ともかく、急ぎコナン君に報告せねばなるまい。
私は先ほどのRUMの電話を報告すべく、工藤邸のチャイムを鳴らした。
あまり今FBIを刺激したくなかったんだが、仕方あるまい。
チャイムを鳴らすと、真っ先に出たのはジョディ先生だった。
私は帝丹高校で先生をしていた時期子供形態だったので先生をしてもらったことはないが、なんとなくそう呼ぶこととする。
ジョディ先生が私の姿を目に留めて、驚愕に肩をこわばらせた。
「貴方は…!」
「どうも、ジョディ先生。お噂はかねがね」
既に私がバーボンの血縁者であることはFBIも把握しているらしい。
ジョディ先生がキッと私を睨みつけた。
コナン君も遅れて駆けつけたが、玄関の緊迫した空気に息を呑んだようだ。
ジョディ先生は目を細めて、慎重に私を見据えて口を開く。
「貴方、ここに何の用なの?」
「僕としてはジョディ先生が工藤邸にいることの方が疑問なのですが……急ぎ彼に伝えることがあったので」
「今取り込み中なの。悪いけど出直してくれるかしら」
「そういうわけにはいきません」
私は平坦に言葉を落として、チラリとコナン君に視線を向けた。
「……隠しても時間の無駄ですね。あなた方にもお伝えします」
まっすぐジョディ先生を見て、私はなるべく淡々と発言した。
「RUMが僕に暗号を解かせてきました。これ、貴方がたの関係ですか?」
「ッ!!!」
暗号の画像を見せれば、ジョディ先生が鋭く息を呑んだ。
どうやら大正解のようだ。
おそらく捨てアドで登録したアカウントなので、ここから追ったところで意味はないだろう。
「これはさっきRUMから送られてきた画像です。私にこれを解くようにと依頼してきました」
「……なんて答えたの?」
「答えの住所と、おそらく以前の暗号とは制作者が違うだろうことを伝えました」
「なんてこと!だから向こうに読まれてたのよ!」
どうやら一足遅かったらしい。
そんなにすぐの作戦だとは思わなかったのだが。
もしかするとRUMが読み解いて作戦を伝えたあと、手慰みに私にメッセージを送ったという流れなのかもしれない。
ジョディ先生は噛み付くように私に食ってかかった。
「貴方はなんでRUMと繋がっているの!?まさかここにきたのも私たちを探りにきたんじゃないでしょうね!」
「変な憶測をしないでください。僕は犯罪に加担するつもりはありません」
「でも貴方のせいで仲間が撃たれたわ!キャメルも命の危険に晒されてる!」
それを言われると痛いところだ。
騒ぎを聞いて赤井さん達も工藤邸の奥からやってきて、なんだか修羅場になってきた。
「僕は組織幹部バーボンの血縁者です。RUMにとって利用価値はいくらでもあります」
「………!」
「自分の身と今暮らしている家族の身を守るには、断る選択肢はありませんでした。申し訳ありません」
ジョディ先生はやりきれないような表情で押し黙った。
消えない敵意に、猜疑心が滲んでいる。
私がRUMと内通していることを疑っているようだ。
私はため息をついて肩をすくめた。
「正直、僕に暗号が回ってきた時点でRUMもこのことに気づいていたと思われます。だから単なる腕試しのつもりでしょう」
「なら、阿笠宙君が黙っていても無駄だったわけだ。落ち着けジョディ」
「わかってるわ。でも、放っておくのは危険よ」
赤井さんは欧米風の「やれやれ」というポーズをとった。
私はコナン君に向き直り、改めて報告する。
「いくらかRUMと会話しましたが、彼の頭の回転の速さは正直僕以上です。コナン君の上をいく、とすら思います」
「そんなにか」
「ええ。用意周到で、それでいて大胆。現場主義で変装も得意でしょう。あとキャラ変が得意です」
「キャラ変……?」
「重厚なラスボスにも陽気な兄ちゃんにもなれると言うことです」
脇田のキャラは相当ふざけてると思うんだが、でも同時にそれが堂に入ってもいる。
それだけ柔軟に振る舞うことができるというのは、相当な強みだ。
と、そのあたりで再び電話だ。
私のスマホが着信音を鳴らしたて、視線が集中する。
表示名は「脇田」。RUMだ。
コナン君が視線を鋭く頷いた。
「………はい。なんですか?」
『すいやせん、幾度も幾度も。今いいですかい?』
「どうかされましたか」
『いやぁ、さっき海ほたるパーキングエリアで落とし物をしましてね。海に流れていっちまいやして』
「それはそれは。大事なものですか?」
『ええ。だから探すにはどうしたらいいかなと、アドバイスを求めた次第でして』
だが底知れない響きは、「秘匿したら相応の対応を覚悟してもらう」と言葉にせずとも語っていた。
まったく周りは敵ばかりだ。
私は大きくため息をついて、腹の底に気合を入れ直した。
これが赤井さん達の前の会話で良かったと考えるべきだろう。
「小さいものなら諦めた方がいいと思いますが……この時期、この時間帯の海流は海猿島方面に流れていると聞いたことがあります」
『へぇ、海猿島ねぇ』
「海流に乗って水死体が流れ着いたこともあるとか。探すならそこでしょう」
私の言葉にジョディさんが思い詰めたような顔をした。
顔で大正解って語るんじゃない!
