都内の一等地のオフィスビルに、ビージスの日本支社が入っている。
正式名称は「BGS Japan, Inc.」。略称の意味は忘れたが、創業の地名とかだったはずだ。
こんな場所で爆弾が破裂すれば、相当な規模の被害が出るはずだ。
風見さんにはすでに連絡してあるから、私も現地へと向かった形だ。
爆破されるのはあのコンテナも一緒だが、研究者は生きていてもらっては困るので放置。
一般の社員には申し訳ないが、公共の利益のために貴君らには死んでもらう。
別に銃撃されたことは根に持ってないですはい。
コナン君は無事にルシファーを止めた頃合いだろう。
そのあたりで電話が一本。
噂をすれば影、コナン君からであった。
『空!安室さんに聞きたいことがあるんだけど、あの人に繋げられるか!?』
「オリジナルは現在取り込み中です。大前の行方なら分かりませんよ」
『そうか……いや、東都ベイブリッジなら……』
どうやらルシファーの捕獲には成功したらしい。
あとは開発者の大前を捕らえるのみ、と。
一応私たちの動向も共有しておこうと口を開く。
「私たちはビージスの持つ幼生の自死処理に成功しました。これでビージスの所持する幼生の大部分は処理し終えたかと」
『ッ!そうか、よくやった!!』
「それと、実験の痕跡を爆破し証拠隠滅しようと、ビージス本国が動き出しました。現在、本社と実験施設に爆弾が設置されています。一応本社の方はオリジナルが解体に当たっています」
『………わかった』
実験施設の方は見殺しにすると、私は言外に説明した。
それを分かった上でコナン君は言葉を飲み込んだようだ。
清濁合わせ飲む、あるいは手の伸ばせる範囲を正確に把握しているか。
コナン君はしばしの沈黙でそれを受け入れたようだった。
『俺はルシファーの開発者である大前さんの暗殺を阻止して、検挙できる証拠を集める。そっちは任せた』
「頼みました。僕らもできる限り最善を尽くします」
電話を切って、私は改めてビルを見上げた。
まだ穏やかな交差点には人が行き交っている。
そのビル前に風見さんの姿を見つけ、私は駆け寄った。
「君は!……危ないから下がっていなさい」
「中に入ったりはしないので安心してください。僕では目立ってオリジナルの邪魔になりますから」
「そうか」
風見さんは定期的に降谷さんの留守中に私の世話をしに来ているので、私とは面識がある。
口数は少なくオドオドしていて、なんともミニ上司を見る目で私を見てくる。
そんな怯えなくても仕事押し付けたり怖いことしたりしないのに。
風見さんは咳払いして眉間に皺を寄せた。
「すでに公安の手のものが降谷さんのサポートに回った。心配はいらな、」
瞬間。派手な爆音が上空で響き渡った。
オフィスビルの8階が爆発したのだ。
悲鳴がこだまし、歩行者が逃げ惑う中、ばらばらとガラス片が落下してくる。
唖然として見上げる風見さんに、私はぼんやりと言葉を紡いだ。
「始まったみたいですね。ビージスが一枚上手と見るべきか、必要最低限のコラテラルダメージと見るべきか。難しいところですね」
「っ、私は指示を出しに戻る!君は帰るんだ!」
「はい、ご武運を」
ここにおいて私にできることは何もない。
ついに私は待つ側に回ることになったのだ。
あっという間に規制線が張られ、その向こう側から野次馬が身を乗り出して煙を上げるビルを見上げている。
救急と消防が駆けつけるが、その高さに初動は苦戦しているようだ。
胸が締め付けられる思いがする。
あのビルのどこに降谷さんがいるのだろうか、今何をしているのだろうか、無事なのだろうか。
疑問は山のようにあって、答えは出ない。
そこに、私の背後から声をかける人物が一人。
「ままならないと言う顔をしているわね、輪廻の渡り鳥」
「えっっ紅子さん!?!?一体どうしてこんなところに!?」
長い黒髪を靡かせ、妖艶に微笑む姿は麗しい。
世の男性全てを傅かせられると言われて、その通りだろうと納得する莫大な魔力と力量。
私の師匠、小泉紅子だった。
私は驚きに目を白黒させながら瞬いた。
「まさか転移魔法ですか!?狙ったようにこんなところにいるなんて、すごい魔法が使えるんですね!」
「電車よ」
さよけ………。
私が多少がっかりしたのがわかったのか、やや目を吊り上げて紅子さんは腕を組んだ。
「何でもかんでも魔法に頼るのは非効率よ。アーミッシュじゃないんだから文明の利器も使うに決まってるわ」
