作戦当日。
私の作戦は概ね受け入れられていた。
つまり、漁夫の利を狙う作戦だ。
私の先日の工作により、ナーダ・ウニチトージティとプラーミャが一悶着起こすことは必定。
プラーミャが暴力的手段に出たところで、公安が現行犯逮捕するというシナリオである。
いわゆる別件逮捕というやつだな。
ひとまず身柄を押さえてしまえば、探ることは随分と容易くなる。
ナーダ・ウニチトージティが軽く蹴散らされることも考慮して、公安もきちんと増員した。
公安警察も腕利きのみ選抜したし、準備はバッチリ。
そのはず……だったのだが。
あっという間に制圧されてお口あんぐり、プラーミャの底力を見せつけられる形となった。
ナーダ・ウニチトージティの面々は死屍累々。
十一名負傷、うち一人は死亡しているように見える。
公安は六人負傷。
うち一人は拳銃を奪われ、プラーミャの逃走を許してしまった。
強すぎんだよぉオイ。
私らが呼んでくるべきは公安じゃなくて京極さんだったかもしれん、と苦虫を噛み潰す今である。
私が前に出てもよかったんだが、降谷さんとプラーミャは互角。
つまり私では接戦すぎて誤って殺してしまう危険性が高い。
コナン君が救急車を呼び終わり、電話を切ったらしい。
私は息をついて頭をかいた。
「すみません、僕の判断ミスです」
「俺が承認してGOサインを出したんだ。お前だけの責任じゃねーよ」
コナン君は息をついて肩をすくめた。
ナーダ・ウニチトージティ側の一人は救急車で運ばれるだろうが、おそらく死亡が確認されるだけだろう。
「こうはなってほしくなかったんだがな。宙、発信機はつけてるか?」
「もちろん。奴相手にいつまで生きてるかは未知数ですが」
ナーダ・ウニチトージティの人員には、USBを持つように指示していたのだ。
その中に軍時代のプラーミャのデータが入っている。
これを使ってプラーミャに揺さぶりをかけろと渡してあったわけだ。
ナーダ・ウニチトージティの突然の詰問に、プラーミャも初めはすっとぼけるつもりだったらしい。
しかし肩の弾丸を指摘され、加えてこのUSBだ。
被害者を装ってナーダ・ウニチトージティを警察に突き出しても、USBを警察に提出されてしまう。
加えてこのことを喚き立てられれば全てが御破算だ。
プラーミャはUSBを奪わざるを得ない、というわけだ。
そこに発信機を仕掛けていたのは、単に保険のつもりだった。
ここで無事捕えられれば出番はないし、活躍してほしくはなかったのだが。
私は奥歯を噛んで目を伏せた。
「せめてキュラソーを持ってくるべきでしたか。警察と協力させるのはなかなか設定が難しいのて今回は見送ったんですが」
「……ともかく、俺はやつの後を追う。お前はこの場を任せた!」
「あっ、ちょっとコナン君!?」
コナン君はそのままターボエンジン付きスケートボードに飛び乗り、爆音と共に走り出した。
相変わらずすげー馬力のスケボーである。
あらゆる法律に違反している乗り物だと思うんだよな。
私は組織の下っ端にメールを送って指示を出し、一息ついたところで非通知の電話があった。
おそらく降谷さんから電話だろう。
電話に出ると、久しぶりに聞く降谷さんの声が響いた。
『どうやら遅かったみたいだね。今しがた首輪爆弾を外すことができたんだが、そちらの様子は?』
「プラーミャは公安の拳銃を奪って逃走しました。現在追跡中」
『………なんてことだ。一番あってはならない失態だぞ』
降谷さんは頭が痛そうに呻いた。
それから「全員教育し直しだな、いや本当に。メディア対応終わったら一斉研修だぞ…僕も……」と肩を落としている。
そりゃそうだ。
警察官が拳銃を奪われるのは不祥事の王様ポジションだしな。
『今、コナン君の指示で空港を張っていると思ったが、そちらはどうだ?』