「まさかと思いますが、その落とし物って人じゃないでしょうね。怖いことには関わりませんよ僕」
『はっはっは!それはまあ、あっしの恥ずかしいものですから詳細は秘密にさせてくだせぇ』
「ならいいですけど。手っ取り早いからって島ごと燃やさないでくださいね」
『やだなぁ、あっしは単なる寿司屋ですぜ?』
「そんな怖げな声出す一般人はいません。もっとちゃんと皮かぶってください」
私が「知らないふりをさせてくれ」という意味を込めて苦言を呈すと、RUMはカラカラと笑って見せた。
そして「ところで、本格的に就職してみやせんか?」と私に切り出す。
『あくまであっしの前職ですが、阿笠のお兄さんを大層欲しがってやしたもんで。その頭のキレでやすからね。どうですかい?』
「ふむ、金払いは良さそうですし、気になるのは福利厚生と休みの取り方ですね。あと現場を駆け回るのは僕向いてないです」
『ああ、体調が悪いんでやしたか。そこは後方勤務もあるって聞いてやすぜ』
「休みが一番大事です。休みは?」
しばらく沈黙して、RUMはそれからくつくつと笑って。
次第に笑い声が大きくなった。
『はっはっは!』
「なんで笑うんですか!!!ブラック企業じゃないですよね!?」
『働きがいはありやすとも!ええ、個人の裁量も大きい!』
「ブラック企業の常套句やめてください!…まあ働き口があるということはプラスですね。面接百社に採用ゼロは悲しいですから」
『そうでしょうとも。就職活動は地獄でやすからねぇ』
特に、戸籍のない人間にとっては。
RUMはそのように言葉を落として、ねっとりとした悪意を滴らせた。
「…どこでそれ知りました?」
『いやぁ、ちょいと小耳に挟んだだけですぜ?まさか阿笠のお兄さんがそんな身の上だとは』
「………」
『ウチはいい職場ですから、どーぞぜひご一考くだせえ』
「そうですね。少しよく考えてみようと思います」
『あっしはこれで。色良いお返事をお待ちしていますよ』
最後だけRUMの覇気のある声で、RUMとしての素顔で返答した。
それがこの会話の全ての答えだった。
私は電話を切って頭を抱えた。
マジでRUMは手足に頭かじり取られてしまえばいいと思う。
ジョディ先生が慄くように口を開く。
「今の、相手はまさか」
「RUMだと思います。僕が勝手にRUMだと思っているだけで、本当は別の組織幹部かも知れませんが」
私の答えにジョディ先生が耐えきれず叫んだ。
赤井さんも視線を険しくして動き出す。
「っキャメルが危ないわ!」
「ああ、救助を急ぐ必要があるだろう。組織が海猿島をマークしてしまえば、隠れるのも限界が来る」
私は肩をすくめて無実のアピールをした。
「まさか本当に海猿島だったとは。すみません、奇しくもあなた方を更なるピンチに追いやってしまったようだ」
「まあ、君の推理はドンピシャだったな」
「困りましたね。あまり功績を稼ぎすぎると抜け出せなくなるんですが」
ギッとジョディ先生に睨みつけられて私も肩身が狭い。
「まさか、ここを盗聴していたんじゃないでしょうね」
「犯罪者じゃないんですから知り合いの家に盗聴器なんて使いませんよ」
「どうだか」
まったくもって敵対的になってしまったものだ。
内なるあむぴがいきりたって「はぁ?不法滞在外国人如きが何を言っているんだ。強制送還してやろうか」と喚いている。
どっちも落ち着いてくれ。
赤井さんがやや心配そうに私に声をかけた。
「だが、君もどうやら弱みを握られているようだな」
「………正直、弱みというほどでもありません。ですが、弱みを向こうが出してきたという事実が深刻なんです」
「脅しも辞さない、という姿勢に入ったことを脅威に思っているということが」
「ええ。正直僕に戸籍がないことを出されただけですから。そんなのどうとだってなります」
戸籍がない人間なんて五万といる。
問題は、「お前の弱みをもってゆする用意がこちらにはあるぞ」とRUMが口にしたことだ。
今後暴力的手段に訴えてくる可能性が格段に上がり、私としても極めて面倒だ。
「ともかく僕は伝えるべきことを伝えました。僕は帰ります」
「待ちなさい!貴方の知っていることを洗いざらい吐いてもらうわよ!」
「言うわけがないでしょう。僕からFBIに情報が伝わったと知れたら阿笠博士と灰原さんが危険です。それに……」
私はチラリとジョディ先生を見て、せせら笑った。
「あの程度の暗号でやりとりしてる人達に情報を渡すつもりはないです」
「!!!」
さっきから内なる降谷さんが「うせろFBI!!!」って中指立ててるから、つい言葉がキツくなってしまう。
ジョディ先生が歯軋りした。
「貴方…!」
「僕が2秒で分かる暗号で待ち合わせして殺されてるんですよ?嫌だな、次に殺されるのが僕たちになるだけじゃないですか」
「宙、やめろ」
コナン君に窘められたため、しゅんと私はあむぴの激情を引っ込めた。
RUMとやりとりで神経を削られすぎてちょっと流されてしまったようだ。
私は頭を振って思考を切り替えた。
「すみません。死者を蔑ろにする言葉でした。少し気が立っていたようです」
「……………ええ」
「僕はこれで」
そのように、私はぐるりと背を向けたのだった。
翌日。
夜が明けて、無事RUMの落とし物ことキャメル捜査官は逃げ延びたことがコナン君の口から伝えられた。
私も本格的に組織について考えねばならない時期が来たようだ。
・RUMの気付き
「へぇ、第七生物科学研究所の報告データの一部サルベージができたと」
「そうです。少しばかり気になることがありましてね。幹部のDNAを素体にした生物兵器の作成とかなんとか」
「阿笠宙を見てまさかとは思っていましたが」
「……………」
「これは……当たりのようですね」