二週間経って、私たちは一通りの調査を終えた。
私への調査は多岐に渡った。
DNA検査や脳波調査、血液からの幼生の採取。
翼型器官を用いた交信とその言語形態の解析などなど。
流石、幼生についての専門機関だ。
なかなかみっちりがっつり組まれて、体力がある方ではない私はへとへとだ。
私は生物兵器ではあるが実働部隊ではないのでな。
外に出て賢い個体に地理と群れの分布などについても教えてもらっている。
実は車で1時間以上はかかる場所からやってきたらしく、この地方についてさまざまなことを知っていた。
地方によって人間の食べ方に文化があるようで。
噂によると、南西部の砂漠地帯では放置された車やマンホールの上などで餌を焼く「焼き美味げ」なる文化があるらしい。
ほか、わざと人間を半殺しにして、助けに来た人間を集団で狩る「美味げ狩りの極意」が口伝されてる移動集落があったり。
人間の残した建物をいい感じにリメイクするリメイク術が編み出された群れとかがあったり。
碌でもねぇなまったく。
私はたくさん喋って得意げな手足を追加でなでなでしてやった。
まあ、ため息と共にだが。
今後は帰国後も定期的に手足からは聞き取り調査をしていく方針だ。
「電波電話」とでも呼ぶべきものを研究所に設置できたからな。
私が翻訳しながら、遠隔でゆっくり手足達の話し相手になるのだ。
これは阿笠博士の発明品で、受信した電波をそのまま別の場所の機器に転送し合う代物だ。
本当は完全にここの研究者に任せるつもりだったんだが。
私が1日姿を現さないだけで空気がお通夜になってしまって大変だったのだ。
研究所の手足全員「女王、われわれ嫌いになった?」「われわれ下等…」「下等……」と沈み込んでしまって体調を崩したのだ。
それでは実験に支障が出るので、仕方なく私が出る羽目になったというわけだ。
今、私は神経寄生生物学研究センター(CNB)の出入り口に立っている。
もうすぐ定期武装バスが出る。
それに乗せてもらい、街から空港へ向かってこの国を後にするのだ。
私が食い付くなと発信しながらバスを走らせるから、今回はだいぶ弾丸の節約ができるだろう。
ブラウン研究員が少しだけ笑って頷いた。
「本当にこの二週間、常識を変えるような発見が多々ありました。特にあのブレインミッジの出現条件がわかったのは本当に大きいです」
ブレインミッジとは、あの手足の死骸から出てくる羽虫のアメリカ名だ。
既に世間では「寄生虫を運ぶおぞましき羽虫」として定着しつつある。
なお、全然Midge(ミッジ:小バエ)ではないのだが、アメリカではすっかりこの名前で通っているとのこと。
「そうですね。あの小さな博士君のお手柄です」
「……恐ろしいです。あの賢さをブレインリザードが持ちうることもですけど。羽虫の生態も何もかも、悪魔的です」
まさか健康的に一定体重を超えることが条件なんて、とブラウン研究員がひとりごちた。
爆発的な感染以降、野生下の手足があまり羽虫を産まないのは広く知られていた事実だ。
それがなぜなのか分かっていなかったが。
どうやら単純に餌が足りてないだけだったということらしい。
そりゃ人間を肥え太るまで摂取するのはなかなか難しいだろう。
賢い個体が「われわれ、太ると虫が出て死ぬ」とこともなげに答えを言い放ったのにはびっくりした。
そして飼育化では簡単に条件を達成できてしまうというのが悪辣だ。
豚肉や鶏肉を強制的に与えられて、かつ運動量も少ない。
手足のような生き物はすぐに肥え太ってしまうのだ。
この施設でも幾度か虫が出て、そのための対処でかなり金を使ったらしい。
もっと早く知りたかったとブラウン研究員がため息をついた。
「僕としては、これは『人間に捕らえられることを前提とした』生態なのだと思っています」
「私も同じことを考えていました。あの……本当なのですか?ブレインリザードが人間によってデザインされた生物というのは」
「外部には絶対に漏らさぬように。人にはまだ、これが人災であると受け入れる余力がないですから」
今現在においても、あらゆる憶測が世界中で吹き荒れている。
無症状感染者への凄まじい偏見の嵐。
