コナン君、灰原さん、阿笠博士を加えて、私たちはしばし情報共有の時間をとっていた。
灰原さんは青ざめた顔で、しかし視線をまっすぐに合わせて皆に説明を始める。
「まず幼生についての詳細を説明するわ。ショックを受けないで、よく聞いて」
そのように言い置いた内容は、確かに衝撃を受けるに十分すぎる内容だった。
私の体の中には寄生虫が多数漂っている。
それは普段私の免疫をまかない、健康を保ってくれる大事なものだ。
だが同時に、それが他人の体内に入れば致命的な結末を生むことになる。
幼生は他の生命体に入ると同時に成長を開始。
およそ3時間で成虫となり、宿主の頭蓋骨を割り開いて孵化するのだ。
その致死性は言葉にするまでもない。
宿主となった生物は脳を食われ、壮絶な死に様を迎えることになる。
流石の降谷さんもこれには愕然と青ざめたようだった。
そんな凶悪極まりない寄生虫を摂取してしまったのだから、平静でいられないのも当然だ。
コナン君が歯噛みして拳を握りしめた。
「本当にそんなものが俺らの中にあるのか」
「女王の電波を読み取るのは人間には無理じゃ。それが読み取れたとしたら、感染者の証拠になる」
「工藤君まで声が聞こえるってことは、ウェルカムドリンクに混入してたんでしょうね」
阿笠博士と灰原さんの言葉に、コナン君が顔を青ざめさせる。
降谷さんが眉間に皺を寄せた。
「それが正しいとして、ウェルカムドリンク提供から約15分。職員が味見をしたのならもっと時間は押してるだろう。この豪華客船の患者を全て救うことは不可能に近いぞ」
「でしょうね。私たちとて、無惨に脳髄をぶちまける可能性が濃厚。辞世の句を読む頃合いかしらね」
「言ってる場合か。灰原、虫下しみてーなものは無いのか?」
「女王たる空君が命令すれば、あるいは。でも、実験下では少なくない数が幼生の死とともに命を落としたわ。まだその条件は分かってない」
「なるほど、無事は保証できねぇってことか」
弟君が私に代わって表に出た。
決意のこもった瞳で確かな口調でもって話し出す。
「一応、僕ができる処置は主に三つです。一つが、先ほど母君が説明してくれた虫下し、すなわち自死命令。今ならこれで大部分が助かるでしょう。おそらく変死の理由は時間、すなわち1時間以上経って脳に幼生が馴染んだためでしょうから」
「待て、1時間をタイムリミットとすると、この船すべての除染をするとなるとあまりに厳しい」
降谷さんの言葉に、弟君は苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。
「助けられない人員は変死してもらいます。幼生が広まるくらいなら、幼生と共に死んでもらうしか無い」
「他にできる処置ってのは?」
コナン君が食い気味に問いかける。
「もう一つが、休眠命令を出すことです。感染性を限りなく抑え、僕の命令権はそのままに機能をほぼ停止させる」
「問題は何かあるのか」
「幼生が脳に居着くので、脳腫瘍の治療とかになると医師に感染者が出かねないことと、実質僕の言いなりのままだってことぐらいでしょうか」
「…………」
コナン君が黙り込んだ。無言で先を促している。
「三つ目は、完全除染。脳から除去して、自死命令を出す。1時間以上経った場合や休眠させた幼生でも除去可能」
「それができない理由があるってことか」
「単純に技術的難易度が高いです」
弟君は困ったように眉をハの字に下げた。
「まず、三つ共通して問題があります。ここに広まっている幼生は、僕とは通信形式が異なるんです。つまり、何者かが暗号化しているってことですけど」
「誰か黒幕がいるってことか?」
「はい。通信形式の暗号解読が必要です。時間がかかります」
