あれからワイワイと私の服を脱がせて翼を確認したりした後。
一旦狭い艦内で作戦前準備のために解散すると、この場所に残ったのは私と降谷さんのみになった。
降谷さんが油断なく左右に視線を向けてから、私に問いを投げかけた。
「自意識で動けるか?」
どうやら先ほどの質問大会は、こうして二人きりの時に状態を確認するための布石だったらしい。
ならそうと早く言ってくれよ。
好きな人聞かれて「なんだぁ?テメェ…」って独歩になりかけてたよ。
私はニヤリと笑って肩をすくめた。
「もちろん。ウォッカに今すぐドロップキックできる程度には自由ですよ」
「!………その様子は演技だったのか。迫真だな」
「コマンドの親登録…つまり上位者登録をされてしまいましたから。実際、逆らい続けるのは結構辛いです」
「それは……命令者本人を前にすると逆らえないとかか?」
心配そうに覗き込まれ、私は首を振って笑顔を作った。
「一生このままだとQoLが下がるとかその程度のノリです。行動には何の影響も及ぼしませんよ」
「流石だな。だが……組織の開発した生物兵器としてそれはどうなんだ?こう、欠陥品的な意味合いで」
「伊達に兵器の反乱で壊滅した研究所の出身ではないですから。その辺ガバガバなんです」
「本当に碌でもないな、まったく」
降谷さんは大きくため息をついた。
そして改めて私に向き直る。
「それで、ならなぜ逃げない?……いや、阿笠博士達のことを考えているのか」
「はい。逃げるのは容易くとも、僕の家族が犠牲になります」
「……そうだな。なんとか事態の打開を図る。君は耐えてくれ」
「ありがとうございます」
私は静かに礼を言って。
それからごほんと咳払いして「ああ、それとなのですが」と言葉を続けた。
「う、うん。嫌な空気を漂わせてるけど何かな?」
「実は、既にRUMとウォッカに幼生を仕込みました。もう僕の掌の上です。加えて艦内にも散布中です」
「話の流れが変わってきたんだが、一体どうやって……?」
「この翼、僕の血を散布できるんです」
ニコッと笑顔でサムズアップ。
降谷さんは激しく審議するような顔をした。
「ネバダ寄生虫の…散布……この密室空間で……なんか眩暈がしてきたな」
「最後に立っているものが勝者なんですよ」
「それ僕も死んでないか?」
「冗談ですよ。散布したのは休眠式の幼生なのでベルモットと同じで死んだりしません」
「散布の方が冗談であって欲しかった」
降谷さんは頭痛と共にしゃがみ込んでしまった。
私は「今すぐ脳を活性化させて元気付与しましょうか?」と声をかけた。
「無理やり元気出させようとしないでくれ。それ脳内麻薬じゃないか」
「そうとも言います」
「というか、その状況なら逆になんでここに来たんだ?RUMを適当に操ってとんずらすればいいじゃないか」
「ネバダ寄生虫の罪を全部組織になすりつけてやろうと思いまして。人類の鬱憤を一身に受けるストレス解消サンドバッグですね」
「邪悪すぎる。初めて君が組織製の生き物だと納得した」
謎に引かれてしまって、私は推しに引かれて悲しみに嘘泣きした。
肉体君が「はぁ?オリジナルのくせに生意気なんですけど8つに裂いて手足に配りますよ???」と憤っている。
私はシクシク嘘泣きし、内心でダブルピースした。
そうでーす。
私が組織製の邪悪な生物兵器でーす。ゲヘヘ。
私が反省していないことを理解して、降谷さんはため息をついたようだった。
しばし、沈黙が流れる。
降谷さんがポツリと、静かに言葉を落とす。
「………君が諦めていないようで良かった」
「ええと?」
「………君は自分の命が軽いから、また全てを諦めて、運命を受け入れてしまうんじゃないかと思っていたんだ」
「僕、そんなふうに見えていたんですか」
「だって君は、この世に未練なんてないだろう?」
降谷さんは俯いたまま視線をこちらには向けなかった。
それは本当のことだった。
だが今は違う。
私は降谷さんの隣にしゃがみ込んだ。
「最近出てきたところです、未練。みんなと別れたくないなって思います」
「それは良かった。世を儚むには君は若すぎるからね」
