「つまりまあ、西側諸国には消えてもらいたいって話なんだけども」
そのようにルパンはピンと人差し指を立てて語り出した。
その国はアメリカと因縁があった。
積年の恨みがある。
加えてネバダ寄生虫を全世界に拡散させたアメリカと、その悪魔の国を援助するEUを目の敵にもしている。
そのための安価で確実な方法として、ヴェスパニア鉱石を利用するつもりであるのだと言う。
私はルパンに問いかけた。
「どうやってヴェスパニア鉱石を入手するつもりですか?あの国の方針で、鉱石は厳重に国内管理する方向に決まったんですよね」
「そりゃもちろん、手段は選ばずって奴だ」
「もう既に動いていると?」
「ああ。鉱山は爆破されて死傷者も出てる。まったくやんなっちゃう」
ヴェスパニアは国力のある国ではない。
強硬手段に出られれば、ヴェスパニア鉱石を守り切ることは難しいということなのだろう。
後ろの席でのんびり寝転がっている次元さんがぴらぴらと手を振った。
「情けねぇこった。俺がみっちり盗人への対策を手解きしてやったのに」
「あー、次元あそこの軍事顧問やってたんだっけ?」
「おう。一時な。それをまんまとやられやがって」
「あーらまぁ」
流石次元大介、手厳しいものだ。
ヴェスパニア鉱石は電波と電子機器に作用する強力な効果を持つ。
電波を遮断し、一定電圧が加わった場合周囲の電子機器を無効化するというファンタジーじみた機能もある。
そのどちらを使うにせよ、命令拡散機にとって大敵なのは間違いないだろう。
例えばヴェスパニア鉱石でできた箱に幼生を詰めて持ち運べば。
あらゆる国の命令拡散機を通り抜けて幼生を密輸でき、拡散して、かつ電気を通せばあらゆる電子機器の無効化して通信網を遮断できる。
現場はあっという間に地獄と化すだろう。
工藤君が大きくため息をついた。
「けど、EUって今完全にアメリカをバッシングしてるよな?虫輸出の責はアメリカにあるって」
「そこはほら、これまでの恨みとかなんとか」
「もうめちゃくちゃじゃねーか」
まあ、恨み優先なら理由なんていくらでもゴリ押し可能だろう。
不条理でも、それが怨恨というものだ。
「じゃあ俺らに何を求めて手を貸せなんて言ったんだ?一応アメリカでは発言権がある程度出てきたけど、単なる日本の高校生だぜ?」
「単なる日本の高校生はアメリカに発言権なんてないの。お分かり?」
「まぁ……それは…まぁ……」
工藤君がぽりぽりと頬をかいた。
ルパンが「ドゥルルルルルばん!!」謎に効果音をつけて地図を広げる。
「手が足りないから日本の分だけでも食い止めてって話な。これ、テロ決行予定地の地図な」
「うわ…おいおいおい、14カ国32ヶ所!?このご時世に金持ちすぎねーか!?」
灰原さんがじろっと地図を覗き込んでため息をついた。
「人類滅びるんじゃないかしらこれ。外敵の脅威を前に内輪揉めで滅びるなんて、人間らしくていいんじゃない?」
「言ってる場合か!え、むしろ日本以外はあんたらで対処できるって話なのか!?嘘だろ!?」
「にょほほほほ。この天下の大泥棒ルパン三世を甘く見ない方がいいってこと!」
高笑いするルパンだが、まさに高笑いが許される凄まじい行動力に満ちている。
多分ありったけ声をかけてはいるのだろうが、それにしても凄まじい。
工藤君はごくりと生唾を飲んで、挑戦的な笑みを浮かべたらしかった。
「もし将来的にあんたのところに宙が行くなら、会いに行くのも一苦労だな。銭形警部に今のうちに教えを請わねえと」
「頑張りたまえ青少年」
「おいルパン、あの超人警部に後継者を進呈するような真似はやめろ!本気で教育し出したらどうすんだ!責任取れんのか!」
後ろから次元さんのヤジが飛んでとどこ吹く風。
ルパンは実に楽しそうに微笑んだようだった。
しかし、人類が滅びると言う時分に恨みつらみでテロ三昧とは。
正気ではない。
肉体君が呆れたように人類を見下すのも当然だと。
『これだから人間は下等なんです。くだらない。滅びるべきだ。滅ぼすべきだ。下等な人間どもめ、全て手足の餌にしてやる…』
なんかアメリカの手足から悪い影響を受けたみたいで、恨みつらみのほかに人類を下等とか言い出し始めたんだよな。
めっ!汚い言葉を覚えちゃダメ!
