私は昨日今日と、気配を消して過ごしている。
灰原さんは小学校へ行くことになったらしい。
コナン君との顔合わせと、周囲の不信を買わないための処置だろう。
ただでさえ私の存在で阿笠宅は浮いてるし、あまり目立ちたくないのはある。
初日は気を使って阿笠博士がお弁当を買ってきたが。
今日は私が作った料理を振る舞う予定だ。
私が二人に夕食を運んでいく。
今日は一般的なハンバーグにしてみた。
意外と子供舌、というか大人との味覚の違いもバカにならないだろうから、一般的に子供が好む味付けとしておいた。
私のポンコツ味覚でも肉なら美味しいしな。
濃厚コーンポタージュと彩りサラダを添えて。
なるべく気配を消していたので、彼女と会うのは1日ぶりになる。
彼女自身部屋からはあまり出てこなかったから、私としても少し心配していたところだ。
灰原さんは暗い顔でテーブルについている。
阿笠博士が普段私の作った料理を食べていると聞いて「それでいい」と返事したのは聞いているが。
沈む彼女に、私は念のため声をかけた。
「毒は入っておりませんし、僕の分と取り替えても構いません」
「……わかってるわ。貴方なら人の命を奪うのに毒なんて必要としないでしょうし。それより、料理なんてできたのね」
「オリジナルの記憶です。培養槽を出た当初より、僕はこのスキルが身についていました」
灰原さんは歪に顔を歪めて視線を逸らしたようだ。
どこか自嘲するような響きを含んで肩をすくめる。
「笑っちゃうわ。皮肉なものね、あいつらの悪逆がそんな呑気な結果を生むなんて」
一緒に運んでくれた阿笠博士と共に席について、静かに手を合わせる。
いただきます。
一口、灰原さんはその味に少しだけ顔を綻ばせたようだ。
重苦しい空気の中、ポツリと言葉を落とす。
「私のことは灰原と呼んでちょうだい。灰原哀よ。本名は忘れて」
「わかりました。では灰原さんと呼ばせていただきます」
原作通り、彼女は灰原哀を名乗ることにしたらしい。
灰原さんは私の言葉に返事を返すことはなかった。
阿笠博士が相変わらずしょぼくれた犬よりもしおらしく縮んでいる。
ほんま申し訳ない。
食後にデザートのタルトも作ってあるから堪忍しておくれやす。
居心地の悪い沈黙は5分ほど続いたことだろう。
食事が進む中、ようやくやや心がほぐれた灰原さんが、消え入るような声を出した。
相変わらず視線は合わない。
こちらを見ないまま、問いだけが向けられる。
「貴方は、組織の研究員が憎くないの?」
「……僕は生まれた時よりこの形です。憎悪が湧く理由がない。とはいえ、繰り返されると不都合なので研究員は始末させていただきましたが」
「私が、少しだけ貴方の研究に関わっていたとしたら?」
「!」
私は思わず目を見開いた。
そりゃどういう風の吹き回しだろうか。
灰原さんがハンバーグを口に運んで、わざとそれを理由に沈黙して。
言葉を選ぶように、恐るように吐息を漏らす。
返事には随分と時間がかかった。
「助言を求められたのよ。投与する薬物量について。薬剤について。それで、あの研究所のやっていたことを知っていたの」
「なるほど。あの情報統制の厳しい研究所の産物について知っていたのはそういうことでしたか」
その厳しさゆえに外部との連絡が遅れ、私の殲滅を許すことになった場所だ。
なぜ部署違いの灰原さんが研究の詳細を知っていたのか疑問だったが、なるほど実際に関わっていたとは。
私はすう、と目を細めた。
ということは間接的に灰原さんは私の親ということになる。
いやこれ不名誉な称号だな完全に。
引用文献ぐらいにしておくことにするか。
どんなクソ研究でも引用元に罪はないのだし。
私の視線に、なぜか灰原さんが空虚な笑みを浮かべて脱力した。
「殺されてあげてもいいわよ。どうせ、生きてたって意味もないんだし」
「それは困ります。貴方には、アポトキシン4869の解毒薬を作ってもらわねばなりませんから」
「投与されたら死ぬのよ。成功例も私だけ。解毒薬なんて作っても意味ないわ。工藤新一もそうかもと思ったけど、そんなの今思えばどんな確率かもわからないし」
