組織はじめ
アジトにいい感じの個室貰ったなり。
RUMの計らいという名の操りだ。
流石に八丈島からだと命令が届かなかったが、首都圏に来て仕舞えばこっちのものだからな。
RUMにはすっかり幼生が定着していたから楽な仕事だった。
大層驚いてあの方の助命嘆願をしてきたが、まあそれはそれ。
コナン君の手のものとして、そもそも殺す気はない……のを隠しつつ、あなたの心がけ次第ですと言っておいた。
色が戻ってきた翼をバサバサしつつ、私は思いっきり伸びをした。
体がまだ重い。
盛大に血を噴霧したし、ちょっと貧血気味のようだ。
人間よりはるかに回復力があるから、もう数時間もすれば良くなっているとは思うが。
そんなわけで、現在はコナン君に経緯を報告しているわけである。
『んで、オメーは組織に留まって裏から掌握しようと企んでるってわけか』
「概ねそんな感じです」
私はうむうむと頷いた。
コナン君が電話越しに大きなため息を吐いた。
『心配したんだぞ、俺も灰原も。お前が組織の潜水艦にいるのを見て、灰原は心臓が止まりそうだったって』
「……すみません」
灰原さんにはかなりの心配をかけてしまったかもしれない。
あの時も私の演技を理解して、その上で黙っててくれたみたいだが。
それでも心配で堪らなかったはずだ。
私は少しだけ俯いた。
「ひとまず感染が確定しているのはRUM、ウォッカ、ジンの三人です。中核を押さえられたので情報掌握はスムーズに行くと思います」
『トップはどうだ?』
「烏丸を捉えるのは現状かなり難しいかと」
私は少し眉間に皺を寄せて断言した。
烏丸の慎重さは予想を超えているというべきか。
流石ベルモットに「石橋を叩きすぎて壊しちゃうタイプ」と言われるだけある。
「というのも、No2のRUMにすら長らく所在を明かしていないようなのです」
『なに……?』
「どうもRUM自身、老若認証を使って烏丸の所在を密かに探ろうとしていたようです」
これは原作知識だけでなく実際にRUMの記憶を探って得た情報だ。
それは叛意ではなく、興味半分烏丸の身を案じて半分だったらしいが。
コナン君が押し黙ってしばし考え込んでいるようだ。
『……』
「ベルモットは明言しませんでしたが、先代のアポトキシンを服用して姿を変えて、それをRUMにすら伝えていない可能性があります」
『そうだな。俺もそれを考えた』
アポトキシン4869というものは2種類ある。
ベルモットの飲んだものである、宮野エレーナの開発した先代型。
コナン君が飲んだものである、宮野志保が燃え残った資料から復元した今代型。
烏丸は、その先代型のアポトキシンで姿を変えている可能性が高いと考えられる。
それはRUMも把握している。
だから老若認証を求めているというわけだ。
コナン君が一つ頷いて力強く宣言した。
『老若認証は俺の方でアクセスできないか試してみる。これさえあれば、あの方とやらにも一足飛びで辿り着けるかもしれねーからな」
「ええ。きっと烏丸蓮耶を追い詰める鍵となる。ですがご注意を。あなたの正体が知られる可能性も同じだけあるのですから」
『虎穴に入らずんば、だろ。あとピンガはユーロポールにも声をかけてなんとかしとく』
「お願いします」
すっかり大権力を振るう名探偵になったようだ。
よきかなよきかな。
私が内心ニコニコしていると、コナン君の静謐な声が届いた。
『お前も無理だけはするな。危険になったら逃げて来い。俺が必ずなんとかするから』
「………ありがとうございます、コナン君」
『お前を助けるために磨いた力なんだ。頼ってくれ』
優しい声に、私は瞳を伏せて聞き入っていた。
ああ、なんて心地いい、胸の温かくなる気持ちなのか。
この人の力になりたいと、純粋にそう思う。
さて、電話を終えると、ちょうど降谷さんがベルモットを伴って私の部屋にやってきていた。
二人は無言で歩いていたが、なぜか電波会話を駆使して罵り合っていた。
『はぁ?本当に嫌な男。良いのは顔だけね』
『鏡見て物を言っては?そんなんだからNOCから大根おろしって言われるんですよあなた』
『大根おろし????』
私はブッッッと吹き出した。
大根役者おろし金だ。
大根役者なNOCをどんどん処していくからついた名前だと思われる。
ベルモットもそれを理解したのか、間抜けな名前に憮然としてバーボンを睨みつけた。
『ちょっと、あなたがどうしてそんなこと知ってるのよ』
『探偵の立場は便利なんですよ。警察庁に出入りする姿も目撃されているでしょう?』
