コナン君は一命を取り留めた。
その間は蘭ちゃんが夜通し付いていて、その真摯さにはビッグラブを感じざるを得ない。
ええ子やで。
少年探偵団の子らは、立ち入り禁止の場所に入ったことを警察に怒られて皆しょんぼりだった。
看板を無視して子供だけで突入して結果、コナン君が死にかけたからだ。
殺人犯が居なくとも、遭難や滑落などで死んでいた可能性は大いにある。
友達が死にかけたことは子供達としても大いにショックだったのか、いつもよりかなりしおらしい態度であった。
私はと言えば、「友達が危険だったから、頑張って大きな石をおじさん達にえいやってした!」と警官に伝えてやっぱり怒られた。
そりゃそうだ。
人間の目には完全に暗闇だったから、私のしたことは子供達にも見えてなかった。
細やかな嘘もバレずに済み、私もほっと一安心である。
まあ、何はともあれ一件落着。
十日も経ち、明日でコナン君も退院だ。
今日も病室に入ると、コナン君がぼんやり外を眺めていた。
先ほどまで一緒にゲームをしていた子供達は一旦帰宅している。
蘭ちゃんは不在のようだ。飲み物でも買いに行ったのだろうか。
外から爽やかな風が吹き抜けて、カーテンを揺らしている。
コナン君はやっぱりぼんやりとしたまま、頬杖をついて物憂げな顔をしている。
私は静かに声をかけた。
「どうかされましたか、コナン君」
「……いや、なんでもねぇよ」
なんでもない顔ではないんだがなぁ。
私が再び問いを重ねようとした、その時である。
「よお工藤!無事か!」
「!?!?!?」
服部平次のダイナミックエントリーの時間となった。
あまりの潔さに私も思わず吹き散らかすところであった。
最悪の人にコナン君の正体がバレてしまった感が否定できない。
私は深く頷いて完全理解の顔になった。
「………僕は身を隠した方が良さそうですね。貴方にいただいた恩は忘れません」
「おおおい見捨てんなよお前!!!あいつにはよく言って聞かせとく!!」
コナン君が慌ててばさっと布団を蹴って立ち上がる。
冗談冗談。
この威武堂々たる立ち居姿なら逆に誤魔化せるはずだからな。
「工藤?」と後から入ってきた女子高生が首を傾げた。
おそらく和葉ちゃんだろう。
服部君は「苦労や苦労!ご苦労言うたんや!」と流れるようなボケを発して場を和ませた。
流石、本場のボケは一味違う。
服部君私を見てやや訝しげな顔をした。
「なんやこの坊主、確かおっちゃんとこにおった子やないか?」
「改めまして、僕は阿笠空。あの家には一時的にお世話になっていただけです」
「コ、ココナン君の学校のお友達か?俺は服部平次や、よろしゅうな」
ワッシャワッシャと撫でられて、私はくしゃくしゃになった。
コココナン君ってなんやワレ。
すごいオープンで笑いが込み上げる。
キャラ性と合わせて、一周回ってここまで堂々としてればバレないまである。
和葉ちゃんがしゃがんで私と目線を合わせてにっこりした。
「えらい可愛い子やな!あたしは和葉!よろしゅうな、空君!」
「はい、和葉さん。ああ、椅子ならこちらにありますので、長旅で疲れているでしょうからどうぞ」
「気がきく子やね!ありがと!」
いい子だ。服部君もこんないい子を逃さないようにな。
などと上から目線で思っていると、そのあたりで蘭ちゃんが帰ってくる。
手には水のペットボトルが握られているようだ。
「あ、和葉ちゃん来てたんだ!」
「蘭ちゃん!私もコナン君が心配やってん」
和気藹々とした様子は仲睦まじく、気が合う友達であることは明らかであった。
服部君が「あ、これ見舞いの花や、花瓶あるか?」と百合を見せたので、瞬時に和葉ちゃんが眉間に皺を寄せる。
「なんやそれ見舞いの花だったん!?百合は匂いがキツうて嫌がられるやん!」
「花なら何でもええやろ。初めから言わんかいボケ」
「……はあ。あたしが別の花買うてくるわ」
「あ、なら道案内するね。この辺り不慣れだろうから」
この辺りの会話を聞いて私もピンときた。
上手く見舞いの花にかこつけて、この病室から事情を知らないものを遠ざけようとしているのだ。