私は叱りつけがてらみんなから見えないところの腹をつねった。
肉体君が「あいたたたたたた抓るのは卑怯ですよ!」と怒っている。
工藤君が大きく頷いて鮮烈に輝く瞳で拳を握りしめた。
「ともかく、それなら俺も全力を出すのに異論はない。任せろ、必ずテロは止めて見せる」
「オーケー、頼んだぜ探偵君。それと、漁夫の利を狙って他にもヴェスパニア鉱石を狙ってる奴らがいるからそっちも気をつけてな」
「無茶苦茶だな。ったく、これじゃ手足のが賢いっつの」
「手足、食欲旺盛ですが欲の皮は突っ張ってないですからね。必ず群れで分け合いますし」
「まあその欲深さが人間の原動力ってことで!」
欲望の中に生きて欲望を乗りこなす、そんなルパンが二ヒヒと笑う。
そうして、一時共闘は成った。
私たちは日本に帰国し、ルパンとは連絡を取り合う仲になったのだった。
そして、本日米花町へと帰ってきた。
「う、翼が蒸れて痒い…!あと痛い…!」
「座りっぱなしだったもんな。つかお前、寝る時どうしてんだ?」
「うつ伏せですよ、痛いので」
「大丈夫?もっと翼を広げてて良かったのよ」
車の中で、私は背中を押さえてうーうーと呻いた。
今は包帯を巻き直しているが、機内ではいっとき翼を広げさせてもらっていた。
包帯を巻いていると翼の節々が痛むし、背もたれにもうまく体重を預けられないからだ。
もう包帯で巻くのも限界が近い。
この二週間で翼が育ちすぎて、隠すにも何にもデカすぎるのだ。
命令範囲もその分広いが、広いからなんだって話だし。
灰原さんが心配そうな表情で、私の背を優しく撫でてくれる。
私と肉体君は素早くニコニコした。
やっぱママンしか勝たん。あったかいやでぇ。
しかし問題は山積しているのに変わりはない。
「学校どうしましょう。また休学ですかね…切り落とすとかできるでしょうか」
「切ったら痛いわよ。それに、あなたの翼は綺麗だもの。勿体無いわ」
「……ありがとうございます、灰原さん」
「方法が見つかるまでは休学が妥当だろうな。悪いな宙、あんまり学校に行かせてやれなくて」
工藤君…でなく今はコナン君が、私の肩を叩いて労ってくれる。
これは完全に私の生態の問題だし、仕方のないことだ。
コナン君のせいではない。
「気にしないでください。そうやっていろいろ便宜を図ってもらえるだけで、僕には十分すぎるほど嬉しいことですから」
「お前は謙虚すぎんだよ。もっとわがまま言ってくれてもいいんだぜ」
「フレンチのフルコースが食べたいです」
「そうじゃなくて。どうしてそう即物的に食いもんで消費しようとすんだよ」
「手足の頂点に立つ生物ですよ僕は。食い意地張ってて当然でしょう」
私が胸を張ると、コナン君が「しかたねーなぁ」と言ってフレンチの店を検索し出してくれた。
嬉しみである。私の心は高鳴った。
フレンチ!フレンチ!
今はバカ高いホタテと白身魚のムニエル!
