東京スピリッツが優勝して、凱旋パレードを行うらしい。
今日は子供達とそのパレードを見にやってきている。
「空君、本当に大丈夫?家で休んでいてもよかったのよ」
「短時間なら問題ありません。僕もパレードを見たくて」
「それならいいんだけど…無理をしちゃだめよ」
心配そうに灰原さんが私の背に手を添えた。
耳はキンキンとして不愉快だが、1時間程度なら問題ない。
最近、なんだか灰原さんとコナン君が優しいんだよな。
あのベルモットとの一件が、私が見ていないうちに素早く情報共有されたようだ。
隙あらばめっちゃ甘やかされるのだ。
すごく赤ちゃんの気持ち出る。
バブー。私とかどうでも良いからあむぴとの今後の原作展開を大事にして。
そんなところでいつもの通り犯行予告である。
変装した佐藤刑事達と遭遇して、子供達はにわかに盛り上がり出した。
今日のスピリッツのパレードで面白いことが起こる、とFAXが送られてきたらしい。
なんとも物騒なことだ。
刃傷沙汰なんて米花町ではよくあることだが、こんなにたくさんの人がいる場所でとなるとテロの可能性も大いにある。
「だから別にデートってわけじゃないから、変な誤解はしないように!」
「そうですね、本番は来週と聞いていますから」
「むくつけき男どもに張り込みされながらのトロピカルランドデートかぁ、頑張んなさいよ!」
交通部の由美さんと白鳥警部に揶揄されて、佐藤刑事は真っ赤になって「そんなんじゃないから!本当に!」と叫んだ。
ニヨー、と少年探偵団と一緒に出歯亀を楽しむ私である。
元太くんがうむうむ訳知り顔で頷いた。
「きっとチューとかするんだぜ!俺テレビで見たんだ」
「抱きしめあって噴水を眺めるんですよ!いいですよねぇ!」
「歩美もコナン君と行きたい……」
コナン君、罪な男。
私も「入籍秒読みというやつですね。結婚式場は早めに押さえておくのが吉かと」とアドバイスしておいた。
「そんなんじゃないって言ってるでしょ!!!」
「そうですね。まだそうと決まったわけじゃない。皆そう信じて動いています。高木刑事の意向も取調室でみっちり絞りましたから」
「あー、あの刑事でミチミチの取調室。そういうことだったのね」
由美さんが「あやつも可哀想に」と頷いている。
何も全員で取り調べしなくてもええじゃろうに。
絵面を想像して少し吹く私である。
「デート!デート!デート!」と盛り上がる少年探偵団を添えて。
春じゃのお。
さて、そんなあたりで噂の高木刑事がご到着である。
いつもの日産スカイラインが路肩に止まり。
そこから降りてきた姿に、私は思わず声を漏らしていた。
「まつ、だ………」
緩く巻いた黒い癖毛にサングラス。
身長も覚えのあるそれと同じ程度。
スーツのややだらしない着こなしに、疲労のためやや気怠げな身のこなしが記憶を激しく刺激する。
強烈なフラッシュバックに目が眩む。
警察学校組だろう、数人の男が墓参りをしている様子が脳裏に浮かぶ。
悲しい、悲しい、悲しい。
まだ培養開始した時期には松田陣平は生きていたはずだ。
だからこれは萩原研二を悼む気持ちに違いない。
だがもしかしたら。
萩原研二が死んでから、ずっと様子がおかしかった松田陣平のことを心配しての気持ちかもしれない。
胸がギリギリと締め付けられるような感覚に苛まれる。
コナン君が私の異常に気づいてそっと声をかけた。
「おい、大丈夫か空」
「……問題ありません。少し立ちくらみがあっただけですから」
頭を振って気を取り直す。
コナン君は「あんまり辛かったら送ってくから言えよ」と声をかけてくれる。
サッカーファンのコナン君ならパレードだって見たいだろうに、どうしてこうも優しく在れるのか。
というか、高木刑事の変装とんでもなく似てたな。
ありゃ顔見知りでも一瞬びっくりするに違いない。
実際佐藤刑事が凍りついてるし。
となると、これが「揺れる警視庁1200万人の人質」の始まりだったのだろう。
まあ最初の事件は確か模倣犯の仕業だったが。
「───!」
ふと、人混みに紛れて特徴的な浅黒い肌と金髪が見え隠れした。
彼もまた三年前の事件を追ってここに姿を現していたのだろう。
後をつけたら怒られるかな、と少しだけ躊躇する。
いや、バレるような雑な尾行が怒られるだけか。
素早くその場を離れ、本気で気配を消して立体的にビルの隙間の壁に張り付きながら彼の後を追う。
どうやら安室さんは個人的に動いているだけのようだ。
他に公安警察の姿は見られない。
しばらくあたりを確認してから、彼はスマホの画面を確認する。
そして顔を顰めて、迷うようなそぶりを見せた。
私は背後からそっと声をかける。
「もし所用でここを離れなければならないなら、代わりに僕がこなしておきましょうか」
「!!!……いつから見ていたんだい」
「ほんの10分ほど前からです」
「驚いたな、そんなに長く尾行していたのか。油断していたつもりはなかったのだけれど」
スマホをしまって、彼は平然と薄ら笑いを浮かべて私に向き直った。
おそらく先ほどスマホを確認したのは、組織からのメッセージが入っていたからだろう。
急な任務でここを離れなければならず、苛ついているのだ。
