現在、先回りしてトロピカルランドで待機中の私である。
蘭ちゃんがトロピカルランドを思い出のきっかけにしてすぐに行動に移したのだ。
彼女が言い出した時すでに夜だったので、「明日トロピカルランドに行こう!」と言っていたのを盗み聞きしていたというべきか。
阿笠博士に犯人追跡メガネの予備を預かり。
いくつか武器を持ってから、本日まさにトロピカルランドに乗り込むのである。
無論、灰原さんには繰り返し注意を受けた。
「深追いしないこと!無茶しないこと!いい!?」
「承知しました」
「真面目な顔してもダメ。目が『善処はします』って言ってるわよ。政治家じゃないんだから確実に守ること!」
「はい……」
カーチャンェ。
なんで私の考えてたことわかったの…ポーカーフェイスには自信があったのに。
まあそんなわけでやってきました、作中随一の知名度をもつレジャー施設。
実は私も初トロピカルランドだ。
この世界におけるディズニーランドの立ち位置で、ちゃんとシーポジションであるトロピカルマリンランドと隣にあったりする。
朝イチで来て、蘭ちゃんたちが来る前に少し巡って地理も頭に叩き込んだ。
あの原作第一話で人の首が飛んだジェットコースターも復活していて、人気らしく朝イチ人が沢山並んでいた。
あんなやばい事件起きたらもう当分営業できないと思ったんだが。
この世界では人の首が飛ぶ程度は話題でも何でもないらしい。
強いことだ。
今回は護衛のため耳栓をつけることはできない。
わんわんと頭の中で唸るような雑踏が苦しいが、そこは我慢。
せっかくのトロピカルランドだしな。
一応、この施設のマスコットキャラたるトロッピーのストラップも確保。
周りに溶け込むためにトロッピーの耳も購入。
自分でかぶって、城を背景に自撮りを一枚パシャリと撮った。
写真を灰原さんへと送信する。
すかさずおっきな鳥がにっこにこに笑ってるスタンプが返ってきた。
これでノルマクリア、と。
本当は夢とおとぎの島のお城に登りたかったが、それはいずれになるだろう。
あとはこっそり、蘭ちゃん達の到着を待つだけだ。
しばらくすると、妙にピリピリした一団、すなわち毛利一家が現れた。
蘭ちゃんは警護の警官に囲まれてやや居心地が悪そうだ。
一緒にいるのは園子ちゃんと高木刑事だ。
灰原さんと少年探偵団は阿笠博士に連れられて、少し離れた場所を尾行している。
ちなみに、私が別行動なのはより機動性を持たせるために無理を言って単独行動させてもらったからだ。
もし警察に会ってもあまりあれこれ聞かれたくないし。
そんなわけで大人しく見守りモードに入る。
しばらくのち。
二周遅れでコナン君が駆けつけたようだ。
探偵バッジで隠れた私に声をかけてくる。
「おい空、お前トロピカルランドにいるだろ!」
『はい。少し離れた場所で見張っています。よく分かりましたね』
「それは後だ!蘭が拳銃を持った男に狙われてる!止められるか!?」
『それはこちらでも確認しています。雑踏が壁になってこの位置からは狙えず……いえ、拳銃の先くらいは反らせます』
「頼む!時間がない!」
構えていたゴムボールを素早く射出。
ある程度大きさがあって投げやすく、コントロール性が高い、ということで持ってきたものだ。
私の方もさっき気づいて急いで位置取りを調整していたところだ。
あまり弾きすぎれば他の客にあたってしまうし。
ほんの少し、逸らすように力加減を調整する。
ゴムボールが男の拳銃の先をほんの少し、ほんの少しだけ逸らす。
チュイン、と地面を跳ねた銃弾の高い音が耳響く。
相手はサイレンサーをつけているようで、客達はきょとんと周囲を見渡している。
