「な、なんだ…!?」とウォッカが困惑にあたりを見回そうとして首が動かず、動揺している。
灰原さん達も血液を吸っているから動けず、驚愕しているようだ。
「動けませんよね?」
幼生を用いて脳を操作し、四肢の動きを停止させているのだ。
金縛りのようなもので、目や口は動く便利な仕様である。
「なんで……何しやがったテメェ!」
「吠えないでください。四肢をもぎ取りたくなってしまいます」
うっそり笑って、私は赤黒い翼を広げたまま皆の間を歩いた。
そしてウォッカを覗き込み、残酷に言葉を落とす。
「虫の母たる僕を前に油断したのが悪いんですよ。あなた方の脳に我が子を仕込むのは楽な仕事でした」
「…!!!」
「これで、僕の号令一つであなた方は脳を喰らわれながら僕の子を生む母体となったわけです」
本当は幼生のタイプ転換から2時間は経たないと手足が成長しないんだが。
まあ多少の設定の誤差はいいだろう。
逆らったらすぐさま脳を食われると思われた方が恐怖を煽るだろうし。
キールがたまらずと言った様子で口を開いた。
「私たちを操って何をさせようというの」
「んー、そうですね。ひとまず組織を内側から食らって崩壊させましょうか。その後はおいおい考えます」
「なんだと!?テメェふざけやがって!」
「あなた方を送り込んで、ゆっくりと崩壊させるのも楽しそうかなと思いまして。まあ、ちょっとした意趣返しですね」
私の笑顔にウォッカの顔色が青くなる。
そのままウォッカに顔を近づける、裂けた笑みを浮かべながら言葉を落とす。
「あなた方が悪いんですよ。ささやかに暮らす僕を誘拐したあなた方が」
繰り返し繰り返し、「お前が悪い」と吹き込んでニコニコする。
ウォッカの顔が土気色になった。
降谷さんが私を窘めるように口を開いた。
「貴方は僕たちの行動を操れるんですよね?」
「そうですよ?僕は女王として我が手足を操ることができる。もうあなた方は人ではなく虫だ。我が子、我が手足に過ぎない」
故にこそ私たちはネバダ虫を「手足」と呼んでいるのだ。
私はふうむと悩んでから、パチクリと瞬いた。
「あなた方を縛るのは…そうですね。『僕に不利な情報を口外してはならない』『自死してはならない』『必要に応じて僕に報告しろ』ぐらいでしょうか」
「組織を舐めるなよ、ガキ」
せめてもの抵抗か強がりか、ウォッカが語気を強める。
ウォッカの強がりを私はせせら笑って、クスクスと笑いをこぼした。
「ああ、抵抗しても構いませんよ。抵抗すればするほど、幼生は貴方の思考を制御しようと貴方の脳と一体化します。貴方は我が子となっていくんです」
「!!!」
「嬉しいでしょう?栄えあるアストロの一員になれるんです。その暁には、愛を持って使い潰して差し上げましょう」
実はこの仕様、嘘とか誇張が一切ない。
発狂したあむぴを治せるなら、好きなように人を改造もできるというわけだ。
意外と繊細な命令をしないといけないので初期設定が面倒臭いのだがな。
直美・アルジェントが訳がわからないと言った様子で縛られたまま視線を彷徨わせている。
話が飲み込めていないようだ。
せめてもと灰原さんを庇う姿は気丈だ。
まあ説明しても面倒臭くなるだけだから伏せておくとしよう。
すまんがこのお遊戯会にもう少し付き合っておくれ
降谷さんが私の視線に気づいたのか、直美・アルジェントを見て眉間に皺を寄せた。
「彼らはどうしましょう。少なくとも直美・アルジェントは彼の方が求めている人材ですが」
「僕に関係ないですし、海にでも捨てましょう」
直美・アルジェントの瞳に怯えが走った。
私は酷薄に薄く笑って肩をすくめた。
「この辺にいる僕の手足達は人間の味をよく知らないようで、お腹が空いたと泣いてますから。折角ですし子らにデザートを提供しましょう」
「組織の命令に背けば面倒なことになるんじゃない?」
たまらずキールが口を挟んだ。
彼らの助命嘆願をしようと言う魂胆だろう。
「あの方の命令は絶対よ。下手をすれば私たち全員が処分されるわ」
「それはそうなんですが、組織の得になることするのは癪じゃないですか。んん?いや、待てよ、そういえばこの人間を攫うにあたり内通者がいたんでしたっけ」
私はふと思い出して顎に手を当てた。
パシフィック・ブイの中には開発者に紛れ込んだ組織幹部が潜んでいたはずだ。
ピンガ。そいつも処分しないと後が面倒だ。
私は「答えろ。内通者の名前はなんだ?」とベルモットに投げやりに問いかける。
命令を受信した幼生によって、ベルモットは無理やり答えさせられたかのような不可思議な様子で口を開いた。
「ピ……ピンガという、男が、内部に紛れ込んでるわ。中ではグレースという名前で女性として振る舞っているみたいよ」
「そんな!グレースが!?嘘!!」
