今日は少年探偵団の皆と警視庁に呼ばれている。
青い古城事件の参考人としての登庁だ。
子供達は「スッゲーでっけー!」やら「ここでいろんな事件調べてるんだよね!」やら大はしゃぎだ。
コナン君もややそわりとしている。
工藤新一としてよく来ていただろうが、たぶん自分が来なくなってから面白い難事件が起きてないか気になっているのだろう。
みんな嬉しそうで私もニッコリである。
灰原さんが心配そうに眉を下げて話しかけてきてくれる。
「大丈夫?ここまで車で来たけど、やっぱり霞ヶ関は人が多いわ。体調はどう?」
「サッカースタジアムなどになってくると厳しいですが、この程度ならば心配ありません。……ここが、警視庁か」
これまでとんと縁の無かった場所だ。
違法に作り出されたクローンなど、どちらかと言えば追われる方の身であるし。
無戸籍児が学校にも行っていない、として目をつけられる可能性すらある。
まあ、その場合連絡が行くのは児相ではあるだろうが。
なんにせよ、色々な意味で肩身の狭い場所である。
「皆さん、どうも。高木です。ご足労いただきありがとうございます!」
建物からやってきてぺこっと頭を下げたのは、人の良さそうな顔をした若い刑事さんだ。
冴えない顔つきだが優しげで親しみやすい。
おお、生の高木刑事だ!
私は物珍しさにパタパタと近寄った。
高木刑事が「君もありがとうね」と優しく腰を下ろして目線を合わせてくれる。
すごい、子どもに対する接し方も丁寧だ。
案内された捜査一課強行犯捜査三係の部屋は綺麗で、どこか市役所のような雑多な事務感に溢れていた。
昭和の刑事ドラマのイメージとはかけ離れているが、これも現実のコンプラってやつだろう。
今時オフィスビルでもくもく吸ってたら叩き出されるしな。
明かりの下で見る高木刑事はなんともヨレヨレだった。
仕事が激務で、私生活も疎かになっていることが見てとれた。
シャツもシワシワだ。
アイロンがけ、一人暮らしだと大変だもんな。
それを子供達に突っ込まれて「彼女いない」とか陰口叩かれているのは少々可哀想ではある。
事実今の高木刑事に彼女はいないだろうが、いい人なんだからすぐにゴールインするだろう。
灰原さんが少しだけ己の服を撫ぜたあと、私に微笑みかける。
「我が家のアイロンがけは空君が全部一人でやってるものね。偉いわ」
「僕が一番手すきですので。面倒を見てもらっていることを思えば、おさんどん程度ではとても釣り合いません」
私の言葉に歩美ちゃんが体ごと首を傾げてみせた。
「おさんどんってなぁに?」
「家事や炊事をする人を指すことばですよ!」
「なら空君お料理できるの?すごい!歩美も食べたい!」
「うな重作れるか!?」
うなぎ小僧が無茶を言ってくるので、私は苦笑で返した。
やってやれないこともないだろうが、設備の点から言って専門店で食べた方が絶対美味いだろう。
大体材料費も光熱費も阿笠博士持ちだし、実質阿笠博士が作ってるようなもんだ。
「ふむ……阿笠博士。この後昼食を皆で阿笠邸で食べるのはいかがでしょうか」
「それでは空君の負担になってしまうが」
「僕が振る舞いたいと思いました。我儘を申し訳ありません」
「それなら構わんよ。空君のやりたいことがあるのなら、わしらも大歓迎じゃ」
阿笠博士がニコッと好々爺の顔で頷いた。
みんな優しい…うなぎ小僧とかホンマ好きなだけ食うのに…優しい……。
私はいっぱいお食べモードに心を切り替え、作りまくる決心をした。
「博士はサラダに置き換えよ。午後には空君と一緒に運動してちょうだい」と無情な一言。
ガックリと博士が撃沈した。
コナン君がわしゃわしゃと私の頭を撫でて「ありがとな、空!」と笑いかけた。
嬉しみが深い。
でもみんな私を撫でるのなんなの。そんなに身長が低いわけでも無いのに。
素早く膨れた歩美ちゃんが「歩美も…お料理覚えたら食べてくれる…?」とコナン君に迫っている。
小学一年生がキッチンを触らせてもらえるかは微妙なラインだが、きっと歩美ちゃんのお母さんは喜ぶだろう。
みんな可愛くて私も嬉しいよ。
と、そのあたりで佐藤刑事が登場。
高木刑事が一気にアワアワして頬を染めた。
片思い感満載で悪質なニヨニヨ笑みになってしまう。
さっきまでのこども劇場では慈愛に満ちた顔ができていたのに。
みんなニタニタ野次馬根性丸出しである。
「オメーの女かよ!」と元太くんからヤジが飛んだ。
行儀が悪いぞ元太君。
歩美ちゃんがホワホワした顔でコナン君の服の裾を引っ張った。
「そう言えば、クラスのさっちゃんが空君のこと凄くかっこいいって言ってたよ!」
「さっちゃん……ああ、あの子か。でも空と会う機会なんてあったか?」
「この間歩美が忘れ物した時に届けてくれたことあったでしょ?その時空君が一緒にいたから」
歩美ちゃんはとても嬉しそうに恋バナを続けている。
確か帰り際に私と少し話す機会があったか。
何か思い悩んでいる様子だったので、「大丈夫ですか」と声をかけたのだ。
少しばかり人生相談じみたものもしたが、所詮は小学一年生。
