今日はキールと会う予定になっている。
ここのところアジトでゴロゴロしてばかりだったからな。
あまり私が悪いことをするわけにはいかないし。
時々降谷さんが遊びに来てベルモットの愚痴を吐いていたりしたが、基本は暇人だ。
ベルモットが来てバーボンの悪口を吹き込んでいくこともあったか。
というか私を挟んで喧嘩すんなし。
時々、いくらか命知らずの下っ端がここに侵入することもあった。
先日はペットの手足に齧られてクマ外傷の名目で病院に担ぎ込まれていた。
それが広まったのか、ここのところは組織員は近付かなくなったようだ。
なにせ本物のネバダ虫が放し飼いにされてるんだからな。
虎の放し飼いよりクレイジーだ。
なお、手足本人は餌が来なくて不満らしい。
入り口のところで美味げが来ないか毎日涎を垂らして見張っているが、収穫はないようだ。
しょげてふて寝している姿をよく見るようになった。
「手足君、おいでおいで。お手」
「ギッ」
「よしよし。おすわり」
手足君は大人しく私の手に前足を乗せたままぺたっと座った。
偉い手足君をたくさん撫で回してやるお、「ほへぁ」と言う顔で気持ちよさそうに目を細める。
芸を仕込んでいるのは単なる暇つぶしだが、降谷さんには評判だった。
先日降谷さんも同じように「お手」って言ったのだが、当然だが手足は「ぺっ」と言っただけだった。
ついでに「下っ端。嫌い。どっか行け」って唸られてた。
おっと、そろそろ時間だ。
控えめにドアがノックされる。
「私よ」
「どうぞ、入ってください」
入ってきたのは緊張した面持ちのキールであった。
事前情報が入手できていなかったのか、覚悟はしてたが現実問題怖すぎるのか。
ヒッ!!!と鋭い悲鳴をあげて手足を凝視する。
手足は美味げの姿に目をキラキラさせた。
「かけてください」
私がソファに案内すると、キールは恐る恐る、いつでも逃げられるようにごく浅く腰掛けたようだった。
RUMに買ってもらった来客用のソファだ。
げへへ。ここでの暮らし、汚い金使い放題なんだよな。
ネトフリもHulu契約したし、ゲームサブスクも二つほど登録した。
汚ねぇ金で見るネトフリは極楽やでぇ!
キールが顔をこわばらせて手足君を凝視している。
「それは……ネバダ虫よね」
「はい。ですが見境なく襲ったりしませんよ。ね、手足君」
「うじゅるうじゅる」
「美味げだ…うまそ…!!」と涎をだらだらこぼして手足君もキールを凝視している。
私が命令しているのでキールを襲うことはない。
だが、餌の前で待てしてる犬と言うか。
だんだん首が伸びて美味げの匂いを嗅ごうとはしているようだ。
キールは食欲100%の視線に顔面蒼白になった。
実は帰ってきてすぐにキールからは幼生を抜いているんだよな。
本人が怯えてて可哀想だったし、拡散機の通り抜け可能な幼生をあまり大っぴらにはしたくなかったからだ。
だから彼女の身分も人間。
つまりは手足の餌の対象というわけだ。
長く伸びてダックスフントみたいになってきた手足君の頭をコンっとはたく。
素早くしゅんっと手足君は首を引っ込めた。
まったく食いしん坊め。
キールは冷や汗をだらだらとこぼしてほっと息をついたようだった。
「それで、米国から話は聞きましたか?」
「ええ……あなたが組織壊滅における協力関係にあるとの話は聞いたわ」
「それは良かった。あまり内部に別の思惑があっても面倒ですからね。連携が取れるに越したことはありません」
米国はコナン君の方から話をしてもらっているからな。
向こうからはかなり乗り気の返事が来たと連絡があった。
現在の米国は国際社会において針の筵だ。
「悪の米帝が手に負えない生物兵器を自ら作って全世界にばら撒いた」というのが通説となっているし。
しかもネバダ寄生虫を漏らした研究所から最も近い街から救助者が助け出されて、その証言にも注目が集まった。
どうやら初期段階においてバイオハザードを隠蔽していたようで、近隣住民にも研究員の死の詳細を伏せていたことが明らかになったのだ。
発覚した当初は、そりゃもう大バッシングの嵐だった。
