やってきました、コンテナ埠頭のドローン基地。
ライバル会社が違法バイクレースの根城にしていたコンテナに程近い場所だ。
大前を狙っていると言う言葉を補強する位置に、私は頷いて低く腰を落としている。
すでに私たちと龍里さんの接触は向こう側に知られている。
警戒されていることだろう。
だがこちらも引けない事情がある。
耳を澄ませるが、この距離ではほぼ聞こえないらしい。
無数のひしめき合う幼生の声が、気配としてわずかに感じ取れるだけだ。
電波の会話は幼生にはできないので、何か別のものを感知しているのだとは思うが。
おそらく今の幼生は幼生単体の状態だ。
人に寄生すればもっとはっきり聞こえるだろうから、今は人間の感染者はいないのだと思われる。
近場が海だがそちらにも気配はない。
管理状態は良く、野放図な流出は無いのだろう。
さて自死命令だ。
私が構えようとすると同時に、何者かが勢いよく角から飛び出し、私を包囲した。
夜闇に紛れ、地の利を生かして接近していたようだ。
それは銃を持った男たちだった。
フルフェイスのヘルメットで顔を隠し、アメリカ製の拳銃を持つ。
代表らしき男が、日本語でこちらに語りかけた。
「こちらへ来てもらおうか」
「僕、迷子になっちゃったの。お父さんとはぐれて」
「すでにジョン・ポウダーから金髪の子供がビージスの情報を得ていたことは理解してる。手荒なことをされたくなければ大人しくしろ」
「……へぇ。随分と統制が取れていますね」
私はうっすらと笑った。
『僕が時間を稼ぎます。貴方は通信方式の解析をお願いします』
『承りました、兄君。ですがどうも豪華客船の時と型式が似ているので、そこまで時間はかからなさそうだ』
『それは僥倖』
男が動揺してわずかに肩を揺らす。
「ビージスも何を考えて同盟国で危険な生物兵器の実験をしようとしているんです?リスクばかりが目につきますが」
「!……随分賢いようだが、我々には知らされていないことだ。無駄口を叩けば死体で連れて行く」
「それは怖い。こんな小柄な僕では、大人には抵抗できません。大人しく着いていくとしましょう」
あえて無抵抗で私は両手をホールドアップした。
自分で中に案内してくれるならそれに越したことはない。
トコトコと拳銃を突きつけられながら移動して行く。
意外と紳士というか、無駄がなく軍人らしい統制のとれ方だ。
どうもライバル会社のチンピラ感とは違うお上品さを感じる。
通されたのは会議室だ。
地下牢とかあればよかったのだろうが、たぶんこのコンテナは実験施設のためのものなので存在しなかったのだろう。
子供と侮り、軽くロープで拘束するだけだ。
責任者らしきおじさんが出てきて、私に優しく声をかけた。
「いいかい。聞かれたことに正直に答えてくれれば、お父さんのところに返してあげよう」
「それはそれは。ありがたいことです」
「………ミス・龍里からどこまで聞いた?」
「貴方たちが愚かしい実験を企てているところまでは」
私はせせら笑った。
「可哀想に。あの寄生虫の悍ましさを理解していないようだ」
「君は何か勘違いしているようだ。我々はあれを完璧に制御できている。この実験も、長い目を見れば日本国民に感謝されることだろう。医療費の削減、健康増進。あれは革命なのだ」
「その代わりに、多少お人形になってもらうと?」
責任者さんは黙り、言い訳するようにモゴモゴと口を動かした。
「協力的になってもらうと言って欲しい。データでは、人の意思を完璧に縛るほどの強制力は無いと出ている」
「そうですか。───寄生虫『アストロ』は本来文明制圧兵器として作られましたが。それをそこまでお優しく改変できると、あなた方も大したものだ」
弟君が吐き捨てるように言う。
その目にはごうごうとした憎悪と殺意が灯っていた。
憎き研究者を見る目だ。
業火に消えたあの研究所を覗き込むように、その目はドス黒い憎しみが湧き上がっていた。
責任者さんが目を見開く。
「その名前を知っているのか!どこで……お前の親は何に関わっている!」
「さて。僕らは常にカラスの黒羽色の闇に包まれ、裏社会を優雅に舞うもの。どこまで知っているかはご想像にお任せします」
組織恒例のポエムだ。
私もバーボンの子飼いになったからには多少は嗜まねばと頑張ったのだが、やはり少々不恰好か。
弟の言葉が耳を打つ。
「解析、完了しました」と。
「あまり派手な動きをされると、迷惑なんですよね」
私が凄むと同時。