直美・アルジェントが叫ぶ。
灰原さんも落ち着かせるように座り込む直美さんの肩に手を添えているようだ。
「なるほど、なら私の羽を渡しておきます。使ってください」
「え……どういうこと?」
疑問符を浮かべた直美・アルジェントに、私はニタニタと笑みを浮かべて手の中で羽を弄んだ。
本当はこんなお芝居に巻き込む気はなかったんだが、彼女らを無事に生かして帰すためだ。
多少は我慢しておくれ。
「これをその男に盛ってください。中にネバダ寄生虫が入っています」
「………!」
とろりと血の滴る小さな羽を前に、直美・アルジェントは息を呑んだようだ。
ここにあるのが本物のネバダ虫に汚染された液体だと理解して、慄いているのかもしれない。
そしてキッと私を見上げ、直美・アルジェントは断固たる口調で宣言する。
「できないわ」
「なぜ?」
「もしグレースが共犯者だったとして、法の下で裁かれるべきよ。こんなふうに毒を盛るなんてできない」
なるほど、正しい意見だ。
どちらでも構わなかったが、いい人のようで私も少し安心できた。
私は少しだけ頬をかいて眉をハの字に下げる。
「困ったな。なら別にいいですけど、使い道がなくなってしまいました」
「!!ま、待って…!」
「バーボン、船を浮上させて、この人間2匹を捨ててきて下さい。エアロックを使うより上から落とした方が食いつきが良いんです」
「分かりました」
「待って!やめて!やめて!!!」
直美・アルジェントの悲鳴が、否応なく空気を張り詰めさせる。
次は己かもしれないという恐怖に否応なく空気は悪くなる。
まあベルモットは内心「53点。業界入りたての大根」とか考えてるようだが。
幼生で思考が分かると知っててあえて採点してきよるわい。
なおバーボンはノリノリで楽しんでいる模様。
きちんと、先ほど直美・アルジェントと灰原さんについては降谷さんと相談済みだ。
それに従って計画を進めているし、降谷さんには秘匿回線を通じて最終確認済み。
私が手足を船代わりに使うのを伝えておいたから、降谷さんが後はよしなにしてくれるだろう。
海手足に連絡。
「手足の1匹は二人を一番近い島まで連れていけ。絶対に傷付けるな。齧るな。食うな。これは厳命である」と繰り返し伝える。
私の本気が伝わったのか、手足はすぐに反応してくれた。
「女王の命令やる!とてもやる!」
「背中乗せる。お前どっかいけ」
「違うお前がどっか行け。お前より優秀。どっかいけ」
唸り合う手足達は急に険悪そう喧嘩し始めた。
仲良くしろし。
多少揉めつつも、一番ちょうどいいサイズの個体が作戦実行役に決まったらしい。
海に入った灰原さん達を背中に乗せて、上機嫌で泳ぎ出した。
「下っ端!お前ら泳げない!背中乗せてやる!」とギィギィ鳴いて今にも鼻歌を歌わんばかりの上機嫌を見せている。
海のあちこちから「嫉妬」「嫉妬嫉妬嫉妬」と聞こえてくる。
あとは降谷さんがコナン君に連絡を入れて、コナン君が回収すれば保護成功だ。
おっと、コナンくん達にも食いつかないように命令しておこう。
しばらくすると、降谷さんが艦内に帰ってきた。
実に冷酷そうに肩をすくめて息を吐く。
「ご命令通り、適当に落としておきました。ネバダ虫が泳いでいるのが見えましたから、もうご飯になってるんじゃないですかね」
「はい。外から我が手足の満足そうな声が聞こえます。美味しかったようで何よりです」
「それは良かった」
バーボンの気軽な様子に、ウォッカが噛み付いた。
「テメェ、裏切るつもりじゃねぇだろうな」
「この状況下で裏切るも何もあります?裏切るって意味なら全員そうじゃないですか」
「俺はそんなこと…!」
キールが一人すごい表情で私を睨みつけている。
ほんま申し訳ない。
キールさんは後で赤井さんから連絡させるので今は付き合ってくれ。
これは私が舐められないための処置だ。
下手に情があると見られては、下手なことを考える奴が出てくるかもしれない。
幼生感染者はいいとして、ウォッカや乗組員のイメージ操作は後々大きく響いてくるはずだ。
「ああ、これからもう一人幹部が来るんでしたっけ。たしかジン……だったか」
「!!!兄貴に何をするつもりだテメェ!」
「そりゃもちろんお人形にしますよ。多い方が遊びも盛り上がるでしょう?」
私は唸るウォッカを鼻で笑って、命令を続けた。
「通常通りに任務中のフリをして下さい。あの人間2匹は逃げ出して、今捜索中だと伝えるんですよ」
「テメェ…!」
「僕はRUMに操作されているフリをして貴方の背後に控えていますから、慕っている兄貴分を貴方は存分に騙してあげてくださいね」
鮮やかに酷薄に唇を濡らして、私は下等なものどもを嘲笑った。
印象操作半分、私の個人的鬱憤発散半分である。
悪役ってたのしー!