「どれくらいかかるんだい」
降谷さんの言葉に、弟君は苦い顔をした。
「1時間は、間違いなく。2時間はかかりません」
「2時間半を超えたあたりで脳食が始まるわ。生きてはいても、実質そこがタイムリミットよ」
「………」
「次に、完全除染には僕自身の機能が足りません。つまり成熟してないが故に、まだ解放されていない機能を利用する必要が出てくるんです」
「代償は」
「不明です。無理やり使えるかどうかも不明。寿命が縮まるくらいなら別に構わないのですが、衝撃で気絶してタイムリミット、というのだけは避けたいところです」
降谷さんがくるりと夜の海を振り返って、静かに口を開いた。
「例えばなんだが、この船が沈んだ場合、その幼生はどうなる。拡散せず海の藻屑になってくれるのか」
「安室さん!」
コナン君が非難の声を上げる。
だが日本を守る使命を持つ降谷さんからすれば、それはある種当然の選択だったのかもしれない。
灰原さんが首を振った。
「無理ね。幼生は感染者の肉を食べた野生動物にも感染するわ。それは魚とて例外じゃない。この数の感染者が海に投げ出されれば、パンデミックはすぐそこよ」
「…………」
「私なら今すぐこの船を核攻撃してもらうわ。汚染は馬鹿にならないでしょうけど、幼生のパンデミックに比べたら軽症だわ」
「それは…」
「もしパンデミックが起きれば、生態系は激変するでしょうね。ありとあらゆる海洋生物が絶滅するわ。不可逆に地球環境が変化する」
それだけの潜在的な危険性が、空君にはある。
灰原さんが言葉を締め括ったので、私は黙りこくった。
厳しい言い方だったが、そこには現実を教えようとする優しさも篭っていた。
このままだとみんな死ぬ。
私以外みんな、みんな非業の死を迎える。
嫌だ。純粋にそれだけが心を支配する。
別れを辛いと思ったことなんてなかったのに。
不可逆な喪失を惜しいと思ったことなんてなかったのに。
今、圧倒的な恐怖が心を鷲掴みにして離さない。
私が俯くと、降谷さんが後ろからそっと抱きしめてくれた。
「心配しないでくれ。きっとどうにかするから、そんな顔しないで、ね?」
「オリジナル……」
降谷さんがそんなふわふわした言葉を使うとは思わなくて、私は思わずぼんやりと瞬いた。
目の端が潤んでいて、自分が涙を浮かべていたことに遅れて気がつく。
ああ怖い。こんな怖いことがあるか!
私は降谷さんにしがみついた。
コナン君が辛そうに、あるいは悲痛な決意を滲ませて前を向いた。
「真犯人を捕まえて、なんとかする術を吐かせる」
「この豪華客船は小さい。だが、それでも乗員乗客合わせて400人。ある程度見当はつけられるとはいえ逃げに徹されたら……いや、あるいはこの船には乗ってすらいないかもしれない」
「それでも、やってやるしかねーだろ」
降谷さんが頷いた。
コナン君の言葉の覇気、ひとまず動くという方針は、皆の心を確かに勇気づけたようだった。
「犯人について心当たりが一つある」
「っそれって!?」
「酒井卓。元々組織の研究者だった男で、最近まで杯戸中央病院に勤めていた」
そしてスマホから顔写真を取り出し、若い男女の写真をコナン君たちに見せた。
「男のほうが酒井卓。この男はすでに公安で拘束している」
「……どういうこと?」
「女の方、恋愛関係にあったらしい女に幼生を託したそうだ。うまく使えれば結婚してやると嘯いて」
なるほど、その女がこのアフロディーテ号のウェルカムドリンクに幼生を混ぜた可能性が濃厚、と。
碌でもないことをしてくれたもんだ。
どこまで知っていてことを起こした定かではないが、ここまで酷いテロはそうそう無いぞ。
降谷さんが俯いて息をついた。
「すまない。公安の失態だ」
