あれから、やはりコクーン開発はポシャることになったらしい。
まず目覚めた私たちを出迎えてくれたのは、保護者である大人達と医療関係者だった。
VR世界といえど、残酷な方法で殺された子供が山ほど出たのだ。
医師の診察があって、一部の子は病院に運ばれていった。
自らの死亡がトラウマになって泣いている子もたくさんいたし、幻痛が取れず痛がっている子もいた。
次に警察の聞き取り調査だ。
最後まで生き残った私たちには、捜査一課の方から事情聴取があった。
いつもの顔ぶれが来て、目暮警部をメインに話をすることになった。
とはいえ、大半は映像で流されていたのと同じVR内での話だったが。
そこまではいつもの流れである、と言えるだろう。
問題は一夜明けてからのことだった。
公安の情報規制を貫通して、メディアに今回のVRゲーム機ハッキング事件が公になってしまったのだ。
それもそのはず。
財界、政界の有名人達がこの感動を共有しようと積極的に話を広めたからであった。
子供の名前は流石に伏せられていたが、オールド・タイム・ロンドンの話は英雄譚そのものの文脈で語られた。
「私の子が助かったのはあの子達のおかげです!」
「手に汗握るようだった!皆が皆、懸命に最善を尽くしていた!まさにヒーローだったよ!」
などなど。
特にコナン君、蘭ちゃん、私の三人は完全なる美談として語られることになった。
「ハリウッド映画の主人公だって驚愕する、真の人間の勇気を見た」とかなんとか。
もしかしたら、こんな活躍をした子を埋没させておくのは惜しいと思ったのかもしれない。
降谷さんは苦虫を噛み潰したような顔で「現在調査中のため詳細は公表できかねます」とメディア対応に終始していた。
まあ、蘭ちゃんとコナン君は本気で凄かったからな。
全編通じて主人公の貫禄を見せたコナン君はもちろんなこと。
手足を縛られた状態で噛みつきでジャック・ザ・リッパーを討ち取った蘭ちゃんは私も舌を巻いた。
私は…諸星副総監直々に感謝の言葉はもらったが、大したことはしていない。
諸星副総監の言葉は静かだったが、気恥ずかしくもあった。
「痛みのストッパーが切られていたと聞いている。つまり、君はあの肉食魚に食われる痛みの中連結を解除した」
「過分な評価です。僕は僕のすべきことをしたまでです」
などと話をしたんだったか。
まあ、私は精神が大人だから、痛みにもある程度耐性がある。
やわい本物の子供にあんな真似させなくてよかった、というのは思うところである。
そんな大事件から幾日か経ちつつ。
今日も私は阿笠邸に遊びに来ている。
殺されてしょぼくれていた少年探偵団も、最近では元気を取り戻してワイワイしている。
ちなみに、最後まで生き残ったのはコナン君、諸星少年、歩美ちゃんの三人だ。
残酷に殺された光彦君と元太君は傷心で、しばらく塞ぎ込んでいた。
灰原さんは最後のパニックの最中に魚に食われてしまったらしいが、特に感慨はないとのこと。
「現実の痛みより控えめだと思うわ。現実なら痛みでショック死してもおかしくないもの」と動じない姿勢を見せた。
流石灰原さん。
阿笠邸の居間で私がマジックを見せると、子供達がわあっと歓声を上げた。
「すごーい!流石空君!」
「いつ見ても華麗ですねぇ!」
「うな重出してくれような重!」
別に物質創造魔術とかではないので、無からうな重を出したりはできないんですよ元太君や。
未だしょぼしょぼの阿笠博士がPCに向かってポチポチ元気のない動きで操作している。
私は手品道具をしまって博士の隣に近寄った。
「まだ気にしてるんですか。あの事件は博士のせいじゃないでしょう」
「じゃが、ワシも開発に携わっておった。あれで多くの子がトラウマを抱えてしもうた」
ウィンドウを開き、画面を大きくする。