優しい笑みで、降谷さんが顔を上げて微笑みかけた。
私も微笑み返して、しばしゆったりとした時が流れたのだった。
そして作戦開始である。
ベルモットとバーボンは防水仕様のインカムをつけてエアロックで待機している。
ウォッカが私に号令を出した。
「やれ」
「はい……我が手足よ。我が声を聞け」
すぐさま私の信号に反応してぬっと姿を現したのは、6頭の巨大な影であった。
鯨に似たのっぺりとした体躯に、あまりに巨大な人間の腕がざわりと生えている。
人の胴体ほどもありそうな太さの乱杭歯がみっしりと生えそろい、それは潜水艦を睥睨しているようだった。
海に住む、鯨を元にした手足だ。
凄まじい大きさのそれは、潜水艦を舐め回すように覗き込んだ。
『女王!?!?』
『本物の女王だ!凄い!命令聞く!』
『箱の中?これ?これの中に女王がいる!』
慌てたように操縦室の人員が声を上げた。
「ネバダ虫です!凄まじいサイズのネバダ虫が6頭!この艦を取り囲んでいます!」
「あんなものに取り付かれれば沈みます!早く攻撃許可を!」
送られてきた電波の視覚からは、送信者と同サイズぐらいの潜水艦が映っている。
この海手足どもは潜水艦と同じぐらいのサイズのようだ。
つまりあれだ。でかつよって奴だ。
我々小さくて可愛くない奴は震えて眠るしかない。
ウォッカが大慌てで「待て!撃つな!」と大声を張り上げた。
「この潜水艦の近くにいるネバダ虫どもを散らせ!それとこの潜水艦から出入りする人間を襲うなと伝えろ!」
「はい。……命令する。この船に近寄るな。加えて命ずる。今からこの船から出入りする人間を襲ってはならない」
手足はすぐさましょぼしょぼになってしまった。
私に近寄るなと言われたからだ。
『悲しみ。悲しみ。悲しみ』
『遠くから見る。女王万歳……』
『襲わない?難しい。どの美味げ?』
冷静な手足の一匹がぐるんと首を傾げている。
どうも人間の見分けがつかないことに気づいているらしい。
動物由来にしては賢い手足だ。
「我が手足より、規定の人間を確認する術が無いと応答がありました。追加命令を推奨します」
「なら、バーボンとベルモットを指定しろ。方法は何でもいい。できるか?」
「承知しました。視覚情報を送信します」
「この人間は襲うな」として降谷さんとベルモットの視覚データを送信しておいた。
手足達はほぉー!と繁々それを確認しているようだ。
『おお、美味げだ。美味そう』
『食っちゃダメ。女王の美味げだから』
『他の美味げ探そう。この箱女王いる』
『ちょっと齧るだけ。ダメ?』
『お前女王の命令守らない下等。ペッ』
各々納得してくれたようだ。
手足達はゆっくりと解散していく。
操縦室の人員が「ネバダ虫が去っていきます!」と叫んでいるのが聞こえる。
海手足は海洋生物がメインだ。
人間を挟まない分、女王の命令にも温度差があるのだろう。
通信機から、降谷さんがやや本音気味に青ざめたような声が響いた
『冗談みたいな大きさのネバダ虫だったみたいですけど、本当に大丈夫なんですよね?』
『あらバーボン。RUMの命令ってことは、額に風穴開けるか虫の餌になるか選ばせてやるって意味よ』
『最悪ですね。この辺ホエールウォッチングの名所なんですよ?そんな巨大なネバダ虫が出たら死ぬんですけど』
会話を聞いていて不安になってきたのだろう。
「おい、コレで大丈夫なんだろうな」とウォッカが私に問いかけてきた。
せっかくなので追加で進言しておくことにするか。
「襲われる心配はありません。ただし、懸念点が発生しています」
「な、なんだ」
「ネバダ虫は『噂』を嗜む生物です。ここで女王個体の声がしたことが広まれば、間も無く全世界の手足が集まってくる危険性があります」
「!?!?黙らせろ!!!」
「承知いたしました」
ネバダ虫大集合のお知らせにウォッカが顔面蒼白で叫んだ。
命令に従ってあらほらさっさと「他言無用」の命令を追加する。
手足はそれを受けて「ないしょ、ないしょ」「女王がいたことは内緒」と繰り返し呟いて泳ぎ去っていった。
本当に大丈夫かなぁ。