ディズニーランドほど混んでいないのが幸いしたか、先ほどの弾での被害は出なかった。
音の意味がわからない少年探偵団があちこち見回している。
灰原さんだけが「銃撃よ!逃げなさい貴方たち!」と叫んだ。
遅れて、びっくりした子供達が蘭ちゃんの手を取って走り出す。
先ほどコナン君がくる前の一騒ぎで警察も毛利探偵たちもいなくなってしまったからな。
犯人も狙うならこのタイミングだと思ったのだろう。
犯人は周囲を顧みるつもりはないらしい。
舌打ちして拳銃をトートバッグで隠しながら、ゴムボールの出所を探しているようだ。
人混みに紛れ込んだ私の姿は捉えられないらしく、そのまま舌打ちして子供達を追いかけていく。
騒ぎで転けてしまった阿笠博士は完全に置いていかれ、「いかん!待つんじゃ君たち!」と叫んだ。
これで原作のように阿笠博士が撃たれることはなくなった。
が、子供達が危ないか。
そのまま警察に連絡する。
直通の電話番号を渡されているから、その番号はすぐに伝わった。
繋がった瞬間前置きなく叫ぶ。
「高木刑事!トロピカルランドで拳銃を持った男が蘭さんを狙っています!早くトロピカルランドの出入り口を封鎖してください!」
『え、えええええ!?!?空君だよね!?ま、まさか、じゃあやっぱり犯人は別に…!』
向こうでも先ほど誤逮捕した人間が犯人ではないという話が出ていたらしい。
「すぐ向かう!」と複数人が慌てふためく声がしている。
ひとまずこれでOK。
そのまま犯人を追跡を続行する。
犯人はもう他人がどうなっても構わないという自暴自棄の状況になっているに違いない。
この夕方のレジャー施設内で、拳銃をところ構わず撃ちまくっている。
蘭ちゃんはその状況を見てすぐさま子供達が危険だと思ったらしい。
子供達を撒いて、一人でひたすらに走り出した。
今のところ被害者はいないが、落とすにしても一撃で落とさないと逆に暴れて危険そうだ。
それに、ここで私が出ては蘭ちゃんの記憶が戻らない。
なんとも、ままならないものだ。
出るかもしれない民間人の被害より、蘭ちゃんとコナン君のことを優先する。
降谷零の判断が「今すぐ制圧すべきだ」と冷徹な声を脳内に響かせている。
だが、それは私の一存で捻り潰させてもらった。
コナン君ならば、全てを大団円に終わらせてくれる。
輝けるヒーローの在り方を信じて、不条理な選択を取るのが私のやり方だからだ。
他の被害者が出そうになるたび、蘭ちゃんたちが当たりそうになるたび。
その後ろから慎重にゴムボールで攻撃を加えていく。
ギリギリの、針に糸を通すような攻防だ。
私という生物兵器は器用で力も強いが、こう言ったことに特に優れているわけでもない。
ただ降谷零のスペックと転生者たる精神力でこれを無理やり続けているだけだ。
いずれ限界は来るだろう。
二人がボートに乗って、別のエリアへと渡っていった。
犯人は迂回して夜は封鎖している海中通路を通ってそこに向かうようだ。
私もそのあとへと続く。
コナン君はそこで犯人を待ち構えていた。
どうやら推理ショーの時間らしい。
せっかくなので録音を取っておく。
使うかどうかはコナン君次第だが、何事も自供はあった方がスムーズだからだ。
犯人、風戸医師はその全てを認めて、悪辣に微笑んだ。
そのまま二人は川に飛び込むことで銃弾をかわし、逃げおおせて見せたようだ。
一発彼らに当たりそうだったので、再びゴムボールを飛ばして狙いを逸らす。
そろそろゴムボールが無くなりそうだ。
風戸医師が舌打ちして叫んだ。
「どこだ!さっきからどこに隠れている!どんな仕掛けだ!」