お笑いですよね、自分達が追うものとも知らずに内部事情を明かしてくれるんですから。
そのようにくすくす笑う降谷さんに、「ほんっと性格悪いわねこの男!」とベルモットはいきりたったようだった。
一応同盟は組んでいるが、お互い気の抜けない関係だ。
だから降谷さんは己がNOCであることを明かしていない。
そして今後正体を明かすときにスムーズにことを進めるための布石として、NOC匂わせをしたのだろう。
プラス、大根おろし女って言いたいがための言い訳を固めておく。
凄い降谷さん、性格悪い。
「で、何を言い争っていたんですか?」
私が口に出して聞くと、手足もドン引きの激しい電波罵り合いをやめて二人はこちらを見たようだった。
怖えなこれ、一歩間違うと二人から集中砲火を浴びそうだ。
「別に、潜水艦の中でのあなたの演技がどうだったか話し合ってただけよ」
「すごく良かったと思うんだけど、このオバさんが口うるさくてね。気にしなくて良いよ」
「ティーンみたいな男は黙ってなさい」
「あ?」
「やる気?」
一周回って仲良いまである気がしている私である。
二人はいがみ合ったまま矢継ぎ早に私への評価を口にした。
「実際宙君はすごく上手かったよ。迫真と言ってもいい。あれで彼の邪悪さを疑うものはいないだろう」
「だめよ、実力派ってメディアに銘打たれて鼻の伸びた新人そのものの深みのない大根演技だったわ」
「はあ?業界の慣例に囚われたお局の発言ですよそれは。そんなんだから新しい風が吹かず業界が硬直するんです」
「素人は黙ってなさいバーボン。業界人としてはギリギリ及第点だけど、褒めるにはとても足りないわ」
なんだこの迫真の演技談義。
私は火の粉が降りかからないように小さくなった。
年増!陰険男!と二人は激しく罵り合っている。
私はパタパタと翼で体を隠し、心の平穏を求めてソファの裏でぐごごごご、と寝息を立てる手足君を撫で散らかした。
ふと降谷さんが片眉を吊り上げる。
「ところでこの音はなんだい?」
「ああ、それならこれです」
ひょい、と持ち上げたのは、虎ぐらいの大きさの手足である。
余裕で人間を丸齧りにできる猛獣だ。
むにゃ、と起きた手足ははみ出した長い舌をベロベロしてキョロキョロ辺りを見回した。
ベルモットと降谷さんが同時に吹き出した。
「ブッッッ!?!?!?!」
「潜水艦の寄った海岸に漂着してたんですよ、どうやら近隣国からえんやこらと漂流してきたらしく」
「ギッギッギ」
「この通り、意外と健康なのでサンプルとして拾ってきました」
「捨ててきてください」
降谷さんが真顔で圧を強めた。
実際、手足が漂着する例は間々あるようだ。
それのせいで清浄国の海辺の街が一夜にして殺戮の嵐とかになったことが実際にあったし。
どこだったか、スリランカだったか。
日本が二の舞となるのは悲しいので、急いで回収したというわけである。
手足は「おう下っ端。頭が高い」とひどく偉そうに私の膝でまったりしている。
凄まじく鼻高々で「女王に助けられた。選ばれし民。頭が高い」とか言ってる。
こいつもまた面白い手足であることよ。
多少筋力は落ちているが色艶のいい手足で、どうやら海手足にコンタクトをとって海鮮を恵んでもらっていたらしい。
小さな板切れの上でずっと頑張っていたようだ。
水をあげたらすごい勢いで飲んで、先程までずっと寝ていたようだ。
この手足は人間生まれで、まあまあ賢い部類だ。
『下っ端!下っ端!腹見せろ!』
「ところでこの、ネバダ虫が僕らを下っ端扱いするのってなんなんだい?」
「幼生より成虫の方が偉いらしいです。よくわかんないですけど。感染者は幼生扱いされます」
『とても偉い。女王の側付き。お前ら下っ端。美味げもってこい』
偉そうに手足は胸を張った。
この辺り、微妙に人間の仕草が残ってて怖いんだよな。
あ、そういえば組織暮らしでアメリカの手足に連絡取れなくなっちゃう。
コナン君に言って通信機器を送ってもらわないと、落ち込み過ぎて餌食わなくなってしまう。
「ひとまず僕の護衛にするつもりです。これなら下手な黒服より強いですし」
「餌はどうする気かな。組織員も無限にいるわけじゃないんだけど」
「人肉あげたりしませんよ。とりあえず豚肉ですかね。鶏肉は不評なので」
鶏肉ほんと嫌いなんだよな、手足。
無理やり食わせるとしくしく泣くのだ。手足も目から涙流すのね…。
ベルモットが「死体処理用にいいかもしれないわね…」とか言い出すので睨んでおいた。
雑魚悪人ならともかく、善良な仏さんの死体を食わすのは赦しまへんで!
