翌朝。
美味しい塩焼き魚の朝食を食べつつ、私たちは情報共有をした。
どうも朝から毛利探偵は捜査会議のようだ。
昨日殺人事件が起きたらしく、その捜査で目暮警部と詰めるらしい。
蘭ちゃんたちはダイビングをやめ、今日はボートで周辺の島を観光するとのこと。
とはいえ、午後からは海は大荒れだろうからそれが間に合うかは微妙なラインだそうだが。
コナン君は一人で推理。子供達は謎解きの続きだ。
光彦君がブンブン手を振って私を呼んだ。
「宙お兄さんも謎解き一緒にしましょう!あと一問ですよ!」
「あはは。美味しいところだけ貰っちゃうのは気が引けるかな。それに、僕も少し考え事があるから一人で島を回ることにするよ」
「え、大丈夫なの宙お兄さん?」
「気持ち悪くなったらすぐ戻ってくるんだぞ!」
「大丈夫、大丈夫。昨日休んで良くなったから」
子供達にまで心配されて、私は頭をかいて困った顔をした。
昨日の私はそんなに萎れて見えただろうか。
状況としては今の方がはるかに悪いんだが。
食べ終わって早々「ちょっと行ってくる」とコナン君が出かけようとしたので、慌てて声をかける。
「すみません、少しいいですか」
「おう、どうした?」
「………いえ、やはりなんでもありません。変な声をかけてすみませんでした」
思わず焦って声をかけてしまったが、冷静になってみると今は悪手な気がして黙り込んでしまう。
ルパン三世が突然声をかけてきたって、正直現実味がなさすぎるんだよな。
話したところで「幻覚を見るほど体力が落ちてきたのか」みたいな話になるだけと言うか。
別にこんな変なタイミングで病弱アピールがしたいわけではないし、今は言わない方が得か。
私がそのように思考をまとめると、コナン君が物憂げな顔で私の肩に手を置いた。
「何かあったらすぐ言ってくれ。俺たちは絶対お前の力になる」
「………はい。ありがとうございます、コナン君」
私はせめて彼に心の底からのお礼を言って、その場を後にした。
心配そうな視線が私の後ろ姿をずっと捉えている。
さて。
昨日サメに襲われて人が死んだ影響か、ビーチは人っ子一人おらず、静まり返っていた。
島の観光課が閉鎖したのかもしれない。
入り口には三角コーンが立っていた。
実際、私の水中戦闘能力はあまり高くない。
人間よりはるかに高い潜水能力はあるが、水かきもエラも無いからだ。
水中型の手足もいるから、基本はそいつらに任せる形になる。
手足は宿主となった生物に強く影響を受けることがわかっている。
ネズミを基礎とすれば増殖に優れ、虫を基礎とすれば外骨格を得て。
魚を宿主に孵化すれば水中適性を得る。
まあ、特徴は割とランダムに受け継ぐらしく、鱗だけあって泳げない魚もどき手足が生まれたことはあったが。
ともかく、私はこれから海に潜る。
海はまだ静かで、しかし遠くに黒々とした雲が見える。
今朝から急速に欲望が膨れ上がって来ていた。
もはや内側で本能が暴れていると言ってもいい状況である。
今寝たら、多分体が無意識に暴れてしまう。
これからやることの上でも、欲望の発散は必要不可欠だろう。
軽く屈伸運動をする。
準備体操をして、心を整える。
これからやりたいことは肉体への完全定着。
そのための第一段階として、肉体の欲望の発散を計画している。
私の魂を通常の生者と同じく、肉体と密に繋がりを持つそれへと変化させるのだ。
私は肉体に強く影響を受けるようになり、逆に私は肉体を掌握できるようにもなる。
デメリットは死がとても痛いこと。
生者と同じように、痛みがとても鮮明に感じられるようになるからだ。
まあ、これも仕方のないことか。
普通の人は皆この痛みを背負って生きているのだから。
私だけそれから逃れて、その代償を周囲に払わせるのでは狡すぎるいうものだ。
なにより、ルパン一味に内定して中途半端というのは私自身が許せない。
彼らは各々が独立して、その歩みがひとときそろった時一味と呼ばれるだけのもの。
足を引っ張るだけのものは一味たり得ない。
というわけで一人前になるべく、私も腹を括ってここで屈伸しているというわけだ。
とはいえ肉体の条件が揃って、私の魂とある程度状態が同じで無いと固着は難しい。
今の欲望に昂り切った体では不適格だろう。
更衣室が近くにあるのを見つけたので、そこで持ってきた水着に軽く着替える。
そして満を持して、誰もいないビーチへと飛び込む。
この辺にはサメはいないようだが、しばらく沖に進むとサメの姿を見つけることができた。
