恒例の寿命のお時間である。
あれから1日ほどで全身の筋肉が一気に衰えて、今日はもう歩けなくなってしまっている。
体内の幼生が筋肉を分解して、次代の栄養にしようとしているのだ。
今までは特にそういうことはなかったから、次代の肉体の求める栄養が今までとは桁違いなのだろうことが予想される。
生きてはいるが、今の私の肉体はスカスカだ。
骨も脆く、羽もしおしお。
まだプラーミャの取り調べは始まったばかりだし組織のこともある。
懸念は山盛りだが……こればっかりは仕方あるまい。
私が死んだとて組織の縛りは継続することは今までで確認済み。
念の為何重にもロックを掛けてきたから、一週間ぐらいは突破されないだろう。
手足君にも「しばらく留守にするからじっとしてること!」と一週間分の食料を置いて出てきている。
部屋に冷凍庫も置いて使い方も教えたしな。
賢い手足君なので勝手に出してもっちゃもっちゃ食うだろう。
試しにあげた凍った肉はちょっとお気に召したらしいし。
腹を壊すといけないから、基本は降谷さんが解凍してくれるのを待てとは言ってあるが。
ちなみに、アメリカの研究室で買われて賢い手足君達にも報告済みだ。
阿笠博士の作った電波電話で報告したら、手足君達は「次代の女王!」「めでたい!」「とてつもなくめでたい!!!」と言って一日中踊っていたそうだ。
そういやアジトの手足君に次代産むの伝え忘れたが、まあいいか。
奴は近場だし勝手に電波で気づくだろう。
阿笠邸は火が消えたようで、どこか陰鬱な空気が漂っている。
私は分娩台──分娩台かこれ?──の上でブツブツ文句を言った。
「あーー、やっぱり最期は我が家ですよ。安らぐ。前回あの研究室で幼児のまま死んだのは最悪でしたからね。過去一苦しかった上に死ぬのに数日かかりましたもん」
「ったく、オメー灰原の前でそれ言うんじゃねぇぞ。他人の心も慮ること!」
「うす」
コナン君のガチ目の注意に、私は神妙に頷いた。
あの研究所での死は未だ、コナン君達に深い傷を残しているらしい。
完全に自死であって殺されたわけじゃないんだが。
やはり「米国に殺された」という蟠りは拭いきれないようだ。
今回に関しては、次代は私の中の幼生を意識的に変化させることで作成されている。
電波をぶち込んで次代をどんな形にするか決定できるのだ。
なので次代は私の体内で、内臓に定着させた形で育んでいる。
本当は体外の幼生の方が楽なんだが、試験管だと管理が大変だし、人の中だと被害者が出る。
動物の中だとその動物の要素を引き継いで半獣人になってしまう可能性が否定しきれなかった。
それになにより、「私の死の中から生まれた新しい子供」というのは、次代という印象を強くする。
ようは知らん別の何かじゃないか?という不安を和らげるというわけだ。
そこんとこ結構重要なんだよな。
次代も順調に大きくなっているようだ。
腹に感じる重さに、私はみよんみよんと電波で育んでいる。
妊娠ではなく肝臓に付着してるだけなので、容赦なく私は死ぬがな!
それでも、頭を割っての出産は負担が大きすぎる。
痛いし死体が見苦しくなって灰原さんを悲しませるし。
もちろん腹は食い破られるが、頭よりは見た目的にも痛さ的にも随分マシだ。
コナン君がふむ、という顔をして私に声をかけた。
「そういや、昨日の夜何か読んでたろ。あれなんだったんだ?」
「手紙を見てました。ルパンからです」
「……そっか」
ルパンは、軽い別れの挨拶が書かれたポストカード一枚を送ってきてくれた。
どうやって届けたのかは知らない。
気付けば部屋の窓の隙間にねじ込んであったのを回収した形だ。
一同、新しく生まれる子の健康をお祈りしております。
堅苦しい言葉とともに、ピースマークのルパンの落書きが添えられていた。
次に会うことがあれば、昨日私の翼から抜け落ちた六十の羽で何か贈り物が作れないか考え中である。
降谷さんに関しては同じく昨日、お見舞いの大きな花瓶を持ってきて阿笠邸にやってきた。
忙しいだろうに、1時間ほど雑談して名残惜しげに帰っていたのが印象深い。
おとと、もうそろそろ次代が生まれる頃合いだ。
「たぶんもう30分ぐらいだと思うんですけど、灰原さんは準備だいじょうぶそうですか?」
「……ああ、博士ともうすぐ来るはずだ。準備も昨日からやってたみてーだしな」
帝王切開っていうか、痛みを少なく子を体外に取り出す準備らしい。
きっちり麻酔が使えればそれでよかったんだが。
次代にどんな影響があるか分からないから、使うとしても最低限量を測って投与する形になるようだ。
ちなみにこの体はどうあっても死ぬことが決まっている。
たとえは肝臓を入れ替えるとかでなんとかなったとして、体内の免疫型の主が全て次代切り替わってしまう。