服部君が私にも声をかける。
「そら、坊主もついてってやりや」
「僕は彼の事情についてある程度共有しています。ご心配には及びません」
「!」
服部君に小さく囁きかけてから、私は蘭ちゃん達に言い訳した。
「すみません、僕はコナン君と話したいことがあるので残ります」
「そう、あまり帰るのが遅くならないようにね」
そのように言って、蘭ちゃん達が部屋を後にする。
私は服部君に向き直ってまっすぐに立った。
服部君が鋭い目で私を見やる。
「まさか工藤と一緒、ちゅうこっちゃないやろな」
「違います。僕の場合もう少し複雑ですので、端的にお話しさせていただきます」
パイプ椅子を二つ並べて、私はヨイショと腰を下ろした。
大人用のパイプ椅子は高くて困る。
そしてゆっくりと口を開いた。
「僕は組織から逃げてきた子供、とだけ分かればそれで良いでしょう。親は組織幹部。コナン君と同じ敵を追うもので、追われるものです」
「…………」
何かいいたげだったが、コナン君がゆるゆると首を振って彼を制止した。
「空のことはいい。で、あんな小芝居をして何の用だよ」
「アホか。お前が何か話したいことがありそうやったからこうして時間とったんやろが。陰気臭い顔しおってからに」
「いかにも悩みのある顔ですからね。たぶん蘭さんにもバレていますよ」
「お前ら好き勝手いいやがって…」
恨めしそうな顔をされてしまった。
だが図星だったのか、すこしだけ後ろめたいような素振りで、彼はどさっとベッドに横になった。
「ご想像の通りだよ。蘭に正体がバレてる。正直に言おうか嘘を重ねようか迷ってる」
「バレとんのか。えらいこっちゃないか。いつバレるかと思っどったけども」
「服部オメー喧嘩売ってんのか。日頃どんだけ俺が苦労してんのかわかってんのか?」
「あの雑なお子ちゃまのフリやろ?あないな小学生がいてたまるかっちゅー話やで」
すごくズバズバ言うやんけ。
その通り過ぎてコナン君はぐうの音も出なくなってしまったらしい。
すがるように私を見て来たので、私は咳払いしてキリリとした顔を作った。
「コナン君は小学校ではみんなの頼れるヒーローだと聞いています。モテモテでラブレターも貰うそうです。小学生の鏡かと」
「空、褒めてない。それは褒めないぞ空」
「おお。M-1の新ネタかと思ってびっくりしたわ。偽小学生コント。ええ出来やで」
なんか話が明後日の方向にかっ飛んでいってしまったようだ。
コナン君が無理やり話を戻そうと「だから!俺の正体が蘭にバレてる話なんだけど!」と叫んだ。
おっとと、忘れるところだった。すまんすまん。
服部君がふむ、と考えてから眉間に皺を寄せる。
「そら話した方がええやろ。信頼しとるんなら、嘘はしんどいだけや」
「そうだな。……もう、正直に話しちまうべきなのかなって思ってさ」
コナン君としては話す方向で心が揺れているらしい。
この後灰原さんも話をするとは思うが、私の見解も話しておくべきだろう。
「僕は、言っても言わなくてもどちらでも構わないと思いますよ」
そのように言葉を発してから。
声を一段低くする。
「組織なら、コナン君の正体を知った場合どちらにせよ蘭さんは消しますから」
「っ………!」
ヒュッと息を呑むコナン君に、私は冷徹に持論を続けた。
「問題は、貴方の存在が組織にバレないかどうかの一点のみ。引いては周囲の口が硬いかどうかのみです」
殺す前にどの程度情報が漏れてるか拷問ぐらいはするだろうから、話してあると事情が漏れやすいかもしれない。
そうでなくとも素人の嘘はバレやすい。
些細なミスから雪だるま式に漏れて消される場合、失言した本人が酷く後悔するので言わない方が悲しみは少ないだろう。
つらつらとあむぴ脳のアドバイスを展開すると、コナン君がすっかりお通夜になってしまった。
少し悲観的過ぎただろうか。
服部君が非常に訝しげな顔をして私をまじまじと覗き込んだ。
「ほんまに、ほんまのほんまにマジの小学生か?」
「学校には行っていませんので小学生ではありませんが…実年齢は今現在四歳です」
「ちっさ!!!ちっっっさ!!!」
