爆弾の解体が進んでいる。
予告時間まであと40分はあるし、解体は順調に進んでいるようだ。
パチン、パチンと工具で回路を切断する音が響いていふ。
だが、コナン君は不意に静かに動きを止めて、エレベーター内に静寂が落ちた。
何やら怒声の聞こえる電話を一方的にミュートにして、私に向き直る。
その顔は俯きがちで、どこか影のかかって見えるようだ。
「なあ、空」
「なんですか」
躊躇ったあと。
コナン君は囁くように言葉を落とした。
「お前なら、エレベーターの壁をつたって上まで逃げられねーか?」
「感電死しますね」
「だよな。言ってみただけだ」
コナン君らしくない、分かりきったことを聞くものだ。
それから遅れて、犯人のあのメッセージをコナン君が見た事に気がついた。
すなわち、爆破3秒前になったら次の爆弾の在処を示すという、悪魔の囁きのことだ。
何を気にしているかと思ったら、私のことだったらしい。
もう一年もない寿命の生き物のことなんて気にすることはないのに。
まあ、そう言ってもコナン君は正義の人だし気になるか。
私はゆったりと口を開いて、彼の目を見た。
「犯人からメッセージがあったんですね。三年前と同じように、次の爆弾の所在を示す悪辣な仕掛けが」
「………俺がなんとかすっから、お前は気にしなくていい」
「コナン君。僕のために爆弾を解体しようというのなら、やめてくださいね」
「!」
コナン君の顔に手を添えて、真っ直ぐに向き合う。
この狭いエレベーターの上にあって、私たちは触れ合うような距離で話す事になる。
「もう直ぐ死ぬというのに、そんな形で助かったら悔いになります。僕は悔いなく死にたい」
「っ!!!……お前、どうして、それを」
「インフォームド・コンセント(説明と同意)って知ってますよね。隠されると探りたくなるのが人のサガです」
私は笑って肩をすくめた。
コナン君はといえば、もうこれ以上ないほど追い詰められた顔をしているようだった。
そんな顔をさせるつもりじゃなかったんだが。
ふむ、となるとこう行くのが1番いいか。
「だから、僕のことは気にせず次の爆弾のことを考えてください」
「………」
「それとも」
そっと口を耳元に添えて、声を潜めて。
盗聴器に届かないように、挑戦的に微笑んで。
「爆破までの3秒で、犯人の仕掛けた爆弾のありかも推理できないんですか?」
「…ッ!!!」
大きく見開かれたコナン君の目に、にこっと微笑みかけてやる。
コナン君の大好きな、第三の選択肢だ。
どちらかしか選べないその極限下において、そのどちらをも掴み取る奇跡を起こす。
それこそがヒーローというものだろう。
彼ならばそれができる。
この世界において彼以上にそれが上手くできるものなど、数えるほどしか見つからない。
そのように信じていると、彼を鼓舞するのみである。
コナン君の瞳に輝きがパチリと弾け、私と視線がしっかりと交わった。
不意にギュッと抱きしめられ、モフモフの犬にでもするように乱雑に撫でくりまわされる。
「え、ちょっ、コナン君!?」
「最高だよ空!ああ、そうだな。やってやる。やってやるさ!」
コナン君の元気が出たようで何よりである。
彼はしばらく私を撫で回して、私はくちゃくちゃになったのであった。
しばらく、ぽつりぽつりと己を確かめるような雑談をして。
爆発の時間がやってくる。
コナン君は電話を再開したようだ。
その向こうから佐藤刑事の必死の説得が漏れ聞こえてくる。
もしこれで私たちが爆死したら。
「子供達が自らの死を覚悟して次の爆弾のありかを伝えた」という美談で済むなら良い方だろう。
「警察は次の爆弾の解除のため敢えて子供達を犠牲にした」なんて根も葉もない噂が蔓延しかねない。
犯人もそれが目的でそのまま計画を続行している節がありそうだ。
まあなんにせよ、コナン君はやり遂げる。
あと10秒。
コナン君が繋がったままのスマホを置いて、爆弾に搭載された小さな画面を注視する。
あと7秒。
私は彼の邪魔をしないようゆったりとハッチに腰掛けてわずかに足を揺らす。
あと4秒。
画面が瞬いて、表示が始まる。
そうして2秒。
パチン、と専用の工具でその回線を切断する、あっけない音が響いた。
ことさら明るい声でコナン君は振り返った。
「悪いな、やっぱびびっちまった!途中で切っちまったからわかんねーな、こりゃ」と肩を落とすそぶりを見せる。
同時に手話で素早く私にメッセージを送る。
言葉の方は盗聴器越しに犯人に向けてのアピールだ。
事前に指示されていたように、私はそっと探偵バッジで灰原さんに繋げた。
『それで、どこなの』
「帝丹高校です。直ぐに佐藤刑事にお伝えください」
『わかったわ。……まったく、本当に肝が冷えたわよ』
その響きは嘘でもない、なんとも心労がこもったものだった。
というか普通にクソデカため息吐かれたし。
灰原さんには心配をかけてしまって申し訳ない
コナン君が悪童のようにニッとわらって、右手を軽く上げた。
それを掴んで、私たちはグッと握り合う。
流石は、輝かしき少年漫画のヒーローだ。
その溢れんばかりの奇跡と勇気が、私の心を捉えて離さない。
私は彼に耳打ちした。
「信じてました。ふふ、貴方には諦めない姿が似合います」
「お前は信じすぎ。なんで後ろで鼻歌歌ってんだよ」
「今日の夕飯の献立考えてたらつい。すみません。嘘泣きとかした方がよかったでしょうか」
「ったく。けどありがとな、俺を信じてくれて」
心の底からの感謝に、私はついつい面食らった。
そんなの、感謝なんて私がするべきものだ。
私はコナン君のやることを見守っていただけなのだから。
でも、そうやって感謝されるのは悪くない心地だ。
「なら今度、新作のスイーツを試食してください。作るのは好きなのですが、博士が食事制限で食べられなくて」
「博士まだ灰原に絞られてんのか。まあどうみてもメタボだけど」
「健康って難しいですね。では、腕によりをかけますので、よろしくお願いします」
「楽しみにしてる」
そのように、私たちは笑いあった。
私たちが助け出された頃。
犯人は先回りした警察によって無事逮捕された。
その後はテレビカメラに囲まれそうになったので、二人揃って逃げ出した。
私もコナン君もテレビに映るのはまずい身の上だからな。
でも私の肉体の中、降谷零の抱えた蟠りが少しだけ軽くなったような気がして。
私は少しだけ微笑んだのだった。
ああ、これだけで第二の人生も悔いは無い。
・あむぴ
何も知らない。
己のあずかり知らぬところで仇が捜査一課によって逮捕された。
無力感、空虚さ。
資料を取り寄せさせた風見が何か言いたげにしている。
「この、爆弾のあったエレベーターに閉じ込められていた子供なのですが」
「ああ、それ以上はいい。まだ任務がある。また後で確認しておく」
「………それは、はい。お気をつけて」