降谷さんが動けない間のスケジュールをRUMと話合わねばなるまい。
RUM、ジン、私でお話し合い時間を設けている本日である。
登山用のリュックサックを改造、羽をしまって次の任務の現場近くにある廃倉庫にやって来ている。
いくら黒の組織とは言え、四六時中爆破したり殺人したりしているわけではない。
その大半が地味な企業間取引であり、表の企業とほとんど変わらないのだ。
秘匿を重んじるため、トクリュウや詐欺電話と言った警察に目をつけられやすい流行り物には手を出さない。
その方針が可能なのも、もともと烏丸が築いた、あるいは引き継いだ資産が桁違いだったからこそである。
火薬の匂いの充満する廃倉庫に入り、私は先に来ていたRUMとジンに挨拶した。
「お久しぶりですね、RUM」
「ええ。貴方が思っていたより我々に自由を与えているようですから、業務に支障は出ませんでしたよ」
ジンは無言。刺すような殺気の籠った視線を私に向けるだけだ。
私は廃倉庫を見回して、軽やかにくるりと体を回した。
「それにしてもRUM、なかなかいい催しをするじゃないですか」
「なんのことです?」
「命令では自死してはならないことになっている。だから名目上生き残れる穴を作ったんですね。生き残る気もないのに」
己に仕組まれた幼生がどこまで許すか、RUMは慎重に探っていたようだ。
私はクスクス笑って三日月型に口角を歪ませた。
「命令では僕に危害を加えられないことになっている。だから僕が自分から来るように仕向けた。そう、爆発物のある場所に相手が来たのなら仕方ないと」
「何をいっているか、よく分かりませんが」
「誤魔化さなくて結構。許しますとも。そういうチャレンジ精神は嫌いじゃありません」
RUMの計画はこうだ。
私が自分から来るようにスケジュールをセッティングする。
そこに何も知らない部下に火薬を仕掛けさせる。
この時の名目は「不要品の証拠隠滅」だ。
時限式にセットし、それを理解した上でこの場所を私たちの会談場所に据えた。
そう、名目は「阿笠宙に不用品廃棄の承認を得るため」とかで。
間違っても爆発に巻き込むつもりはない、ということで。
RUM自身、爆破に巻き込まれては自死となって命令に背くことになる。
抜け穴を作ってそれを「利用できる」とすることで自死の縛りを誤魔化した。
だがわざとその生存の目は細く設定しておき、「わざとではないが自分も死んでしまった」という状況を誘発させようとしている。
私への危害も同様だ。
危害を加えるつもりではなかった。
だから会談が始まってから爆発まで時間的猶予が結構あって、事前に逃げるつもりだった。
それが例えば不慮の事故で逃げ遅れたりしても、自分のせいではない。
ふふ、あはははははははは!!!
私の哄笑が廃倉庫にこだまする。
「そういうことするだろうなぁって思って、わざと幼生の縛りを緩めに設定しておいたんです。気付きませんでしたぁ?あははは!」
「…………」
「僕の幼生、貴方の思考を覗き込むこともできるんですよ?」
隣のジンの腕が一瞬痙攣した。
私に銃口を突きつけようとしたのだろう。
だがそれは幼生の縛りによって封じられ、動きとなって現れることはなかった。
「健気ですね。二人して僕と無理心中しようなんて。僕を殺しても幼生が入った自分がいては、どんな不都合を生むか分からなかったんですね」
「…………」
RUMは慎重に吟味してから、言葉を落としたようだった。
「………貴方が、私たちを泳がしていた理由は?」
「無力感を覚えてもらうため?」
私はケタケタと目を細めて小首を傾げた。
「たっぷりと無力感を味わってもらおうと思って。こんなに頑張ってもダメだって。諦める辛さを噛み締める顔が見たくって」
本当は普通に設定詰めるの忘れてただけだ。
なんかそれっぽくいい雰囲気だったのでそれらしい悪い言葉を言ってるだけだ。
そう、私は8割ライブ感で生きている。
あと悪役楽しくて癖になりそう。
肉体君が「行けっそこだっ殺せ!!!」と野球の野次みたいなの叫んでてうるさいのが玉に瑕。
と言うか設定詰めるの忘れてたの大ポカだなコレ。