よその大人の気持ちで多少のアドバイスはしたけれど。
「とーっても優しくて好きになっちゃったって!」と歩美ちゃんは丸聞こえの内緒話を続けている。
私は少々困ってしまった。
確かにビジュアルはアムピだし、物腰も穏やかで落ち着きがあるように見えるだろう。
だが中身は私だ。
しかも生物兵器として奇想天外な生態をしている。
とても健全な小学一年生が想うような相手ではないのだ。
もしアタックされたら、傷付かないように丁寧にお断りしなければなるまい。
初恋が失恋なのは悲しませてしまうが、こればっかりはどうしようもない。
あと小一は流石に射程外です。犯罪だろお前。
コナン君がものいいたげに私を見て、それから灰原さんに目配せした。
あっ、私のこの困り顔は「生物兵器の身で釣り合うはずがない」とかでなく、普通に大人の感性の話です。
だからお見合いのセッティングはやめてね。
その向こうに、私を見て考え込む佐藤刑事の姿が見えた。
佐藤刑事の顔に、不意にクローンとしての記憶が鮮やかに想起された。
卒業の日に見学に来た彼女と、制服姿の己が脳裏に蘇る。
己を呼ぶ友の声。爽やかな春風。桜の舞う空は澄み渡っている。
───────………。
まあ、どちらにせよこれは私の記憶ではない。
原初の誓いに意味はない。
桜の前で交わした友情は私のものではないのだ。
胸が締め付けられるような不思議な感覚は、この肉体の性質上どうしようもないこと。
あと他人の青春を勝手に覗き込んだ罪悪感でドカ鬱である。
申し訳ねぇ…アムピの神聖なる領域に土足で踏み込んで……。
気付けばずい、と佐藤刑事が私の顔を覗き込んでいた。
少しだけ慄く。
「坊や、お父さんと一緒かしら」
「え。その……」
「少し聞きたいことがあるのだけれど、呼べる?」
おっと、佐藤刑事の方も私の特徴的なカラーリングが記憶に引っかかったようだ。
慌てて阿笠博士が言い訳をしようとしたので、それに私が割って入ってストップをかける。
これからアムピが合流する際、あまり苦労するような嘘ではいけないからな。
「父とは母の離婚後会っていません。母も亡くなっていますので、詳しいことは分かりかねます」
「!!そうなの。ごめんなさい、変なこと聞いちゃって」
「いえ」
あむぴバツイチ子持ち説。
すまんね、女子高生避けにはちょうどよかろうよ。
本当にすまぬ。
コナン君が胡乱な顔をして私に囁いた。
「おい、お前の父って」
「はい。バーボン、安室透を想定して話しています」
「………」
凄く文句ありげな顔をされてしまった。
そりゃ疑惑の組織幹部が父親では文句の一つも言いたくなるか。
なんか割とコナン君達の間でバーボン悲劇の悪役説が出てるっぽいけど。
コナン君がヒソヒソ言葉を続ける。
「どんなやつなんだよ、そいつ」
「自分を形容することが難しいように、オリジナルを公平に評価することは難しい。ですが、一癖も二癖もある人間なのは間違い無いかと」
「……もし、さ」
コナン君がもう一段声を潜めた。
「もし、そいつがお前を拒絶したらどうするんだ」
「………?己のクローンを拒絶するなら、それはある種健全とも言える反応でしょう。僕が個人的に慕うことに支障はありません」
「自分のもとで悪事を働けって言われたら?」
ふむ、それは彼が降谷零だからあり得ないことだとは思うが。
たとえば公安の後ろ暗い仕事を与えられたら、と読み替えて返答するとしようか。
「オリジナルが言うのであればと、従いたい気持ちがあります。僕は、オリジナルを慕っていますから」
「…………」
「彼のために使い潰されるのであれば本望です」
現実問題、かなりいい具合の活躍の場だと思うんだよな。
無事に成長できたなら、私の姿は降谷零とほぼ同一だ。
彼のできない汚れ仕事を引き受けて、生物兵器としてのスペックでささっとこなして。
推しに貢ぎながらのんびり余生を過ごすのだ。
この世界における過ごし方としてはかなりいい塩梅だと思うのだ。
「所詮は仮定の話です。僕は研究所を潰した組織の敵ですから」
「……お前は、」
コナン君が何かを言いかけた、その時である。
高木刑事が出ていた電話が偶然にもスピーカーモードに切り替わり、その向こうから人の絶叫が響き渡った。
「奥さん!返事をしてください!奥さん!」と高木刑事が叫ぶ。
どうやら東都銀行の支店長が、先日起こった強盗事件で事情聴取をする予定だったらしい。
悲鳴と共にコナン君は姿をくらませている。
どうやら警察車両に潜り込んで現場に向かうつもりのようで、一瞬のうちに姿が見えなくなっていた。
反射神経の鬼かよ。
凄まじい熱意に尊敬の念すら抱く今日この頃である。
ともかく、今日の私たちの事情聴取は日を改めることになったのであった。
・クローン
安室への遅延精神攻撃を溜めている。
流石に小学生相手に恋愛は困る、転生者の価値観。
・阿笠博士
そばで聞いててまた激鬱になってしまった。
しょぼしょぼのまま子供達を連れて帰宅するが、家でクローンの凝った和定食を食べてニコニコになった。