ああ、そういえばベルモットにも連絡を入れておかなければ。
感染者は電波の受信が可能だから、ついでに秘匿通信を入れておく。
『聞こえますが、ベルモット。口を開かず静かに聞いてください』
「!!」
『貴方の中の幼生を改良し、命令拡散機を浴びても生存可能にしました。貴方の中の幼生は命令拡散機に耐性を持っているということです』
それ大丈夫か???という思念がベルモットから放たれている。
ベルモットの中のやつは感染性は無いから大丈夫でごわす。
後は隙を見て降谷さんがコナン君に事情を連絡してくれれば、大体の下準備は揃うわけであることよ。
さて、しはらくして。
直美・アルジェントに加えて灰原さんがこの船の中に運び込まれてきた。
縛られながらも気丈にして、子供のふりを続けている。
逆に直美・アルジェントは何が何だかわかっていないようで、心配そうに縮こまっていた。
しかし。
隣の個室に押し込められていた私を見て、灰原さんは喉の奥から悲鳴が出かかったようだ。
すぐさまウォッカに懸命に食ってかかった。
「彼に何をしたの!?」
「ああ?こいつの知り合いか?」
ううむ、コレはまずい。
知らないフリをするのが最善だったのだが、灰原さんの立場からそれをするのは難しいだろうし。
ウォッカが私を個室から出し、問いかけた。
「このガキは何者だ?テメェの知り合いか?」
「僕が騙して入り込んだ家にいた少女です。内向的で警戒心が強く、それ以上のデータを持ちません」
「ほぉ、じゃあガキのふりして入り込んだジジイの家に、ネバダ寄生虫まで来てたってわけか。飛んだ疫病神だな」
「何言ってるか分かんない!っ宙お兄さんに変なことしないで!」
灰原さんの迫真の子供のふりにウォッカは「んー……」とちょっと困った雰囲気になった。
実際、大人が子供になったなんてにわかには信じられないもんな。
でも怪しげな薬を作るシェリーなら、という考えも捨てきれないらしい。
どんだけ怪しい薬普段作ってたんだよ、灰原さん。
一旦降りる予定らしい降谷さんが、バッグを片手にソファに寄りかかった。
「ところで、その少女はジンが検分するんでしょう。ここにくるんです?」
「本当はこんなヤベェ場所に兄貴には来て欲しくねぇんだがな。兄貴がシェリーのこと確かめたいって話で、2時間後に来るそうだ」
「此処をヤバい場所にしたの貴方ですよね?」
青筋を立てたバーボン、ベルモット、キールに囲まれて、ウォッカはちょっと慄いた。
「提案なんですけど、ウォッカと生物兵器を海に捨てて、僕らは何も知らなかったという体で帰りませんか?」
「賛成。今回ばっかりはありえないわ。覚悟はできてるんでしょうね」
「そうね。RUMもそういう反応は想定済みでしょうし、いいんじゃない?」
形勢の不利を悟り、バタバタとウォッカは逃げの姿勢をとったようだ。
当然の反応なんだよなぁ。
「待て待て待て待て!RUMいわく噛まれなければ感染はしないって話だ!危険はねぇよ!」
「ふうん?」
「本当なら朗報ですけど」
ちなみに、隙を見て艦内にはせっせと血液を散布している。
そろそろ貧血で辛くなってきたからこの辺りで打ち止めか。
下っ端にも感染させておきたかったからな。
キールは申し訳ないが、一緒にお人形をやってもらうとするか。
なんにせよ我が手の内。
支配は我が領分の内である。
そろそろいいだろう。
私は立ち上がり、翼を広げて宣言した。
同時に全員の肉体を掌握し、全員が金縛りにあったことに驚愕する表情を浮かべる。
さて、一仕事始めましょうか。
「この艦は現在をもってアストロの女王が支配しました。我が子よ、我が声に応えよ」
・手足に向けての命令について
実は「生得命令」と「言語命令」の2種類がある。
生得命令:
自死命令や休眠命令、信号パターン変更など。
手足の意思とは別に感知した段階で作動する命令。
命令というよりスイッチを押す行動に近い。
幼生にはこの命令しかできない。
言語命令:
「此処から去れ」「誰にも言うな」「鶏肉食べろ」など一般的な命令。
手足は基本喜んで聞くが、宗教心のない動物母体の手足は嫌がることもある。