私が答えずに隠れ続けていると、再び風戸医師は荒っぽい足音でコナン君たちを追ったようだった。
どうやら追うためにボートに乗ったらしい。
陸から行くなら遠回りが必要で、これでは延々追いつけない。
うーむ、噴水広場まで先回りした方が良さそうだ。
噴水が立ち並ぶそこへ先回りすると、噴水広場周辺は人がはけて無人の暗闇となっていた。
その影にそっと潜み、機を窺う。
しばらくしてコナン君たちがやってきた。
いかにも追い詰められたような顔をして、コナン君がジリジリと位置を調整しているのが見える。
悪辣な笑みで風戸医師が銃を構えた。
そのまま、コナン君の腕に銃弾が掠めそうになったので、ゴムボールを飛ばしてそれを逸らす。
ついに癇癪が爆発したのか、風戸はコナン君に拳銃を差し向けた。
「出てこい!さっきからチマチマと鬱陶しい!このガキが殺されたいのか!」
───コナン君を殺すと言ったか、ゲス野郎が。
怒りで白熱する視界が煩わしいが、それでも我慢と息を整える。
コナン君が逆転のそれを隠し持っていることを知っている。
ならばそれを待つだけだ。
その瞬間。
時間になった噴水が、高く水を噴き出して壁となる。
隙をつくように蹴り出されたコーラの空き缶が、キック力増強シューズで打ち出されて男の顔面へとめりこんだ。
そこに連携するように、敵に飛び込んだ蘭ちゃんが強烈な蹴りを放つ。
凄まじい威力の蹴りが男の脳天に直撃し、男は吹っ飛んで頭から噴水に突っ込んだのだった。
それはバトルアニメの威力なんよ。
生物兵器の私がチマチマゴムボール飛ばしてんのがバカみたいじゃん?
そのあたりで毛利探偵たちも到着したようだ。
「らぁーーーん!らぁぁぁあん!!!!」という毛利探偵の絶叫がドップラー効果を伴って聞こえてくる。
風戸も噴水から引っ張り出され、無事に手錠をかけられた。
「お父さん!?」と困惑する蘭ちゃんに、彼の両親が涙の抱擁を返している。
家族はいいものだ。
抱き合う彼らを見て、私は噴水の後ろでほっと息を付いた。
任務完了として帰ろうとしたあたりで。
そこをひょい、とコナン君に覗き込まれた。
「!?こ、コナン君!?」
「ありがとな。お前のおかげで助かったよ」
「僕は見てただけですよ」
「犯人の狙いが何回も不自然にブレてた。お前がそらしてくれてたんだろ。犯人も言ってたじゃねーか。バレてないと思ったんなら犯行が杜撰だぜ?」
「………あはは、バレバレでしたか」
私はとすっと腰を下ろして肩をすくめた。
「今はお姫様と共にいてください。命の危機で疲れているでしょうし」
「バーロー。あいつには家族水入らずの時が必要だろうが。それより、命の恩人を労った方がいいと思ったんだよ」
「………」
コナン君が私を力強く、わしゃわしゃと撫でる。
満面の笑顔で、私を認めるような言葉を紡ぐのだ。
「ありがとな。俺たちを助けてくれて」
「……貴方の力になれたのなら、何よりです」
彼は私を撫で続けながら言葉を落とす。
自らを鼓舞するように、決意と意思とを固めるように。
「───だから、今度は俺がお前を助ける番だ」
・クローン
トロピカルランドエンジョイ勢。
買ったトロッピーの耳は阿笠邸に飾ってある。
・ベルモットとクローン
「思い出のデートの場所で噴水と共に記憶を取り戻して下衆を返り討ち?なるほど、さすがエンジェル。シルバーブレットの完璧な作戦と男前な態度も光るわね」
「ベルモット、早口ですよ」
・コナン君
この子は決して危険な生物兵器じゃない。哀れな被害者でもない。
一人の人間だ。優しくて他人を思いやれる、立派な人間なんだ。