あれから、合流した降谷さんにドチャクソ抱きしめられた。
表情が無い状態で無言かつ迫真で抱きしめられたまま動けなくて怖かったが、まあ仕方あるまいよ。
どうやら爆処の死に様がトラウマのようだからな。
もしくは、この頃の私の九死に一生スペシャルが堪らなくなったか。
病院に連れてこられた後も、ずっと暗い顔をして俯いていた。
ちなみに、派手に怪我をしたのは光彦君、和葉ちゃんの二人だけだ。
光彦君は割れたガラスで腕をすっぱり切って、出血が結構ある状態だった。
その状態でまず最初に全員の点呼を取った大人顔負けのしっかり君だ。
和葉ちゃんは腕に火傷を負った。
跡が残るかもしれない、と服部君が暗い顔をするのに対して「アタシのために頑張ってくれてたんやろ?」と明るい笑顔を作ったこちらも強い女性である。
元太君もIDが爆発したはずだが、いい感じにひっくり返って転がってソファに激突。
怪我らしい怪我もなかったらしい。
豪運おにぎり君だ。
私も怪我なしだが、爆弾を腕に巻いていたということで念のためCT検査。
天井に弾き飛ばされたのは目暮警部も見ていたようだし、誤魔化せなかった。
病院も騒ぎにはなったが、患者が少ないためそこまでの騒動にはならなった。
怪我も軽いし、爆破事件としてはかなり規模が小さい方だ。
よくある爆破事件は建物が崩れて運の悪い人が下敷きになり、生死の境を彷徨うからな。
待合室で座って順番を待っていると、降谷さんがぽつりと言葉を落とした。
まるで心底から己の行動を悔いているかのような声色だった。
「すまなかった」
暗い声だ。
どんよりとドブ川よりも濁った声色は、聞くだけで暗い気持ちを呼び起こすほどである。
あまり放置すると良くないだろうと、私もを気を引き締めた。
「オリジナルは最善を尽くしたんでしょう。コナン君から聞きましたよ、警察からいち早く資料を取り寄せてくれたから推理が楽だったって」
「でも、結局IDは爆発した」
「第三者の乱入があったんでしょう。第一の暗号を解けたからこそ全員分のIDが爆発せずに済んだ」
「結果が全てだ」
だめだ、完全に卑屈になってしまってしまっている。
降谷さんは視線を下に落としたまま目が合わない。
覗き込んだとして目は合わないだろう、遠く己の後悔を見ているような表情をしていた。
ばちん!と顔を挟んで私は降谷さんの顔を引き上げた。
「結果が全てというのなら、死者0名。これが全てでしょう。僕らはやり遂げた。死者を出さずにこの事件を終わらせたんです」
「…………それは、君がいたからだ」
「君はすごい」と降谷さんは薄っぺらな賛辞に終始した。
鬱々と落ち込んでもはや引き上げは困難を要するようだ。
私はむにむに降谷さんの頬を引っ張った。
降谷さんが迷惑そうな顔をしている。
「9割オリジナルが事件を解決して、1割僕が後詰に回る。二つ揃って仕事が完璧になるんです」
「………でも」
「でもじゃない。でもじゃないんです。オリジナルの穴を僕が埋めた。僕は穴を埋めただけで、オリジナルの代わりにはなれない」
額を合わせて、親愛のたくさん詰まった言葉を贈る。
「僕ら二人の成果です。誇りましょうよ」
「………君は、本当に……」
しばらく、降谷さんは黙ったまま私の熱を感じているようだった。
弟君がむっつりと唇を尖らせて「オリジナルはぐちぐち考えすぎなんですよね、本当に」とか「面倒臭い。兄君の手を煩わせて!」とかポコポコ怒っている。
当たりが強い。
少し回復したのを確認してから、私は降谷さんと向き直った。
私はこれを機に、彼に真実を伝えるつもりだ。
というか、本人も運の悪さを気にしているだろうから、結果報告のつもりで口を開く。
「確かにオリジナルは妙に不幸ですから、魔女に頼んで調べてもらいました。聞きますか」
「ああ」
また卑屈な顔になってしまったが、かまわず言葉を続ける。
「オリジナルは運気を吸うタイプです」
ぱちくり、と降谷さんは理解が及ばず瞬いた。
私は言葉を選んで、やや口篭った。
「ええと、人には生きるために必要な最低限の運気があります。事故に遭わず、病気にもならず過ごせる幸運、というやつですね」
「なるほど、生命力とも呼べるものか」
「はい。オリジナルは生まれつき運気が非常に少ない。だからそれを、周囲の人の運気で賄っているんです」
「………は?」
一拍遅れて、ゾッとしたような顔で降谷さんが目を見開いた。
それは一人分の食事で二人分の面倒を見るようなものである。
たかられた人間の運気は早めに尽きることは必定。
そして運気が尽きれば死あるのみだ。
もちろん、普通ならこんな若さで早々他人が次々死んだりしない。
吸運自体も比較的よく見かける体質だし、程度だってずいぶん軽いし人それぞれだ。
不幸だったのは、元々短命だった人間を心の拠り所にしてしまったことだろう。
それとも、自身の運気が異常に少なかったことか。
本来なら六十代で友人がみんな死ぬとか、そのぐらいのありふれた悲劇の話だったはずのこと。
「それは、僕があいつらを殺したということか」
「そうとも言えます。同時に、その犠牲があったからこそあなたは生きているということでもあります」
「君も死ぬのか」
「いいえ。僕は常人とは頑丈さが違いますから。死にそうな目には遭いますが、死にはしません」
「同じことだろう」
降谷さんは全ての表情が抜け落ち、青ざめた空白だけがそこにあった。
唇が震えている。息が不規則だ。
「違います。普通なら誰もが死ぬところを、僕なら生きていられるという意味です」
「………」
「オリジナル。あなたは一人で生きれば運気が尽きて死んでしまう。僕の力を使うといいでしょう。僕は死なないですから」
「君がそこまでする価値は、僕にはない」
「僕がそうしたいんです」
家族って、そういうものでしょう?