「今後はどうするつもりかしら。私たちはRUMの計らいで軽いお咎めで済んだけど」
「ひとまずはあの方の所在把握ですかね。並行して組織体系の把握と悪事の証拠掘り出しもするとして。あとは全部日本警察に投げましょうか」
「一応言っておくけど、警察機構にも私たちの仲間が紛れ込んでるわよ。そこの胡散臭い探偵もどきみたいなのもいるし」
「喧嘩売ってます?腐った林檎さんに胡散臭いなんて言われるのは心外ですよ」
「そこはまあ、コナン君と相談してよしなにします」
隙あらば喧嘩するんだよなぁ、バーボンとベルモット。
命令取り合う手足並みの方がまだ仲良いぞ。
まあ、できれは降谷さん主導で日本自身が膿を出す形に持っていければベストかな。
私はその隙にフェードアウト、ベルモットは司法取引が綺麗な形だろう。
「アイリッシュとキュラソーはどうしてます?」
「子飼いとして便利に使わせてもらってるわ。今はあの方と接触できる機会がないか探ってもらっているところよ」
「了解です。ベルモットはそのまま作戦を続けてください」
私は部屋の冷蔵庫を開け、組織の下っ端に買ってきてもらった豚肉を取り出した。
膝に手足を乗せて、「はーいご飯ですよー」と手ずからあげる。
「……………ギッ」
「うわ、すごく分かりやすく美味しくないって顔してますよ」
「ほーら2枚目も食べましょうねー」
「………」
心底嫌そうにもっちゃもっちゃと咀嚼する手足の様子は苦りきっている。
相手は女王なので文句は言わない。
ただ、恨めしそうに降谷さんたちを見るのみだ。
『お前、見んな。美味げ寄越せ』
『この手足、女王陛下のご飯が美味しくないって言ってますよ。これは由々しき事態では?』
お、すごい、降谷さんてば手足語ってか電波による会話をもう使いこなしている。
その上で手足に聞こえるように私に手足の文句をチクっている。
降谷さんの言葉を聞いた手足は、瞬時に腹を見せて私に媚びを売る姿勢を見せた。
「ヒーーーン、ヒーーーーーン」
「よしよし。わかってますよ。豚肉大好きですよね」
「ヒィ」
『お前嫌い!!!下っ端!生意気!!』
すっかり降谷さんは手足に嫌われたようだ。
私の膝の上で「ギギギギギギ!!!」と唸って降谷さんに威嚇している。
降谷さんは手足を揶揄って遊んで満足したのか、非常にニコニコしているようだ。
ともかく、しばらくは組織生活を満喫することになりそうだ。
・組織の中でのクローン主
翼生えた謎の奴。仕事してる気配はないか軟禁状態。
コードネームは無し。
こっそり探ろうと侵入した組織員が突然現れたネバダ虫に齧られて重症。
口外厳禁もあって一角は完全にタブーと化している。
・偉そうな手足
「女王守る!選ばれし民!頭が高い!齧ってやる!」