ネバダ寄生虫は拡大の一途を辿り、中南米やアフリカのいくつかの国の体を為せなくなってしまったとも聞いている。
米国の方も、スケープゴートが用意できるならなんだってするだろう。
というわけでコナン君はかなり上手く手綱を握ってやってくれている。
もちろん、これは最終的に日本の手柄にしつつ「日米同盟の強固さのアピール」というところのに繋げていく方針らしい。
もはや全世界共通の敵だからな、米国は。
日本はまだ直接的な被害を被ってないからだらだら同盟関係を友好的に保っているが。
米国としても、立ち直りの鍵にしつつ軍事的なバランスを保ちたいのだろう。
私がふぁさ、と発光するかの如き透明な翼を広げると、キールは少しだけ肩をぴくりと動かした。
「本当なの、あなたが人に敵意を持たないって」
「そうですけど」
「向こうからデータは渡してもらったわ。恨んで当然の経歴のように見えた。その上で、意図的に米国にネバダ寄生虫を蔓延させたのではなくて?」
「……………貴方はどう思いますか?」
私はゆったりと微笑んだ。
キールの表情が緊張に強張る。
「日本から連れ去られ、死亡。その遺体から取り上げられたモノが脱走したとき。果たしてそれは復讐により動くのか」
「………」
「僕なら、そうですね。まず野生動物を感染させて、一つ街を虫と死骸の山に変えますね」
復讐するなら、それは最高効率であったほうがいいだろう。
日本に帰るより、自分が指揮をとったほうが効率がいい。
「そうして作った手足を連れて、一つずつ都市を落として手足を増やしていきます。その後、西海岸の大都市に全てを突貫させる」
「ッ……」
「武力で落とす必要はない。手足の死骸で汚染して、そこから羽虫を生み出せば直に都市も落ちるでしょう」
クスクス嗤うと、キールはキツく私を睨みつけたようだった。
「……と、ここまでで何が言いたいかと言うと、悪意をもって事を成すならもっと上手くやると言う事です」
「貴方は…」
「ネバダ寄生虫は彼らが自身で研究所で培養したものを誤って漏らしたに過ぎません。僕はただ逃げ出しただけだ。その証拠に、ネバダに寄生虫蔓延と時間的差異が見受けられるでしょう」
私が淡々と責めるような色を出すと、キールはわずかばかり視線を揺らした。
私が迷惑に思ったのが分かったのだろう。
「……ごめんなさい。私も自国に都合のいいシナリオを信じたがっていたみたい」
「まあ、お気持ちはわかります。自業自得ではあまりに救いがないですから。ともかく僕に人類への悪意はない」
私は断言した。
「コナン君と灰原さんと阿笠博士は、あの家の人たちは、僕に敵意ではなく愛を教えてくれました。研究所から身一つで逃げ延びた僕に全てを与えてくれました。僕はその愛に報いたい」
「………」
肉体君が静かに言葉を続ける。
「そうだ。世界を滅ぼそうとも彼らだけは愛そうと思う程度には、その愛は深かった」と。
それは我々の総意であった。
キールが静かに立ち上がり、右手を差し出す。
「なら、私も協力に異論はないわ。同じ目的を持つ者同士、手を取り合いましょう」
「ええ、よろしくお願いいたします、キール」
私はにっこりその手を取る………前に。
コンっと再び手足の頭をはたいた。
また長く首を伸ばしていた手足君がキールの手をおやつにしようとしていたからだ。
「コラ、手足君は悪い手足君ですね?バイバイしますか?」
「!?!?!!ヒィーーヒィーーーー!!」
「人間は食べない。頑張れますね?」
「ギャギャギャギャ!!!」
「よし。良い手足君はなでなでしましょう」
首の辺りをたるたるしてやってから、私は念の為消毒液で手を拭いてから握手に応じた。
手足君はすごく喜んで「ルルルルル」と変な声をあげている。
キールは手足君の様子に再びおっかなびっくりになった。
この手足は人間産にしては食いしん坊なんだよな。
他の命令は迷いなく強固に守るんだけど、食いもんに関してだけ意地汚いというか。
漂流で空腹がトラウマになった可能性がないでも無いか。
「……ネバダ虫って懐いたり躾できたりするのね」
「一応生物兵器ですから。女王の言うことを聞かねば話になりません。4、5歳児程度なのでちょっと統率性に難がありますが」
