蘭ちゃんの救助のため、急ぎ寄親島近くの海底宮殿まで来たなり。
送ってくれたのは旅館オーナーさんだ。
こんなに荒れた海の中すぐに船を出してくれたことに感謝しかない。
海底宮殿直上まで来ると、乗り捨てられたボートが目に入った。
どうやらトレジャーハンターのボートらしい。
中は血だらけで、こんな状態で海へ入ればサメに襲われるのは間違いない。
コナン君が絶望的な顔で息を呑んだ。
「っくそ!やっぱりあいつら、蘭達を囮に使ったんだ!」
「すぐに蘭さんと園子さんが海中にいないか探させます」
「…どういう意味だ?」
コナン君が訝しげな顔をしたので、私は顔を寄せて内緒話の姿勢をとった。
旅館オーナーさんに聞かれるわけにはいかないからな。
声を潜めて、囁くように言葉を落とす。
「今日の午前中、衝動の発散のためサメを噛みました。現在二匹、僕の支配下にあります」
「っお前!?」
「そのサメに、まず蘭さん達が海中にいないか探させます。それでいなければ、彼女達は無事に海底宮殿の中に逃げ延びたということです」
そのように言うと、コナン君は追い詰められたような顔をして「……今は、追求しないでおく」と言って私に任せる様子を見せた。
すまん、この後お叱りは甘んじて受けます。
謎通信でサメ君を呼ぶと、もうこの付近に集まって来ていたらしい。
すぐさま背鰭を見せて荒れた海の中を泳いで近寄って来た。
なになに、美味げを求めてやって来たがもう居なかった?
あの割れ目の中に美味げがいるはずだからみんな突入してる?
なるほど。
お前その美味げな蘭ちゃんに食いついてたらその場でクビ(物理)だったからな。
私が怒りを見せるとそれが回線から伝わったのか、サメは二匹とも元気がなくなってしゅんとしてしまった。
まあともかく、念のため付近の海を探させることとする。
サメは鼻が非常にいい、優秀な狩人だ。
海中の捜索なら人間よりずっと上手くやる。
しばらく辺りを捜索させたが、見つからなかったらしい。
「いなかった」「いない」としおしおのしおになって帰ってきた。
よーしよしよし、いい子には今日の昼ごはんの残りのマグロの刺身をあげようね。
この為に取っておいた何切かのマグロの刺身を海に放り投げてやる。
すぐさま丸呑みにしてサメ達は「小さい」「少ない」とブーブー不満を述べた。
お前らが満足する刺身のサイズだと高ぇんだわ!
ともかくコナン君に情報共有する。
「この近辺に蘭さん達はいないようです。海流が早いので絶対ではありませんが、海底宮殿に無事に逃げ延びたのかと」
「……そうだな。なら、俺たちも早く行かねーと」
一応寄親島の方に子供なら通れる通路があるようだが。
それでは結構な遠回りになるだろう。
私はぐわんぐわん波に揺れる戦場で声をかけた。
「最短は一応、僕がサメに捕まってコナン君を一気に下まで連れていくことですね。阿笠博士のその小型酸素ボンベがあるから息は続くでしょうが、減圧症の危険性もあります」
「今は蘭が優先だ。頼む」
「わかりました。最善を尽くします」
私たちがなんの装備もなく荒れた海に潜ろうとしているのがわかったのだろう。
オーナーさんが目を剥いて叫んだ。
「なにを、こんな荒れた海で正気か!?」
「大丈夫。海底神殿はすぐそこですから。中で嵐が治るのを待ちます。あなたは帰還していただいて結構です」
そのままコナン君を抱き抱え、海へと身を投げる。
すぐさま現れたサメの背鰭に抱きついて、深く深くに潜りゆく。
もう一匹には周囲の警戒をしてもらうし、他のサメに襲われる危険性は低いだろう。
なるべくゆっくり、体の負担にならないように泳いでもらう。
それでも人間などよりよほど早くスムーズだ。
そのまま割れ目の中に潜り込んで、海底神殿の中へと到達した。
サメ君は割れ目の近くで待機してもらうことにした。
サメ君二匹はこの辺をぶらついているとのことで、飯食いに行ってもいいと伝えておいた。
呼んだらすぐ来れる距離にするようにとも言い添えて。
そこは真っ暗で、松明の燃えていた名残なのか少しだけだが煙っぽかった。
コナン君が腕時計のライトをかざした。
松明をかける場所があるので、ここに松明があったのだろう。
私は前へ出てコナン君に声をかけた。
「僕が先行します。多少のガスや毒、仕掛けなら僕の方が生存率が高い」
「……無理はすんなよ」
「勿論です」
コナン君の声は苦しげだった。
そしえ低く抑えた声で、ぽつりと声を落とした。
「なあ、なんで幼生を増やしたんだ」
「自らを抑える必要があったので。なるべく大きい獲物で、人間でない、死んでかまわないものを探しました」
「………そうか」
まるで聞くまでもないことを聞いてしまったとでも言うように、自嘲に濡れた相槌だった。
暗く視線が下を向くのを感じて、私は慌てて明るい声を出した。
「もちろん自死シグナルは流しておきましたので、感染した生物で生きているのはあのサメ二匹だけです。彼らもこれが終わり次第始末するので、感染が広がる恐れはありません」