服部君はやけに大袈裟に驚愕した。
再び犬を撫でるように雑にわしゃわしゃを撫でてから、「飴持っとるからやるわ」と体温でほかほかの謎飴をくれた。
あったかいなりぃ。大阪仕草過ぎる。
そろそろ暗くなってきたから、私も帰らなければならないだろう。
一足先に病室を出ようと、私は「そろそろ失礼します」と言い残して背を向ける。
おっと、その前に伝えておかねばなるまい。
少しだけ振り返って、コナン君と視線を合わせる。
「僕は死に様を選びたいタイプですが、万人がそうであるとは限らない。貴方の選択に委ねます」
「………空」
「それでは、お大事になさってください」
それだけ言って、私は部屋を後にした。
帰り道、夜闇をとことことと歩く。
あむぴを庇って死ぬとかドラマチックでいいよね。
かくありてぇもんだ。
そのように妄想を蔓延らせながら、私はルンルンと帰路に着いたのだった。
翌日、退院後。
コナン君はすぐに阿笠邸へとやってきた。
昨日の話し合いで江戸川コナン隠しが続投したらしい。
「つまり解毒薬が完成したので、それで工藤新一が江戸川コナンである事実を隠すと」
「ええ。端的に言えばそう言うことになるわ。その間は私が工藤君になりすます予定よ」
「ようやく、ようやく元に戻れるってわけだ!!」
コナン君が喜びに舞い上がっている。
そりゃ縮むと何もかもが不便だから、その嬉しさも察しがつく。
私も前世を含めれば擬似的にそのような状態だからよくわかる。
身長って偉大。大人って身分は偉大。
灰原さんが有頂天のコナン君にぴしゃりと注意した。
「馬鹿ね、時間制限ありに決まってるじゃない。すぐにパッと解毒薬が作れるなら苦労しないわよ」
「えっ………」
「コナン君の体に負担はかからないのですか?」
「かかるわね。とんでもなく。でもデータをとらないことにはどうにもならない。彼は実験体ってわけ」
多量の自嘲が含まれた笑みは、己の行為を酷く後悔しているような響きを伴っていた。
コナン君が半目で灰原さんを睨んで、大きなため息をつく。
「考えすぎだっつの。治験は製薬の過程で必ず行われる行為だろうが」
「その薬の安全は保証されてない。死ぬかもしれないのよ」
彼は俯いて、しばし沈黙した。
それからコナン君が前を向く。
力強く、まっすぐに。
「空。俺も死に様は選びたいタイプなんだ。お揃いってやつだな」
「!」
「このまま死ぬつもりはねーけど。こんな体で諦めて生きてくつもりもない。頼んだぜ、灰原!」
挑戦的に笑って、ひょいと口に薬剤を放り込む。
水を一口。
あまりにもあっけなく、その命の保証のない解毒薬は彼の喉をするりと落ちていく。
間も無く、反応は激烈だった。
「がっ、あ……ぐぁ、あああああ!!!」
「!!!」
崩れ落ちたコナン君に私は慌てて駆け寄った。
親しいものの悲鳴に体が勝手に反応して、敵もいないのに臨戦体制を取ろうとする。
それを全力で抑えて、愕然とした顔で震える灰原さんの肩を抱いて落ち着かせた。
「大丈夫です。貴方の腕に間違いはない」
「で、でも、こんなに、苦しんで」
「自傷しそうになったら僕が止めます。貴方は水を持ってきてください。彼の姿が戻った時のために」
「わ、かった」
慌てて駆けていく灰原さんを尻目に、苦痛に震えるコナン君の服を手早く脱がし、布団をかけてベッドに寝かせる。
灰原さんも、何かすることがあった方が気が紛れるだろうしな。
目の前でみるみるうちにその体が元の姿を取り戻していく。
神秘的なまでのその成長は、時の早回しにすら似ていた。
質量を無視した身長の急速な伸び縮み。手は大きく無骨に。
筋肉も付き、健康的な高校生の肉付きとなる。
初めて見た工藤新一は、どうにも見慣れない大きさに私には感じられたのだった。
・コナン君
灰原が命の保証のない実験をしてることに鬱々の鬱になってるには気付いていた。
だから何が起きても平気なふりをしようと思ってたが、流石に激痛による悲鳴は堪えきれなかった。
・クローン
襲撃防衛モード起動しかけ。
一定範囲内を優先順位別にエリア分けし、指定した味方以外を殲滅する緊急発狂モード。