「変わりなし。プラーミャはまだ裏組織とのつながりを残していたようで、先日ようやく組織がそのつながりを特定できましたけどね」
『でかした!組織とハサミも使いようだな!』
「言い方。ともかく、中間地点にジンを配置しています。是が非でも捕まえないと次のテロ犯達の動きが掴みづらくなるので、全力でことに当たります」
『ああ。僕も車を飛ばす。抜かるなよ』
公安は降谷さんが指示を飛ばすから放っておいても問題ないだろう。
私は組織の指示に注力すべきだ。
秘匿アプリで通話を繋ぎ、ジンに声をかける。
「ジン、配置につきましたか?」
『……ああ。どうやらサツどもがしくじったらしいな。いくらテメェが虫を入れたとして、無能な奴はどうもできねえってことか』
「だから虫は入れてませんってば。別に警察を中から掌握とかじゃないです」
『そうでないならテメーのような邪悪な生き物を表の社会が受け入れるわけがねぇ』
確かに降谷さんには幼生が入っているが、別に警官に幼生を仕込んで掌握した事実はない。
というか降谷さんは「やっぱりエナドリより安上がりで効果がいい」って勝手にカフェイン代わりに使ってるだけだ。
私の幼生を酷使すんなし。寝ろし。
「まあともかく、ジンはプラーミャが来たら捕まえておいてください。逃したら組織のこと突き止めて爆破してくるかもしれませんしね」
『チッ』
至極不満そうに舌打ちして、ジンはそれでも従順に同意したようだった。
電話を切ってあとは下っ端達の統制……とかんがえたところで。
ブッ、と探偵バッジが繋がってザアザアという音を立てた。
どうやら万が一のためか、コナン君が探偵バッジを通信状態にしたらしい。
どうやら意図的に私に向こうの状況を聴かせるつもりのようだ。
探偵バッジから、コナン君のぶりっ子全開の声が漏れ聞こえてきた。
『あれぇ、クリスティーヌさんだ!命が狙われてるって聞いてるけどここにいて大丈夫なの?』
『え、ええ。今この近くでお買い物中なのよ』
『一人で?村中さんは?』
『あの人は警視庁にいるわ。私ももう戻らないと』
手早く会話を終わらせようとしているのが丸わかりだ。
ここで喚かれたら面倒だが、ガキにかかずらっている時間もないと言ったところか。
検問に気づいて一旦電車に切り替えようとして、そこを読んだコナン君に先回りされた形か。
『戻るつもりはない…よね?プラーミャさん』
『!?』
『ナーダ・ウニチトージティの人たちが持つ情報がある以上、貴方はこれ以上日本に滞在できない。今の身分を捨てて逃げるしかない』
『ガキが…何者だ?』
鋭く問われた質問に、コナン君の声は不敵に笑うのが目に見えるような覇気に満ちた声だった。
『江戸川コナン、探偵さ』
ヒューーッ!
ついコブラみたいな感嘆詞を出してしまう。
肉体君も「父君!!!流石です!!!」と盛り上がっている。
しかしまだ私に敢えて会話を聴かせる意図がよくわからない。
プラーミャがくつくつとコナン君をせせら笑った。
『探偵気取りのガキか、私がなんの準備もなく逃げていると思っているのか?』
『なに…?』
『本当はあの鬱陶しい奴らを始末するための爆弾だったが、まあどうせ渋谷は吹き飛ぶから同じことか』
醜悪に顔を歪めているのだろう。
プラーミャは愉悦の滲んだ声でねっとりと言い放った。
『ボウヤ、ご褒美に特別に教えてやろうじゃないか。実はね、この街にはもう爆弾が仕掛けてられているのさ』
『………』
『だからその妙な仕掛けの腕時計は無駄さ。警察が到着するまでの時間稼ぎをしようという小賢しさは褒めてやるが……ちょうど良いから軽量な人質にでもしようか』
プラーミャが自虐的に間をあげてから、ドスの効いた声を出す。
『いや、邪魔くさいしここで殺す。残念だったねボウヤ』
おいおいおいおい。
ほんまに大丈夫かコナン君!
