阿笠博士が帰宅してからは、随分心配されてしまった、
私が倒れたことがコナン君を通じて阿笠博士に伝わっていたらしい。
そんなの心配いらない仕様上の話なのに、阿笠博士は予定を繰り上げて早めに帰ってきたようだ
心配させてしまって、罪悪感が胸を刺激する。
本当に申し訳ない……。
また、組織幹部テキーラがさらっと爆死しているのに今更気がついた。
「そういや、空はテキーラってやつのこと知ってっか?」というノリでコナン君から話があったのだ。
話を聞くと、気づいたら爆殺されていたとのこと。
一般殺人犯に誤爆されるとか、そんな文字通り誤爆されることあるんかいなと戦慄したものだ。
まあ、別にかまへんかぁ、と適当に流れた話だが。
今考えると組織的には結構重大な事件かもしれない。
テキーラは交渉系というか、パトロンからの企業間融資の話とかを取りまとめていたからな。
普通にテキーラしか知らないネタがたくさんあるはずだ。
可哀想に、事業のいくつかはついでに吹っ飛んだに違いない。
組織の事業が吹っ飛ぶ、か。
まあ別にかまへんかぁ、と最初の結論に戻るアレである。
さて。
夕方、私が博士の作成したゲームを試遊している頃だ。
どうやらコナン君がやってきたようで、居間から二人で何やら話し込んでいる声が聞こえてきた。
通常の聴覚では聞こえないだろう小ささだが、私なら普通に聞こえる範囲内だ。
コソコソヒソヒソ声に、私も気配を絶って聞き耳を立てる。
なんか事件の話かもしれないし、野次馬根性だ。
声はどこか沈んでいて、重苦しい空気を纏っているようだった。
「なあ博士。検査の結果は出たか?」
「………ああ。まだ一部じゃがな」
検査、というと恐らくは私の健康診断の話についてだろう。
優作氏の紹介を通して、大学病院で秘密裏に色々検査があったが。
私にはなんか大部分が伏せられていてよく分からなかったんだよな。
自分で気をつけなきゃならないところは教えてもらえたから良いけれど。
いい機会だし盗み聞くこととする。
すまんね阿笠博士。
阿笠博士がぽつりと、絞り出すようにつぶやいた。
「あの子は、ひどいものじゃったよ。遺伝子の大元から組み替えられて、弄ばれて、人として成り立たない、生命としてすら成立しないものに組み替えられとった」
「………じゃあどうしてあいつは生きてるんだ?」
「たくさんの外科手術の跡があったじゃろう?あれで外科的にいじくり回されたからだろうと言っておった」
沈鬱な様子は、安っぽい言い回しだがお通夜と言ってちょうどいい響きを得ていた。
私には、生物兵器としてあらゆるアプローチが取られている。
しかもノリが「羽生やしちゃおうぜYOU!」「良いね!」とドリンクバーでテンションぶち上げる男子中学生みたいな感じなのだ。
手当たり次第に混ぜてダメだったら廃棄、的な。
そりゃ組織から予算減らされるわけだよ。
阿笠博士が暫し沈黙した後、口を開く。
「優作君から、埋葬前の遺骸のデータの一部ももらっておる。掘っても掘っても死体が出るから、すでに十年以上あんなことを続けていたのじゃろうと」
「………人間にする所業じゃねぇよ。空の前では言えないけどさ、あんなの、……あんなのあんまりだろ」
思ったより既出の話が多い様子だ。
早くも退散しようかなという気持ちになってきた私である。
私が聞いても盗み聞きの罪になるだけで私の得にはならなさそうだからな。
聞いてるのバレたらまたコマンド言ってもらえなくなりそうだし。
ごそごそ他事を考えていると。
コナン君が沈鬱そうに言葉を落とした。
「空はさ、大人になれるのか?」
どこか確信めいた、答えを予想しているような響きであった。
阿笠博士は顔を覆って、か細くこう答えた。
