ともかく今後どうするべきか。
ウォッカに連れられて八丈島まで向かっている私は、その辺りを黙々と考えながら操られたフリを続けていた。
組織に全てをなすりつけるのは確定事項だ。
つまりこれから私がさせられる悪事やらアメリカのやらかしやら、全部組織のせいにするのだ。
たぶんアメリカも喜んで協力してくれることだろう。
「悪の組織がネバダ虫を生み出し、全世界を陥れて滅ぼそうとしている!我々はそれに対抗し正義を見せるべきだ!」なんてね。
米国の好きそうなシナリオだろう。
というかネバダ寄生虫が収まった後米国が生きていくにはそれに乗るしか道はない。
私も悪事に加担させられるだろうが、今現在の私の立場は「全世界に寄生虫を広めた脱走生物兵器」だ。
それなら「人の身勝手で操られる哀れな危険生物」の方が幾分かマシである。
人に操作可能なら我が手の中にて…なんて考える不届き者も湧いてくる気はするが。
なんにせよ、悪事を記録してコナン君に投げればよしなにしてくれるだろう。
私はそのように思考をまとめ、それからうううと内心呻いた。
親登録、鬱陶し過ぎる。
気を抜くと「あーー、RUM様ぁ」と快楽に飲まれそうになって大変良くない。
常に通常のオーダーが飛んできてる感覚だ。
イケないおくすりをキメてる感覚が近いだろうか。
全くもって碌でもない。
というかこの状態の肉体君は大丈夫なのだろうか。
私は少し不安になって、己の内側に意識を向けた。
内に揺蕩う肉体君に向けてピントを合わせる。
『あはぁ、めーれー、くだしゃい…ご主人さま…えへへ』
ダメみたいですね。
肉体君はヘロヘロのくにゃくにゃで視線を宙に彷徨わせるばかりのようだ。
私は一つ頷き、ちょっとばかり喝を入れることにした。
喰らえ!分からせ魂アタック!
『グヘェ!?なになになに何ですか一体!?!?』
よし、無事に正気に戻ったようだ。
目を白黒させた肉体君は素早く状況を理解したのか、修羅の形相で私を睨みつけた。
『おい、見てたろ今。僕の醜態見てたろ今。笑ってたろ。許さないからな。絶対に許さないからな』
荒ぶる肉体君が羞恥で顔を真っ赤にしている。
プークスクス。やーい組織堕ち生物兵器!
と、私が考えていることがわかったのか肉体君がめちゃくちゃに暴れ始める。
鎮まりたまえ肉体君。どうどう。暴れてもいいこと無いぞ。
とまあ、そんな可愛いじゃれあいをしている間に目的地についたようだ。
おっかなびっくりのウォッカに車を降りて部屋に入るように指示された。
そんな距離を取らなくても齧ったりしないのに。
「しっかし俺の車どうすんだよ。洗車?いやそんなんでネバダ寄生虫が残ってたら死んでも死に切れねぇし。高温殺菌できんのか…?勘弁してほしいぜ…」
ぼやいたウォッカは困り果てているようだ。
汚ねぇモン乗せたみたいな言い方は名誉毀損だぞ!
私は別に体表から幼生が滲み出してるんワケじゃねーんだよ!
