コナン君達は八丈島観光を園子ちゃんから紹介されたと言うことで、わいわいがやがや出立していった。
八丈島は本当ならホエールウォッチングの名所だ。
海水浴場もあり、観光客も多い……はずだったのだが。
海を侵食する手足の影響で鯨の姿は激減。
海そのものも危険ということで遊泳禁止となれば、客足が遠のくのも仕方のないことだ。
今はふれあい牧場や火山観光、温泉をメインに売り出していると聞いている。
一応、近海で手足の目撃例はないとのことで観光可能ではあるらしい。
ちなみに、私はお留守番だ。
翼が大きくなりすぎて、長時間隠すとひどく痛むからだ。
今や私の翼は首都圏を覆うほどの通信範囲を誇っている。
とはいえ、帯域には限りがあるが……具体的にはアマチュア無線などに代表される短波を利用した場合に限る。
実は、電波と一言で言っても手足は複数の帯域を使ってやりとりしていることがわかっている。
遠くまで届く低周波では簡単な連絡をコロニー間で取り合う、つまり「手足にとっての新聞」の役割を果たす。
近距離用の高周波では大密度の情報を用いて狩りの連携を行うようだ。
特に高周波は人間で言うところの「言葉」なんかよりずっとずっと密度の高い情報をやり取りする。
匂いや視覚情報、五感が一瞬で共有され、一個の生物のように獲物に襲いかかるのだ。
人間が銃器一つで逃げ切れるものではない。
ちなみに、それを利用してアメリカでは映像情報を共有してYouTuberみたいなことしてる手足もいるとのこと。
賢い手足より。
本当時々変な文化発展させてるよな、手足って。
ばっさばっさと翼を広げ、私は広域通信を開始した。
とはいえまだまだ発展途上。
もっと成長すればここからヨーロッパにも届くはず…という理由のない確信もある。
『誰か聞いてる?』
私の問いかけに返事をしたのは阿笠邸地下の手足達だった。
『なになに?』
『われわれ聞いてる!』
『女王!女王だ!』
それ以外の反応はない。
単純にここまでの低周波を手足が発信する能力がないだけかもしれないが…。
やっぱり東都には手足はいない、と考えたほうがいいだろう。
港も命令拡散機がみっしり置かれているし。
発信のすべを持たない幼生はともかく、日本は今のところ清浄を保っているのだろう。
私は上機嫌に翼をバサバサさせた。
良いことだ。
もし私が順調に成長していけば、全世界に自死命令も出せるようになるかもしれない。
低周波による自死命令は正直私もあまりに未知の分野だし、いつになるのかも分からないが。
もし成功すれば、阿笠博士も命令拡散機の改良が可能になる。
全世界に届く命令拡散機。
そうすれば、人類の未来は明るい……。
ような気がしたが、だんだん気のせいな気がしてきた。
手足の軍事利用、安価な労働力。エトセトラ。
安全が確保されると急に欲深くなるのも人間というものである。
私はしおっと項垂れた。
と、そのあたりでピリリとした気配。
顔を上げれば、拳銃を構えた男がのっそりと姿を現した。
黒づくめの格好に黒い帽子、サングラス。
がっしりとした体つきで、やや身長は低め。
「おっと、動くなよ………ってなんじゃそりゃ!?」
「あっ、ああ……」
現れたウォッカはのけぞって私の翼を指差した。
なんじゃそりゃって、拳銃突きつけてる側に言われても困るんだが。
私はむっつりして翼を隠すように縮こめた。
「おい、その羽なんだ?」
「本物ですよ。動きます。一人翼のコスプレで悲しくバサバサしてる訳じゃありません」
「そ、そうか。……人間か?」
「違います。DNAレベルで人間とは別種です。翼も生えてますし」
「そりゃそうか」
なんだか牧歌的な会話をしてしまった。
牧歌的だが仕事人らしく、ウォッカの銃口は迷いなく私の眉間を狙っている。
「ええっと、ご用件をどうぞ」
「まああれだ。一緒に来てもらおうか」