私は静かに提案した。
「貴方の用事が何なのかは分かりませんが、どうも貴方は多忙なようだ。多少のお使い程度ならばこなせますよ」
「………子供に何ができる」
厳しい声色だ。
危険から遠ざけようとしているのは明白だった。
そして、素人に首を突っ込まれることへの怒りも、同時に感じ取ることができた。
どうにもならない現状への苛立ちもそこには含まれている。
様々な感情が見て取れて、私は嘆息した。
見てとれるって言うか、あむぴに関してだけは我がことのように肉体から感情が湧き上がってくるから「分からされる」に近い。
根が激情家だからか一つ一つの想いが重いんだよな。
ボディーブローみたいで疲れる私である。
「少なくとも、貴方にバレないようストーカー程度なら。そう言えば、このパレードを狙っておかしな予告文が届いたそうですね」
「…………」
「警察の方とは親しいので、一緒にいてそれとなく動きを聞くくらいはできますよ」
「君にできることは何もない」
ぴしゃりと安室さんは提案を跳ね除けた。
これは俺の事件だから土足で踏み込むな、ということらしい。
同時に危険にあえて踏み込むべきではないという気遣い。
しょぼんぬ、と私は少し落ち込んだ。
とはいえ、これから事件が彼の預かり知らぬところで解決するのは避けられない。
これだけは言い置いておかねばならぬ、と、私は毅然として向かい合った。
「結果的に関わることになったとしてご容赦を。時の運は僕には預かり知らぬことなので」
「勝手にするといい。僕には関係のないことだ」
それだけ言ってさっさと安室さんは背を向けて歩き出した。
カリカリしているのはこれから組織の仕事があるからか。
予定外のメールで松田達の仇の予告日に間に合わなくなったからということもあるだろう。
それを見送ってから、今後の動きを脳内で練り直す。
みんなの元に戻ると、ちょうど凄まじい爆発音が響いてきた
高木刑事の車が爆破炎上しているのだ。
既に高木刑事は避難していたのか、やや焦げた服を払いながら白鳥刑事と姿が見える。
灰原さんが「どこに行ってたのあなた!?」と私の手を取ったので「すみません、少し所用で」というにとどめた。
事情説明は後でよかろう。
まあ、事件はあっけなく幕を閉じた。
単に、三年前の爆弾犯に罪をなすりつけて強盗を働こうとする連中の仕業だったからだ。
偶然光彦君がパレードの様子をカメラで映像を撮っていて、その手がかりは素早く得ることができた。
コナン君にかかればこの程度、前菜にしかならないというわけだ。
とはいえ、本題はここからである。
細かな流れは正直覚えていない。
東都タワーのエレベーターと帝丹高校に爆弾が仕掛けられているのは知っているが、その程度ともいう。
灰原さんとコナン君に低く囁きかける。
「少し確認を。先ほどの所用についてなのですが。バーボンとの接触に成功しました」
「っ!本当なの!?」
「はい。仕事のようで、先ほどこの場所から離れていきました。貴方の身に危険はありません」
「………そう」
「お前、なに無茶してんだ!!」
コナン君に叱られ、しょぼんと私は肩を落とした。
すまんやで、生あむぴが居たからつい…。
すぐに怒りを引っ込め、コナン君は気遣わしげな顔をした。
「なにを話したんだ?」
「彼が何かここに用事がありそうだったので、助力の提案をしました。やはり僕は不要だったようで、跳ね除けられましたが」
「………」
明らかに話しかけるタイミングが悪かったからな。
あんな荒れ狂った心境の激情家の内心に土足で踏み込むべきではなかった。
ううむ、難しいものよ。
私は反省して目を伏せた。
「彼も忙しかったのでしょう。僕の落ち度です」
「……そんなことねーよ。お前は優しい子だ。あいつのことは、」
途中まで言って、コナン君は口を噤んだらしい。
「なんでもない」とそのまま目を逸らした。
なにを言いたかったんだ?
きょとんと首を傾げようとした、その瞬間である。
瞬間、凄まじい爆音が立ち上がった。
目の前で白鳥警部の乗った車が爆破炎上したのだ。
既に規制線も解除されていて、「また爆発か!?」「あれ車が燃えてるぞ!」と野次馬が次々に叫び出す。
目の前の店舗の窓ガラスが破壊され、その衝撃の強さを物語る。
白鳥警部はギリギリで脱出し損ねたらしい。
車の横で倒れ伏す白鳥警部はわずかに痙攣して、荒い息でその場を動けないようだった。
その手には、一枚の紙切れが握られている。
「……オリジナル。申し訳ありませんが、松田陣平の仇は僕たちが取らせていただきます」
そのように、私はひとりごちたのであった。
・コナン君
あいつのことは、もう忘れろよ。お前がそんな奴に囚われる必要はない。
そう言おうとして、それがあまりに冷酷だと気付いてやめた。
鬱々の鬱。
・あむぴ
苛ついて子供に当たる悪人。
ただ、もう半分は演技として冷たく当たってるだけなのでクローンとしては無罪判定。
大人気なかった。でもこれで嫌われれば、彼がこちらに首を突っ込んでくることはなくなる。
危険もなく、自分のことなど忘れて幸せに暮らしてくれるはずだ。
寿命を知らないので割と呑気。