今日は少年探偵団とハイキングに出かける日だ。
……だったはずなのだが。
急に行き先が緑台警察病院に変更になり、子供達はなんだなんだと騒ぎはじめた。
なんでも、目暮警部がクロスボウで撃たれて病院に運ばれたらしい。
つまりは劇場版、十四番目の標的が始まったとということだ。
病室に入ると、意外と元気そうな目暮警部が「おお!毛利君かね!」と声を上げた。
ベッドの上でいつもの帽子を被ったままだ。
確か奥さんとの馴れ初めが関係してるから脱ぎたくないんだったか。
でも誤魔化し方がハゲの人のそれなのはなんとかしたほうがいい気がする私である。
話題はさらさらと毛利探偵の拳銃の腕前に移っている。
普通に近距離のみなら次元大介レベルの腕前のようだしな。
目暮警部が褒めるのもわかる。
ぶっつけ本番で暴走車の一箇所ピンポイントに三発銃弾を当ててるんだから凄まじい。
なんとなく対抗心のようなものが胸を撫ぜる。
これは安室さんの残滓のようなものだろう。
白鳥警部補が「そういえば」と口を開いた。
「目暮警部の撃たれた付近にこんなものがあったのですが」
「なんだこりゃ?西洋の剣か?」
「ダンボール製ですが、意味があるものかはわかっていません」
コナン君が剣を凝視して眉間に皺を寄せている。
思い当たるところはあるのに、ギリギリ出てこないらしい。
そのまま直に解散することになったわけだが、子供達はハイキングがキャンセルになってしょんぼりだった。
「ちぇっ」「仕方ないですよ。人が襲われたんですし」「警部さん、痛そうだったね…」とのこと。
優しい子供達は概ね納得してくれているようだ。
やっぱり子供界の上澄みなんだよなぁ。
阿笠邸に送ってくれたあと、コナン君がトイレを借りるために一緒に降りてくる。
私はコナン君に囁きかけた。
「すみません。あの西洋の剣についてなのですが」
「っ、空は思い当たることがあるのか?」
「おそらくこれではないかと」
キッドに会って以来練習していたトランプマジックのため、トランプを持ち歩いていたのが功を奏した。
スペードのキングをぺらりとめくれば、コナン君は目を見開いて叫んだ。
「おい、じゃあまさかこれは!」
「見立て殺人の可能性もあるかと。初手から失敗しているというのにとどめも刺さなかったあたり、本命は別にいるかもしれませんが」
「…………」
険しい顔をしてコナン君が考え込む。
まだ一人目で範囲が広すぎるし、本当に見立て殺人かもわからないからだろう。
私は原作知識が故に次に狙われるのが誰か知っているが。
それが何故なのか説明ができない。
阿笠博士だけでも守りたいが、歯がゆいものだ。
コナン君が肩をすくめて口を開いた。
「ともかく、犯人の出方を伺うしかねぇか。助かったよ空。俺も喉元まで来てたのに出てこなくてスッキリしなかったんだ」
「いえ、貴方ならそう遠くないうちに答えにたどり着けていたでしょう。事件を追うのであればお気をつけて」
「ああ。ありがとな」
そのあたりで、灰原さんが後ろから半目で訝しげな顔をして声をかけてきた。
いつまでも油を売っている私を呼びにきたらしい。
「なに二人でいつまでもコソコソしてんのよ。愛しの彼女が心配してるわよ?」
「うっせ。というか空がどっか無茶しないように見張っててくれよ」
「あら、貴方は見張ってなくていいわけ?無鉄砲は貴方の方が上よ」
「バーロー」
知能が同じもの同士、早くも阿吽の呼吸のようだ。
私は蚊帳の外の気配にブスくれて、灰原さんに「行きましょう。昼は海鮮パスタの予定です」と口を挟んだ。
灰原さんは淡く笑って私の髪を撫でて「そうね、貴方の料理はいつも絶品だから楽しみだわ」と言ってくれた。
肌に触れることを彼女は好まない。
でも、最近はよく私をこうしてテディベア代わりに撫でてくれるのだ。
優しい人だ。
うーむ、触り心地の維持のため、髪の毛の手入れは怠らないようにせねば。
