コナン君は降谷さんに接触成功したらしい。
そのコナン君に言われて、私は都内の人通りの少ない公園に来ていた。
寂れたベンチには先客がいて、ベンチと同じ程度にはくたびれた見た目をしていた。
風見さんだ。
青ざめてどこか落ち着かない様子の風見さんは、ソワソワと辺りを確認している。
公安らしからぬその様子には、多くの心配と疲労が透けて見えた。
ベンチの後ろで電話するふりをして、私はそっと話しかけた。
「お久しぶりです、風見さん」
「!!!ああ、君か。すまないな、危険な中来てもらって」
「問題ありません。組織は僕が掌握していますから」
RUMを通してちまちま感染者も増やしているしな。
特に今は財務管理担当の裏方勢を手中に収めているところだ。
実働部隊だけじゃわからない金の流れを押さえておくのは、組織摘発のための必須事項。
私の言葉に風見さんが嘆息した。
「そう気軽に言われると、長年の我々の苦労が何だか間抜けに聞こえて来るよ」
「まさか。僕の方法は裏技みたいなものですから。これまで警察のあなた方が築いてきた膨大な下地があってこそです」
「ありがとう。君は相変わらずいい子だな」
ふっと笑ってから、風見さんは微妙な顔をしたようだった。
「それにしても君の成長は早いな。ネバダ虫は一日で二倍以上に成長するとは聞いているが」
「僕のこれはどちらかといえば羽化ですからね。一旦繭に篭って成虫になるんです」
「…………それは、その。見た目を想像するのが恐ろしいな」
私はちょっと否定できなくて、むむむと唸って話を変えた。
「コナン君と会えたんですよね。どんな話をしたんですか?」
「私はその場にいなかったから詳細はわからないが、三年前に会った爆弾犯の話を共有したとのことだ」
少しだけ視線を左右に揺らして、手に持っていた缶コーヒーを飲み干す。
風見さんは大層困ったような表情をしていた。
「江戸川少年は………、あの子は、末恐ろしいな。米国ともコネクションがあると聞いている」
「そうですね。権力的な意味合いなら僕よりよっぽど怖い男ですよ」
「部下からすごく質問された。意味深に知る必要はないと答えたが、私も知らないのにどうしたらいいんだ」
「ファンタジー系小学生って言っておいてください。非実在ヒーローです。彼に任せると全てがなんかいい感じに解決します」
「その説明で納得する人間が警察になるべきではない」
それは……せやな………。
鋭い切れ味の風見さんのツッコミに、私は反論できず黙りこくった。
街の喧騒が遠くから聞こえてきて、この寂れた公園にもわずかばかりの活気が流れて来る。
「既に警視庁へ捜査の中止を要請した。降谷零の名をこれ以上調べられれば、こちらの捜査に支障が出るからな」
「ですね。佐藤刑事が爆発していないことを祈ります」
「勝手な真似をすれば処分が下るだけなんだが…」
「処分覚悟で突き進む熱意も、時に組織に清涼な風を吹き込むものでしょう?」
「………そうだな」
いくつものままならぬ事件を抱えているからこそ、風見さんはそれを納得とともに小さく頷いたようだった。
私はくるっと姿勢を反転して、直接風見さんと向き合った。
「それで、貴方が来た理由はなんだったんですか。話だけなら電話で事足りるでしょう」
風見さんはぴくりと肩を震えさせ、思い出したようにソワソワし出した。
「……じつは、不慮の事故で降谷さんの血液に触れてしまってな。ネバダ寄生虫への感染が疑われるため、君に見てもらおうと思って」
「なるほど。少し待ってください」
血が触れたという患部を検分しつつ、私は電波を絞って近距離で幼生へと呼びかけた。
「反応せよ」「応答せよ」。
声に反応するものはなく、どうも感染はしていないらしい。
私は顔を上げて安心させるように微笑んだ。
「安心してください、貴方は感染していませんよ」
「!!本当か!」
「はい。そもそもオリジナルは幼生が脳に完全定着していますので、血液中には幼生が居ないんです。だから感染も滅多なことでは起きません」
良かった……とずるずるへたり込む風見さんの姿は煤けて見える。
よほど怖かったのだろう。
「あはは、安心してください。本当に感染してたら3時間でお陀仏です」
「何一つ安心できないんだが!?」