「今は犯人確保のことだけを考えよう。降谷さんは酒井卓から情報を聞き出して!」
「わかった。少々手荒な方法も使うとしよう」
「僕は暗号化された通信を解読します。最悪、全てと共に幼生を自死させられるように」
「……悪いな、空」
コナン君が沈鬱な顔になる。
灰原さんが私の手を優しくとって、「あなたが責任を感じる必要はないわ」と言ってくれる。
自身に命の危機が迫っているのに、皆どうしてこんなにも強く在れるのか。
弟君が泣きそうになりながら魂を震わせた。
『僕が暗号解読をしている間に、魔女に連絡を取ってなんとかする術を模索しましょう』
『……そう、ですね。今のままでは手の打ちようがない』
自分の部屋に戻って、電話する。
降谷さんおすすめの衛星通信にしておいてよかった。
彼の青ざめた顔を思い出して、私はほぞを噛んだ。
祈るような気持ちで通話ボタンを押す。
電話はすぐにつながった。
平静な魔女の声は、いつにない焦りを少しだけはらんでいた。
『ルシュファー様のお告げ通りね。なにかとんでもないことが起こってるんじゃないかしら』
「ご慧眼、感服です。簡潔にお話ししますと悪質寄生虫パンデミックの危機です」
『滅びが、選択の時が迫っていると告げられたわ。あなたの望みは何かしら』
「僕がもっと成長していればと、そう思った次第です。何か宿主を生かしたまま寄生虫を殺す術はありませんか。幼生を呪殺するとか」
私の素人提案に紅子さんがため息をついた。
『そんな数の生命を呪殺したら、いくら貴方でも跳ね返りで死ぬわよ。それより、もっと単純でいい手があるわ』
「と、いいますと」
『貴方の能力を拡張解釈して、自らを成長させるのよ』
いかにも簡単だみたいな口ぶりで魔女は宣言した。
ほへ、と私は目をぱちくりさせる。
「つまり?」
『貴方の力は「生きる、あるいは永続」。生きることは成長と不可分よ。近い概念だから、魔法で補佐をすれば手が届くはず』
「なるほど。魔法で能力を拡張するんですね」
『用具を準備してる暇はないわ。画像を送るから、その通りに魔法陣を描きなさい。自分の血か、ワインでもいいわ』
「了解しました」
部屋の冷蔵庫からワインを取り出し、スマホを見ながらひっぺがしたシーツに模様を書き込んでいく。
私が成長したとして、真犯人を止めなければイタチごっこだ。
真犯人の追跡はコナン君に任せればいいだろう。
というか、成長ってどこまで成長すればいいのか。
大人になったら誤魔化しが効かないし。
機能だけ付け加える形がベストだが、高望みはしないでおこう。
『魔法陣の中央に立って、呪文は陣に書き込んでおいたから省略できるわ。魔力は陣に沿って回すように。流れに逆らわないで』
「はい!」
中央に立って、力を込めればにわかに光が立ち上がる。
不意に力の流れが途切れる、体を脱力感が支配した。
「ぐ………」
やはり一発成功とはいかなかったか。
意中の殿方を虜にする魔法ですら、私の成功率は1%以下。
ガチャで☆5が出る確率ぐらいでしか成功しない。
魔力を発散した倦怠感に呻き声を上げる。
私は弟君に声をかけた。
『暗号解読に関しては貴方の力頼りです。頼みました、我が唯一の兄弟』
『任せてください兄君。僕は前の世界で兄君がやっているのをずっと一緒に感じていました。必ずや成功させてみせます』
『僕の弟は頼りになるなぁ』
『えへへ』
弟餅は上機嫌そうにプニプニモチモチ体を跳ねさせた。
・忘れられてる原作爆弾犯s
へっへっへ!八代グループの船を粉々にしてやるぜ!
え?幼生テロ?何それ知らん…怖……。
・魔法
転生特典拡張補佐魔法。
この時のためにルシュファー様のお告げを受けて魔女が織り上げた。
超簡単初心者魔女向け魔法。