川崎港のコンテナ埠頭に来ている。
コンテナ埠頭は最近まで違法なバイクレースの拠点となっていた場所だ。
だが今では撤去済みの伽藍とした空間で、天幕だけが雑然と残っている。
目の前の男が木箱に腰掛け、困惑に眉を顰めている。
「バーボンさんもまた、どうしてビージスの醜聞なんかに興味をお持ちで?」
「僕は探り屋ですよ。握っている弱みは多い方がいい。あなた方のここ最近の動きも把握してますよ」
「怖いお人だ」
彼はローハン・S・ラヒリ。
東アジア航空機メーカーの社員だが、ここでは非合法なことに手を染める立場にある。
バーボンは見下したようにくすりと笑った。
「困るんですよねぇ、こんなにも派手に動かれると」
「あんたのところには迷惑かけてないはずですが?」
「貴方がたが引っ張られるだけでこちらは大迷惑ですよ。取引先であると言う自覚はおありで?」
危険な橋を渡っている自覚はあったのだろう。
ローハンは歯軋りして、それから取り繕うように苦笑いした。
「ここはすぐ引き払う。自動運転も間も無く完成だ。危険はない」
「そうですか。そうであることを願ってますよ」
「あんたがたも足のつかない武器を常々求めてきてる。自己消去型の自動運転兵器はぴったりのはずだ。出来上がれば迷惑料代わりに融通しよう」
「それはありがたい。精度は保証されているんですよね」
「もちろん」
「なら、それは楽しみにしていましょうか」
鉾を収めた、という様子を見せたバーボンにローハンは額に浮かぶ汗を拭った。
未だバーボンの細められた双眸が冷徹に値踏みしているのに気付いていないらしい。
忙しなく視線を左右に向けた後、ローハンはこちらを見た。
「ところで、その子供はなんなんですか?」
「躾中です。小間使いには丁度いいので」
「な、なるほど」
今の私はバーボンの鞄を肩から下げ、旅行用のスーツケースを押している。
3泊4日だからな。多少多めだ。
カメラが重いし、荷物持ちには丁度いいと私が立候補した形である。
丁度ホテルの切り替えだったのと、車に荷物を残しておくのはセキュリティ上推奨できなかったからこその措置だ。
私を表に出すのは降谷さんとしては避けたかったらしいが……ジンが私の存在を把握したことがネックだったらしい。
このまま秘しておけば弱点になる。
であれば、子飼いとしてある程度公言して、それを身を守る盾とする。
そのような判断である。
ローハンは私をまじまじと見て、それから首を捻った。
「そういやぁ、テメェ、試運転中のバイクに映ってた観光客と似てるな」
「ああ、あの幽霊バイクですか。見ましたよ」
「…………」
私の言葉に大層困ってしまったらしく、ローハンは頭をガシガシとかいた。
まさか目撃者が顧客の子供とは思っていなかったらしい。
「あー、バーボンさんの付き人のテメェならともかく、お友達は口封じしなけりゃならないんだが」
「困りました。とはいえこの場合なら仕方ありませんか。ご自由にどうぞ」
「ほー、流石バーボンさんの付き人。話がわかるじゃねぇか」
ことが起こる前に潰すことを想定に置いた返事だ。
降谷さんが特段気にした様子もなく頷いた。
「それより先日の話、詳しくお話を聞かせてもらいたいのですが」
「構いませんよ。奴らバカなことをしたもんだ」
ぎし、と木箱を軋ませてローハンは腕を組んだ。
「今奴らが予定しているのは、最新型のAI搭載ドローンに組み込むことらしい。紛争地にて活用する『支配するためのドローン兵器』だとかでな」
「ああ、電波で寄生虫を操作して人を支配するらしいですね。本当にそんなの可能なんです?」
「さあな。ただ向こうは大真面目だってことだ。担当が日本の責任者とぶつかって切られかけたが、本国に拾われて承認されたらしい。くだらねぇシンデレラストーリーだ」
なるほど、日本のビージス担当者は幼生の使用に反対の立場を取っていた。
だが本国が承認。
メンツを潰され、関係は悪化しているものと思われる。
「しかし詳細な情報をご存知なんですね」
「子飼いを向こうに送り込んでるからな。もっとも、向こうも同じだろうが」
「企業スパイですか。僕も何度かやりましたが、面倒臭いんですよねアレ。実質仕事が二倍に増えますし」
「流石本職は違うな。ま、もっともあんたほど出来たやつを送り込んでるわけじゃないがな」
そこまで話したところで、にわかに入口の一角が騒がしくなった。
男の声だ。
「誰だテメェは!!」「追えっ!!!」っと怒号が響き渡る。
バーボンが眉を顰めた。
「何事ですか」
「侵入者だ。ずらかるぞ」
「………迷惑なことだ」
降谷さんとさっさと撤退に入る。
入り組んだ埠頭で、自然と私たちも侵入者とすれ違うことになった。
遠目に世良さんの姿が見えて、向こうもこちらを視認。
驚愕の表情を見せた。
コンテナの向こう側に電光をまとったサッカーボールが飛来。
男が数人吹っ飛ばされ、拳銃で包囲されていた世良さんが解放される。
そのまま世良さんは走り去り、バイクの音が夕方の埠頭に響いた。
私はため息をついた。
「見られましたね」