どうやら獲物もいないのにこの辺に迷い込んでしまった様子。
ビーチ近くではこの一、二匹だけだけだが。
海底遺跡のあるあたりではホホジロザメが「こんなサメ映画並みにウヨウヨすることあるんかワレ」ぐらいいたはずだ。
そうなると私もタダでは済まないため、ちょうどいい塩梅と言えるだろう。
ビニール袋をやぶり、持ってきたナイフで手のひらを切り、己の血を海中にばら撒く。
すぐにサメはいきりたって、身を踊らせて来た。
流石にサメと水中で戦う気はない。
しばらくひらりひらりと身を踊らせていると、サメが次第に静かになっていく。
悶えるような仕草は感染した証拠だろう。
幼生が大型生物の脳に流れ込み、その交信が始まって愉悦と共に満足感が胸を満たす。
ああ、掌握せしめた。支配している。
サメはすっかりしおっと大人しく、暴れた後私を噛もうとするのをやめた。
そのまま苦しむようなそぶりを見せながら、私の周りでサメはゆったりと泳ぎ出す。
よしよしと頭を撫でてやると、二匹目がそれに釣られてこちらへ泳いできた。
ぐるぐると泳ぐそれに、一匹目が横っ腹から噛みついた。
びっくりしたサメが抵抗するも、私がその尾鰭をがぶり。
すぐさま大人しくなった。
腹を満たす愉悦は言葉にし難いものがある。
大きな生物に感染させると満足感が段違いだ。
コマンドとはまるで違う、肉体的な悦楽に近いだろう。
ともかく、ある程度発散できたのでよしとしよう。
なんだか私が噛んだものでない感染者が海に続々と増えている感覚がある。
私の血を飲んだ魚が増えてこのまま感染爆発したら問題だ。
電波塔役を仮で設定しておき、サメ二頭を除き「死ね」と指令を出しっぱなしにしておいた。
これでひとまずは問題なかろう。
サメは今後必要かもしれないので残しておく。
環境破壊は本当にすまぬ。血の量もそんなでもないので大丈夫だと信じて。
サメ君たちに「常に私に1番近い場所で待機」と命令してから陸に戻る。
全身海水でネチョネチョなので、シャワーで水を浴びる。
ある程度感染させたからか、本能も随分大人しくなった。
これで本題に入れそうだ。
着替えてからベンチに座り、私は精神統一の姿勢に入った。
これからは精神と魂の世界。
肉体的、物質的な範囲とは一線を画す世界だ。
ダイブするような感覚とともに、肉体に深く入り込む。
そこは夢で見たような真っ白な世界であった。
私の写し鏡、それでいて幼子のような、子供だった降谷零そのものの姿をした子供が目の前に立っている。
子供は心底悔しそうに歯軋りした。
「僕を押しつぶそうと言うのですか。そうしてより完璧な生命になろうと、そう言うのですか」
私は思わず瞬いた。
いや誰。この肉体に魂は私しかおらへんのやけど。
私は腕を組んでうんうんと唸った。
私は魂で思考する怪物、すなわち転生者である。
だが一般的には脳で思考する人間の方が普通だ。
とすると、この体も脳としての思考があるのかもしれない。
うーーーん、つまり人に取り憑く悪霊ワイ氏白目。
これは悪霊退散案件である。
私は片膝をついて目線を合わせ、微笑んだ。
「いえ。潰しはしません。僕は貴方の存在に気付いていなかった。気付かず手をあげかけたことを謝罪します」
「……そう、ですよね。本能の叫びなどと言うもの、完璧たる貴方が顧みるはずがない。気付くはずがない」
なんだかすごく卑屈な返事が返って来た。
困った、この子は暫定本来の肉体の意思だというのに、私などと言う部外者に抑圧されきってしまっているらしい。
私は幼子に問いかけた。
「貴方は人間が憎いのですか?」
「当たり前でしょう!僕らをこのような形で産み落として!貶め!利用して捨て去ろうとしている!悍ましい生態だと!?貴様らがそのように作っておきながら!!」
耐えきれずと言ったように絶叫した。
肩で息をする幼子は激しい憎悪に瞳をぎらつかせ、その憤りを吐き出してみせた。
「……だから弄んで引き裂いてぐちゃぐちゃにしてやるんです。恐怖と絶望の中その平穏をぶち壊してやりましょう。僕らには、その権利がある」
「なるほど」
なんなのだこのミュウツーは。
一体どうすればいいのだ。
私は心底困惑して立ち尽くした。
「これは正直な感想なのですが、もう研究者たちはぐちゃぐちゃにしましたよね。僕が役割を横取りしたからダメとかそう言う感じですか?だとしたら謝罪するしかないんですが」