全力の自死命令を3度、波状攻撃のように弟君が叩き込む。
それは速やかにこの建物内に保管されたすべての幼生を死に絶えさせた。
私は素早く窓をぶち破って撤退を決めた。
血を落とすことはできないので、頑張って腕や顔を上着で守る。
銃撃が後ろを通り抜ける。「追え!逃すな!」と怒号。
猫のようにしなやかに2階から地面に着地。
入り組んだコンテナ街であることが幸いして、敵は追いかけるのに手間取っているらしい。
まず、外で張っていたフルフェイスの男数名が追いかけてくる。
接敵と同時に抱きついてメットごと首をこきり。
多分病院に行けば死ななくて済むので大丈夫、の気持ちでノックアウトして行く。
フルフェイスのメットを被られると首トンができなくて面倒なんだよな。
前から五人。
逃げられることを想定していたというより、親の方、降谷さんの捕獲を想定していたらしくおぼつかない動きだ。
面倒だな。
私は銃弾の中を突っ切って、上着の内側に手を当てた。
「魔女の基本です。受け取ってください」
「──ッ!?!?」
魅了の魔法だ。
上着の内側に黒い油性ペンで魔法陣を描いておいたから、発動は容易。
きちんとした素材のインクで書いた魔法陣では無いため、書いてから数日で使えなくなってしまうが、隠し武器としては上等だろう。
威力も紅子さんの100分の1としょぼいものだが。
範囲内の人間に激しい眩暈を引き起こさせることぐらいは可能だろう。
なぜか虚空から「拙い魔術かわゆ!!おいちゃんがコスト全部肩代わりしようね!」という特徴的なイカっぽい思念波が届いた気がする。
気のせいだろうとうむうむ頷く。
そのままダッシュで引きつけつつ念入りに30人ほど伸せば、追ってくる人間もいなくなった。
そのまま公共交通機関に乗り込んでフィニッシュである。
服のデザインの一部に擬態させていた探偵バッジを口元に寄せて、私は言葉を紡いだ。
スマホは万が一の時取られるだろうから置いてったのが功を奏したか。
「どうです、オリジナル。こちらは作業完了しました」
『ご苦労。僕はもうしばらくかかりそうだ。君は先に宿に…………っ』
不意に降谷さんの言葉が詰まる。
私は問い直した。
「どうかしましたか」
『爆弾だ。君が処理した方はどうだった」
「!!!僕の見た限りでは確認できませんでしたが、確かなことは言えません」
ビージス日本支社に爆弾を設置していた。
ということは、すでに情報が漏れたことを理解して消しにかかっているということだ。
動きが早すぎる……いや、龍里さんはそもそもマークされていたと考えるべきだろう。
でなければあの場面で狙撃されるはずがない。
ビージス側の目的は証拠の消去、と考えるのが妥当と思われる。
『このビルで働いてる人間は爆弾について知らないようだ。つまり、社員ごと切り捨てようと言うわけだ』
「徹底的ですね」
『ビージス側と研究員の当時のやりとりも……そうだな、確認できる。どうもビージスはアメリカに幼生を持ち込むことを禁止していたらしい』
あくまで国外持ち出し禁止で日本で研究すること、ということで条件付きでの買取。
だから日本で大規模実験を行なっているようだ。
専用の研究部門はビージスからは分離。万が一があっても本社には影響が出ないようにしてあると。
弟君が吐き捨てた。
「汚い人間の小細工には嫌になる。ああ、滅ぼしてやる滅ぼしてやる。どうしてくれるんですか、昔の憎悪がふつふつ蘇ってきましたよ」
『ごめんね、汚い人間が多くて……』
「弟ヨシヨシ。たくさん撫でてあげましょうね」
私が魂でトゲトゲしたブラック弟を撫でさすると、ウニみたいだった弟くんがだんだん白く戻ってくる。
棘も丸くなりすべすべになった。
弟君は「くるしゅうない。もっと」と魂を引っ付けてきた。
『ともかく、僕は爆弾の解除に専念する。君は風見に情報を共有してくれ』
「了解しました。間に合いそうですか?」
『無理だ。出入り口を解除して避難をさせる形になりそうだ』
「無理をなさらずに」
私は父たる降谷さんをそのように慮って、祈るような気持ちで通話を切ったのだった。
・攻性型魅了の魔術
魔法陣に手を置いてすぐに発動でき、スタングレネードのように人をしばらく行動不要にできる。
紅子さんならチラリと目線を向けただけで奴隷にできるので弱小極まりない魔術。
・ブラック弟
やさぐれた転生者の闇落ち姿。
黒くてトゲトゲだが、撫でようとすると棘が引っ込むので痛くない。
抱きしめてもちもちすると白いノーマル大福ひよこに戻る。