さて、コナン君が乙ってしまったので、私がなんとかせねばならんだろう。
灰原さんが都合良く「空君は動かないで。博士は警察に電話して」と言ってくれたからな。
それを見送り、隠し通路で先回りしようとする犯人を見送ってから、私は切り出した。
薄く笑って、灰原さんに語りかける。
「では、狩りましょうか」
「ダメって言ってるでしょ!私たちは子供なの、無力な、無力であるはずの、護られるはずの存在よ!」
「ですが次に狙われるのは阿笠博士です」
「!!!」
灰原さんは私の言葉に思わず息を呑んだ。
肩が緊張に震えている。ショックを受けているのだ。
彼女を怯えさせるとはふてぇ野郎だ。
必ず処さねばなるまい。
「隠れ潜む気配が一つ、先ほど阿笠博士を追って去っていきました。おそらく通報される前に始末する気なのでしょう」
「そんな…!」
「あらゆる生命において、食事の瞬間こそが最も無防備なものです。僕たちはゆるりとそこを狩ればいい」
我々に手出ししたことが間違いだと、思い知らせるために。
静かにそのように結論を出せば、灰原さんは押し殺した声を漏らした。
「危険なことはしないでちょうだい。貴方が心配なのは、分かってくれるわよね」とのこと。
「勿論です。殺しもしません。それはあなた方の望むところではありませんから」
「そうよ。人殺しは、良く無いことなの。貴方はそのために作られたけれど、それでも。私たちは、貴方には正しい道を歩いて欲しいと思ってる」
危険の中にあって緊張しているだろうに、恐怖しているだろうに。
それでも優しく私の髪を梳いて、灰原さんか穏やかに笑う。
「貴方は、悪人たちの勝手な願いに縛られなくていい。誰しもがやり直せるし、自由を手にできる。そう、工藤君に教えられたでしょう?」
「灰原さん……」
素で外道働きしてすまん……。
私は反省した。
悪人に人権はない急進派だった過去を悔いるなり。
眩いばかりの光に浄化されたのだ。
外道な犯人にも少しだけ更正の機会を与えるべきだったのかもしれない。
事故を装って処して、生きてりゃいいだろ程度の怪我を想定していたが。
気絶から起きたら警察に囲まれてた程度にしておくことを決意する。
さて。
阿笠博士は彷徨きながら固定電話を見つけたようだ。
通報しようとトコトコ電話に近づいていく。
私たちはそっと物陰に隠れてその様子を見守った。
ふと、物音がして。
阿笠博士が何かに気付いたように、廊下の奥へと歩いていくのが見えた。
犯人が動いたのだろう。
おそらく阿笠博士を吊り出して、そこで阿笠博士に危害を加えるつもりなのだ。
廊下の先には何か白いものが落ちていて、阿笠博士はそれを拾って息を呑んだ。
私の鼻には、ここまで明確に血の匂いが漂ってくるように感じられる。
デザインからして、あれはコナン君の被っていた帽子だろう。
血が付着しているということは、それだけ激しく殴られたということだ。
光堕ちしそうだった心が一瞬でやさぐれる。
が、背後で私の背中を掴む灰原さんの手の温かさに引き戻される。
彼女たちを悲しませるのは無しだ。
阿笠博士が、目の前で開いた隠し扉に慄きながらも、そっと入っていく。
その背後から殴り掛かろうと待ち構えていた犯人に。
さらに後ろから駆け寄り、首を捉えてベアパンチを叩き込む。
ガッ、と鈍い音が響く。
驚愕に目を見開いた犯人が、そのまま鉄パイプを取り落として倒れ伏した。
本来、爪があれば顔なんて持って行けただろう威力になってしまうからな。
流石に死んでしまうので手加減しつつの一撃だ。
びっくりした阿笠博士が飛び上がってオロオロと動揺した。
「なんじゃ君たち!?この人は一体!?」
「この老婆が阿笠博士を鉄パイプで殴り飛ばそうとしていたので、やむなく止めさせていただきました」
「あら、誰かと思ったらご当主様じゃない。昼間は車椅子を使っていたのに随分と健脚なのね」
「四年前の火事を利用してすり替わったのでしょう。昼間の会話も不自然でした。10年間この城に引きこもったままだというのに、パスポートのサイズ変更の例えがするりと出てきたようですし」
つまり、このご当主様は宝を狙う偽物だというわけだ。
顔を当主そっくりに整形したんだったか。
本当は多分もう少し若い人かもしれない。
ちなみにこの推理は肉体がすぐにやってくれた。
私はへーそーなんだー、程度の仕事しかしていないことを留意されたし。
「さて、改めて警察を呼びましょう。コナン君はどこかに監禁されていると思います。また、おそらくは成り変わり元の死体も同じく隠されているかと」