「冗談はともかく。彼の脳には指令型のみが居座っています。もし感染が起きたとして、孵化することはありません。脳外科医が感染したとかだったとして、僕のところに来てもらえれば普通に取り除けます」
「なるほど……指令型?」
風見さんの疑問に私はふむと説明を脳内でまとめた。
「幼生への指示を行う幼生です。人間の脳への干渉も得意とします」
「……それは、あの人の命は君が握っているということか?」
緊張をはらんだ風見さんの言葉に、私は軽い調子で首肯した。
その通り。感染者の全ては私の手の中にある。
「そうですね。でも悪いことだけではありませんよ」
たとえば脳機能の補助や、各種脳疾患への対応。
睡眠の効率も上昇するし、ストレスに対する脳のダメージも最小限に抑えられる。
疲労を軽減する効果も期待できるだろう。
「便利だが、それはその、人格への影響もあるんじゃないかそれは」
「…………」
「無言は怖いぞ」
「僕に人格変更の意思がないので実質無害ですから。ええ」
すごく不審そうな顔で「最近のパワハラ癖はまさか…」とか言われてしまった。
違う、それは降谷さんの素なんよ。
疑わしげな視線が突き刺さるが、ひとまず納得してくれたようだ。
咳払いとともに話を変えてくれた。
「君には三年前の爆弾犯について調査依頼が出ている。お願いできるだろうか」
「もちろん。組織の命令で足取りを追わせましょう」
穏やかに頷いて、それでもまっすぐに彼は私を見た。
その瞳の強さに息を呑む。
「君のその力は、どうか正しく使うようにしてくれ」
私も同じく視線を合わせ、正しく誓うように返事をしたのだった。
「ええ。オリジナルに誓って、人道にもとる真似はしませんよ」
「……降谷さんは降谷さんで意外と便利に使いそうなのがこう、誓いの対象としては不適切というか」
「うん。まあ。そうですね。天地神明に誓う感じにしておきます」
締まらない我々の邂逅は、そうしてお開きになった。
この後は毛利探偵のお見舞いだ。
リュックを背負い直して、私はトコトコと路地を歩いている。
ちなみに、羽をしまうこのリュックも特別製だ。
阿笠博士が開発したもので、伸縮性抜群。
翼を痛めないうえ、すぐに着脱できるように工夫が施されている。
毛利探偵は首の状態を見るため大きな病院へ転院したそうだ。
この後少しだけ灰原さんとコナン君にも会う予定だし、近況報告が聞ければいいのだが。
と、そのあたりで少し先の路上に少年探偵団を発見。
コナン君と灰原さんも一緒だ。
こんな渋谷のど真ん中を歩いているのは珍しい。
どうやら奥の路地裏に入って行こうとしていて、あんな場所には何もないはずなのだが。
私はたたっと近寄って、少年探偵団に声をかけた。
「やあ君たち!一体どうしたんだい?」
「宙の兄ちゃんじゃねぇか!オメー病気なんだろ!大丈夫か!」
「あんまり無理はしないほうがいいですよ!」
子供達はわっと私を取り囲んで口々に心配の言葉を述べてくれた。
優しい子達だ。
「僕たちは少年探偵団の依頼です!この先のビルの6階に行って、依頼人のプレゼントを受け取ることになってるんです!」
「クリスティーヌさんは結婚するんだよ!ドレスも着るのかなぁ」
「きっとうめぇもんたくさん食えるんだぜ!」
子供達の牧歌的な反応に笑顔になりつつ、私も子供達に渡されたメモを見せてもらうことにした。
メモを見るに、確かに子供達の向かう方角は間違ってない。
「僕もついていっていいかい?君達の活躍が気になるからさ」と進言すれば、快く臨時メンバーに加えてくれた。
建物はやはり、もう使われていない廃ビルだ。
仲にはかつてあったテナントの資材がそのまま撤去されずに残されている。
コナン君が目を細めて補足説明してくれた。
「この依頼主、殺害予告のあった村中警視正の奥さんからのものなんだ」
「きな臭いですね。罠として呼び出したとしか思えませんが」
と、言いつつ私は本当のことをすでに知っている。
その村中警視正の奥さんが、ロシアより亡命した爆弾魔、プラーミャその人である。
美しい女性で、戦闘能力もピカイチ。
片腕が全く上がらない状態で降谷零と互角に殴り合い、三年前の警察学校組を手玉にとる恐るべき戦闘能力を持つ人物だ。
ギリギリルパン側の戦力の人と言えるだろう。
私もあまり直接戦闘はしたくない相手である。
建物に入ると、特徴的な匂いがつんと鼻をついた。
