降谷さんと連絡がつかなくなった。
私の電波による声にも応答がないところを見るに、たぶん電波の届かない地下深くの特殊な空間にいるのだろう。
私はコナン君と電話しながら、3日に一度の定期報告をしている最中だ。
「そっちはオリジナルの行方について掴めていますか?」
「安室さんは……俺もわかってねーんだ。あの人は連絡を密にする人でもねぇし。正直オメーの方が掴んでるんじゃないかと思ってた」
「なるほど。完全に行方不明、と」
間違いなく爆弾首輪をつけられたのだろう。
まったく、爆弾首輪つけてネバダ寄生虫の幼生にも感染して、デスゲームを三つも四つも同時にこなすんじゃないよ。
コナン君がふむ、と少し思い悩んでから口を開いた。
「お前にはユーロポールから得た情報を共有したかったんだか、今いいか?」
「というと?」
「この間、ユーロポールから忠告があったんだ。日本に潜伏してた爆弾魔が動き出すかもしれないって話でな」
その爆弾魔の通称はプラーミャ。
ヨーロッパを中心に暴れ回っていた人物で、元々はロシア工作員だったらしい。
そいつを利用して政治的に不都合な人間を消してまわっていたら、いつのまにか暴走。
政府の暗部を握る無差別爆弾犯へと成り果てたと。
ロシア政府に命を狙われ、現在は国外逃亡をしている最中らしい。
「もっとも、これがどこまで本当かも疑わしいけどな。ロシア側がプラーミャを処分したくて流した嘘かもしれねーし」
「不要になった、というやつですか。それとも知りすぎたか。なんにせよ日本に来られるのは迷惑極まりないですね」
コナン君はああ、と相槌を打って言葉を続けた。
「面倒なのは、そいつがどうやらおかしな連中とつるんで爆弾を渡しているってところだ」
「……ルパンが言っていたヴェスパニア鉱石を用いたテロ犯ですか」
「ああ。恐らくは」
ヴェスパニア鉱石は電子機器を無効化する神秘の秘宝だ。
だが、それは無効化であって不可逆な損傷というわけではない。
それに人間に対しての殺傷能力もイマイチ。
そこで、プラーミャと共謀して爆弾と併用しようというのが主題だろう。
プラーミャとしては小金稼ぎにもなるし、あるいはヴェスパニア鉱石を融通してもらったかもしれない。
その取引は双方にとっての利益となり、双方を無視できない脅威へと変化させる。
私は大きなため息をついた。
「危険ですね。テロ犯からプラーミャに、プラーミャから別の組織にとヴェスパニア鉱石の拡散に歯止めがかからなくなる」
「ああ。それに、関係があるかはまだ不明だけど、警視庁前で爆弾騒ぎがあったんだ」
「灰原もそれに巻き込まれた」という言葉に思わず体がゾッと冷えた。
落ち着け、原作通りなら毛利探偵に庇われて無事なはずだ。
「灰原の話では、被害者の男はロシア語で会話していたらしい。プラーミャの関係かもしれない」
「灰原さんは……無事なんですか」
「爆弾で車道まで吹っ飛ばされて、危うく車に轢かれるところだった。おっちゃんが助けてくれたけど、おっちゃんは頭を強く打って入院してる」
「……毛利探偵」
そこまで親しくもない子どものために、躊躇いなく身を投げ出せる善良な人。
私はその善性に心底感謝した。
肉体君が「……クソが」と一言、凄まじい憎しみと激情を吐き捨てた。
今すぐその爆弾魔とやらを引き裂いてやりたいのだろう。
「被害者は松田陣平の名刺を持ってたから、今彼が死んだ三年前の状況を探ろうとしているところだ」
「なるほど」
私は頷いて、彼のまだ知らないであろう情報を投下した。
「その件に関してなら、やはりオリジナルが関係しているかもしれませんね」
「安室さんが?」
「松田陣平はオリジナルの親友です。このタイミングで消息不明というのであれば、関係は非常に疑わしい」
「っそれ本当か!!」
コナン君が声を上げたので、私は静かに肯定した。
松田陣平、萩原研二、伊達航、諸伏景光。
この四人は降谷さんの親友にして黄金の日々の代名詞。
たとえ半年という短い期間だったとして、忘れ得ぬ誓いの証として私の心にまで深く刻まれるほど、その思いは強い。
コナン君が思考を切り替えたのか、雑談がてら軽い調子で聞いてきた。
私が松田陣平についての記憶を持つと踏んだのだろう。
「ところで、松田さんってどんな人なんだ?」
「え……喧嘩っ早い機械オタク問題児?義理堅くて筋の通った人ですけど拳が先に出る……柴犬とドーベルマンを足して2で割った感じです」