どうやらまだ阿笠博士はコナン君について話していないらしい。
捨て鉢になってしまった灰原さんに、しょぼしょぼの阿笠博士が恐る恐る声をかけた。
「哀君。実は生きておるのじゃよ、新一は」
「……………え」
「今は知り合いの家に匿われておる。哀君にも近々紹介しようと思っとったんじゃ」
灰原さんの瞳が大きく見開かれた。
左右に視線が揺れ、動揺していることがわかる。
これ絶対トドメなんだよなぁ。
なんだか随分と凹んでいるみたいだし、実際の被害者に会わせて彼女の精神は持つのだろうか。
「あ、会うって、私、どの面下げて…」
「解毒薬の開発は高度な専門知識を必要とします。この世で最もその知識がある貴方の協力があるのなら、それは心強いことでしょう」
「………」
「それに、僕の研究にも関わっておられたようなので、健康面でのアドバイスもお願いしたい」
俯いて震える彼女が、跳ねるように顔をあげた。
青ざめる顔の彼女に、私は優しくその意義を説明する。
マジにこれはお願いしたいところだったからな。
薬学部門だから門外漢も結構あるだろうが、身近な主治医がいるのといないとでは安心感が大違いだ。
ありがたいぜ灰原さん!
よろしくお願いいたします!!!
「いつまで稼働できるかもわからぬ身ですか、少しでも永らえるのならばそれに越したことはありません。貴方は必要とされています」
「……いいの?だって、私が、貴方のその身体だって元を正せば」
声が震えて、彼女の顔色は至極悪い。
おお、そんなに怯えずに。
どうせ実験にも深入りはしていないだろうし、気にしなくていいのに。
感情論よりも事実として、私は灰原さんを安心させるように言葉を紡いだ。
「過去の罪について僕は無知です。それはいずれ精算されるものですが、少なくも今僕たちが必要としている存在であることは間違いない」
「………」
小さな手がズボンを強く掴んで皺がよる。
その苦しみがいかほどのものか、重責がどれほどのものか、私にはわからない。
だが、彼女が立っていてくれねば困るのは私達の方だ。
若い彼女にそれほどの重みを背負わせることに罪悪感はあれど、こればかりはどうしようもない。
彼女は顔をあげて、歪に笑って私を見た。
「わかったわ。やれるだけ、やってみる。殺されるのはその後でいいかしら」
「そこに倫理があれば、僕は命を必要としません。ですが、貴方がそれを贖罪とするのならば、僕は受け取りましょう」
彼女はきっと、本当は死にたいのだろう。
最愛の姉を失って、なにもかも手放して、己の罪だけが残って。
もう未練なんて何一つないのは見ていて良くわかる。
だから否定はしない。
生きたいという思いは強要するものではなく、これから紡いでいくものだからだ。
これから幸せの中、前言撤回したいと自ら望むようになることを願うだけ。
あーーードカ鬱。
黒の組織を早く殲滅しないと胃炎になるわい。
幼少から組織で育てられた子供とか、どう考えても被害者ポジションやろがい。
どうして加害者の罪でこんな曇らなあかんねん。
私ぐらいさっぱり割り切って関係者抹殺した方が楽やで君。
お前はサイコパスって言うなよ。ちょっと自分でも気にしてんだよ。
完食後はお風呂に入って、別々の部屋にこもって就寝である。
阿笠博士は過度のストレスで腹が減るらしく、私が買っておいたポテチを夜中に無表情で貪っていた。
本当にすまない……。
各々、穏やかな眠りが訪れるといいなと思う私なのである。
翌日、帝丹小学校への転校は三日後になると決まった。
陰はあるが、灰原さんがどこか穏やかな顔をしていたのが印象深い。
私は少しだけホッとしたのであった。
・灰原さん
秘技、ドカ鬱返し!
怯えとドカ鬱の正体はクローンの研究に実際に関わっていたから。
ちょろっとだけなので別に名簿にも載ってない。
が、凄まじい外道行為に加担した記憶は深く刻み付けられている。
・残党処理を考えてるクローン
名簿に載ってた生き残りは見つけ次第キルしようかなと思ってる。
無論コナン君にやんわり止められた。
別に見つけたらついでに殺っとこうかなぐらいでさ(言い訳)