「な、なるほど。失礼いたしました」
「それより、貴方のままならなさについてよ」
紅子さんの言葉に、私は俯いた。
これは仕方のないことだ。
全てが己の力で解決できたのなら、それは神か仏でしかない。
待つ側とはかくも無力なのかと、苦しい気持ちになっただけ。
蘭ちゃんがいかに心細いか身をもって理解できる。
信じて待つと一言で言うが、そのままならなさたるや胸が張り裂けそうだ。
「使わないこと、信じること、それが一番魔女の大切な力よ。若い魔女ほど力に溺れがちになる」
「………」
「でも貴方にはできることが残っている。幸運なことにね」
「え?」
「来なさい」と言われて私は適当な建物内に引っ張り込まれた。
裏通りに面する人通りのない建物の受付は伽藍としていて、どうにも寂しく思える。
「これ。最も原始的な太古の魔法、無事を願う祈りの魔法を教えてあげるわ」
その言葉と共に、私は手を組むように指示されて慌てて祈りの姿勢を取る。
紅子さんの指示はそれだけだった。
「手を組むだけでいい。素養のある一般人なら、自覚せず自然に使っているほどに原始的な魔法よ。自身の幸運を分け与える、相手に与える魔法」
「……優しい魔法ですね」
「ええ。魔法とは始まりにおいてそうだった。切なる願いを形にするだけのもの」
私は手を組んだ己を見下ろして自嘲した。
「僕が自分の幸運を使っていると知ったら、またオリジナルを悲しませてしまいそうだ」
「それなら心配しなくてもいいわ」
微妙な顔をした紅子さんが肩をすくめた。
なんだか奥歯に物が挟まったような言い方だ。
「ともかく、貴方の幸運は無限にあるものと思っていい」
「チートじゃないです?初耳ですけど」
「いいのよ。深く考えるべきではないわ。遠慮なくあの正義の執行者に分け与えなさい」
「は、はい」
ともかくいいらしい。よくわからんが紅子さんが言うことなら間違いないだろう。
手を組んで祈りを捧げる。
実は祈りのポーズはフリースタイルでいいらしい。
祈っていると言う事実さえあれば成功する魔法なんだとか。
頑張れ。私に愛を教えてくれた人。
きっと私と同じように、愛に不器用だった人。
その祈りのひとひらが、チカリと瞬いて空に消える。
その瞬間、弟君が「あ」と声を上げた。
『どうしました?』
『運命が動く。すべてのキーが揃った……ようやく、ようやく新たな選択肢に入る……!』
『見た目は変わりませんけど』
『劇的には変わりませんよ。運命なんてそんなもんです。でも、でも』
弟君は俯いて、それから僅かに震えて。
私にぴとりと寄り添って、静かに涙を流した。
透明な涙だった。
『もう、あんな思いをしなくて済むんですね』
『────……』
彼がどんな目にあったのか、断片的にしか分からない。
彼は決して語ろうとしなかったし、そんなこと無かったことにしたいと思っていた。
いや、それは違うか。
彼は過ぎ去って無くなった未来を大切にしていた。
それを思って毎晩泣いた。父君と母君に会いたいと涙を流した。
ここは彼の知る世界ではないのだ。
どれほどの絶望があったか、私には想像でしか語ることがでない。
私はそのまろい魂を抱きしめて、精一杯の愛を伝えた。
『僕はここにいますし、みんな無事です。僕の弟。安心してください』
『ええ。ええ。兄君。もう僕を閉じ込めないで。置いていかないで。どうか隣に居させて』
『もちろんです』
次々と優しい祈りが燐光となって空に昇っていく。
きっとこの光は降谷さんを受けて、無事に戻ってきてくれるだろう。
しばらく。
光の鱗片は、静かに雪のように降りしきっていた。
・フラグ状況
→〈Easy〉降谷零が電話をする Clear!
→〈Very Hard〉阿笠空が真に愛を知る Clear!
→〈Extreme〉幼生を拡散させない Clear!
→〈Normal〉悪霊xxxxxを除霊する Clear!
ALL CONDITIONS FULFILLED.
〈条件を満たしました〉
ALL CONNECTIONS RE-ESTABLISHED.
〈全連結再結合〉
RECONFIGURING FATE.
〈運命を組み替えます〉
REDEFINING DESTINY.
〈定めを再定義します〉
PROCEED.
〈処理継続〉
HAVE A PLEASANT JOURNEY.
〈良い旅を〉