詰めなくてもよしなにしてくれるのが幼生のいいところではあるんだが。
これバレたら降谷さんに私がめちゃめちゃ詰められること請け合いだ。
まあ、どうせ私死んでもまた次代が生まれるんだが。
私はすでに十分に成熟している。
成熟してからばら撒いた、私の電波が届く範囲の幼生の一部が、自動で次の私になるのだと感覚で理解できている。
とはいえ、あまりにキモいからやりたくないのに違いはないが。
「第七研究所はお遊びばかりの採算が取れない部門とばかり思っていましたが…大きな間違いでしたね」
「うん?」
にがり切った冷や汗と共に、RUMが私を糾弾する。
「彼らの生み出したそれは、間違いなく世界を掌握できる兵器でした。悪性も、性能も、人間の上をいく……最悪の兵器だ」
「お褒めに与り光栄です」
私は愛嬌たっぷりに言い放った。
そしてくるりと背を向けて歩き出す。
「あと爆発まで15分後。退避しましょう。ついでですし不用物の爆破はそのままやってしまうとして、貴方達はまだ使い道がありますから」
「殺さないんですか」
「死は一瞬ですが、生は長い。殺して遊ぶより生かして遊ぶ方が楽しいしお得です」
「クズが」
ジンが吐き捨てた。
確かにジンはすぐ殺すが遊ばないタチだもんな、その辺流派が違うかもしれない。
私はニタニタ悪質に笑って、二人を伴い廃倉庫を出た。
「遊びの愉悦がわからないと勿体無い。貴方もそれがわかるように思考を改造してあげましょうか」
「ッ……!」
「思考を弄れるんですか?」
気軽さを装って、緊張をはらんだRUMの疑問が投げかけられる。
設定を構築し直すはなかなかに骨だが、きちんと脳の作りを理解すればそれも十分に可能だ。
あまりに邪悪なのでコナン君に嫌われたら嫌だし、今までノータッチではあったけど。
実はかなり初期からできたことだ。
「本当のところ、幼生は人を縛るものではない。幼生は貴方の脳を掌握しているのではなく、一体化しているのです」
「つまり、もっと広範な思考操作が可能だと?」
「はい。面倒臭いからしないですけど。全く別人に変えることも、脳の病を癒すことも、ありもしない記憶を植え付けるのもお手のものです」
そういう意味では、薬でラリったらどうなるかは気になるところである。
たぶん幼生もバグるんじゃないかと思うんだが、実験したことないので謎である。
そんな状態では動けないので抜け穴どころではないけど。
「もっとなんかこう、人を洗脳する成人向け同人誌見たいな機械があったら幼生も騙せるかもしれません。もしかして組織で開発してたりします?」
「どういう偏見か知りませんがそんな機械ありませんよ」
「え、本当に無いんですね。意外。僕みたいのがいるんだから絶対開発してると思ったのに」
「それを言われると否定しきれませんが」
組織だし薄い本みたいな機械もあるような気がしたが、RUMの把握してる中にはないらしい、
いや、冷静に考えてら幼生がそもそも薄い本向けの生き物か。
まあそうとも言うね……常識改変とかできるし脳に悦楽を直接流し込んだりもできるよ。
急に私の女王って呼び名がR-18みを帯びてくるからこの話はここまでにしよう。
まあともかく、車に移動したら爆破が起こる前にすたこらさっさととんずらである。
RUMの運転手には既に幼生を投与してあるから、長い黒塗りの車内での内緒話もお手のものだ。
内緒話がしたい時も結構あるし、重宝はしている。
「改めて。例の件、予定通り進める方向で構いません。結果は後でまとめて紙でくださいね」
「………ええ」
「それと、今後少しバーボンが仕事から外れるかもしれませんがお気になさらず」
具体的には首に爆弾とか巻かれる可能性がないでもないからな。
まだどうなるかわからないが、事前準備はして置けるだけしておこう。
ジンが半分唸るように私に視線をやる。
「あの男は裏切ったのか」
「うぅん、僕の幼生を入れられての行動ってどう規定すればいいんです?あなた方も、同様に裏切り者ですし」
カタカタと震える腕は、真向かいに座る私を撃とうと力を込めているが故だろう。
それを素知らぬ顔をしてふっと微笑むのみである。
