加速の代償か……。
私に執り行われた健康診断は、実に気合の入ったものだった。
阿笠博士の知り合いの伝手を使って、大学の専門機器を使っての検査だ。
私では知識がないため何がどれなどはわからない。
少なくとも、各種身体能力は驚くべきものものだった。
猫のしなやかさに人を遥かに超える筋力、鋭い五感。
子供時代に鍛えた力の加減もバッチリで、あらゆる種目でオリンピックに出られるだろうという素晴らしさだ。
とはいえ燃費はすこぶる悪い。毎食毎食お腹が減って仕方がない。
食費が嵩みそうだが、これは仕方ないことか。
また、本能的な部分もずいぶん強くなった。
定期的に激しく歯がイライラするので、噛みつける特殊なゴム素材のものを使って幼生を抜く作業も加わった。
うっかり人に感染したらとんでもないからな。
扱いには慎重にならねばならない。
博士がうまく逆流を防ぎ頑丈に密閉してくれるものを作ったので、それを噛んで排出している次第である。
バイオハザードだめ絶対。
気性もやや激しくなったか。
怒りを抑えきれず、先日うっかり泥棒さんを半殺しにしてしまったので灰原さんに厳しく注意されてしまった。
しょぼぼぼぼん。
これに関しては何か運動を発散先にするしかないだろう。
転生者の魂でもギリになる攻撃性だからな。
とはいえ、身体能力からして人間とは前提が違うため、競技には出られないし。
難しいところである。
免疫反応は今のところ問題は起きていない。
大きな音や強烈な匂いは無視できるようになった。
全体的に純粋なパワーアップをしつつ、既存の問題点も膨らんだ形か。
背中には皮膜の痕である羽根をもいだような傷跡が残った。
外見的な特徴はその程度で、裸を見られても問題はなさそうだ。
何より身長体重が純粋に増えたのが嬉しいところ。
台所に立つ時踏み台が要らなくなったのは本当に大きい。
と、そんなわけで経緯報告終わり。
シンプルなTシャツを身にまとい、私は現在来客対応中である。
「どうも、貴方が空君のお兄さんのヒロ君ですね」
「はい。阿笠宙です」
挨拶に来たというお隣の沖矢さんに、私はぺこりと頭を下げた。
私よりわずかに背が高いのか、やや上目遣いになる己に無性にむしゃくしゃする。
おちつけあむぴの脳よ。
身長ぐらいなんてことないだろうがよぉ。
宙と書いてヒロだ。
空の上だから宙として、安室さんの親友から名前をもらって読みをヒロとした。
あと多少のガンダム要素。私はアムロに搭乗しているわけだからな。
まあ、ひとまずいい具合の名前になったと思う。
沖矢昴はニコニコと似合わない憎らしい笑顔を浮かべて小首を傾げた。
さらりとモノローグに入ってくる荒ぶるあむぴ。
「どうも、隣人としてご挨拶できればと思って来ました、沖矢昴です」
「………無理をなさらなくとも結構です。貴方にいただいた名刺はまだ大切にとってありますから」
そのように私は笑って、FBIの名刺をチラリと見せる。
赤井秀一のものだ。
片目だけ見開いてから、沖矢さんはしらばっくれるように小首を傾げた。
「あの、どなたの名刺でしょう?」
「僕は鼻が利きます。変装してもこの距離なら見破るのは容易い。どこまで調べているかは存じませんが、僕はこのラボの地下にいたものです」
「……………」
その様子に警戒が混じる。
地下に何かがあることぐらいは知っているようだ。
そこで何か危険なものを飼育していることも掴んでいたか。
見張っていたのだから私が突然湧いたことだってわかっているだろう。
肩をすくめて、無害をアピールさせるように両手をぴらぴらさせる。
「元は組織の研究所で飼育されていたものですが、彼らに保護されました。あなた方の脅威になるつもりはありません」
「君は、本当に阿笠空と同一人物なのか?」
「はい。僕が阿笠空です」
そりゃ盗み聞きしていれば阿笠空が地下に飼育されていたもので、何か危険であろうもので、イコールで私であるくらい想像はつくか。
コナン君は隠していたようだが、FBIという組織が私を危険視する可能性を考えたら当然の処置だろう。
しかし赤井さんぐらい単独プレイの多い人なら、むしろ教えておいた方が事故が減らせるはずだ。
私はできる限り穏やかに笑って名刺をしまった。
「この1ヶ月ですっかり成長してしまったので、どうも元になった人物そっくりになってしまいましたが」
「複製人間か。なんともまあ、彼もとんでもないことに巻き込まれるものだな」
「オリジナルとは親戚関係とした方がいいかなと思う次第です。僕の方が若い見目をしているし、従兄弟とかどうでしょう」
「いいんじゃないか。どちらにしろ彼はドッペルゲンガーに驚くと思うが」
「そうですよね……オリジナルに引かれると思うと憂鬱です」
私ががっかりと肩を肩を落とすと、沖矢昴は至極面白そうな様子で口角を上げた。
「君は意外と愉快な男だな。なんだかやけに素直な彼がいるようで不思議な気分になる」
「実はオリジナルの精神性も引き継いでいるので、全身から貴方への嫌悪感が湧き立っています。本能で嫌われてるんですね」
「そうだったのか。道理で何を言ってもキレられると思った」
今気づいたみたいなきょとんとした顔で頷いて見せた。
私はめちゃくちゃウケつつ、脳内あむぴはキレ散らかしている。
ふざけるな赤井秀一ィィィイイイ!!!