「了解しました。抵抗しませんのでどうか家族の命ばかりはお助けください」
「……てめぇ、本当に家族のこと思ってんのか?平坦な口調しやがって」
「単に焦ると余計に事態が悪化しそうなので努めて軽口を叩くようにしてるだけです。本当は吐きそうです」
「ふん。気味悪い野郎だ。まあ良い子にすんなら俺に文句はねぇさ」
たぶん私を傷つけるなとRUMから命令されているのだろう。
そうでないなら私のふざけた態度に釘を刺すため、一発肩にでも鉛玉をぶち込んでるはずだからだ。
「じゃあ、来てもらおうか」
「その前に包帯を巻いて翼を隠しても良いですか。車が目立っても貴方も不都合のはず」
「そうだな。手早くしろよ」
待ってくれはするらしい。
私は銃を突きつけられながら、いそいそと翼を包帯で縛りつけた。
どう見ても背中に何か背負っている人だが、翼には見えなくなった。
ウォッカが呆れたように肩をすくめた。
「しっかし、RUMもこんなわけわからん生き物をどっから見つけてきたもんやら」
「ワケわからんって、僕の製造元は貴方達の組織ですよ?」
「………マジか」
「マジです。組織から逃げてきた生物兵器です」
「そりゃ残念だったな。暗く冷たい場所に逆戻りって訳だ」
「そんな日が来るとは思ってましたが。本当に残念です」
私の言葉にウォッカは鼻で笑ったようだった。
どうも割と喋ってくれるらしく、私は予想外な気持ちで彼を見た。
「雑談に付き合ってくれるんですね」
「そりゃオメーがどうも諦めてるみてーだからな。そこまで強硬策に出る必要がない。気怠げな悲観論者の顔だ」
「自覚ありませんでした」
そのように振る舞ってるのだから、そう見えるのは当たり前だ。
こんな時に備え、演技はベルモットからの直伝だ。
そういう意味では狙い通りと言えるかもしれない。
そのまま車に乗り込み、私は港近くの廃倉庫へと連れていかれることになった。
港自体はガチガチに壁で囲まれている。
旧倉庫街は命令拡散機を待つための荷物置き場となっていた。
港から運び込まれた全ての荷物は命令拡散機に晒すことが義務付けられている。
私が暗い倉庫内に突き飛ばされるように下されると、すでにRUMはそこで待っていたようだ。
じろり、と私を色のない隻眼で見た。
「来ましたね」
私はまっすぐにRUMと向かい合い、静かに言葉を落とした。
「やはり貴方でしたか、脇田さん。よく考えておくと前向きに返事をしたのに」
「こちらも事情が変わりまして。ところで、何かあったんですかウォッカ」
おっかなびっくりで私を見る様子に、すぐにRUMも気がついたようだ。
ウォッカは正気を疑われないか心配なのか、モゴモゴと口ごもりながら不安そうに答えた。
「その、ご存知かもしれやせんが、こいつ翼が生えてて……」
「はい?」
「い、いや妄言を吐いてるわけじゃないんですが、その、背中に翼が生えてて、俺も何が何だか」
「………見せてくれますか」
ちょっと頭が痛そうな顔でRUMが息をついた。
私が身長に包帯を解けば、暗い倉庫内に翼がゆっくりと広がっていく。
小さな窓から差し込む光が、幾重にも乱反射してまるで発光しているようにすら見えただろう。
それは深く赤黒く、不吉な色を灯して風を揺らした。
ウォッカがビクッと肩を許した。
「うお、さっきは透明だったのに!」
「ストレスを受けると赤くなるんですよ」
私の言葉に特段興味の無さそうなRUMは「貴方が背中に隠していたのはこれでしたか」とポツリと言うのみだった。
ピリピリとした空気が肌を打ち、緊張に肩が揺れそうになるのをなんとか抑える。
私は切り込んだ。
「それで、こんなところに僕を呼んだということは、何か理由があるのでしょう」
「ふむ、では単刀直入に」
にたり、とRUMは嗤った。
「『967-OA2、オーダー』。抵抗するな」
「!!!!」
駆け巡る悦楽に、思わず膝をついた。
ッくそ!不意打ちされた!