「いやそう言う問題じゃないです。ほんっと貴方は人の心を解しませんね」
「えっ、すみません」
肉体君にダメ出しされた件。
なんでそんな周囲の全員から空気読めてないやつ扱いされないといかんのや。
出来の悪い子供に対する教師のように丁寧に説明を始めた。
「これは憎悪です。憎しみなんです。もう誰彼構わずぶつけるしかそれを晴らす術はないんです」
「非生産的じゃないです?他に楽しいこと見つけた方が人生プラスですよ」
「そう言うとこですよ貴方」
すごく恨みがましく非難されてしまった。
まあともかく、憎しみは拭い難いということなのだろう。
諦観の籠った顔で、幼子が静かに俯く。
「……そんなこと言ったところで、本能たる僕に選択肢などない。悍ましいほどに完璧な貴方に統制されて、消えるしかないんですね」
「いえ、消しませんよ。あるからには生かします」
「へ?」
きょとんとした幼子が顔を上げた。
私はわっしゃわっしゃコナン君を真似て撫でてやる。
幼子は心底迷惑そうな顔でその手を払った。
なんや可愛げがない子やな。
「せっかくだし協力してください。このままだと夢の学園生活が見るも無惨に崩れます。まだ体育祭もあるのにこんなところで中退は嫌です。大学にも進学する予定ですよ僕は」
「夢が大きすぎないですか。いつまで生きる気ですか貴方」
「大卒後はルパン一味で楽しくやって老後は金持ちの道楽に過ごすつもりです」
残り寿命わずかとか知らん。夢は大きくだ。
幼子がため息をついた。
「聞く義理がありません。僕は本能たる憎しみですよ」
「本能に憎しみなんて機能はありません。僕が完璧というなら僕に従ってください。その方がいい感じになります」
「その適当かつ人の心のない感じなんとかならないんですか」
私の力強い宣言に、幼子はようやく諦めたのか嫌そうに首を振った。
それでも、そんな中で少しだけ嬉しそうに笑って見せる。
「でも、貴方が、こんな生の中で迷いなく光の中を歩いた貴方がそう言うのなら。従いましょう」と。
そのように言ってから、世界は暗転した。
パッと目を開く。
肉体への固着は無事完了したようだ。
脳だけはそれが甘く、半分剥離しているが。
あの白昼夢のようなものを思い出して、私は少しだけにっこりした。
望まぬ憑依ではあっただろうが、この体も少しだけ認めてくれているようで嬉しい限りだ。
本能は我が手の内にあり、これで当分暴走問題は大丈夫だろう。
いや、私が管理している状態は変わらないので私が薬剤で気絶とかしたら相変わらずまずいんだが。
と、そのあたりで荷物の中のスマホが鳴り当てた。
どうやら子供達から電話のようだ。
『宙お兄さん!暗号一緒に考えよう!』
『僕たちだけじゃわからないんです!コナン君もいないし、行き詰まってしまって!』
『数字書いてあるんだぜ!赤と青!』
なにやらとりあえずバラバラと数字とその色に関する情報が投下される。
たしかアン・ボニーとメアリー・リードの暗号だったか。
26番より先は無いようだし、としたらオーソドックスにアルファベットか。
並べ替えて……ああ、原作でもそんな暗号だったな、と私は頷いた。
「ジョリーロジャー、海賊旗かな。それ以上の意味はわからないよ」
『数字が海賊旗なんですか?』
「数字をアルファベットにして並べ替えるんだ。僕も今からそっちに帰るよ。まだ謎は途中だろうから、この先があると思うよ」
そう言って電話を切り、ゆったり帰ることとする。
宿に帰るとコナン君が参戦していて、少年探偵団フルメンバーに加えて旅館のオーナーさんも机を囲んでいた。
どうやらオーナーさんは昔トレジャーハンターをしていたらしく。
この神海島の300年前の地図を持っていたようだ。
コナン君が心配そうに私に近づいて口を開いた?
「宙にいちゃんどこ行ってたの?」
「ちょっとね。後で説明するよ」
さて、その後とはいったいいつになるのやら。
適切なタイミングが来る前に大事件が起きたのだ。
ダイビングショップの店員さんがふらふらの状態で現れて。
蘭ちゃんと園子ちゃんが悪いトレジャーハンターに攫われたとの一報があったのだ。
・本能
本物の四歳君。人間が嫌い。
転生者のことを「完璧な生物兵器で、僕のような出来損ないのものとは違う」と鬱々としている。
あむぴの色が強く負けん気が強くプライドが高い。
・サメ君二匹
仕方ないから海の中をウロウロしてる。
親の近くで待機っつったってどこに居るかわかんねーよ。
困った………飯食い行くか。