全く無関係の病を「虫に脳を乗っ取られた」と爪弾きにして、アメリカに降る天罰だと非難して。
もしこれが人為的な生物だとバレれば、組織に関係なくあらゆるものが魔女狩りの対象となるだろう。
「お前が虫を作ったのだろう!」と。
「ともかく彼らには大人しくさせていますし、僕が定期的に声かけします。不意な脱走などがあっても職員が襲われることはないと思います」
「ありがとうございます。正直、あの施設で被害を受けた職員は何人かいます。今の所死者は出ていませんが……正直、幸運でしかないと思っています」
「僕が『人を傷つけるな』と厳命しましたから。安心してください」
私がそう言って笑いかけると、「そうであるなら、これほど嬉しいことはありません」と少し肩から力を抜いたようだった。
この研究所では賢い個体と相方君以外にも10体ほど小さい手足が実験用に飼育されている。
元々、事件が起きたのは私がここに来てすぐのことだ。
まずすぐに手足達には「人に食い付くな」と命令したのだが。
人を食いモンだと思っている手足がすぐに思考を切り替えられるわけではない。
私の命令をうっかり守り損ねた個体が出るのも、まあ想定の内だった。
お腹が空いていたらしい個体が1匹、私を呼びに来た研究員に唸って歯を剥いたのだ。
それだけで、そりゃもう完全に村八分となるのは予想外だったが。
「お前下等」「女王の命令を守らない。下等なやつ」「下等はどっかいけ」「寄るな。下等がうつる」などなど。
他手足は嵐のような悪口をその個体に浴びせかけた。
それこそ吐き捨てるような口調だ。
それから、命令違反しそうになった個体は一言も言葉を発しなくなった。
しょげてしょげかえって、餌も食べなくなってそのまま痩せ細っていってしまったのだ。
まだ完全に命令を破ったわけではないと私がとりなしてやったから群れに復帰できたが。
しばらく心労でガリガリの手足になってしまっていた。
そ、そんな辛かったのか…うっかり命令に背きそうになったの……。
意外と繊細な生き物であることよ。
いや、それだけ「女王の命令」というものが彼らの中で大きいということなのだろう。
阿笠博士の家で育てていたもっと知能の低い個体は、普通に文句も言うし駄々もこねてたんだが。
私が鶏肉食べろって言っても「不味げやだ」「やだ」「ぺっ」て抵抗するし。
知能が高いからこそ、私の命令は絶対という側面が強いのだろうか。
「では、僕は行きます。今までありがとうございました」
「はい、こちらこそご協力ありがとうございました。海洋防疫作戦、我々も微力ながら全力でお手伝いさせていただきます!」
「頼りにしています」
得たものは大きかったはずだ。
後は工藤君がどう動けたか、政治との戦いの結果を待つとしよう。
と言うわけでデンバー国際空港にやってきました。
工藤君はこの二週間で単身ワシントンに渡っていたようで、そこでいくらか政府要人達と話をしていたらしい。
父親とも少し話ができたと言っていた。
帰りのプライベートジェットに乗り込むときにギリギリでやってきた彼は、疲れた様子で大きく伸びをしたようだった。
阿笠博士と灰原さんも寝不足なのかクマを拵えている。
「どうでしたか?」
「バッチリ。オメーもすごく協力してくれてたみてーだし、向こうにも分析結果が1ヶ月後届く予定だよ。第一報はもう届いてて、十分可能性があるってことで協力してくれることになった」
「ワシらも興味深い知見が得られたわい。1日での手足の移動距離のデータも聞けて、ドローンでの地上一掃作戦もブラッシュアップできたぞい!」
移動距離は手足を生きたまま捕獲して、発信機をつけて調査したらしい。
すごい度胸だ。作業員の命の掛け方が半端ない。
たった二週間だ。
それでも、結構な物事が動いた気がする。
私たちがそれぞれの結果に満足していると、不意にキャビンアテンダントさんが腰をくねらせながらこちらにやってきた。
「ところで、あー、皆様。乗り換えのお時間なのでこっちのバスにお乗りくださいませ〜」
丸々ルパンなキャビンアテンダントさんだ。
ミニスカ。
意外に綺麗な足は特殊なタイツで誤魔化しているらしい。
工藤君が「ヒョへッ!?」と変な声を出した。
アイェェェエなんでルパンなんで!?