「ともかく、あなた方の幼生は脳と一体化して思考を検閲しています。せいぜい僕の役に立ってくださいね」
私は途中でアジト前で降りて、二人は作戦会議なのかどこか別の場所に走り去っていった。
広域波で私が聞いているのはまだ察知していないのか、その居場所は都内であった。
私を出迎えたのはウォッカだ。
出迎えたと言うより、確かめに来たと言うべきか。
「兄貴には何もしてねぇだろうな」とウォッカは私を睨め付けた。
「彼にはいろいろ任せたい仕事がありますから。とはいえ、思考を完全に把握してますからね。叛意を抱いたら遊んでやりましょう」
「ッやめろ!俺が兄貴の代わりになる!」
「なら貴方が兄貴さんを下手なことがないように教育してあげてください。壊れたおもちゃは捨てるしかないんですから」
優しく気遣うように微笑んで見せれば、ウォッカは「テメェ…!」と歯軋りしたようだった。
別にコナン君に誓って悪いことは何もしないのだが、口に出すのはタダだからな。
どんだけでも悪いことも言えるわけだ。
ラーララーー口だけ大魔王ーー。
と、エンジョイしてるとはつゆとも知らず、ウォッカは舌打ちしてからチラリと私を盗み見た。
「この組織を潰して、その後テメェはどうする」
「どうしましょうね。悩んでます。できれば普通の高校生やりたいですけど」
実際問題、一般人をやるには羽が邪魔すぎるんだよな。
本当に何とかならんものか。
将来コナン君のところで仕事をする場合に備えて学歴を整えておきたいし、どうにか普通の人間に擬態する術を獲得したいものだ。
死亡リセットはみんなが悲しむのでできれば最終手段にしておきたい。
ウォッカが路端に唾を吐き捨てて眉間に皺を寄せた。
「はっ、人喰いの化け物が抜かしやがる!」
「僕は人間を食ったことは無いですねぇ。それよかA5和牛が好きです。しゃぶしゃぶとか」
ウォッカは重ねて舌打ちした。
冗談には取り合わないということらしい。
というかこれマジで私が隠れて人食ってると思ってるやんけ。
流石に名誉毀損なんだが。
「ところで、何で貴方はこの組織に入ったんです?」
「………兄貴についてきた。兄貴が入るって言ったから来たまでだ」
「こんな表社会の寄生虫みたいな組織に好き好んで、ですか」
「俺らみたいなハズレ者はこういう場所でしか生きられねぇ。それが分からねぇテメェは随分と幸運なバケモンだな」
「……。そうですね。幸運さで言えば呆れ返るほどに幸運だったでしょう」
コナン君たちのおかげだ。
誰も彼もが愛を与えられるわけではない。
彼らとの出会いは望外の幸運だった。彼らの愛はコレから幾度死と生を重ねても忘れない。
「ま、なんにせよ僕の都合で組織は潰します。貴方もジンとセットで生かしておくつもりなのでご安心を」
「………そうか」
「というかそれよりあの方ですよあの方。全然所在掴めないんですけど」
「簡単に掴めてたまるかよ」
「いや副社長に黙って姿くらませる社長います?電話だけで指示とか、闇の組織じゃ無いんですから」
「闇の組織だっつの」
意外とノリがいいらしく、ウォッカは嘆息したようだった。
「あ、手足君はいい子にしてました?姿が見えませんけど」
「さっきバカが一人病院に運ばれてったぜ。あのネバダ虫は久しぶりのご馳走に満足して爆睡してやがる」
「おお……何故皆僕の部屋に入るのか……」
ネバダ虫が居るって分かってるだろうに。
私が外出中だとわかるとすぐコレだ。
一緒に連れてったと思ったのかもしれないが、手足つれて散歩なんか行かねぇんだわ。
別に入っても私が散らかしたポテチの袋とネトフリしかないのに。
その後。
私は部屋に帰って、そのままリュックに詰めた自分の羽を出す作業に取り掛かったのだった。
・RUMの評価
バーボンの頭脳、人以上の悪意、幼さゆえのある種の無垢さ、悍ましいまでの性能。
我々は人類の敵を、作ってしまったのかもしれませんね。
ここに来るまで、どうもアメリカに渡るなどしている記録がある。
時の権力者に種を植え込んだか。
民間人の家でも、操り人形を使って普通の人間ごっこでも楽しんだのだろう。
・クローン
ネバダ虫の主。
夜な夜な虫に取って来させた獲物を食ってると下っ端の間で噂になってる。