運転手の阿笠博士が感慨深そうな雰囲気で口を開いた。
「それにしても、流石ルパンが狙うだけあるのぉ、その羽は。まるで宝石じゃわい。発光してるように見えるのはどう言う理屈なのか興味深いぞい」
「そっちの研究も楽しそうね。密度があるのに非常に軽いし、透明。不思議な素材よね」
私が首に下げているビッグジュエルのペンダントの話だ。
その場でルパンが私の羽を加工してくれたんだよな。
羽はクリスタルのようにやや硬く弾力がある。
それをナイフでカッティングすると、ダイヤモンドのように複雑な煌めきを放つようになったのだ。
まさに自ら淡く輝く、幻想的なビッグジュエルの誕生だ。
もう一枚渡せば私の分も作ってくれるとのことだったので、抜けた羽を渡して作ってもらった。
なんとも美しく、ふわふわと滞空するさまは非現実的な空気すら醸し出す。
「サービスサービスぅ!」とペンダント用の金具もつけてくれた。
優しいルパンだ。
今も私の胸には羽から作った美しいビッグジュエルがかかっている。
本当は宝石ではないから価値の程は定かではないのだが、これはこれで美しくて良いものだ。
「本当に、綺麗ではあるんですけどね……翼は生活するのに不便すぎて。せめて夜寝る時はもいでベッドの脇に置いておきたいです」
「花粉症の季節に目を取り外して洗いたい理論ね。わかるわ」
うむうむと灰原さんが頷きながら、何かいいたげにコナン君を睨みつける。
コナン君は頭を隠すように縮こまった。
ともかく、学校はおいおい考えねばなるまいよ。
包帯で一日中頑張るのはもう辛すぎる。
と、そんな諸々を話しつつ、米花町の毛利探偵事務所の前に辿り着く。
今まで、コナン君は親元に行っていたと言う設定だ。
実際ワシントンで優作さん達とも会えたみたいだし、間違いではない。
降谷さんは今日はちょうどポアロのバイトだったらしく、コナン君が帰ってくる様子にすぐに気付いたようだ。
店から出て、片手をあげて挨拶してくれた。
「宙君、コナン君。おかえり」
「安室さんはどうだった?なにか大変なことはなかった?」
「特には。小さな殺人事件がいくつかある程度で、平和なものだったよ」
小さな殺人事件とは……?
私は若干宇宙猫になりつつ、若干の納得をした。
まあ米花町は小さな殺人事件がよくあるので、そう言う意味では文字通りの表現だったことだろう。
「君らもうっかり謀殺されかけなかったかい?ほら、向こうは何かと厄介だから」
「帰りがけ爆殺されそうになりましたが、無事何事もなく帰ってこれました」
「はぁ!?これだから米国は碌でもないな!やっぱり安全な場所は日本しかないんだよ。うん」
安定して日本ヲタな降谷さんがうむうむと納得と憤りの色を見せている。
私はつい笑顔になって降谷さんに追従した。
せやな。日本最高って私の中の降谷さんも言っておる。
コナン君が微妙な顔を私をつついた。
ふと、降谷さんが声を顰めてコナン君に吹き込む。
「ああ、そうだ。最近組織が動き出したんだ。君も気をつけて」
「!!」
「日本に滞在するFBIを狙っている。僕は別に構わないが、コナン君は気にすると思って」
「な、なんのことかなぁー僕わかんない!」
FBIと組んでるだろ、という気配をバリバリに纏って降谷さんが目を細める。
そういや降谷さんの正体開示が先になって、昴さんの正体に迫る一連の流れが無しになってたんだったか。
コナン君はごろにゃんと子供のふりをして知らない姿勢を貫いている。
降谷さんはむすっとしながらも言葉を続けた。
「RUMが動いている。彼は油断ならない」
「っ……もう身の回りにいるってこと?」
「……僕は表立って動けない。既にFBI捜査官が二人殺されているようだ。動くなら急げ」
「了解。ありがとう安室さん」
まだテロ決行までに日にちがあるとは言え…なんとまあ、イベントが鮨詰めなことよ。
私は内心ため息をついて、組織の名を聞いて再び恨みを吐き出すマシーンと化してしまった肉体君を宥めたのだった。
・ビッグジュエル「天使の慈悲」
光に翳すと自ら淡く輝く、ダイヤモンドに似た巨大宝石。
清廉かつ透明な輝きを秘める。
非常に軽く、台座から取り外すととふわふわと宙に停滞する。
峰不二子の自慢の一品にして、出どころ不明の神秘の秘宝。
女王の電波を常に微弱に発信していて、これを見ると一瞬手足は「女王!?!?」となる。