ドーモ、突然のルパン=サン。
私は目を白黒させながらルパンを見上げた。
「あ、あの、野生のルパン出現は本気でびっくりするんですが一体…」
「この飛行機爆弾がわんさかだから降りましょーね。あっちの飛行機でフライトと行きましょ」
「えっっっ突然の暗殺凶悪すぎるんですが。下手人は米国ですか?」
「まあ政府も一枚岩じゃないってことで。こいつはどっちかって言うと思想犯だけどな」
世界を破滅に追いやる悪魔を討伐してやるーってな!とルパンがおどけて叫んだ。
まあ、この状況が私発なのは本当だからなんも言えん。
代わりに工藤君が「ふざけんな!事故で漏出したのはそっちだろうが!」と憤ってくれてくれている。
灰原さんが怜悧な瞳を向けて冷静に発言した。
「大泥棒さんがどうしてそんなことを伝えにきてくれたのかしら。私達が太平洋の藻屑になろうが、本来知ったことではないはずでしょう」
「いや、俺は泥棒のお仕事に来てんの。これはそのついで。ほれ、これが欲しくて」
ピラっと見せられたのは私の翼の羽の写真だ。
ふわふわと浮いたそれが光を反射し光輝いている。
私は瞬いた。
「どこでこんなもの知ったんですか」
「あの研究所が論文上げてるからな。所長と知り合いの不二子ちゃんがコレクション用に一枚欲しいって」
「なるほど。それでこんなとこまでえんやこらと」
私がぼんやりいうと、ルパンがゴソゴソポケットからとりだしたのはその私の抜けた羽であった。
ニヤッと笑ってルパンがVサイン。
「じゃあお代の羽、いただきましたっと」
「あ、僕の羽!いつの間に!」
クリスタルの羽は透明だ。
光を屈折して、その加減で自ら輝いているようにも見える。
天使の羽、と言われればなるほどそうかもしれないという不可思議な見た目をしていた。
しかしまあ、どうやっていつ千切ったのかまるでわからない。
私は己の背中をわさわさ触ってから、ルパンに注意した。
「いちおう抜けた羽には幼生は居ないと検査は出てますけど、念のため扱いには注意をしてくださいよ」
「もっちろん。しかしまぁ、なんとも宗教的な見た目になっちゃって。別方面で騒がれそうじゃん?」
「それは僕が包帯で簀巻きになってればバレませんから。ん?ルパン僕の風呂場とか覗いてました?」
「かわい子ちゃんじゃねーのが惜しいくらいには絵になってたぜ」
「ルパンのえっち!!!」
私が恥じらう様子を見せると、ルパンはわざとらしい悪い顔をして「アダルティーな大人の世界にようこそぉ!」とニタニタした。
灰原さんがぴしゃりと「教育に良くないわ!!まだこの子は生まれて半年も経ってないのよ!」と憤っている。
私、乳幼児だった……?
ルパンが無言でガラガラ振って遊ぶやつを私に手渡した。
どっから出したんだそれ。
「ま、なにはともあれ飛行機の乗り換えのお時間ですよぉ。あ、その前に爆弾見てく?」
「え、なんですその観光みたいな……見ます。見たいです爆弾」
工藤君が「なんでだよ」と突っ込んだ。
見たいじゃん爆弾、どんな感じに凶悪そうか。
物見遊山である。
みんなでぞろぞろコックピット近くに行くと、そこにはジェット機の頭を丸ごと吹っ飛ばすのに十分なドデカ爆弾が搭載されていた。
工藤君が青ざめて頭を抱えた。
「おいおいおいおい、この量のC-4が爆発したら海に落下する前に上空で全員ミンチだっつの!」
「凄いですね、絶対生かして帰さないという気概を感じます」
「そゆこと。じゃあ乗り換えましょうねー。俺らも日本挟んで帰るんでよろしく!」
ピコっとルパンがウィンクを決める。
俺ら、ということは次元さんがいるのかもしれない。
改めて工藤君が咳払いして、ルパンに向き直った。
「命の恩人なんだ。宙の羽だけじゃ到底足りねーよ。俺にできることがあったら協力する」
「おんやぁ?犯罪を憎む探偵さんが泥棒さんに手を貸してもいいのか?」
「そりゃなるべく犯罪は避けたいけど。でも恩を返さねー方が道義にもとるだろ。たとえ犯罪者が相手であっても、それは信用問題ってやつだ」
まっすぐな瞳は清廉でいるようで、しかし清濁併せ持つ力強さを持つ。
彼も己の信念と世界の広さの中で大きく羽ばたいているということなのだろう。
にやっとルパンが我が意を得たりと微笑んだ。
「じゃあ、せっかくなんで協力してもらいましょうかね。俺らの事情ってやつに」
「………なんか罠にハマった気がすんだけど、気のせいであって欲しい」
「馬鹿ね、飛んで火に入る夏の虫だったわよ」
灰原さんが呆れたように肩をすくめた。
「単刀直入に言うとだ。ヴェスパニア鉱石を使った大規模テロが目論まれてるんだよなぁ、これが」
・下等
手足の価値観において女王は絶対で、女王の命令に反するものはゴミ以下である。
これは人間的信仰に生態に基づくものが混じった絶対的価値観である。
「美味げは下等。女王の命令聞かない」
「下等な食用のやつ」
・抜けた羽
内部から輝くような透明なクリスタル。
実に神秘的で持つと非常に軽く、放り投げると風船のようにいっとき空に停滞する。
意外に弾力があるので加工してペンダント等にすると大変美しい。