「そうね。博士は電話をお願い。私は家人を呼んでくるから、空君はこいつを見張ってて」
「承知しました」
「それと」
灰原さんが私の頭をもう一度優しく撫でて、微笑んでくれる。
温かく優しい手つきだ。
まるで慈しむかのように、穏やかな表情で私と目が合う。
「ありがとう。貴方のおかげで助かったわ」
「………いいえ。あなた方が無事で何よりです」
優しい灰原さんやで。
こんな何処の馬の骨とも知らないクローンのことを思ってくれるなんて。
なんとか、私も感謝を返せるといいのだが。
そうして、無事に青の古城事件は幕を閉じた。
コナン君は縛られて動けないまま隠し部屋に監禁されていたのを、駆けつけた警察が発見した。
白骨死体も見つかったようだ。
やはりこの老婆が偽物であることは確定らしい。
どうやらコナン君はこの白骨死体に気を取られていた間に背後から襲われたとのこと。
本人に聞いたら、ブスッとしながらそのように教えてくれた。
原作第一話と言い、背後が疎かすぎるんだよな、コナン君。
私が何か訓練してあげるべきだろうか。
例えば隙あらば背後に立ってハリセンで叩くとかさ。
子供達はといえば、気付いたら警察がやってきて大層びっくりしたらしい。
帰りの車の中で、光彦君が心配そうにコナン君に話しかけた。
「大丈夫ですかコナン君、殴られたところは痛くないですか?」
「ひでーことするやつだよな!」
「歩美、パン持ってるよ。食べる?」
「あ、悪い歩美ちゃん。なんにも食べてなくて腹減ってたんだ」
歩美ちゃんの顔がパッと明るくなった。
確かに包帯で巻かれた頭部は痛々しく、病院での検査で問題ないことがわかっても心配になるもんな。
歩美ちゃんはコナン君の腕をとって抱きついた。
実に幸せそうに見える。
光彦君もチラチラ灰原さんを見ているようだ。
みんな非常にかわゆい。
ふっと笑ってコナン君が小さく私に囁きかける。
「空は色恋には興味ねぇのか?」
「僕はオリジナルの趣味嗜好を除けば特に。繁殖方法が人間と異なりますし」
「………悪い、変なこと聞いちまったな」
瞬時にすごく鬱な顔をされてしまった。
完全に返答に失敗してしまったようだ。
実際。
この生物兵器たる肉体は姿形こそ人間そっくりだが、実態は大きく異なる。
そもそも兵器としての運用がメインだからだ。
兵器の性能としての単為生殖しかしないし。
増え方もこう、なんだ、『エイリアン』のチェストバスターみたいな感じになる。
人間を食い破って出てくるアレだ。
敵地制圧と増殖を兼ねた完璧なソリューション、ということらしい。
本当にどうしてそのどうしようもねぇ生態でビジュアルをアムピにしようと思ったの……?
まあだから恋愛とかそういう話は普通に距離を置かねばならない。
これを知ってる灰原さんも後ろで凄まじく暗い顔をしている。
慌てて私はフォローに入った。
「でも優しくて己の芯がある人は好ましいと思います。蘭さんは素敵な女性ですよね」
「あ゛?」
「いやそういう意味でなく純粋に褒めてるつもりでした。お似合いのカップルだなと。異常な喧嘩っ早さですね」
「うっせ」
コナン君、蘭ちゃんの話になると秒でキレるんだよな。
あまりに面白いので定期的に揶揄おうかなと思っている私である。
でもこの子供のなりでは間男になるのは少々無理がある。
きちんと成長できるなら、成体になってからの方が楽しそうだ。
クスクス笑うと、コナン君が拗ねて頬杖をついてむくれた。
「お前のその妙に性格悪いところ、どこから来たんだよ」
「たぶんオリジナルです。僕のせいではないです。きっとそうですね」
「いや組織幹部の性格が悪いってならまあある程度説得力あるけどさぁ。お前それにかこつけてないか?」
「そんなことないです。オリジナルの尊厳に誓って嘘はついてないです。僕は清廉潔白な正しいクローンです」
ホントホント、クローン嘘つかない。
そんなふうにわいわいと明るい空気に戻しつつ。
青の古城の刺激的なキャンプ体験は幕を下ろしたのだった。
・灰原さんの心境
どうか私たちの手によって弄ばれてしまったクローンが、穏やかな日々を過ごせますように。
人間らしく、当たり前の日常を過ごせますように。
この子の心根の優しさが、無情な現実に穢されませんように。
・コナン君
後から、クローンが灰原さんの説得で矛を納めてくれたことを知って安堵する。
人の理を説けば理解してくれる子だと。
コマンド機能はマジクソなので「どうにかして空から機能を除去できねぇのか?」と灰原さんに相談してる。