「分からん。あまりにも人とは離れ過ぎて、そもそもまともに人の形になったことが理解不能だそうじゃ」
「……そうか」
まあ確かに、成功例は私のみだったからな。
あとは自意識のない虚ろな人形だったということは、私という魂が何か影響を与えた可能性も否定できない。
何はともあれ、転生数秒で死去とかいう悲しい事態にならなくてよかった。
気配を消して廊下を後にする。
どうでもいいが、変な理由で昇天する前に早くアムピのご本尊が見れると嬉しいのだが。
行方がわからないから接触しようがないのが辛いとこ。
外見を利用して、警察庁に「お父さんとはぐれました」って言えば連れてってくれるだろうか。
いや、あの人はそもそも滅多に警察庁には近寄らない。
なにより組織への弱みになるようなことしたくないから、それは却下だろう。
むすっとしつつ、そろそろ夕飯を作り始めるべく私はタンスからエプロンを引っ張り出した。
なんか私のせいで暗い空気になってしまったからな。
美味しいものを作って持って行くとしよう。
暖かくて美味しいものを食べれば、少しは心が晴れるだろうから。
翌日、土曜日。
堤向津川緑地公園に私たちは来ていた。
少年探偵団に誘われたからだ。
コナン君は「事件について考えたいことがあるから」とパスしたので私たちだけ。
少年探偵団は早くもぶち上がり、公園内を駆け回っている。
ここには遊具がないから、主に走ったり虫を摘み上げたり走ったり鬼ごっこしたり。
あとハンカチでしっぽ取りしたりだ。
手を変え品を変えて走ってんだよなぁ。
子供は風の子とはよく言うが、無限に叫んで走っててどこからその体力が湧いてくるのやら。
付き合う生物兵器の私が息切れし始めてんだぞ。
いや、この体は長距離走苦手な方だけどさ。瞬発力で狩りをするタイプなので。
「空君、はぁ、足、早いですね……!」
「光彦が次の鬼だぞ!」
「元太君も!わかってますよ!!」
ぷんすかする光彦君が息を整えて叫ぶ。
まあ、いくら幼体とはいえ生物兵器が鈍足じゃお話ならない。
とはいえ二足歩行かつ小さな体なので限度はあるから、多分全力で猫よりは遅い程度だ。
そんなふうに水辺の公園を思う存分に楽しんでいると。
髭を生やした見知らぬ男性が、歩美ちゃんに近寄ってきた。
もじゃもじゃに髭を伸ばし、サングラスで顔を隠している。
なんとも、丸出しの不審者だ。
不審者が紙袋の中から高価そうなラジコンを取り出した。
「お嬢ちゃん、これをどうぞ」
「わぁ、飛行機だ!すごい!おじさんくれるの?」
「もちろん。それは爆撃機だ。大切にしておくれ」
なんだなんだと光彦君と元太君も寄ってくる。
立派なラジコン飛行機に場はすぐさま盛り上がった。
すれ違いざまに香ったのはパイプタバコの特徴的な甘い香りだ。
流石に詳しくないので銘柄まではわからない。
そのまま去っていく男の後ろ姿を見て、私は歯噛みした。
歩美ちゃんの手にあるそれからは匂いがほとんどしない。
少し石油臭がする程度だ。
普通、プラスチック爆弾には探知剤が添加されている。
これは空港のセンサーや探知犬がそれを察知できるようにするための国際法上の処理だ。
だがこれからはその匂いがしない。
つまり輸入したものでない、原材料からの手作り品だということ。
今朝、原材料のオクトーゲンが東洋火薬から盗まれたとニュースがあったから、この人物について私はすぐに思い当たった。
原作知識からして、この飛行機は間違いなく爆発物。
この男は森谷帝二だろう。
劇場版というやつだ。
だが今この子達から爆弾を取り上げようとすれば、その場で遠隔爆破されかねない。
どうやら森谷は爆弾についての高度な知識があるようだし。
その程度のことは十分できるはずだ。