それと同時に先代はメチャクチャに体内を攻撃され、間違いなく息絶える。
女王は二人もいらないからだ。
そんな辛い目に遭うぐらいなら自然と死にたいわけで。
そのために灰原さんが色々手を尽くしてくれている。
すると、灰原さんと阿笠博士が入ってきた。
二人とも緊張と絶望に顔をこわばらせている。
「できたわ。あとは、貴方の発作が始まるのを待つのみよ」
「ありがとうございます、灰原さん!」
私は満面の笑顔を作って、それから優しく声をかけた。
彼女の顔が暗い。
そんな顔をしないで欲しい。
「貴方に伝えたいことがあるんです」
「……なあに、宙君」
私はまっすぐに灰原さんを見て、出来る限り誠実に、出来る限り心を込めて言葉を紡いだ。
「母君。貴方を母と思っています。いつまでも愛しています」
「────私もよ。私も、あなたを愛してる」
泣きそうに灰原さんの顔が歪む。
それをギリギリで堪えて、灰原さんは強く強く拳を握りしめたようだった、
それと組織についても最終連絡をしておかなければなるまい。
感染者用の一斉配信を使って、私はみよんみよんと電波を出した。
『えー、マイクテストマイクテスト。皆様お元気ですか。女王より重要なお知らせをいたしまーす』
『チッ』
『さすが兄貴!女王相手にも強気な姿勢を崩さねぇ!イカしてるぜ!』
『ちょっとバーボン知らない?あの男私のコンシーラー借りパクしたのよ。いよいよ脳天吹き飛ばしてわるわ』
『もう返しましたよ。お年では?』
『顔だけクソ男。fxxxxx!xxxxxxx!』
今日も組織LINEは盛況のようだ。
私はごほんと咳払いを入れて話を本題に戻した。
『えー、これからおよそ5日から10日かけて、クイーンたるこの身は次代を産み落とします。全権は次代に引き継がれますのでご注意ください』
『おや、意外ですねぇ。我々にそのようなことを伝えるとは、次代の安全が脅かされるのでは?』
ニタリとRUMが脅しを含めた軽い威圧をしてくる。
私はうむ、と頷いてその言葉に同意した。
『もちろんそれについては対策します』
『具体的には?』
『本時刻より、次代の確立までの間あなた方は猫語しか喋れなくなります』
『………にゃ…?』
『それに伴い、本組織も「猫の組織」と名を改めます』
一瞬の空白。
その後、阿鼻叫喚の地獄絵図が開かれた。
『フニャーーーー!?!?!?』
『シャッッッ!!フシャーッ!!!』
『なおーーん。おーん』
『ギャッッッオンッッ!!』
皆してすごく抗議の声を上げているようだ。
RUMが露骨に困ってなおんなおん鳴いている。
ちなみに、口からも電波も筆談もモールス信号も無駄だ。
手話も不可だがギリギリボディランゲージは可。
事前に仕事は調整したから困りはすれど死ぬようなことにはならないはずだ。
キレた猫の様相を呈したジンが荒れ狂って「シャッッッ!!!」と威嚇している。
『ちなみに、事前にこの案を進言してくれたバーボンのみ免除となっております。ご了承ください』
『いい眺めですね。猫ちゃんプレイ楽しんでいってくださいね』
草生え散らかした見たな言い方だ。
ほぼ文字起こしすれば「いいww眺めwwwですねwwwwww」だった。
みなしてカチキレたらしく、組織LINEは怒り狂った猫の巣窟になった。
そして新たなる発明を生み出すのはベルモットである。
『にゃ…にゃっく。ふぁっく!』
『!?』『!?!?』
『にゃ……ふぁっく』
『ふぁっくふぁっく!!』
『ちょっとクイーン、重篤なエラーですよ。猫の世界に汚い言葉が跋扈してます』
『仕様ですね。ギリ猫が言う判定です。では皆様、女王2.0の実装をお楽しみに』
適当に投げっぱなしのまま通話を切断する。
猫は単に陰謀を企みづらくするための施作に過ぎない。
もっとしっかり裏では幼生のルール作りがしてあるからな。
というかバーボンが恨みを買いすぎて闇討ちされそうなのが気がかりだが。
まあそれは本人が上手く受け流すだろう。
もしかしたら私からヘイトを吸い寄せる目的もあったのかもしれないが。
それにしても身体張りすぎである。
もうこれで思い残すことは……いや。
肉体君に最後の挨拶をせっつくとしよう。
昨日も結局尻尾巻いて奥の方に引き籠ってしまったし。
胸に手を当てる。
メッセージは「おいそろそろ観念しろ」の意だ。
『いやいやいや…待ってくださいまだ心の準備が…やっぱもうキリよく転生一発目でいいじゃないですか』
なにこの期に及んで軟弱なこといってんだか。
強制的に肉体の支配権を押し付ければ、彼はもごもごと小さくなってしまった。
目の前には心配そうに私たちを見下ろす灰原さんがいる。
「あの母君、母君」
「なあに、宙君」
「大好きです」
「……私も大好きよ」
それだけ言うと、シュンっと勢いよく引っ込んでしまった。
それだけかいな!!!