私の言葉に、一層大きく降谷さんが震えた。
恐れているようにも、歓喜しているようにも見えた。
そのまま、奈落に引き摺り込むような手つきで、私を抱きしめる。
暗い瞳が私を捉えた。
「僕のせいなのか」
「はい」
「僕が近づいたから、あいつらは死んだのか」
「はい。それは、魔女の測定によってほぼ間違いないと結論が出ています」
「…………はは。言葉を飾らないんだな」
「そういうの、オリジナルは嫌いでしょう。でも、誰もあなたを恨まない。僕はあなたを見捨てない。貴方の、心の支えになりたい。貴方が、僕の心の支えであるように」
私の真摯な言葉が、降谷さんを素通りする。
恐怖にカチカチと歯が鳴っているようだ。
自分から袂に招き入れておいてそんなに怯えなくてもいいのに。
私は自ら降谷さんの懐で体を丸めた。
「覚悟を決めてください。僕は決めました。あなたは、僕の家族なのだから」
「………君は、本当にかっこいいな」
「ということで、これをどうにかして魔法でなんとかできないかを今考え中です」
私が仁王立ちで宣言すると、降谷さんは大層困った顔をした。
「なんとかって、どうするつもりだい?」
「なにか運気を虚空から吸い上げるとか、ルシュファー様とかその手の上位存在からもらうとか、そういう感じの根本治療ですね」
「代償が高くつきそうだな」
「そうなんですよねぇ」
運気に関する魔法はとてつもなく難しい。
紅子さんには「習得する前にその男は寿命で死ぬかも」とまで言われたが、やらなければ始まらない。
「というわけで声援ください。オリジナルの声援が力になります」
「えっと。頑張って、空君!」
「もっと元気に」
「ふれー、ふれー!」
「野球場の応援みたいに!!!」
「か、かっとばせーー!!!」
「よし!」
何が良しかはわからないが、とにかくヨシ!
迷惑そうな顔をした看護師さんが廊下の端からこちらを見ていたので、私たちはすぐさま黙ることにしたのであった。
それから数日。
降谷さんがチケットを持って朗らかな笑みを浮かべている。
「園子さんから豪華客船に誘われたんだ。どうだろう空君、行かないかい?」
八代グループの豪華客船「アフロディーテ号」の処女航海だ。
ミラクルランドで酷い目にあったから、ということでお誘いがあったらしい。
降谷さんはホワホワした笑みで私の隣に座った。
「豪華客船なら乗組員の身元もしっかりしてて安全だろうし、ゆっくり羽を伸ばせるだろう?どうかな、一緒に旅行しないか?」
ふわっと優しい笑みは、私がここ数日しきりに声掛けした結果である。
しっかり回復したようで何よりである。
だが、私は神妙に頷いた。
八代グループの豪華客船アフロディーテ号は劇場版名探偵コナン「水平線上の陰謀」の舞台だ。
つまり爆発するということで。
私の表情を見て、言葉を出す前に降谷さんが全てを察したらしい。
またしても全ての表情を取り落として俯いた。
「もしかしてだけど、また……?」
「爆発しますね。お気になさらず。そういう運命だと思って受け入れてます」
『オリジナルの爆発ネタも天丼になってきましたね。哀れな』
残念ながらまた酷い目に遭うことは確定らしい。
なお、降谷さんはその後私を抱きしめたまままったく動かなくなってしまった。
たくさんヨシヨシしたがまだ動かない。
再起動まで時間を要しそうな今日この頃である。
・吸運体質
他人を不幸に、自分を幸運に。
降谷さんの場合自分に最低限の運気すらないので、他人を不幸に、自分はギリ生存、ぐらいになる。
心を預けた相手が吸運対象になる。
・風見さん
いまだ不幸のかけらも見えない、90ぐらいまで元気に生きる予定の男。
吸われまくってなお健在。
こういう人材と早めに出会うべきだった。