そのように決意を新たにする私である。
さて。
今日も今日とて警戒を怠らぬ日々である。
目暮警部が襲われたということは、阿笠博士の番になるのもそう遠くないということだ。
ターボエンジン付きスケートボードのメンテナンスのためにやってきたコナン君が、浮かない顔をして物思いに耽っている。
なにやら暗い様子に、私はコナン君へと問いかけた。
「昨日は何か毛利探偵宅が慌ただしかったようですが、何かあったんですか?」
「妃弁護士に毒が盛られたんだよ。おっちゃんに恨みを持つものの犯行じゃないかって、少し捜査があったんだ」
「ではやはり」
私の言葉に「ああ。妃、即ちクイーンだ。トランプの絵柄を示す紙製の花も見つかってる」と返答があった。
妃弁護士の方に命の別状はない様子。
保身が故に黙ったまま毒を喰らわせた状況に胸が痛む。
私は知っていたわけだが、理由が説明できないからと黙ったままだった。
コナン君が両手を合わせてホームズのポーズをした。
「でもジャックに心当たりがない。目暮警部も妃弁護士も、職業柄恨みを買いやすいし……パッと思い当たる名前もない」
「そうですね。見立てなんて犯人の匙加減一つですから、現段階ではなんとも」
と、会話しているとお湯が沸いたようだ。
キッチンのやかんから音がしているので、早く止めに行かねばなるまい。
私は思い悩むコナン君を労るため、彼へと笑いかけた。
「お茶を淹れますので、座って待っていてください」
「悪いな空、灰原は?」
「地下の研究室です。彼女もそろそろ休憩を入れるべきなのでついでに呼びましょう」
そのように会話してから、火を止めるためキッチンに入る。
火を消した、その直後である。
ガシャン、とガラスの割れた特徴的な音がここからでも聞こえてきた。
すぐに「これ!だれじゃこんな悪戯をしたのは!」と博士が憤る声が聞こえてくる。
まずい、阿笠博士が危ない!
全速力で彼らの元へと駆けつける。やばいやばいやばい、タイミングが悪いんだよ!
阿笠博士がドアを開けた瞬間に、私はなんとか間に合った。
体を投げ出し、力一杯博士を壁に押し付ける。
瞬間、クロスボウはギリギリ博士のズボンを割いて通り過ぎて内扉へと突き刺さった。
それでもかすめはしたのか、「痛っ!?!?」と飛び上がって悲鳴を上げる。
ドアの向こうに、クロスボウを構えるフルフェイスのヘルメットの男が見えた。
「…………貴様…!」
思わず、目の前が真っ赤に染まるような感覚がした。
カチッとスイッチが入る。
距離が遠い。
ここから派手にどれほど走ったところで、敵が逃げるほうが早い。
冷静に計算する肉体が意思を伴って勝手に動く。
瞬間。
壊れたドアのドアノブの部分をむしり取って、全力で犯人へと投げつけた。
これには流石の犯人も驚愕したのだろう。
ある程度の大きさの金属塊が高速で飛来し、避けきれず犯人の右肩にぶち当たる。
男は苦悶の声を上げながらも倒れることはなく、ふらつきながら逃走した。
ああ、追いかけないと。
仕留めないと殺さないとぐちゃぐちゃに引き裂かないと。
守るべきものが傷つけられた。
血と肉が見たい。腑分けして献上しよう。
肌がざわめく。爪が不愉快で掻きむしりたくなる。
本能が励起し、全てが私を駆り立てる。
それを抑える気にならない。よくもやってくれたな。
不意に、勢いよくコナン君が私に飛びついた。
「『967-OA2、オーダーッ!』落ち着け空!!」
「………すみません、少し我を失いました」
「っ俺が犯人を追う!お前は救急車と警察を呼んでくれ!」
「はい、お気をつけて」
私の激情を、割り込んだコマンドが強制的に沈める。
しまったな、少し冷静さを欠いていた。
でも少し残念だ。
我を失ったという名目で、あのクソ野郎を引き裂くチャンスだったのに。
でもコナン君の命令を聞かないのは違うし、ままならないものである。
走り出すコナン君を見送って、私は素早く博士の傷の様子を確認した。