コナン君が首を傾げて瞬いた。
「前から思ってたんだけど、お前って多重人格なのか?」
「似た感じですかね。本能と理性と銘打っていましたが、両方とも人格として成立してますし」
私は顎に手を当ててうむむと考え込んだ。
「あちらは僕と違い、ラボで脳と肉体を研究員に弄られている時期を覚えています、敢えていえば『本来の人格』と言えますね。だからこそ僕よりも恨みが深い」
「………痛かったのか」
「すごく苦しかったらしいです。僕は脳へのチップ挿入とともに現れた人格ですね」
「っ、なら今回チップが受け継がれない影響は……」
「不明です。でもなんとかなるんじゃないかと楽観的に考えてます。その方が希望がありますし」
暗い顔のコナン君達に、私は微笑みかけた。
「というかサイクル早すぎるんですよね。体感的に、これは完全に『最適化』するまでの間のみのことだとは思いますが」
「最適化を終えたらこの繰り返す死は無くなるってことか?」
「ええ。研究者達の想定した真の生物兵器、アストロが完成するんです」
はたして研究者達はその果てに何を見たのか。
それはわからないが。
「ガッ…!」
「ッ宙!?」
急に内側の臓物が派手に食い破られて、私は喀血した。
死に瀕し、次の転生先がここにあることが転生者の直感でわかる。
全身が灼熱を宿している。
薬を投与して!という灰原さんの声が急激に遠くなる。
気付けば己がメチャクチャに喚いていることに気づく。
だめだ、あまりの激痛で意識が飛ぶ!
その前に肉体君の魂を包んで離脱準備。
綿毛のような魂がブルブル震えていたので、よすよすしておくこととする。
そのまま痛みと痛みと痛みの中で暗転。
真っ暗になったのだった。
どこともしれない場所を歩いている。
転生者の魂は、小さな小さな、生まれたての魂と手を繋いでその道を下っている。
普通は二つの魂が同じ肉体には入れない。
けどこの子は小さいので問題ないはずだ。
この子が成長したら…どうしようか。
私が退去すればスマートだろうか。
私はもともとこの体にいる人格ではないのだし、話も簡単だ。
と、歩いているうちに不意に景色が変わって、新しい肉体に放り込まれたことがわかる。
本能に従って周囲の臓物を食らい尽くしている最中のようだ。
せっかく私の体なんだし思う存分食べて精をつけてから出ようかな。
もぐもぐぅ。
しばらくすると、大きな手が私の身体を取り出して外気に触れた。
臓物を喰らって十分大きくなった私は、新生児ぐらいのサイズがあるようだ。
直感で理解する。
これこそが最適化した、本物のネバダ寄生虫の主、女王の姿なのだと。
「宙は!?」
「亡くなったわ。薬で痛みは最低限にできたけど、きっととても痛かっただろうと思うわ。汗がこんなに出て、眉間に皺が寄ってて、苦しそうで」
「灰原……」
私の血と臓物に濡れた身体を丁寧に温かな濡れタオルで拭いてくれる。
それから柔らかい布で覆ってもらえた。
暖かい。
「私は何もできない。こんな苦しみに濡れた生と死を繰り返させて、見送ることしかできない!」
「落ち着け、灰原」
「学校だって満足に通わせてあげられなかった!普通に友達と遊ぶこともできず、組織の仕事に関わらせて、私は助けられるばかりで…」
コナン君が灰原さんの両肩を掴む。
その強さに灰原さんはハッとしたようだった。
「お前のこと、母だと思ってるって言ってたろ」
「!」
「それだけの愛をお前からもらったんだ。誇れよ。まっすぐ前を向いて、あいつの頼れる人間でいるべきだ」
その通り。灰原さんに暗い顔は似合わない。
私はせめてもと、「キャッキャッ」と笑って灰原さんの手を掴んだ。
まだまろい手ではまともに物も掴めない。
その柔らかな感触を、灰原さんは享受して。
清らかな涙を一筋、流したようだった。
・女王2.0(パッチノート)
コマンドが効かない。
新しい手足がアンロックしました。
新しい幼生の機能がアンロックしました。
微細なバグを修正しました。
大型DLC「知性の果て、深海の底」を発売予定!
・開発者コメント(故人)
「ようやくか、と言う気持ちですね」
「実に感慨深い。苦節X年、ついにここまできました!これからも我々のアストロをよろしくお願いいたします!!!」