「967-OA2、コード送信。OA382493…」
私はぎり、と力の入らない四肢を押さえて歯軋りした。
やばい!こいつ「親登録」をする気だ!
親の登録は、コマンド本来の使い方だ。
私の識別番号に「オーダー」という認証文を付けてのコマンドは、所詮急拵えの使用方法。
本来は私に使用者を登録して、その上で全発言をコマンドとする方法となる。
私は事実上、その人間に逆らえなくなるというわけだ。
だが、最初の不意打ちで力のはいらない私にはどうすることもできない。
虚ろに親登録の文言を聞き、それを認証するしか無いのだ。
「…………貴方を主人と認めます」
「どうも、貴方にはコマンドを弾く術があるようですから。でなければあの研究所の人員を殺し尽くすのは不可能でしょう」
「………」
あの研究所のデータは全て消した。
私が写り込んだ監視カメラの映像も破壊してある。
だがRUMなら、被験体室を映す監視カメラからフレーム外の被験体を絞り込んで、死体のみ使っていない個体を特定するのは容易いだろう。
彼の記憶力、処理能力ならば。
そうして私の識別番号を認識したと。
まったくもって面倒な。
だが親登録したとして魂の方で抵抗はできそうだ。
今のところ大人しくすべきだが…仕込みはすでにできている。
私一人逃げるのは容易くとも、灰原さん達を人質に取られるわけにはいかないからな。
大人しく茫洋と力なくRUMを見上げる。
ウォッカが事態を把握しきれず慄いているようだ。
「RUM…こ、こいつは一体…?」
「これは現在世間を震撼させているネバダ寄生虫の大元、生物兵器『アストロ』のクイーンです。即ち、これは寄生虫の詰まった肉袋というわけですよ」
「!?!?お、俺たちは大丈夫なんですかい?」
「噛まれなければ問題ありません。それに、これ自身相当感染には気を遣っているのでしょう」
「でなれば日本などあっという間にあの怪物まみれの地獄と化していますから」とRUMは言葉をまとめます。
「こいつは組織が開発した生物兵器だといってやしたが」
「ああ、そうです。ある意味、厄介事が巡り巡って我々の元に戻ってきたとも言えるでしょう」
RUMは気が重そうにため息をついた。
どうもRUM自身、私のことを快くは思っていなかったらしい。
「本当は私もこんな厄介ごとに手出ししたくはなかったのですがね。あの方が興味があるとのことで、直々に命令があったのですよ」
「あの方が…!?」
「アストロは神秘的な生物です。その永続性を気にしてらっしゃったのでしょうが…」
RUMの忠誠からか、彼はそれ以上の批判は避けたようだった。
そりゃネバダ寄生虫の主なんて手元にあっても困るわな。
ネバダ虫への命令権を得るが、そもそも人類文明が滅びたらどうしようもないし。
地球破壊爆弾は脅しに使うにしても取り回しが悪すぎる。
RUMは話は終わったとばかりに背を向けた。
「では、貴方はこれを連れて八丈島へ向かってください」
「八丈島ですかい?そっちはピンガが進めているはずですぜ」
「せっかくの生物兵器です。利用できるものは利用してしまいましょう。貴方も、以後ウォッカの命令を遵守してください」
「………かしこまりました」
ぼんやりと立ち上がり、私は一礼した。
ウォッカはおっかなびっくり私を見ている。
まあいいさ。
組織の根絶は無理にしても、せいぜいめちゃくちゃしてやろうではないか。
・手足の言葉
複数の帯域に渡って共有される電波言語。
低周波では「発見!美味げスポット!」「海我らが答える泳ぎ方Q&A」とかの掲示板風。
高周波は「視覚・嗅覚・空間認識」などが混ざった生物学的なものなので、解読が非常に困難。
・クローン
「手足、『美味げ、こんなに美味い!女王!!』って言って味を送ってくるんですよね。こんなの人肉強制試食ですよ……。」
「あ、羽がストレスで赤黒くなるってのは嘘です」
「単に、羽で僕の血を噴霧していただけですから」