「そうだね。参ったな。どうとでも言い訳できるけどさ。と言うか露骨に今のコナン君だったね」
「流石父上!見事なサッカーボールで二人の男を一網打尽!痺れますね!」
「弟君、僕が君らの父を自負してるんだけどまだ認めてもらえないのかな」
「オリジナルが生意気。ペッ───やんのかオラ。愚弟おら───オォン???」
「喧嘩しないでね。ほら、行くよ」
私たちが魂で取っ組み合いをしている間にも、降谷さんに促されて肉体ごとずるずると引きずられていく。
弟おら。やんのかコラ。
弟が怒りのドリルくちばしを私の腹に決めたので、私はゲフゥとなった。
神奈川県警本部。
あれから執拗に黒いバイクに追いかけられ、死闘の末ようやく解放された次第である。
コナンはふうと息をついて、神奈川県警のベンチで足を揺らした。
世良がこちらを見て目を細める。
「コナン君は見たかい」
「何が?」
「………」
しばし、世良は言葉を選んでいるようであった。
「あの安室透って男、探偵だって言ってたよね」
「ああ。最近はポアロでもバイトを始めて、おっちゃんの弟子だとか言ってさ」
「ふぅん。それ、君に近づくために……だよね?」
確信に満ちた声色に、コナンはパタパタと手を振った。
「悪い人じゃないってば」
「阿笠空って子、見かけよりずっと賢いな。コナン君みたいだ」
嫌な推理をされてしまっているようだ。
空がアポトキシン4869で子供になったとでも言うつもりか。
もしかしたら安室さんとは兄弟関係だと思っているのかもしれない。
安室さんの話によると、結構深く組織のことを知っていそうだし。
もしかしたら双子で組織にいる想定もしている可能性がある。
コナンは肩をすくめた。
「考えすぎじゃない?」
「さっきの現場に安室という探偵の姿があったとしても?」
「!!!」
なるほど、今の安室の仕事を思えば不思議ではない。
組織が取引している軍事会社とは、今回の黒いバイクと密接に関わってくるようだ。
だがそれを言えば情報の出どころを聞かれるだけだ。
コナンはとぼけることに決めた。
「俺たちと同じで探偵として調査に潜り込んだのかもな」
「僕らが近づいただけで銃で撃たれそうになったっていうのに?」
「うまく伝手を使ったのかも。場数を踏んだ探偵だし、人脈もあるらしいし」
「そう」
まるで納得していない。
だが否定するほどの押しもない。
静かな睨み合いの後で、世良が静かに目を細めた。
「僕の、そう、知り合いが言ってたんだ。時は人を変えるって」
「……そうなんだ」
「君はどうだい?何を知っていて、何を隠しているんだ」
決別の分岐点に来ている。
コナンは直観的にそう思った。それだけ重要な質問を世良はしているのだとも。
誤魔化してもいいが、そのときは変え難い縁を失うだろう。
コナンは素早く心を決め、大きくため息をついた。
「あーー、俺はお前の敵じゃないし、誓って悪事に加担してるわけでもない。つか、俺は探偵だ。今も昔も。お前だって聞いてたろ。ピエロの推理」
「!!!」
「ただ純粋に、国家と利害が絡むと身動きがとりづらい。お前の母親とか。人道より大衆の利益が優先されるなら、俺は両手をあげて協力なんてできないからだ」
「覚えて、たんだ」
世良の瞳がキラキラと尊敬と喜色に煌めいている。
コナンは照れ臭くてそっぽを向いた。
「ともかく安室さんは敵じゃない。自分から進んで怪しく振る舞ってる人だけど。俺も、なるべく最善を尽くしてる」
「………悔しいな。その結果の判断なら、僕がこれ以上何も言えないじゃないか」
「悪いな世良。でもこれだけは一つ」
口を近づけ、囁くように内緒話の口ぶりで言葉を落とす。
「───お前のお兄さんは生きてる」
ぱちくり、と世良は瞬いた。
「赤井さんは殺させねーよ。俺も頼りにしてんだから」
「ほんとに?秀にぃが?」
「ああ。今は死んだふりしてもらってるから、他言無用だ。頼んだぜ」
「もちろん。殺されたって白状しないよ」
ニパッと満面の笑顔を浮かべ、世良は全身でコナンへの信頼をあらわにした。
少しだけコナンは安心して、ほっと息をついたのだった。
・もうすぐ200話のオマケ
その夜。不可思議な夢を見た。
視界にタコともイカともつかぬ巨大な生き物が広がっている。
「同胞だ!!!初めて見た!生まれて以来初めて見た!!!」
それはたくさんある目を全部涙目にして号泣していた。
なんとなく可哀想になってポンポン元気付けてやれば、さらに泣いた。
オイオイ声を上げて滝の涙を流している。
「加護いる!?沢山いるよね!!!どうぞ!!!!!」
「どちら様ですか」
「名乗るほどのものではありませぬ。あっ追加加護もどうぞ。あと魔術使うみたいだしリソース自由に持ってって。もう触手でも目玉でも好きに持ってっていいからほんとフリー素材ぐらいの気持ちで」
「早口。本当にどちら様」
では!!!とイカの怪物は逃げるように去っていった。
目が覚めると、なんだか宇宙の深淵について分かりそうな感じがしたが気のせいだった。
魔女はその日家に入れてくれなかった。