「どんなだよそれ」
「高木刑事とかと会ったら、最初『情けねぇ野郎だ』って言って激しくウリウリしますけど途中で見直して気さくな兄貴分になる予感というか」
「おう、早口だな」
内なるあむぴが松田を語りたくて仕方がないらしく、途中からどんどん加速していったというか。
まだ語り足りない感じがして全身がソワソワする。
「ともかく、11月6日は毎年萩原研二の墓参りで全員が集まっています。何かあるとしたらそこでしょう」
「お前に心当たりは……いや、そうか。培養開始の時期か」
「ええ。僕はオリジナルの四年以上前の記憶しかありません」
スコッチの拳銃自殺も、松田陣平の爆死も、伊達航の交通事故も。
彼の心の傷は何一つ知らぬままだ。
「少し気になるのが、毎年墓参りにあたり墓地のお和尚さんに挨拶していたはずです」
「ッ!佐藤刑事がたどり着けば、安室さんのことを把握されてしまう可能性があるってことか!」
「はい。先回りすべきかもしれません」
コナン君は「わかった。公安にコンタクトを取っておく!」と言って電話を切ったのだった。
しばらく。
沈黙が部屋に滞留する。
スマホを机に置いても、まだ肉体君が動揺しているようだった。
震えるような声色でぶつぶつと何事か呟いている。
脳内が冷え込むような、奇妙な感覚。
『僕らが近くにいない間に、僕らの知らない事件で命を落としたら。落としえる。そうなりうる』
「あの、大丈夫ですか?」
『………どうしよう、母君が死んだら、どうしよう、どうしよう、助けなきゃ、どうやって、どうしよう』
すっかり震えて、私の体も肌が粟立っている。
あまりの恐怖を処理しきれてないようだ。
「落ち着いてください。今までも命の危機はあったでしょう。組織の時とか」
『そんなの、予見できるならいいんです。貴方なら防いで見せます。貴方は完璧だから。でも偶然はどうしようもない。防げない。どうしよう』
「あの、僕を完璧超人にするのやめてもらっていいですか」
『僕らと違って母君に次はない。無いんです。どうにかしないと。どうしよう、母君が死んじゃう』
全くダメらしい。
母親に死の概念が存在するのとに気づいた幼児みたいなものだ。
もうブルッブルに震えて小さくなっている。
私は震える肉体君を魂で小突いた。
「何言ってるんです。その死の恐怖を僕らは2回も彼女に突き付けたんですよ。僕ら、2回も死んだでしょう」
『………!!!』
「それでもなお慈しんでくれた。死を正しく悼んで、それでも前を向いて生きていてくれた。灰原さんのあり方を僕らも見習いましょう」
本当はちょっととち狂って爆弾犯の片棒担いでたが、まあそれはこの際いいとして。
肉体君は震えて泣いて小さく蹲っているようだった。
『怖いです。怖い。いっそ幼生の中に取り込んで、意識を常に僕と共に在れるようにできたらどれほど良いかと思います』
「それ、灰原さんに嫌われますよ」
『………でも、耐えられない…』
魂を抱き込んで転生は出来そうな気がするが。
やはり本人の意思を確認しないことには始まらないからな。
第一肉体君には魂がないから来世も無い……ことはない。
実は最近、彼にも魂が芽生えてきている。
小さくほのかな灯火のような魂だ。
肉体だけであったそこに、小さな小さな赤ん坊のような魂が静かに揺れている。
私はその肉体君の柔らかな魂を、自分の魂でモニュモニュと包み込んで撫でてやった。
「生老病死ですね。避けられぬ四つの苦しみ。四苦八苦。僕らはそのいくつかから解き放たれたが、生きることのままならなさはそのままだ」
『貴方はこの身が完全に死んだら次はどこへ行くんですか』
「転生者は次の生を選べません。誰も知らない場所で、いつともしれない時に、見ず知らずの人の元でまた生まれ落ちるのでしょう」
『寂しく無いんですか』
「寂しいです。とても。でも灰原さんは、そこで元気にやっている私をこそ望むかなと、そう思うんです」
どうか来世で元気に過ごして。
それは万人の願いだ。
肉体君は少しだけ黙り込んだ後、小さく笑ったようだった。
「なるほど。世に宗教が生まれたワケが理解できた気がします」
などとしんみりしている空間に嵐のようなベルモットが襲来。
バァン!と扉を開けて「バーボンいる!?!?」と怒鳴り込んできたではないか。
ベルモットは大層お怒りのようで肩を怒らせて私の部屋を睨みつけている。
びっくりして飛び起きた手足が「なに!?下っ端怒る何???」と動揺して挙動不審になっている。