落ち着きたまえあむぴ。鎮まれ。
「ともかく、僕は少し特殊な出生ですが害意はありません。どうかご内密にしていただけると助かります」
「そうだな。特に手を出す理由もないし、少し観察しているとしよう」
「僕の体が無意味にファイティングポーズを取ろうとするので半笑いはやめてください。オリジナルを煽らないように」
「煽っていない。素直な感想を述べただけなんだが」
赤井秀一は本心なのだろう、心外そうに肩をすくめて欧米なやれやれポーズをとった。
やんのか赤井秀一オラ。
体が自然と臨戦体勢に入る。
つくづく相性が悪いんだなぁと思う私である。
そんな感じで穏やかに拳を一発繰り出しながら「おっと失礼体が勝手に」「かまわんさ」ぐらいのノリで挨拶した後別れた。
男前だな赤井秀一。流れるように殴られそうになってんのに。
それに比べて脳内あむぴはよお、血気盛んでよお。
そっくりとか言うなし。
さて、そんなことをしている場合でもない。
今日の午後には安室さんが訪ねてくる予定なのだ。
もし罷り間違って二人が出会ったりしたら、瞬間風速未定の嵐が吹き荒れかねない。
戻って台所へ向かうと、ひょいと実験中の阿笠博士が顔を見せた。
「誰じゃった?近所の森さんの回覧板かの?」
「沖矢さんです。軽く僕の事情を共有しておきましたのでご安心ください」
「え、ええええええ!?!?」
作りかけだったお昼ご飯を作る作業に戻る。
今日はオムライスだ。
私は半熟ふわふわの卵派閥なので、もちろんそのように作るつもりだ。
ケチャップライスのためにベーコンを炒めて、と。
玉ねぎは私がダメなのでスルー。
一度食べてしまえば平気になる気がするが、止められているし無理に食べる必要もない。
ちなみに、灰原さんには阿笠博士のご飯の量をきっちり言いつかっている。
放っておくと私がどんどん作って与えるからだ。
決められた分量以上与えないようキツく言い含められているのだ。
信用ないね……私……。
芳醇なケチャップの香りに、バターを使った熱々の卵をふわりと乗せる。
阿笠博士がソワソワと周囲を彷徨き出した。
二人分を運んで、さあ召し上がれ。
「いやーー!空君はほんっとうに料理が上手いのぉ、じゃなくって宙君は!」
「どっちでも構いませんよ」
「いかんいかん!せっかく君が考えた名前なんじゃしな」
私も一口含んで頷く。うむ、美味しい。
私も料理はできなくもないが、あむぴの料理の腕前は確かだ。
ここまで自在に体が動くと、作るのも楽しくなるというものだ。
ふんふんと自然と鼻歌が漏れる。
ようやく、ようやく降谷零と話すことができる。
もう伝えるべきことは伝わっているから話すことなんてないが。
そこにいるだけで嬉しいのが推しと言うものだ。
転生してよかった。
そのように笑えば、阿笠博士が心配そうに眉を下げるのであった。
・沖矢さん
自分に対して人懐こいバーボンみたいでとても楽しい。
ギャンギャン騒いでたチワワがちょっと手を舐めてくれた気持ち。
この本心を降谷が聞いた場合、素早くガチギレする。