まあ、羽から血を噴霧したから、現在私たちは幼生まみれだけどな。
へっへっへ。
もちろんウォッカとRUMに寄生したもの以外には自死命令を出しているので、死骸が付着しているだけだ。
幼生にも休眠命令を出しているので、血液中での増加や感染はしない。
ベルモットと同じく、ただ私の言葉に逆らえなくなるだけだ。
ウォッカが私を連れてきたのはシャワー室と着替え場所のみの小さな個室だ。
もしかしたら仕事の後返り血を落とすための場所かもしれない。
「いいか、その服はこのゴミ袋に入れろ。シャワーを浴びて念入りに手足を洗え。シャワーの間に俺が着替えを買ってくる」
「承知いたしました」
「潜水艦で間違っても感染が広がっちゃ話になんねぇからな。本当は乗せたくねぇんだが、RUMの命令だし仕方ねぇか」
ウォッカは凄まじく大きなため息をついた。
とんでもなく気が重そうだ。
「なぁ、感染するとどうなるんだ?」
「一般的には3時間ののち、激しい頭痛と共にネバダ虫が頭蓋を突き破って誕生します。感染者の大半がその際に死亡します」
「お前にはなんとかできたりすんのか?」
「命令権の行使により、誕生を遅らせることができます。期間は1日ほど」
うそぴょん。
ウォッカは欺瞞情報を真面目に受け取り、嫌そうに顔を歪めた。
「寿命が伸びただけじゃねぇか。あー、オメェはこれから他人に感染させないよう気を払え。いいか、細心の注意を払うんだぞ」
「承知いたしました」
「……いや待て、俺もシャワー浴びとくか。着替えここに置いてあったはずだし」
ウォッカは私が踏み入る前に手で制し、中をゴソゴソし始めた。
普通なら威圧感を出すために蹴ったりしてくるのだろうが、触りたくも近づきたくもないということか。
そりゃネバダ寄生虫の詰まった肉袋なんて触りたいわけもない。
本当は宇宙服みたいな重装備でガスマスクつけてことに当たりたいに決まってる。
『そんなことしなくても僕らは感染源になりませんよ。悪党如きが自分の命は惜しいとは。頭部を捩じ切ってやる。四肢を毟って手足の餌にしてやる』
まだイラついてるのか肉体君がブツブツ言って私に殺気を向けてきた。
組織堕ち兵器君かっこ笑い。
野郎ぶっ殺してやる!とコマンドーみたいになりながら肉体君が再び喚き始めた。
私の声は聞こえてないはずだから、ここまでのやりとりはほぼ肉体君の被害妄想です。
さて、シャワー後ウォッカの選んだ地味にオシャレな服に身を包み、港へと向かうことになった。
ウォッカセンスあるな…などと思いつつ相変わらず操られたフリに終始。
潜水艦にはヘリで向かうらしい。
このご時世潜水艦を整備し続けられるとは、まだまだ組織は金持ちらしい。
烏丸蓮耶がそれだけの財を成したということでもある。
でも財の量にしてはこぢんまりやってんだよなぁ、黒の組織。
ヘリでしばらく進むと、比較的大きな潜水艦が姿を現した。
日本領海に謎の潜水艦が出現し、にわかに内なるあむぴが怒り狂い出す。
そこに梯子を使って降りていくのは、中々に新鮮な体験だ。
私たちを出迎えたのは、バーボンとベルモット、それとキールの三人であった。
他にも乗組員が複数いるようだ。
内なるあむぴが猛ってるのを思うに、多分本物ははらわた煮え繰り返ってるんだろうな、と私は内心同情した。
怒れるあむぴの群れかぁ。
まあここは無難に無言無表情と行こう。
私の姿をみとめた降谷さんが驚きの声を上げたようだった。
「宙君!?なんでここに……」
「よおバーボン。RUMから聞いたぜ、オメェのクローンなんだってな」
ウォッカの揶揄いの滲む言葉に、降谷さんは実に予想外という顔で息をついた。
「いやいやいや、初耳なんですけど、それ」
「はぁ?」
「彼は僕の子だと言っていましたよ。僕も色々過去にありましたのでそういうこともあるかもと相互不干渉を約束していましたが」
なるほど、クローンを知っていて報告していないのは都合が悪いからか。
ウォッカは別段その辺りを気にしていないのか、「ならこいつは寝耳に水ってやつだったか」と素朴に頷いている。
「で、明らかに様子がおかしいんですけど、薬でも吸わせたんです?艦内で吐かれると面倒なんですけど」
「心配すんな。なんかこう、あー、言うこと聞かせてるだけだってよ。逆らえないらしい」
「意味がわからないんですけど」
ピシャリとしたバーボンの言葉に、ウォッカが「俺だってよくわかってねぇんだよ!」と弁明した。
「なんでもコイツは生物兵器でネバダ寄生虫の主人らしくてな」
「………本気で言ってます?」
「ああ。で、人間でも生物兵器の機能で言うことを聞かせられるらしくて、今はRUMが命令権を俺に託してんだ」
「ただの人間に見えますが」