「それは大丈夫なの……?」
大丈夫ではない。制作した研究者は頭がおかしい。
私は沈鬱に首を横に振った。
キールは一歩、手足君から距離を多めにとったのだった。
その後、入れ替わりで降谷さんがやってきた。
任務終わりらしく、私の部屋でまったりしたかったのにキールがいてちょっとがっかりしたようだ。
せせら笑うようにキールに品定めする視線を送った。
「ああ、今日がキールだったんですね」
「どう言うこと?私たちの話を盗み聞きしてたのかしら」
「貴方がNOCだったとは驚きましたよ。ああ、安心してください。他言するつもりはありませんよ」
いかにも「これをネタに脅します」とありありとわかる表情でバーボンは笑みを作った。
凄い、人間ってこんな性格悪い顔できるもんなのか。
キールが焦りを押し殺しながら歯噛みした。
「どういうつもりかしら」
「いや、前提として僕ら皆裏切り者でしょうNOCかそうじゃないかなんて組織には関係ありませんよ。その上で、僕は勝ち馬に乗るタイプでして」
酷薄に微笑んで、バーボンは見下すように言い放った。
「組織はもう終わりだ。なら有利な方についたほうがいいでしょう?」
おお、副音声が聞こえてくるようだ。
「アメリカの犬に名乗る名前などない」ぐらいの副音声か。
なんかいつもの降谷さんと違って、バーボンって性格悪いというか、降谷さんで溜まってた鬱憤を思う存分吹き出す人格っぽいんだよな。
「………私を食い物にする気?」
「まさか。今後良いお付き合いをしたいだけです。もちろん、ネバダ虫の仲間になった僕も彼らに倣って美味しくいただくと言う手もありますけど」
ニタニタ嗤うバーボンに私は仲裁に入った。
「あの、それ以上喧嘩するなら強制的に思考をいじって仲良くさせますけど。ちいかわみたいなキャラに変更しますよ」
瞬時にバーボンは低姿勢になった。
「……いまからでも命乞いって間に合いますか」
「受け付けます。仲良くしてくださいね」
「任せてください。僕ほどフレンドリーな男はなかなかいないと評判なんです」
降谷さんが思う存分自由人してらっしゃる。
ジンとRUMという二大ストレスから解放されて弾けているのだろう。
私はとりあえず咳払いした。
「で、キール。ひとまず貴方には米国との連絡係になってもらいます。組織としてはちょっぴり閑職ですが我慢してください」
「わかったわ。貴方も、そこの蛇のような男に喰らい付かれないよう気をつけるのね」
「嫌だなぁ、僕のことそんなふうに思ってたんです?」
「有名よ、バーボンは親しげな顔で情報を切り売りする油断ならない男だって」
降谷さん評判悪過ぎワロタ。
だからこそ情報を扱う幹部として成り上がることができたんだろうが。
「じゃあ、私は行くわ」とキールが去っていく。
その後ろ姿を見送ってから、私は物言いたげな顔で降谷さんをじっと見た。
降谷さんがにこっと笑って言い訳する。
「言っておくけど、これは組織向けの顔であって僕の素と言うわけではないからね?」
「分かってます。貴方はどちらかといえば愚直で愛想が悪いタイプです。今はただ全方位に八つ当たりしてるだけですもんね」
「言い方。言い方が悪い。組織に馴染みつつ己のストレス管理をする完璧なソリューションだと言ってくれ」
私の横に控える手足君をチラリと見た。
手足君は「何しにきた下っ端。どっかいけ。お前嫌い」と唸っている。
本当に全方位に嫌われてて笑うんだが。
「それで、何かありましたか」
「一応君には知らせておこうと思ってね。君の捕まえた爆弾犯……松田と萩原の仇が拘置所から逃げ出した。逆恨みしているかもしれないから気を付けておいてくれ」
「!!」
ハロウィンの花嫁、開幕という事らしい。
・降谷さんの心境
ストレッサーがいなくなって弾けている。
のもあるが、実はキールとの話は一部始終聞いていた。
その上で、「米国の犬如きが自業自得の行いを宙君のせいにするのか」と怒ってた。
それはともかくとして全方位に八つ当たりはしてる。
・部屋前の廊下
手足君のお散歩コース。
ここを歩くと高確率で齧られるので誰も近寄らない。