
「ええ。そっちは順調よ。免疫型が人間の獲得免疫に作用して強化する仕組みはもうわかってるし」
「……実用化もできそうか?」
「マウスでの実験に留まるけど…少量の免疫型に固定した幼生を投与して、免疫を強化した段階で拡散機で幼生のみ排除する。これで感染性を完全に抑えて多くの病に対応できる」
灰原は得意げに微笑んで肩をすくめた。
「一度私の体でも試したんだけど、スギ花粉がたちどころに敵じゃなくなったわ。」
「お、おい!?まだ人体実験の段階じゃねーだろそれ!」
「急がなきゃいけなかったし。私自身興味もあったし。今後春は快適よ。工藤君もやる?」
「いや俺花粉症じゃねーし」
「……今すごく不愉快になったわ」
何故かギロリと敵意を向けられ、勘気に触れた工藤新一は慄いて思わず頭を隠すなどしたのだった。
・手足共通の生態
放射能汚染への対抗策として、幼生は集まって各々DNAを比較、多数派に寄せる形で修復する生態がある。
遺伝的多様性は低いが、その分幼生が独自の機構で病を防ぐ。
ある種完成したまま固定された生き物。
・手足君達のコメント
「ほわー。われわれ女王の。幸せ」
「『死ね!』って命令、かっこよかった。うっかり死にそう」
「同意、同意。我々への命令でない。でも死ぬ。うっかりうっかり」