あの距離でプラーミャにかかられたらマジで死ぬぞ。
肉体君が「あの女殺すッッッ!」と激しくいきりたっている。
落ち着け、内側で叫ぶんじゃないよ。
しかしコナン君はどうする気なのか。
無策ではなそうだが、あの人数を突破して逃げ延びた大型肉食獣みたいな奴を押さえ込むのは手間だぞ。
そんな状況下において、それでもコナン君は挑戦的に微笑んでいるらしい。
ゆったりとした声が通信機越しに聞こえてくる。
『聞いておきたいんだけど、あなたが最近テロ組織に爆弾を売った理由って何?』
『……ああ、あれ。単に電波を遮断する鉱石が気になっただけだけど。何か爆弾のギミックに使えないかと思っただけだ』
『何個売った?』
『へぇ、つまりアンタ、まだ生き残る気でいるのか。二十四個だよ。これで気が済んだかい?』
『ありがと』
コナン君のゆとりある声色に、既に事態がチェックメイトを迎えていることを理解する。
彼の罠が今、結実する。
『ところで、僕がここにいるのはあなたの逃走経路を読んでいたからなんだけど』
『…!』
『警察の検問、貴方の予測しうる経路の変更、時刻。それら全てを加味しているから先回りできたわけで』
『何が言いたい』
『本当に僕一人だと思った?』
銃声は聞こえなかった。
ただ「カッ…!?」というプラーミャの苦悶の声と、人が崩れ落ちる重たい音のみ。
拳銃が落ちたのか、石畳を滑る硬質な音が入り込む。
『狙撃…だと……?』
『太ももの大腿骨を的確に狙撃…さっすが昴さん』
動けなくなったプラーミャに、二発目がもう片方の足へと命中したらしい。
痛みに呻くプラーミャの声が響いた。
流石、次元大介を除けばかの銀の弾丸、赤井秀一というに相応しい狙撃の腕だ。
また内なる降谷さんが「あのFBI!!!」と荒ぶり出したので心を鎮める。
何故降谷さんは赤井さんの前でだけキレた小型犬になってしまうのか。
というか赤井さんってなんだかんだ降谷さんの前で生存確定させてなかったような気がするんだよな。
どうだっけ。
改めて絶妙のタイミングで現れて公安の尻拭いして颯爽と去っていく赤井秀一。
どうしよう、降谷さんがキレる要素しか見つからない。
冷や汗を垂らしているのか、震える声でプラーミャがそれでも余裕を持って口を開く。
『いいのかい?もう爆弾のタイマーは始まっている。解除できるのは私だけだ』
『その爆弾、もう処理し終えているよ』
『………は?』
『警護の名目で警視庁に貴方を釘付けにしたの、気づいてなかったんだ』
私が頑張って連日警察犬のように渋谷中を巡って爆弾を探したからな。
すごく重労働だった。鼻も曲がりそうだった。
まあ、一個目を見つけた時点で架空の業者名が分かったのでそちらで検索もかけたが……。
そうして見つけた爆弾に、コナン君の採取した薬液から作った急造の中和剤をぶち込んで。
とんでもない数のハロウィンランタン型の爆弾を中和するのは本当に骨が折れた。
なんとかなったのは、二つの薬液が別々のランタンに入れられていたからだろう。
量があるからか、作りも廉価版として制作されていた。
ギミックが少なく、中和剤をぶち込むのにそこまで苦労もなかった。
プラーミャが絶句している。
そうこうしているうちに警察が到着したようだ。
「逮捕だ!!!」と声が響く。
流石に両足が折れている状態で、片腕が上がらなくては、匍匐前進さえすることができない。
「ガキが……!ふざけるなぁ!!!!」とプラーミャが叫んだ。
結局、なんでこの通信が私に届けられているのかはわからずじまいだった。
公安の怒号が響く中、喧騒を避けるようにコナン君が移動している。
それから探偵バッチを手に取り、ゴホンとコナン君がやや照れたような咳払いをした。
『その、あれだ。父親らしい活躍は見せれたか?』
「!」
これは、肉体君のコメントが一番適切だろう。
素早く支配権を解放して、肉体君を自由にする。
肉体君はやや興奮したように頷いた。
「すごくかっこよかったです、父君!」
『それはよかった』
それだけ言って、コナン君はぶつりと通話を切った。
どうや照れ臭かったらしい。
二人とも可愛すぎんだろオイ。
肉体君も「流石父君でしたね。貴方もそう思いますよね。もうね、詰将棋しつつ適宜相手にそれを思い知らせる間の取り方がですね」と早口をキメている。
ひとまず、プラーミャはこれでOK。
ナーダ・ウニチトージティには悪いことをしたが、こればっかりは仕方あるまい。
私はきちんと最低限の義理を果たし、彼らに絶好の機会を与えた。
チャンスを掴めなかった己を恨むことだ。
あそこで殺害を達成することも不可能ではなかったのだから。
つまり復讐者たるもの、戦わなければ生き残れないってことでひとつ。
そんなわけでプラーミャは病院へと救急搬送され。
監視体制に置かれることになったのであった。
・その頃のあむぴ
プラーミャが赤井に狙撃されたと聞いて祟り神と化している。
・風見
背を丸め小さくなって机の裏などに隠れた。