困惑する子供達を尻目に、コナン君が低く私に目配せする。
「何かわかるか」
「素晴らしく臭いですね。化学薬品の匂いです」
「……化学薬品?」
プラスチック爆弾の探知剤や火薬の匂いとは違う。
青酸カリなどの代表的な毒物ではない。
有機溶剤ほか建築用の物質でもない。
嗅いだことのない匂いが充満していた。
6階はもともとオフィスらしく、事務机などが散乱して埃っぽい。
その中に、露骨に新しい布に覆われた一角が作られていた。
「匂いはあそこからです」
「コナン君!布の中がプレゼントなんだって書いてあるよ!」
「……俺が行く。お前は子供達を連れて下がっててくれ」
「お気をつけて」
慎重にコナン君が中を確認する。
私はその間に扉の材質を確認した。
軽く叩くと音が響き、金属製でぶち破るのは無理そうだ。
だが金具が安っぽいから、そっちをぶっ壊すのは簡単だろう。
コナン君が少し捲るだけで、大きな布は中身に押されて剥がれ落ちた。
あらわになったのは爆弾だ。
二色の毒々しい液体の入った、作りを見せつけるように透明なケースだ。
だがその実仕掛けはひどく巧妙。
病的な機械ヲタクである松田陣平が遠隔操作機構を発見できなかっただけでなく。
解体後も収容した施設で爆発を許すほどの仕掛けを搭載している。
偏執的なまでの殺意と自己主張を伴った爆弾だった。
わざわざ前面に大きくカウンターが表示されているのも、これもまた恐怖を煽るためのものだろう。
1分30秒。
コナン君が「爆弾だッ!オメーら逃げろ!」と叫んだ。
同時に扉に仕掛けられた機械が作動。
扉がワイヤーによってロックされ、開閉不可能になる。
だがそれは想定済み。
ワイヤーがいくら強固でも一点でのロックだ。
金具ごとぶち壊して反対側から開ければ済むだけの話!
「爆発まで2分もない!オメーらは先に下に降りてろ!」というコナン君の声に子供達がわあわあと反論している。
そんなまだるっこしい真似をする必要はない。
低い姿勢で、全力の踏み込みでタックルをぶち当てる。
ガァン!という派手な破壊音。
人外の膂力で押された扉が金具を弾けさせて倒壊しそうになり、仕掛けのワイヤーだけでぶらりと壁にぶら下がった。
もともと古くなってはいただろうが、人間の力では到底不可能な荒技だった。
ああ、人外で良かったと少しだけ息をつく。
「コナン君!」と叫んで手を伸ばす。
コナン君はポットと上着を使って爆弾のサンプルを入手している最中であった。
すごい度胸というか、余裕すぎる。
コナン君はうおぉ、という若干引き気味の顔をして肩を揺らした。
「オメー力強すぎ!?その扉金属だぞ!」
「それでも内扉ですから、玄関扉ぶち破るのとはわけが違いますよ」
「それでもだっつの。走れオメーら!逃げるぞ!」
残り1分15秒。
ダッシュでビルの外まで走れば、間も無く爆弾は爆発した。
凄まじい爆発は6階全域を吹き飛ばし、向かいのビルの窓ガラスをも割ったようだ。
もうもうと吹き出す黒い煙を伴って爆風が吹き付け、歩美ちゃんが「きゃっ!」と声を上げる。
「大丈夫かい歩美ちゃん」
「うん……コナン君が無事で良かった。宙お兄さんがいなかったらコナン君…」
「大丈夫。僕がいなくてもコナン君ならなんだかんだ上手く脱出してただろうからさ」
これは本当のことだ。
劇場版では窓からパイプを伝って脱出したし、私は単に少しだけショートカットしたに過ぎない。
肉体君が満足げにうんうん頷いている。
「ほら、やっぱり貴方がいれば解決するんですよ。僕全然心配じゃなかったですもん」
それは買い被りすぎるのでやめましょうね!!
私ははぁ、と肩を落として今後の事情聴取をどうしようか頭を悩ませたのだった。
・肉体君
転生主に対して「抜けたところのあるスーパーヒーロー」のような幻想を抱いているところがある。
任せておけば全部安心。
足りないところを自分が少し口出しすれば、あとはなんにも心配いらない。
ただ、好きに悪いことを叫んで、ヒーロー越しに母と父の愛を享受していればいいのだ。
・肉体君の思う家族構成
母君:グレートマザー。いっぱいちゅき。
父君:超頼りになる大黒柱。ちゅき。
じぃじ:おだやかな発明家のじぃじ。ちゅき。
転生主:人心無でダメな兄。ヒーロー。憧れ。
自分:引きこもり弟。しあわせ。