私が生き生きしているのがバレたのか、降谷さんから「遊び過ぎ、輝き過ぎ、水を得た魚」と思考が突き刺さる。
水を得た魚ってなんや。
元々悪の生き物みたいな言い方は名誉毀損やで。
さて、ジンの到着もすぐだった。
ヘリから予定通り降りてきたジンは、開口一番信頼するウォッカに声をかけた。
「ウォッカ、シェリーはどこだ」
「そ、それが…少し目を離した隙に見えなくなって。こんな船の上だからどこかにはいると思うんですが、捜索中です!」
バッと頭を下げるウォッカはなんとか抵抗しようと頑張っているようだ。
それも幼生の効果で無に帰しているようだが。
艦内捜索は幹部で手分けして行われた。
実質私の一人遊びだ。
こうして時間を稼いだのは、ジンが空気中の血液を吸い込んで感染するのを待つためである。
空気感染は脳まで到達するのに少々時間がかかるからな。
というか噛んだ時が即効すぎると言うべきか。
免疫に作用する毒も同時に流し込むから、対象の免疫をすり抜けて瞬く間に脳に到達するのだ。
そろそろだろうか、と私はすっと前に出てジンに微笑んだ。
ジンは少しだけ困惑した。
「初めまして、ジン。ご機嫌はいかがですか」
「バーボン…いや、テメェがウォッカの言っていた生物兵器か。どう言う意味だ」
「自覚症状はなし。では次は……『動くな』」
私の言葉に硬直して。
しかし次の瞬間、私の命令を無視して拳銃を突きつけた。
「!!!……なるほど、無症状感染者の素養があったんですね。面白い」
「俺に何をした」
「でも無症状感染者への対策はアメリカで学びましたので悪しからず」
突きつけた銃は、無理やりジン自身の側頭部に当て直させた。
ぐぐぐ、と自らの腕が己の意志と関係なく動くことに驚愕を隠せないらしい。
「兄貴ッ!!!」とウォッカの悲鳴が上がった。
「無症状感染者は己の免疫を通じて幼生を免疫型に変更します。単純に、なら免疫型に命令し直せばいいだけです」
「……テメェはまさか、俺にネバダ寄生虫を盛ったのか!」
「はい。僕は女王なれば、虫の全ては僕に傅く。あなたはもう人ではなく虫です。残念でしたね」
クスクスと笑い声が響く。
ウォッカが何もできず歯軋りして私を睨みつけた。
「この悪魔め…!」
「ええ、そうですよ。あなた方が生み出したとびっきりの悪魔です」
知りませんでした?
なお、しばらく後、海は手足でいっぱいになり潜水艦の航行に支障をきたしたことを追記しておく。
「この辺に女王いるって聞いた」
「ナイショなんだって」
「女王どこ?内緒にする!」
内緒って言ったろワレェ!!!
・手足大集合の経緯
つい広域波で「ここに女王がいた!内緒だって!!」と叫んだ個体が出たため。
今みんなにフルボッコにされてる。
「お前下等。女王は内緒って言った」
「下等」「とても下等」「下等。ぺっ」
・戦犯お漏らし手足
「ぐずっ…」(涙目)