さっきまで美味げの夢を見ていい具合に寝てたのに、災難だったな……。
「ちょっと面倒な任務押し付けただけなのに、こっそり私のお気に入りのリップにガーリックパウダー仕込んだのよ!信じられないと思わない!?」
「中学生みたいな仕返し笑うんですが」
「今度という今度はあのふざけた脳天吹っ飛ばしてやるわ!」
むしろ組織の任務押し付けられてガーリックパウダーで許したのは慈悲だろうと思うのだが、まぁいいか。
私は「来てないです。今任務中です」と答えておいた。
「あらそう………ところで貴方はなにやってるの?」
机の上には阿笠博士製の大きな機械。
私はそのつまみを調整して、ふうむと首を捻った。
「僕を含めたネバダ寄生虫感染者は基本的に電波で喋るじゃないですか」
「そうね」
「原理的にはアマチュア無線の方式で機器なしで喋れないかなとおもいまして」
アマチュア無線は電波通信の一つ。
文明の利器を用いてネバダ虫と人類が交信できたなら、結構色々夢が広がるんじゃないかと思うわけである。
「へぇ、面白そうね。試していい?」というので、ベルモットにも使い方を教えてやる。
と言っても、阿笠博士が送ってきてくれた練習用機器の周波数帯を、一般のアマチュア無線のAMに合わせるだけだ。
1回目。反応なし。
「なによこれ」
「多分周波数があってません。最初は声を低くして怒り気味にやると引っかかると思います」
「感情で周波数帯が変わる…使ってて自覚もしてなかったわ」
2回目。機器が「ギギギギギ─キィン」と不愉快な金属音を出した。
どうもうまく拾ってくれたらしい。
ベルモットはやや納得したように頷いたようだった。
「人間の言葉じゃないとは思ってたけど、こう改めて聞くと明確ね。脳内で寄生虫が翻訳してくれてるってとこかしら」
「ええ。僕らは基本、複数帯域を使って複合的に会話してるんです」
人間が手足の会話の分析に困っているのはその点だ。
普通、人間は電波信号を送り合う時は帯域を絞って送受信をクリアにする。
だがネバダ寄生虫はそうではない。
複数帯域を同時に発信、そこに意味や感情、話者情報などを込めて短時間大容量の通信を可能とするのだ。
感染者が「こんにちは!」と言った時、同時に敵意の有無や表情、空気感エトセトラをそれとは知らずに電波で流している。
それによって、生態も文化も全く違う手足との相互交流を可能としているのだ。
「つまり、アマチュア無線に話しかけるのって、人間で言うところの32.703Hzで正確にドの音を出して、声の大きさだけで正確にビート刻んで、情報を入力するみたいなものです」
「無理じゃない」
「そこはまあ、頑張るんですよ。オラァンッて」
「根性論なのね……」
ぬぬぬぬぬぬおおおおお!
頑張って機械に電波を送る。
すると、録音されたそれがうまい具合に再生されたようだ。
ギリギリ人間の声に聞こえなくもない、妙に平坦な声が再生された。
『き コエ ま スか?』
「ホラー映画にはぴったりだと思うわよ」
「それ慰めになってません」
「すごいじゃない」とベルモットは一応褒めてくれたようだ。
私が満足すると、私の満足電波を受信した手足君が「ギャッギャッ!」と喜んだ。
このフレーズだけめちゃくちゃ練習したんだよな。
実用はまだ程遠いけど。
幽霊がよく電話をかけるシーンがあるが、あれは電波に干渉してあんな滑らかに喋っているのだろうか。
メリーさんとか今貴方の後ろにいるのとか。
そうだとしたら心底尊敬するする。
相手の居場所に合わせてフレーズ変えてたら頭が爆発するんよ。
私は再び機械に電波を送った。
『へる プ。へ ルプ』
「聞けば聞くほど怖いわね、これラジオが受信したらたぶん相当肝が座ってないとトイレに行けなくなるわよ」
「コナン君の家の防災無線に送ってみましょうか」
「それエンジェルを怖がらせようって話???」
「待って拳銃は待って僕は無実です!」
新蘭過激派おばさんが素早く怒り狂ったらしく、私は小さくなって「へるプ!!!」とデカ音声で機械を鳴らしたてたのだった。
・新蘭過激派おばさん
「二人の間にはね、幸せで優しい時間しか流れちゃいけないの。いつもふわふわでわたあめみたいで、この世の善が全部詰まってなきゃならないの」
・コ哀過激派生物兵器
「は?父君と母君こそベストカップルですけど。父君もいずれ真の愛に気付いてくれるはず…」