その後、駆けつけた目暮警部によって、現場は封鎖される運びとなった。
消防車も駆けつけ、辺りは騒然とした空気が漂い始める。
野次馬の姿もちらほらと現れて、その中には子供たちのお使いを心配した毛利蘭もいるようだった。
「宙君!今日たしかお父さんのところに行くって言ってたような…」
「道中で子供たちに会ったんだ。なんか行き先が不審だったからついて行ったんだけど。この通り、爆弾が仕掛けられていたというわけさ」
「そんな!」と蘭ちゃんが顔を青ざめさせる。
後ろから目暮警部たちも現れて、「無事かね君たち!」と上昇気流にまかれる帽子を押さえている。
どうやら光彦君が110番通報していたらしい。
さらっと端の方で風見さんに爆薬のサンプルを渡すコナン君を尻目に、私はぺこりと挨拶した。
「少し署の方まで来てもらえんかね。こんなところで立ち話も何だし、ここは危険だ」
「はい。ありがとうございます目暮警部」
コナン君がここへ来てようやく「やっべ」という顔をして私を見た。
私の翼が不審な点についてノープランだったらしい。
爆弾のこと考えすぎて背後がお留守だった現象である。
まったく、それだからトロピカルランドでジンに一アウト喰らわされるんだぞ。
私はコナン君と灰原さんと共に、高木刑事の車へと乗り込んだ。
子供達は佐藤刑事の車だ。
コナン君が視線で「どうする気だ」と私に問うている。
「事情聴取は高木刑事がやるんですか?」
「え?ああ、そうだよ。佐藤さんは警部と一緒に犯人を追うって言ってたし、千葉は目撃証言を調べてるみたいだし」
「………そうですか」
ならば問題は無かろう。
風見さんはポットの解析で忙しいし、ここからは本気でスピード勝負。
私に拘っていたら最悪降谷さんが間に合わなくなってしまうから私を巻き取る役としては不適切。
ひとまず私はされるがまま、警視庁に到着した高木刑事に従って聴取室に入る。
コナン君たちも別途取り調べがある。
控室で座って、灰原さんが心配そうな視線を向けていた。
私がにこりと笑って灰原さんに手を振った。
子供たちの事情聴取が終わって、私の番は四番目。
入った個室は狭くて、どことなく息苦しい。
高木刑事は困ったように眉を下げた。
「う、ううん、そのリュックをどうして下ろさないんだい?」
本当は逃げるのも手ではあったが、子供達に嘘をつかせるのは酷だったからな。
「これは大事なものなのでこのまま背負ったままでいようと思いまして。始めてください」
「……ええと、偶然あの場所にいたと言っていたけど、どこかへ向かう途中だったのかい?」
「はい。毛利探偵のお見舞いに行こうとしていまして」
まあ、実際に会ったら「自分の心配をしろ」と怒りそうなお方だが。
高木刑事は本当に心配そうに「毛利探偵が無事で本当に良かったよ」としみじみ頷いていた。
「そういえば、学校も背中に何かモコモコしたものを背負ってたって蘭さんが言ってたような…アレに関係してるのかい?」
「はい。詳細はお話しできませんが」
「ははは。気になるけど事件とは関係ないんだろ。深くは聞かないよ」
「ありがとうございます」
本当は聞くべき場面なのに、私を信頼して深入りしないでくれる。
コナン君の大人っぽさにも深入りせず、ただ助力だけをする。
その結果不利益が起きたら、全て自分の責任として処理する覚悟がある。
責任と覚悟の上の行動だ。
私はほうと息をついて、目を伏せた。
高木刑事が柔らかな笑顔を作って私を労る。
「聞いたよ。扉をぶち破ってコナン君を助けたのは君なんだろう?きみのおかげで彼らは死なずに済んだんだ」
「まさか。コナン君なら一人で十分脱出可能だったでしょう」
「……そうかもしれないね。彼はいつも一人で誰よりも早く最善の道を走る子だから、後を追うことしかできない身が嘆かわしいよ」
しょぼん…という効果音がピッタリと似合うしょぼしょぼ顔で高木刑事が肩を落とした。
その上で、はっきりと私と視線を合わせる。
「そんなコナン君が信頼している。君はコナン君と等速で動ける子だ。だから、僕も君のことは信頼してるんだ」
「……ありがとうございます」
そのように信じてもらえるのなら、私も信頼にただ乗りするような真似は控えるべきだ。
「貴方の信頼に敬意を表して、僕も秘密を打ち明けます」
「え?」
リュックの下部にあるボタンをポチりと押すと、下の結び目に偽装した金具がパカっと開く。
顕になったのは翼だ。
クリスタルの翼は、高い位置にある窓から差し込む光を反射し、キラキラと光っている。
自ら淡く発光するような幻想的なクリスタルが幾重にも連なり、どこか飛行には向かない重そうな雰囲気を漂わせる。
だがその実非常に軽く、ふわふわと靡くように翼は大気に舞って揺らめいていた。
「これがリュックの中身です。どうか、誰にも言わないでください」
「え、ええええええ!?!?!?」
僅かに羽ばたくと、クリスタルの羽が光を乱反射して、部屋が一気に明るくなったような錯覚に陥った。
私は胸を張った。
「ふっふっふ、綺麗でしょう」
「………すごいな、シャンデリアみたいだ。博士の発明品かい?」
「博士ってどんなトンチキ科学者だと思われてるんです!?」
