今日も今日とて家事をしつつ己のスペックの把握に勤しんでおります。
今日は学力チェックのために試験に挑んでいる。
国家公務員試験の過去問をいくらか解いたが、全然苦労することなくするすると回答ができた。
どうやらこの体には幅広い知識があるが、特に強いのは法律系と数的処理のようだ。
理論立てて事実を組み立てていくのが強いというべきか。
実に探偵っぽい能力配分だ。
私はそう出来る性質の人間ではないが、この身体は素晴らしい。
まるで頭の中に検索機能があるみたいに考えるだけでパッと答えが思い浮かぶのだ。
これが降谷零の能力なのか生物兵器としての特徴なのかは定かではない。
少なくとも降谷零もこの程度のことは可能だとは思われるが。
一応、生物兵器として思考力強化の試みはされているから、そっちの影響も否定はできない。
なんか反抗防止のための暗示とか思考操作とか色々機能があったんだがな。
私が転生者の魂という優先権で捩じ伏せたから、その効果の程はイマイチ分かっていない。
つまり結論としては、素の降谷零7割生物兵器2割、残り0割私である。
便利な頭脳に涙がとまらない。
各国言語が喋ろうと思えばすぐに口からまろび出てくるし。
おお、前世でもこんな能力が欲しかった…!
でもこの能力使って高得点取ってもクローンがすごいだけで私はちっともすごくない悲しみである。
泣いてないぞ。グズッ。
マッドサイエンティストお前らさぁ、生物兵器なんて作るよりもっと世間に貢献できたことあったと思うよ。
などとまったりしている月曜夕方。
いつも通りに───おそらく阿笠博士の生存確認のために───やってきたコナン君が、居間でプラプラと足を揺らしている。
ランドセルは脇にのけられ、どこか物憂げで気だるそうな様子だ。
彼は藪から棒にこのように口を開いた。
「なあ、黒づくめの男について何か知ってることはあるか?」
ぼんやりした声はまるで覇気が無く、彼が上の空だということを示している。
彼らしくない様子に、私はふむ、と考えてから聞き返した。
「具体的に知りたいことは?」
「黒づくめで長い銀髪の男についてと、そいつが持っていた薬について。それと、」
口篭ってから、悲しみの滲む声で目を伏せた。
「広田雅美という人物について」
「………なるほど」
私は頷いて了承の意を示した。
どうやら宮野明美は死亡したらしい。
そういえば一週間前ぐらいに銀行強盗のニュースがやっていたな。
この米花町で銀行強盗なんてよくあるニュースだから気づかなかった。
薬については以前チラリと私も口にしてあるから、改めて説明することになるか。
私は一つずつ丁寧に言葉を紡いだ。
「まず長い銀髪の男について。これは組織幹部のジンでしょう。優秀で、あの方からの信頼も厚いと聞いています」
「ジン……」
コナン君は口の中で転がすように激情を押し隠したようだった。
宿敵というか、因縁の相手だもんな。
そして私の言葉に引っかかったのか、瞳を鋭く細めて聞き返した。
「あの方?」
「組織のトップです。名前は知られていませんので、誰もがそのように表現します」
「名無しのボスってわけだ。面白ぇじゃねえか」
「薬については以前話した通り、検出されない毒物たるアポトキシン4869でしょう。生物兵器分野に比べて予算も多く、鼻持ちならない女が主任だと教えられています」
すごい主観の入った説明だが、これは本当にこのクローン体の脳に刻まれた情報である。
私情を実験体に刻み込むんじゃないよまったく。
コナン君もちょっとばかり同じことを思ったらしく、なんとなく困惑した様子を見せた。
研究者の予算の取り合いはこんなにもドロドロとした関係性を生むらしい。
まさかクローンをけしかける気だったのかな。
恐らく、鼻持ちならない女とはシェリー……宮野志保のことだろう。
それか宮野エレーナの方か。
どちらでも不自然ではない状況だ。
エレーナ女史の「人を幼児化させる秘薬」。
その研究を片手間でいいとするほどの期待をかけられた宮野志保の新薬。
どちらも私を生み出した科学者にとっては目の上のたんこぶだ。
まあ、なんにせよその研究の詳細など預かり知らぬことだろう。
コナン君が思い悩むようにしばし唸ってから、私の方をまっすぐに見た。
「まずは薬のデータが欲しい。組織の奴らの実験施設とかの場所はわかるか?」
「それは分かりません。通常研究所は厳重に秘されてきますし、管轄が違うのでデータもありません。お力になれずすみません」
「そうか……」
コナン君が「そう上手くはいかないか」とやるせなさを滲ませて俯いた。
「最後に、広田雅美という人物について、心当たりはありません。組織にとって重要な人物ではないのでしょう」
「…………」
沈鬱に沈み込むあたり、それは彼自身予想していたことなのだろう。
悪の組織が、下っ端の一人に対して気を配ることなんてないのだから。
本当は私も原作知識で知っていることが山ほどある。
だが、掘り込まれた知識しかないはずの私が知ってたら変だろう。
しかも宮野明美の偽名だし、わかるはずない情報だ。