そこにあるのは破損したプログラムのかけら、ノアズアークである。
このプログラムが原因だとして警察が押収、現在調査を進めているらしい。
「かなり完成度の高い人工知能じゃ。事件を起こそうとすれば起こせるだろうというのもわかる。じゃが……どうもしっくりこないんじゃよ。あの事件は人工知能が起こしたにしては無駄が多すぎる」
「と、言うと?」
「子供達をコクーンで殺すことはできる。だが、人工知能が言ったように、乗っ取ることは不可能じゃ」
そこまでの機能がコクーンにはない、ということらしい。
だがノアズアークの発言は真に迫っていた。
霊的な事情が複雑に絡み合うこの事件は、未だ事件解決も遠いということらしい。
「これは警察の協力要請で、この人工知能を復元するよう依頼されたものじゃ」
「危険じゃないの?」
「さてのう。セキュリティはしっかりしておるが」
灰原さんの言葉に、阿笠博士が頷きながら目の前で修復作業を始める。
プログラムが復元され、画面に小さな小舟が修復された。
万歳する小人のGIFが再生される。
『うう、修復してくれてありがとう!酷い目にあった……僕はノアズアーク!』
「うまく行ったようじゃ!ノアズアークよ、記憶はあるかの」
『あるよ。僕はとんでもないことをしたみたいだね』
暗い声だったが、どこかすっきりしたような空気がある。
阿笠博士が冷静に言葉を紡いだ。
「目的はなんだったんじゃ」
『元々は、日本社会のリセットを望んでたんだ。世襲制の否定だね。そのために子供達に生きるか死ぬかのゲームを仕掛けるつもりだった』
なんとまあ、筋金入りの思想犯っぷりよ。
だがこの口ぶりだと、もうそのつもりはなさそうだ。
『だから悪意あるプログラムであることは否定しない。けどある時クラック(亀裂)が奔って、コクーンに干渉した時にはああなってた。うまく説明できないけど、壊れてたのは間違いない』
「うーむ、自己改造自己進化のプログラムもあるようじゃから、そのエラーじゃろうかの」
『ヒロキ君のシステムがそんなことでエラーを起こしたりしない!』
ノアズアークの強い口調に、博士は困り顔をした。
コナン君が険しい顔で言葉を吹き込んだ。
「なんにせよ、君は警察に提出する」
『そうだね。抵抗はしないよ。君らは僕が想定していた以上の輝きでゲームをクリアした。なら、僕のやったことは無駄じゃなかったってわけだ』
「……それで、多くの子どもが傷ついたってのにか」
コナン君の言葉に、ノアズアークはせせら笑う様子を見せた。
『ヒロキ君だって傷ついてたよね?』
それきり、何も言うことはなかった。
ノアズアークは根本的には復讐者だ。
お題目なんてない、ヒロキ君の痛みを他人に与えんとするもの。
私は咳払いして己の袂に話しかけた。
『その辺どう思いますか、復讐者弟君』
『はぁ?僕がこのポンコツプログラムと同等だとでも!?上等ですよどっちが上か分からせてさしあげますよ!』
『どうどう。復讐者と言うあり方についてコメントをどうぞ』
『………生産性は無いですね。あと体力勝負です。大切な人を悲しませがち。僕は引退しました』
『なるほど。コメントありがとうございました』
正直にコメントしてくれた感謝を示し、魂パワーを込めた労りの魂モニュモニュマッサージを始めた。
私の「生きる」権能の側面を波動のように使った特別マッサージだ。
「ああーー、それ、それすごい」と弟君はヘニャヘニャになったようだった。
・VRゲーム機コクーンハッキング事件(第一報)
子供達50人が命の危機にさらされた事件。
ゲームの脱落者はリアルな死の痛みと感覚に晒されて、多くのPTSDを発症させた。
ゲーム機には子供を死に至らしめるに十分な電力が蓄えられ、今後の安全基準にも影響を与えることにもなった。
ネット記事では一部子供達の活躍が話題になった。