「え、だってコナン君のあのボールとかそうなんだろう?」
「微妙に否定しづらくなってきました。まあ確かに、発明品であることに間違いはないですね」
邪悪な科学者の発明品、私、という意味で。
阿笠博士の発明品ではないけど、発明品ではある叙述トリックである。
「これ、取り外せないんですよ」
「え!?!?それは大変じゃないか!?」
「恥ずかしいですし、今後怪しまれたら高木刑事の方からフォローをお願いしたいです」
「わかった。どこまでできるかわからないけど、早く外せる方法が見つかるといいね」
「ありがとうございます、優しさが身に沁みます…」
通信機能も兼ねているから切り落とすこともできないし、ホンマどうしてやろうと思ってたとこなんだよ。
高木刑事…やさし……。
高木刑事が心の底からの心配を纏った顔で私に声をかける。
「君も、あんまり無理はしないようにね。コナン君と同じ速度で動けるのかもしれないけど、死んだら悲しむ人がたくさんいるだろう?」
「………はい」
その通りだ。
私は深く頷き、悲しむ彼女の顔を想起して誓いを新たにしたのだった。
聴取室から出ると、子供達は佐藤刑事と目暮警部と事件についてああでもないこうでもないと話しているところだった。
真犯人であるクリスティーナ、すなわちプラーミャと一緒だ。
プラーミャは自分が命を狙われているかもしれないと怯えた様子の演技で周りの同情を誘っている。
まったく、ふてぇ野郎だ。
降谷さんと片腕で殴り合うような輩は野郎でいいんだよ。
「初めまして」と挨拶すると、プラーミャが僅かに驚愕の表情を見せた。
一瞬降谷零が首輪型爆弾を外したのかと誤解したのだろう。
だが私が降谷零本人と比べて若いことに気がつき、血縁関係を疑ったようだ。
醜悪な、まとわりつくような気配がプラーミャから放たれた。
私を利用しようという魂胆か。
まあ、その思想ごと踏み砕いてやろうとも。
そんなわけで事情聴取も済んだことだし、私は一旦警視庁から出ることにしたのである。
どうせコナン君はこの後事件の調査で忙しくて情報共有の隙がないだろうしな。
コナン君が「気をつけてな」と優しく笑って手を振ったので、私も小さく手を振った。
ぽやっと立って、タクシーを待つ。
公共交通機関は嫌いなので途中まではタクシーを使う予定だ。
私はリュックを下ろせないし、満員で人に押されたら羽が骨折してしまう。
肉体君がむすっとして私に話しかけた。
『組織に戻るんですか』
「そうですよ、
『あんな組織もう潰しましょうよ。僕らの時間を奪うばかりで、なんの役にも立たないじゃないですか』
「潰すための証拠を揃えてるところですから。法で殴り潰すための下準備です」
『そんなの、全員殺せば早く済みます』
肉体君の駄々に、私は優しく言い含めるように説得した。
「コナン君に嫌われますよ」
『………………父君のバカ』
「僕の幼生だって緊急事態ということでお目溢ししてもらったんですから、殺したら本気で嫌われます」
『……でも、でもでもあいつら母君を攫った』
なんだか今日は話口調がとても幼い。
本音で話しているということだろうか。
いや、違う。
「幼さを表すだけの自我が芽生えてきた」のだろう。
魂はだんだんと小さいながら確かに明るく灯ってきている。
私がヨシヨシがてら小さな魂をモニュモニュしたから、成長してきた魂が降谷零という認識の殻を破って自我を表出し出したのだ。
私は己の転生者としての魂で、モニュモニュとその小さな火の粉のような灯りを優しく包んでやった。
肉体君が心地良さそうに目を細める。
『貴方と喋っていると、時々何だか胸が温かくなるんです。不思議ですね』
「僕が包んでますから。心地良いならよかったです」
『えへへ』
私は優しく、優しく、ゆったりと言葉を紡いだ。
「コナン君の正しさを見習って、灰原さんの愛を見習って、阿笠博士の優しさを見習って。僕らは善き人でありましょう。難しいですけどね」
『僕は悪い人格ですよ』
「悲しき過去をもつ悪い奴は根がいい奴、と相場は決まってるでしょう」
『なるほど』
肉体君は納得したようだった。
それでええんか。いや、まあ幼児ってそんなもんかもしれんけど。
「まあ、組織ではちょっと悪い人として過ごすことになりますが我慢してくださいね」
『最近、貴方悪い人として振る舞いすぎて嫌です。僕が悪い人格なのに、役が取られて内側で無職になってしまってるじゃないですか』
「それはすみませんでした。一緒に闇堕ちを楽しみましょう」
『一緒…!ふむ、悪くないですね』
素直でないようでいてとても素直な肉体君は、うむうむと満足げに頷いている。
私はまた、小さな小さな魂をモニュモニュして撫でてやったのだった。
・プラーミャ
降谷零に動きがないようならこの餓鬼イビって殺してやろ!と思ってる。
ヴェスパニア鉱石のペンダントを付けてるが、微妙に電子機器の塊である爆弾と噛み合わせが悪くて苛ついてる。
・肉体君
4歳児相当。ママが好き。
発生した魂がようやく普通の赤子程度に育ってきた。
お兄ちゃんにわがままぶつけて、「仕方ないなぁ」ってヨシヨシされるのが好き。