出血が結構あるな。
騒ぎを聞きつけたのか、灰原さんが気だるそうに地下室から登ってきたようだ。
博士の姿を見て悲鳴を上げた。
「さっきから一体何を騒いで……博士!?!?」
「灰原さん、博士が不審者に襲われました!そちらは救急車を!僕は警察に連絡します!」
「工藤君はどうしたの!?」
「彼は犯人を追いました」
「っあの無鉄砲男!」
緊急通報をすれば、すぐに警察と救急車は到着した。
阿笠博士は病院に運ばれて、そこで治療を受けることになったのである。
その後はコナン君も撒かれたらしい。
毒も警戒して救急車を呼んだので、運ばれた病院で落ち合うことになった。
灰原さんはずっと心配そうに押し黙ったままだ。
病院廊下に座ったまま、ポツポツと会話を交わす。
「逃げられちまったけど、あいつは肩を庇ってたからな。たぶん後から犯人を特定する目安になるはずだ」
「お役に立てたならよかったです。肩の骨にダメージを与えましたから、利き腕を使えるのはずいぶん先でしょう」
物言いたげな様子で、コナン君が悲痛そうに私を一瞬見た。
投石は原初の兵器だ。
私にかかれば庭の石ころでも相当な武器となることだろう。
長い沈黙の後、物憂げな顔でコナン君が頭を下げた。
「悪かった、空。緊急とはいえお前の意思を無視して命令した」
「僕はかまいません。使用は適切でしたし、命令は僕の好むところですから」
酒を楽しむどころではなかったのが残念なところ。
もっと平和なタイミングで意味のない命令を聞いて酒盛りしたいんだよな。
踊れ!ぐらいのオーダーでもいいのよ。
そんな気持ちで微笑んだのに、何故か二人とも余計に鬱々になってしまった。
なんでや。誰か我に酒をくれたもう。
現場ではやはり紙製のアイテムが見つかったらしい。
警察は連続殺人未遂と断定。
捜査を進めているらしい。
博士は今検査中で、怪我の手当も受けている。
病院の独特な消毒液の香りが鼻につく。
ああ。
また怒りがふつふつと沸いてきた気がする。
お礼参りじゃおらぁ!!!といきりたって、無意識に目を細めて殺気でも出していたのかもしれない。
「空、よせ」とコナン君に嗜められて、私はしょぼんと俯いた。
「この事件は俺が解決する。お前は博士についててくれ」
「そうね、名探偵がいるのなら私たちの出る幕はないわ。私たちは博士が隠れてお菓子を食べないように見張ってましょう」
ようやく顔を上げた灰原さんが、穏やかに私の頭を撫でる。
私は内心ブーブー言いながら内心ひっくり返って喚いた。
やだやだやだお礼参りする!
でも大人なので喚かない。ぐすん。
「…………わかりました。白状しますと、先ほど阿笠博士にポテチを買ってくるよう依頼されて三袋棚にしまいました」
「ダメでしょ貴方!博士のメタボ見たらわかるでしょ!命令はなんでも聞けばいいって話じゃないわよ!」
「でも食べてる時の博士、幸せそうですし」
「一瞬の幸せで身を持ち崩してどうするの!」
叱られが発生し、私は余計にしょぼぼぼぼんと落ち込んだ。
幾度も注意を受けているが、やっぱ刹那に生きることこそQoLをあげる秘訣だと思うんだがなぁ。
コナン君が「まあまあ、空も博士に喜んでもらいたくてやったんだし」と仲裁している。
「貴方も!空君を甘やかさない!」
「ははは……」
パパ……ママ……。
小学生しかいない空間に概念核家族が爆誕し、私は困惑しつつ満足した。
ワイのパパはアムピだと思っていたのだが、違ったかもしれねぇな……。
とりあえずだれもコマンドをくれないみたいだ。
いずれ代替品を探そうと、私は決意するなどしたのだった。
・クローン主
酒好き。
襲撃防衛モードが起動しかけていたが、コナン君のコマンドで停止した。
・コナン君
クローンが命令に忠実かつそれを望んでいて鬱。
主人に従うよう作られているのだとまざまざと感じさせるから。
この後クローンを置いてきちんと一人で事件解決する。