今日は怪盗キッドの仕事の日だ。
米花美術館の特設展で鈴木財閥の家宝「ブラックスター」が展示されるとのことで、それを狙って予告状を出したらしい。
TVもその話題で持ちきりだ。
生中継のカメラも回っているらしく、物々しい現場は規制線ギリギリに張り付く野次馬でごった返していた。
4月といえど夜はやや寒いので、私は毛布を持参した。
それに包まりながら温かいペットボトルのお茶を飲み、やや離れたビルの屋上に陣取る。
現場にやってきたのは単なる好奇心だ。
あのまじっく快斗の主人公、怪盗キッドを見たいという野次馬的気持ちの表れでしかない。
予告状が新聞で公開されていたから、それを安室透の頭脳に解いてもらってここまで来たというわけだ。
邪魔にならないようにビル屋上の端っこによっこいせと腰を下ろす。
小さなレジャーシートを開いて、その上にクッションを敷いて。
もちろん警官が来ることはわかっていたから、先回りしてバレないように隠れていた。
子供の姿はごくわずかな隙間でも隠れられるし、こう言うとき便利だ。
日もとっぷり暮れた頃、コナン君がようやく姿を現した。
私がここで時間潰しにトランプマジックを練習しているのを見て、目をまん丸にして瞬いたようだ。
「え、空!?どうしてここに!?」
「物見遊山です。怪盗というコンテンツを摂取したくて来ました」
そのように正直に話すと、一気にコナン君が胡乱な表情になる。
「お前、ナイトバロン好きだもんな」とガックリとため息をつく。
あれも確かに怪盗だが、メインは殺人鬼なので作風はシリアスだぞ。
キッドはファンタジーラブコメだから違う。
私は厄介ファンの如くぷりぷりと猛った。
「灰原さんも誘いましたが、寒いのでパスだそうです」
「だろうな。つかライブイベントじゃねーんだから気軽に来んなよ」
「彼はエンターテイメントを重視している様子。マジックショーと大差ありませんよ」
実際は警備費が結構動いているのでアムピの脳は「けしからん犯罪者だ!」と不愉快になってるんだがな。
私の暗示でなんとか最近は不愉快感も減ってきた。
そう、あれは悲しい裏のある高校生の話…アムピよ静まるのです……。
私は100均のトランプをカードケースにしまってコナン君に問いかけた。
「それにしても、あなたの方は何故キッドを追っているんですか?」
「キッド?」
「怪盗1412号の通称ですよ。あなたは泥棒には興味がないと思っていましたが」
「俺も単なる好奇心だよ。なかなか凝った暗号だったから面を拝みたくなっただけだ」
そのように話している頃だ。
キッドが空から音もなく空から舞い降りた。
気配はほとんど感じなかった。
翻るマントの布が擦れる音。コツ、という革靴のわずかな足音。
加えて折りたたみ式ハンググライダーのたたむ機械音が少し。
ハンググライダーから降りたにしては素晴らしい音の無さだった。
何よりも気配がない。
そこにいるのに何もないような、場に溶け込む静けさがあった。
身のこなしは猫のようにしなやかで、それが確かに怪盗と呼ぶに相応しい男であった。
「よう、坊主ども。何してんだ?」
「僕は怪盗キッド、貴方の仕事の見学に来ました。かの怪盗を生で見られる機会はあまり無いので」
「そうかそうか!それは恐悦至極。思い出にどうぞ!」
ぽん、と私の手の中に出現させたのはキッドカードだ。
プラスチックトランプが元になっているのだろう。
思ったよりしっかりとした作りだ。
まさか本物のキッドカードが貰えると思わず、私は微笑んで「ありがとうございます」と頭を下げた。
キッドもサービス精神が旺盛なことだ。
コナン君はブスッとした表情で花火を発射している。
いいじゃん少しぐらい怪盗にうつつをぬかしても。
探偵というコンテンツも好きよ?