「…………なんでサメは残したんだ?」
「大型で、何か利用価値があると思ったので。コナン君の役に立てられればと思ったんです。まさかこんな鉄火場で利用することになるとは思いませんでしたが」
本当は原作知識で必要なことを知っていただけだったんだが、コナン君はさらに陰鬱になってしまったらしい。
鬱々として細く低い声を出した。
「それは、お前が科学者にされたのと同じ非道だ。あんまり褒められたことじゃない」
「…………そ、れは」
「でもお前の行動が仕方なかったのはわかってる。俺のために色々考えてくれてありがとな、宙」
切なげな、柔らかな笑みを浮かべてコナン君が言葉を紡ぐ。
そんな顔をさせるつもりじゃなかったのに。
そこでようやく、通路の先から話声が聞こえることに気がついた。
私の鋭敏な耳が彼らの声を捉えたのだ。
私はすぐさまコナン君に指示を出し、影に隠れながら慎重に近づいた。
しばらく行くと、犯人たるトレジャーハンター達の姿が見えた。
どうやら扉の前で揉めているらしい。
蘭ちゃんと園子ちゃんの二人を先行させているのは、危険な罠やガスがないか確認するためか。
虫唾が走る。
素早く、しなやかにヒョウのように飛び掛かる。
まずリーダーの男の脳天をハイキックで蹴飛ばしてやる。
それを好機と見たか、合わせて蘭ちゃんも行動を起こす。
強烈な肘打ちでナイフを持った男を悶絶させ、そのまま凄まじい連撃を叩き込んだ。
なんか強烈な怒りが滲む拳であった。
これにてKO。
私は男の一人に馬乗りになって、その武装を解除していく。
あっ、こいつ拳銃とか持ってやがる。生意気だな。
コナン君が蘭ちゃんに駆け寄った。
「蘭姉ちゃん!!!大丈夫!?」
「コナン君!!私は平気、でも園子が腕を切られて!」
二人が感動の再会をしている。
園子ちゃんは腕を押さえているから、早めに病院に連れて行ってやりたいところだ。
でも二人とも無事で私も一安心である。
ああ、このゴミのような人間のせいで、身近な人が危険に晒された。
本能が疼き、奥歯を自然と噛み締める。
肉体に紐づいた激情でかっと目の前が赤く染まる。
殺す。引き裂いてやる。
同時に魂としての理性で、冷静に男達を結束バンドで縛る作業に入る。
私は内心深くため息をついた。
本能も激情も私の手の内にはなったが、手の内だからこそ苦しむこともある。
心が荒れ狂って頭おかしなるでこんなん。
ようやっと状況が飲み込めたらしい園子ちゃんが、心底疲れ切ったようにへなへなと座り込んだ。
「よかった……宙君強いのね…京極さんみたい…」
「蹴撃の貴公子と比べられるとは光栄だけど、流石にそこまで強くはないよ。じゃあ脱出しようか」
「でも私たち、もう酸素ボンベの酸素がないの。サメを追い払うのに使っちゃって」
「ふむ…こいつらのを代わりに使うか……でも犯罪者を遺跡内に放っておくわけにもいかないし」
私はむむむと考え込んだ。
すると、コナン君が口を開いた。
「一応地上ルートを確認しようよ。子供しか通れない道があるって言ってたけど、確認するだけするのは悪くないと思う」
「だね。念のため確認しようか」
みんなで地上ルートの出入り口を探すこととする。
とはいえここまでは一本道だから、この扉の奥に進むことになる。
私は男二名を担ぎ上げて運ぶことにした。
重い酸素ボンベは蘭ちゃん達に持たせることになるので、そこが少々情けない。
仕掛けを解きながら進んでいくと、奥には巨大な木造帆船があった。
すごく立派で、当時そのままの作りだ。
コナン君も思わず「すっげ……」と声を漏らす。
きっと文化的価値はとんでもないことになるだろう。
新しいこの島の観光資源になるかもしれない。
帆船のある広間の横に横穴を見つけることができた。
先週の地震の影響か、その道は大人でも通れるサイズに広がっていた。
流石に大人を二人担いでは通れないので、ズルズル引っ張ってあちこちぶつけたが。
誘拐犯なんてあざだらけになってしまえば良いのだ。
地上に出ると、入り口には旅館オーナーさんが待っていた。
帰って良いと言ったのに、どうやらこっちから出てくると踏んで待っていてくれたらしい。
オーナーさんの電話で目暮警部はすぐに駆けつけた。
犯人達は警察に引き渡されて、一件落着となるのであった。
ああ、それと。
「死ぬといい、ご苦労だった」
私は感慨なく、海へ向かって命令を下した。
かわいそうだが生かしては置けないからな。
サメが二匹荒波に揉まれて命を落とす。
その光景をコナン君だけが、拳を強く握りしめてみているのであった。
・灰原さんとコナン君
情報共有した。
「私は、命に対する間違った価値観をあの子に植え付けてしまったかもしれない」
「どういう……意味だよ」
「あの子の為にしているつもりだった。でもそれが、あの子に命を使い潰すことを正しいこととして教えてしまった。私の罪だわ」
灰原哀は儚げに微笑んだ。
その罪を噛み締めるように、悔いるように。
「ごめんなさい工藤君。博士は悪くないから、あの人は責めないでちょうだい」