「コイツの背中羽が生えてやがんだよ。人間じゃねぇって。テメェらもコイツに血を流させるような真似はするなよ。コイツの体内には寄生虫がみっしり詰まってるそうだからな」
この言葉に憤ったのはキールの方だ。
「冗談じゃないわ。なんでそんな気持ち悪いもの連れてきたのよ。私たちが感染したらどうするの?」
「ああ、テメェは腕を怪我してたんだったか。気をつけろよ。テメェの頭を破ってネバダ虫が出れば被害を受けるのは俺らだからな」
「だったらそんなもの連れてこないでちょうだい!」
「仕方ねぇだろ、RUMの命令と作戦なんだからよ。俺に文句言うんじゃねぇ」
キールは割と本気で怒っているようだ。
自身の保身というより、「こんな危険な生き物が組織の手に渡ってしまった!」ということを焦って怒っているのだと思われる。
CIAからしたら本気で冗談じゃない状況だからなコレ。
ううん、先走って日本に核を落としたりしないでね…。
降谷さんが冷めた目で肩をすくめた。
「なんにせよ、僕はそれに興味はないです。勝手にしてください」
「へぇ、情はねぇのか?」
「あるわけ無いですね。勝手に作られたクローンですよ?嫌悪感以外の感情はありませんよ」
マジか。悲しみ。
冷たい言い方に地味すごくショックを受ける私である。
いや、わざと悪し様に言ってるのは良くわかるのだが。
それはそうとして傷付いた心がシクシク泣いている。
肉体君も「オリジナル如きが何なんです?目玉くり抜いてやりましょうか」とオラついているようだ。
やめんか。さっきから喧嘩っ早過ぎるぞ。
「でも、あの世界を震撼させるネバダ寄生虫の主というのは気になりますね。色々聞いてみていいです?完全に興味本位ですけど」
「好きにしろ。あー、バーボンの質問には答えろ」
「承知いたしました」
降谷さんはやや面白がるような酷薄な調子で「君の好きな人は?」「君の住所は?」「イギリスの首都は?」などと取り留めもないことを私に答えさせた。
というか好きな人って聞かれても困るんだよな。
ひとまず灰原さんと答えておいた。
素早く宇宙降谷さんになってしまったが、まぁそれはそれ。
ママンとして好きだってて意味だよ。
いやそれ言ったら余計に宇宙降谷さんになるかもしれん。
その間に、横ではウォッカが今後の作戦について軽くおさらいし始めている。
新しく来たキール用の説明のようだ。
バーボンとベルモットがパシフィック・ブイに潜入して老若認証の製作者、直美・アルジェントを誘拐する作戦だ。
だが、作戦は難航しているらしい。
「先週からネバダ虫がこの辺に彷徨き出したみてぇだからな」
「いくら僕でも化け物に一呑みにされるのは勘弁願いたいですからね。というかまだその作戦生きてたんです?」
「それをコイツでなんとかするんだろうが」
降谷さんが口を出すと、ウォッカはニタリと笑って私を親指で指差した。
「コイツはネバダ虫に対して命令できるらしい、ってのがRUMの話だ」
「ぶっつけ本番は流石に嫌よ。ダメだったら腹の中に収まるのは私たちじゃない」
「これはRUMの命令だ。悪く思わないでくれよ」
「あの、ネバダ虫はそれで何とかなるとして、海水に含まれるネバダ寄生虫を摂取することになると思うんですが」
「パシフィック・Vには命令拡散装置が付いてる。すぐにそれを浴びりゃあ命は助かるぜ」
「………」
確かに感染者でもすぐに命令拡散機によって助かった事例は確認されている。
だが、同時に多くの場合拡散機によって命を落としてもいた。
その分水嶺が1時間だ、というのは既によく知られた事実だ。
アメリカ国民の血で浮かび上がった、多くの悲劇で彩られた科学的知見である。
まあ、なんにせよRUMの命令は実験も兼ねているのだろう。
ベルモットはため息をついて肩をすくめた。
というか、この実験成功するとパシフィック・ブイの命令拡散機でベルモットが死んでしまうな。
危険だし信号パターンを変えておこう。みよんみよん。
今まで頑張って拡散機を避けてたのかな。
ウォッカがパン、と両手を叩いた。
「作戦決行は1時間後だ。俺は着替えてくる。お前らも準備しとけよ」
「やれやれ。幹部にやらせますこんなこと?人材軽視もいいとこですよ」
「同感。RUMにはがっかりだわ」
ブツブツ文句を垂れる幹部たちにウォッカは「文句言うな!いいから行け!」とポコポコ怒っていたのだった。
・無症状感染者と休眠幼生感染者
名もなき少女やベルモットなどが当てはまる。
素朴で友好的な手足が偉そうにしながら何かと世話を焼いてくれる。
・ベルモットと海手足
『お!下っ端だ!』
『下っ端!弱そう!』
『われわれ泳ぎ教えてやる!代わりにそこの箱の中の美味げ寄越せ!』
「悪いけど、私には何もできないわよ?」
『……?……下っ端…無力?』
『可哀想……下っ端なんにもできない……』
『哀れ…美味げの狩り方教えてやる…』