光彦君と元太君が激しい戦いの末、光彦君から先にラジコン飛行機を操縦することになったらしい。
かなり厳正な協議だった。
嬉々とした二人を尻目に、歩美ちゃんが首を傾げて私を見る。
「どうしたの空君、怖いお顔してるよ?」
「………。そのラジコン飛行機は随分高価そうに見えます。落としたら大変なので、大切に操縦しましょう」
そのように声をかけると、元太君がサムズアップした。
「大丈夫だぜ!空に渡すまで壊さねぇからよ!」とのこと。
そういう意味ではなかったが、落とさないならそれに越したことはない。
なんとかして遠距離攻撃で撃墜できるといいのだが。
投石で行けると嬉しいか。
公園には意外と人も多いから、当たりどころが悪くて不発のまま落下、爆発となったら被害は防ぎきれない。
私はそろりそろりと公園から出て、道の方の様子を見た。
タイミングよく、コナン君が走ってくるのが遠目に見た。
ターボエンジン付きスケートボードだ。
私も欲しいなアレ、と思えど、あんなスケボーで事故したら肉ミンチになるので自重する。
「ちょうどいいところに来ました。少しご相談したいのですが」
「っ何かここであったのか!?」
「少年探偵団に不審な男からプレゼントがありました。『これは爆撃機だ』と、ラジコン飛行機が一つ」
「!!!」
なんの匂いもしませんでしたが、相手から嫌な悪意を感じたので、と付け加えておく。
疑うには証拠不十分だが、高価なラジコン飛行機を子供に不意にプレゼントする不審者はもう怪しい以外の何者でもないはずだ。
私はコナン君に耳打ちした。
「できれば遠隔破壊したいのですが、あなたの火力を借りられますか?」
「っああ!悪い空、あいつらに言って飛行機を高く上げさせてくれ!」
キック力増強シューズを起動状態にしたので拾った空き缶を手渡して少年探偵団に声をかける。
「すみません、ラジコンの飛ぶ姿をよく見ておきたいので高く飛ばしてもらえませんか?」
「え、いいですけど」
すぐにプロペラ音を響かせ、ラジコン飛行機が空高くへと舞い上がる。
コナン君がすかさず空き缶を蹴り、素晴らしい威力とコントロールでもって高速で空を飛ぶラジコン飛行機へと直撃させた。
瞬間、派手な爆音を響かせて閃光が奔る。
高い位置だったから、爆風が強めに吹き付ける程度で済んだようだ。
歩美ちゃんが「きゃあ!!」と悲鳴をあげる。
煙臭さでやや咳き込むと、コナン君が「大丈夫か空!?」と心配してくれた。
大丈夫やで。少し喉に煙が張り付いただけだ。
しかし、意外と滑らかに処理できた。
犯人も面倒なことをしてくれるものだ。
そのまま電話を受けたコナン君が、再びターボエンジン付きスケートボードで走り去っていく。
この混沌とした状況を置いていく奴があるかいな。
何が何だかわからない光彦君が困り果てた顔で私に声をかけた。
「ど、どういうことですか?」
「ひとまず警察に電話しましょう。ラジコンの故障にしては、先ほどの爆発はあまりに大き過ぎますから。もしかしたらどなたか動画を撮っていたかもしれませんし」
と、いうわけで110番通報。
もう一つの爆弾はコナン君に任せておけば問題無かろう。
というより、あのスケボは走って追いつけるスピードではない。
無事を祈る、と思いつつ私はため息をついた。
私は少年探偵団のわあわあとした証言を取りまとめつつ、駆けつけた刑事さんの対応をするのであった。
・ドカ鬱阿笠博士
人間が科学を得たことで生み出した業と悲劇がどうとか、いち科学者としてそういう高尚なことを考えている。
当の被験体がパッパラパーなことは気付いてない。
・灰原さん
今姉を殺された件でジンに食いついてるとこ。
そろそろアポトキシン4869をあおる。