キッドがニヤリと笑って私に問いかける。
「あっちの坊主は?」
「僕は彼の目的を知りません。想像はつきますが、それをお話しすることはないでしょう」
コナン君が実につまらなさそうにぼやいた。
「いいのか怪盗キッド。この花火の音を聞いて、警察ヘリがやってくるぜ」
「へぇ、なるほどなるほど。そういうことか」
取り出したのは無線機だ。
私は彼のやることをすぐさま理解し「待った、僕は逃げますのでそれでは」と言って身を翻す。
呆然とする二人を置いて、私は素早く戦略的撤退を決めた。
サーチライトに照らされていない外壁の箇所からビルをするすると降りていく。
警察に怒られると阿笠博士に迷惑がかかるからな。
あっけに取られるキッドが気を取り直してごほんと咳払いした。
予想通り、キッドはこの場所にヘリと警察車両を急行させるつもりだったようだ。
滑り込みで包囲網を抜け出した私は、そのままパトカーの群れを木陰で確認してからトンズラした。
原作通り、次は船上だろう。
私は行けないから、このタイミングで会えてちょうどよかった。
さて。
数時間後、帰ってきたらコナン君に私は不機嫌そうな詰問を受けた。
どうも刑事さんに囲まれて色々聞かれたらしいからな。
毛利探偵も呼ばれて拳骨も落とされたことだろう。
電話越しにコナン君がブツクサ言っている。
『おい空、お前俺おいて逃げるこた無いだろ!』
「ふふふ。申し訳ありません。保護者沙汰になると面倒なので」
『キッドも突然お前があんな高さのビル外壁をフリークライミングし出したからびっくりしてたんだぞ!』
まあ、38階もあったからな。
最上階から下まで同じ構造だし、スルスルっと降りたので特に問題はなかったけれども。
私が上機嫌なことに気づいたのか、コナン君ははぁぁぁと大きくため息をついた。
『ったく、あんな泥棒の何がいいってんだよ』
「反社会的なものがあんなに鮮やかに、大衆の人気を得て注目されているのが痛快です。ピカレスク・ロマンですね」
『…………』
急にコナン君の雰囲気がしおしおのしおになってしまわれた。
反社会的な生物兵器の己と重ね合わせたって?
それは解釈違いっすね。
私は国民的アニメルパン三世の話をしておるのだ。
クローンなんて原作に出ない存在はどうでもええわ。
コナン君は緩く息を吐いて、私に優しく注意した。
『いいけど、もうあんな危険な真似すんなよ』
「危険……?」
『外壁這うやつだよ!落ちたら死ぬっつの!』
「岸壁ならともかく、あんなしっかりした足場で晴れた日に落ちたりしませんよ」
雨とかだとイマイチだがな。
崩れやすい自然の崖はちょっと私も命の心配をし始めるところである。
対して、こんないい天気の霧がかかってもいない見晴らしのいい日に落ちるはずもない、と本能で理解できた。
コナン君は頭痛を堪えるような声色になってしまった。
それに、命を捨てるやり方でコナン君に言われる筋合いはないんだけどな。
『それで、あのキッドカードはどうだった?』
「指紋はありませんでしたよ。当然でしょうね。あと、これは僕が大切に持っておきます。灰原さんにも自慢しました」
『はいはい。って自慢したのかよ…どんだけ気に入ってんだお前』
意訳で言うと「見て!キッドカード貰った!!!」ぐらいのノリで見せびらかした。
灰原さんも「よかったじゃない」って温かく喜んでくれたし。
嬉しいので明日の朝食は豪華にする予定である。
灰原さん、私のやること割と小さくてもすぐに褒めてくれるから優しいんだよな。
なんか幼児扱いされてる気がしないでもない。
だが褒められて悪い気はしないのでのびのび過ごす今である。
優しい空間に博士の爆食いも減ってきた。
美味しいものたくさん作れて楽しかったから少し残念だが、まあ博士の健康にはプラスなのでよしである。
「そういえば、余談ですが組織も怪盗キッドには一定の注意を払っていましたね」
『っどういうことだ!?』
「どうやらキッドの命を同業他社が狙っていたようでして。バッティングして下手に『事故』が起こると面倒なので、なるべく干渉しないようにと」
『………命を、狙われている……?』
コナン君が考え込むように言葉を切らせた。
私はその言葉を肯定して、さりげなく怪盗推しを続ける。
「詳細は僕も知りません。巨悪に狙われながら鮮やかに盗みを成す怪盗。いいですよね」
「お前のその論調なんなんだよ本当に」
アムピの次くらいには好きなコンテンツだ。
本当は赤井秀一も好きなんだがな。
なんかこの体になってから赤井秀一のことを考えるとイライラするようになったのだ。
しかも全然自己暗示が効かない。
いつも新鮮に嫌い。
やだ…アムピが思考検閲してくる…横暴……。
ともかく、この世界ではキッドは生でライブを見られるから、今後もできるだけ現場には足を運びたい気持ちである。
そんなことをホクホク考えながら。
次のキッドの仕事場たるクイーンセリザベス号に密航するにはどうしたらいいか悪巧みを巡らせるのであった。
・クローン
ヤイバーカードを得た少年探偵団みたいにはしゃいでいる。
これには灰原さんもにっこり。
・怪盗KID
子供が落ちたらハンググライダーで助けようと身構えてた。
無事でほっと一安心。
あの坊主鉄砲玉過ぎんだろ……。