少しでも出せる言葉がないかと探して、念のため聞いてみることにする。
「顔写真か、関わっていた事件はわかりますか?」
「それなら昨日の十億円強盗事件はTVで見たか?あの実行犯だよ」
コナン君が一縷の望みと言ったように知っていることを教えてくれた。
そこまで説明してくれたなら、このように返すことができそうだ。
「思うに、銀行強盗は組織の指令ではないでしょう」
「え、でも広田さんは組織の奴らに口封じに…」
「あの組織は秘匿性をこそ重要視している。資金源もある。十億円如きで自らを晒す危険は侵さない」
コナン君の視線が考え込むような、悲しむような複雑な色を見せた。
もうすでに、私の言いたいことに想像はついているらしい。
「思うに、単なる処刑かと思われます。関係を切り終えた下っぱを処分するための体の良い言い訳、あるいはショーの一環。最初から、その広田雅美という人物が殺されるのは確定していたのでしょう」
「………なんで、そんな」
「そこまでは。僅かなミスで切り捨てられるのが組織ですので」
コナン君が悲痛に顔を歪めた。
この体の胸の中心がギシギシと痛むような、奇妙な感覚がする。
もしかしたらクローン体に残る降谷零の残滓が、幼馴染の死を悼んで軋んでいるのかもしれない。
私はやりきれない思いを吹っ切るように言葉を紡いだ。
「できましたら、実験施設について掴んだら教えてください。アポトキシン4869のデータの奪取程度ならば可能でしょうから」
「……っ、殺しは無しだ。分かってんのか」
「ええ。殺さずともやりようはいくらでもある。そのように教えられましたから」
体がうっそりと勝手に弧を描くように嗤うのを感じる。
邪魔者を消せ。そのように命令が嘯く。
ちなみに、やり方というのはエイリアン第一作みたいな感じのやり方である。
研究者は頭おかしい。なぜ生物兵器をアムピの姿にしようと思ったのか。
いやわかる。見目麗しいとお得だからだ。
そうじゃねぇんだよなぁ。
まあそれはともかく、多少の力にはなれるはずだ。
コナン君が眦を強く私を睨んだ。
「止めろ。これは俺の事件だ。俺の指示なしに動くな」
「……承知しました。あなたがそう望むのなら」
素早く意見を引っ込めれば、コナン君は言葉に詰まって苦しげに息を吐いた。
コナン君ストップがかかってしまったら、まあエイリアンはお預けだろう。
一通りの情報は伝えられたはずだ。
なんとなくレビューが聞きたくて、コナン君に感想を乞うてみる。
「私は力になれましたか?」
「ああ。助かったよ」
「それは良かった。あなたの力になれたなら、望外の喜びです」
天下の主人公コナン君に褒められたぞ!
さんを付けろよデコ助野郎。
コナン君さん……。
嬉しくてニコニコすると、コナン君は罪悪感をはらんだ顔でポツリと言葉を落とした。
「……お前はお前のしたいことをして良いんだ。周りに強制されるものじゃない。間違ったことをしたら俺が止めてやるから」
「っ、───」
優しい言葉だ。温かい言葉だ。
こんなどこの馬の骨とも知らぬ生物兵器を面倒見て、優しく声をかけてくれるなんて。
自分も幼児化なんて苦難の中にありながら、こんなにも人に優しくできる。
それは彼の善性をこれ以上なく示している。
ならお言葉に甘えよう。
彼を少しでも安心させられるように、恥じらいつつ本音を口にする。
「あの……ならナイトバロンの感想会をしても……いいですか?」
「へ?」
「その。すごく面白くて。誰かに話したいのですが、阿笠博士はこういうことに疎いご様子。ですから、できましたら話に付き合っていただければ…と……」
私の知り合いなんて子供達か阿笠博士ぐらいだからな。
子供に語ってもどうしようもないし。
消去法でコナン君しか残らない。
だがナイトバロン議論をコナン君にするなんて、釈迦に説法も甚だしい。
かああ、と頬が赤くなる。
おお神よ許したまえ。
コナン君さんのご命令なので本音で甘えなければダメなのだ。
脳内命令にもそう書かれている。実際正しい。
コナン君はニカッと笑って、私の頭をポンと撫でた。
「おう!もちろん付き合ってやるよ!『霧の都』は父さんの初期作だけどトリックが秀逸だからな。あれは初見だと感動するよな」
「…!はい、あれは伏線回収が本当に見事でした!特に犯行時刻についてが───」
そんなふうに話し込めば、気付けば日もとっぷり落ちていた。
その日のコナン君は蘭ちゃんに叱られてしまったに違いない。
慌てて蘭さんからの電話を受けて帰宅の途に着いていた。
思い返して、少しだけ頬が緩む。
今日の眠りも穏やかになりそうだ。
頭の中では「邪魔者を消せ」「組織のために命を捧げろ」と鬱陶しい声がする。
適当にそれらの声を頭の中からポイして。
今日もナイトキャップを被ってぐっすりすやすや。
眠りに落ちるのであった。
・クローンに仕組まれた命令機構
転生者の魂、意思にねじ伏せられている。
不意に脳内にかかる楽曲程度のもの。
思わず口ずさむことはあるかもぐらい。
転生者の意思があやふやになると大惨事を引き起こす。